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初夜練習6
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「ん……、は……」
呼吸が楽にできる。
そう感じたモニカはスゥッと息を吸い込み、その中に心地いい香りを感じてもう一度深呼吸する。
側に誰かがいるのを感じて身じろぎすると、クライヴが隣に寝そべっていた。
「大丈夫か? 辛くない?」
あの目が――、青く優しい目が問いかける。
「はい……」
体は気だるいけれど、あの狂おしいまでの欲はどこかに去っていた。
まだ熱気はネグリジェの中にこもっているが、それもゆっくりと発散されている。
「気持ち良かった?」
「はい……。とても……」
まるで一走りした後のように、爽快な疲労感がある。もっともモニカがお転婆気味と言っても、走るような身分ではないのだが。
「さっきのは、夫婦の営みの序章だ」
「あれが……序章?」
狂おしい快楽を思い出し、思わずモニカは目を見開く。
その唇に、クライヴは指を押し当てた。
「そう。結婚した後の夫婦は、もっと凄い快楽を味わう。……互いにな」
彼の言葉で、モニカは自分がクライヴから一方的に与えられていたのに気付く。
「結婚したら……私はあなたに何かできますか? あなたを気持ちいいと思わせるような、さっきのような行為を……」
恥ずかしいことを言っている自覚はあるが、夫婦となるのなら夫に尽くしたい。
女性は愛されてこそ幸せと、周囲の令嬢たちは言っている。
けれどモニカは、男性から愛を注がれるだけではどこか申し訳ないと思う性格だった。
夫婦となる二人が、すべてのことを平等に負担すると思っていない。男性には男性の仕事があり、女性には女性の仕事がある。
だが精神の部分でどちらかが負担を感じ続ければ、ずっと一緒にいられないのではとも思う。
実際彼女の両親も、王妃である母は普段夫の言うことを聞いている。そのために貴族の夫人方を煽動し、夫である貴族達を内部から動かすなどの協力もしていた。
一見、王妃は国王のために身を粉にして働いているように思える。
だがモニカや弟妹たち、ごく一部の臣下たちは、国王から一人の父親に戻った彼が、妻を深く愛し甘えているのを知っていた。
どれだけ切れ者の王だとしても、その本性は妻を愛し子供達を溺愛するただの男。
自分もそういう風に、夫となる人とあらゆる面で協力し合い、愛し合えればと思っていたのだ。
「モニカは優しいな。でも、一つになれば君が何もしなくても、俺は気持ち良くなれるから」
クライヴの手がモニカの髪を撫で、少し絡まった金髪を優しく梳ってゆく。
「本当?」
「本当だとも。今日触れなかった部分に、俺の体の一部が入って深く繋がる。きっと君の体は俺を受け入れてくれる」
「それは……、素敵ね」
二人の人間が一つになるという言葉にロマンスを感じ、モニカは頬を染める。
「これで君は、俺の愛を信じてくれただろうか? ……と言っても、君を感じさせただけで、俺の真摯な気持ちは何も表現できていない気もするが」
自嘲めいた表情のクライヴに、モニカは微笑みかけ彼の手を握りしめた。
「あなたの愛は、この身にたっぷり感じました。私が……その、み、乱れている所もちゃんと見守ってくれて、笑いもしなかったし呆れもしなかった。そんなあなたになら、ついていけると思ったんです」
「それなら良かった。……すまないね。記憶を失ったという君に、この国に来てから随分無理をさせてしまった」
衣擦れの音を立てて起き上がるクライヴに、モニカは寂しさを感じた。
「……行ってしまうんですか?」
「……まだ、結婚する前だから」
縋るような目に、クライヴはまた彼女の髪を撫でる。
そして額にキスを落とした。
それから鼻の先、両の頬、唇へと、見えない愛の印を刻みつけてゆく。
「ん……」
すっかりモニカは、この柔らかな唇の虜になってしまった。
もっととねだるように唇が少し尖り、そんな彼女の唇を、クライヴの指がなぞる。
「式の準備ができるまでは、キスだけで。今晩の続きは……初夜に」
ベッドのマットレスをたわませ、クライヴはベッドから下りた。
「おやすみ、モニカ。明日からきっと式に向けて準備が始まると思うから、今日はゆっくり休んで」
「はい……」
スッとした立ち姿のクライヴは、襟元にクラバットがないことを除けば、情事の後と思えない。
髪を手で撫でつける彼を見ていると、ふと膨らんだポケットからクラバットの端が覗いていた。
「あの、ごめんなさい。あなたのクラバットを……」
自分が淫らに濡らしてしまったことを思いだし、モニカはすべて言えず赤面する。
「構わない。気にしなくていいから」
緩く首を振ってから、クライヴは自分の唇に指を当て、モニカに向けてチュッとキスを飛ばした。
そして、しっかりとした背中を向けると、長身の彼は静かに部屋を出て行く。
「……おやすみなさい……」
官能の余韻に浸って小さく呟き、モニカはバラ色の吐息をついた。
「私……大人になってしまったわ……」
うっとりと目を閉じると、もう後は心地いい倦怠感に任せて寝ることにする。
ほどなくスゥスゥと小さな寝息が聞こえ、部屋は沈黙した。
それより少し前、モニカの部屋から出たクライヴは、顔を赤くしているケイシーと直面していた。
「…………」
モニカに持って行くつもりだったのか、ケイシーはナイトキャップの赤ワインを手にしていた。
唇を引き結び、赤面した彼女はじっと上目遣いにクライヴを見上げる。
「悪かった。……でも、婚前の彼女の純潔を奪うようなことはしていない。幾ら彼女が性に無知だと言っても、誠意に基づいて何もしないと決めた」
「……本当に……もう……。クライヴ殿下は昔からそうです」
ムスッと怒ったケイシーは、眉間にしわを寄せた。
例えばモニカが乳母やに悪戯をしておやつ抜きになっても、クライヴはこっそりとモニカに菓子を与えてしまう。
モニカが風邪を引いて寝込み、見られなかった軽業師の興行に、城を抜け出してまで連れて行き見せていた。
そのように、クライヴは昔から周囲に隠れてモニカに様々な喜びを与えていた。
教育係や側仕えの立場から言えば、目の上のこぶである。
「心配するな。本当にこれ以上、彼女の寝室に忍び込むことはしない。ただ……、キスぐらいはするが」
「……そうですよね。殿下はそういう方ですよね」
ハァーッと重たい溜息をつき、ケイシーは額に手を当てたい気持ちだ。
「はは。でもケイシーはいつだって黙ってくれているだろ? 俺はモニカのために生きていると言っても差し支えのない、そんな君を信頼している」
「ずるいです。殿下」
「悪い」
自分でもおだててごまかしているという自覚があったのか、クライヴは声を抑えて笑う。
「きっともう寝ようとしていると思うから、後は頼んだ」
ポンとケイシーの肩を叩き、クライヴはご機嫌に廊下を歩いて行った。
「……はぁ」
モニカの部屋の前、ケイシーはまた溜息をつく。
「姫さまの記憶が心配で来たんでしょうに、どうしてこう、男性って愛情の確認が不器用なのかしら」
呆れたように呟くと、ケイシーは音を立てないようにモニカの部屋に入った。
呼吸が楽にできる。
そう感じたモニカはスゥッと息を吸い込み、その中に心地いい香りを感じてもう一度深呼吸する。
側に誰かがいるのを感じて身じろぎすると、クライヴが隣に寝そべっていた。
「大丈夫か? 辛くない?」
あの目が――、青く優しい目が問いかける。
「はい……」
体は気だるいけれど、あの狂おしいまでの欲はどこかに去っていた。
まだ熱気はネグリジェの中にこもっているが、それもゆっくりと発散されている。
「気持ち良かった?」
「はい……。とても……」
まるで一走りした後のように、爽快な疲労感がある。もっともモニカがお転婆気味と言っても、走るような身分ではないのだが。
「さっきのは、夫婦の営みの序章だ」
「あれが……序章?」
狂おしい快楽を思い出し、思わずモニカは目を見開く。
その唇に、クライヴは指を押し当てた。
「そう。結婚した後の夫婦は、もっと凄い快楽を味わう。……互いにな」
彼の言葉で、モニカは自分がクライヴから一方的に与えられていたのに気付く。
「結婚したら……私はあなたに何かできますか? あなたを気持ちいいと思わせるような、さっきのような行為を……」
恥ずかしいことを言っている自覚はあるが、夫婦となるのなら夫に尽くしたい。
女性は愛されてこそ幸せと、周囲の令嬢たちは言っている。
けれどモニカは、男性から愛を注がれるだけではどこか申し訳ないと思う性格だった。
夫婦となる二人が、すべてのことを平等に負担すると思っていない。男性には男性の仕事があり、女性には女性の仕事がある。
だが精神の部分でどちらかが負担を感じ続ければ、ずっと一緒にいられないのではとも思う。
実際彼女の両親も、王妃である母は普段夫の言うことを聞いている。そのために貴族の夫人方を煽動し、夫である貴族達を内部から動かすなどの協力もしていた。
一見、王妃は国王のために身を粉にして働いているように思える。
だがモニカや弟妹たち、ごく一部の臣下たちは、国王から一人の父親に戻った彼が、妻を深く愛し甘えているのを知っていた。
どれだけ切れ者の王だとしても、その本性は妻を愛し子供達を溺愛するただの男。
自分もそういう風に、夫となる人とあらゆる面で協力し合い、愛し合えればと思っていたのだ。
「モニカは優しいな。でも、一つになれば君が何もしなくても、俺は気持ち良くなれるから」
クライヴの手がモニカの髪を撫で、少し絡まった金髪を優しく梳ってゆく。
「本当?」
「本当だとも。今日触れなかった部分に、俺の体の一部が入って深く繋がる。きっと君の体は俺を受け入れてくれる」
「それは……、素敵ね」
二人の人間が一つになるという言葉にロマンスを感じ、モニカは頬を染める。
「これで君は、俺の愛を信じてくれただろうか? ……と言っても、君を感じさせただけで、俺の真摯な気持ちは何も表現できていない気もするが」
自嘲めいた表情のクライヴに、モニカは微笑みかけ彼の手を握りしめた。
「あなたの愛は、この身にたっぷり感じました。私が……その、み、乱れている所もちゃんと見守ってくれて、笑いもしなかったし呆れもしなかった。そんなあなたになら、ついていけると思ったんです」
「それなら良かった。……すまないね。記憶を失ったという君に、この国に来てから随分無理をさせてしまった」
衣擦れの音を立てて起き上がるクライヴに、モニカは寂しさを感じた。
「……行ってしまうんですか?」
「……まだ、結婚する前だから」
縋るような目に、クライヴはまた彼女の髪を撫でる。
そして額にキスを落とした。
それから鼻の先、両の頬、唇へと、見えない愛の印を刻みつけてゆく。
「ん……」
すっかりモニカは、この柔らかな唇の虜になってしまった。
もっととねだるように唇が少し尖り、そんな彼女の唇を、クライヴの指がなぞる。
「式の準備ができるまでは、キスだけで。今晩の続きは……初夜に」
ベッドのマットレスをたわませ、クライヴはベッドから下りた。
「おやすみ、モニカ。明日からきっと式に向けて準備が始まると思うから、今日はゆっくり休んで」
「はい……」
スッとした立ち姿のクライヴは、襟元にクラバットがないことを除けば、情事の後と思えない。
髪を手で撫でつける彼を見ていると、ふと膨らんだポケットからクラバットの端が覗いていた。
「あの、ごめんなさい。あなたのクラバットを……」
自分が淫らに濡らしてしまったことを思いだし、モニカはすべて言えず赤面する。
「構わない。気にしなくていいから」
緩く首を振ってから、クライヴは自分の唇に指を当て、モニカに向けてチュッとキスを飛ばした。
そして、しっかりとした背中を向けると、長身の彼は静かに部屋を出て行く。
「……おやすみなさい……」
官能の余韻に浸って小さく呟き、モニカはバラ色の吐息をついた。
「私……大人になってしまったわ……」
うっとりと目を閉じると、もう後は心地いい倦怠感に任せて寝ることにする。
ほどなくスゥスゥと小さな寝息が聞こえ、部屋は沈黙した。
それより少し前、モニカの部屋から出たクライヴは、顔を赤くしているケイシーと直面していた。
「…………」
モニカに持って行くつもりだったのか、ケイシーはナイトキャップの赤ワインを手にしていた。
唇を引き結び、赤面した彼女はじっと上目遣いにクライヴを見上げる。
「悪かった。……でも、婚前の彼女の純潔を奪うようなことはしていない。幾ら彼女が性に無知だと言っても、誠意に基づいて何もしないと決めた」
「……本当に……もう……。クライヴ殿下は昔からそうです」
ムスッと怒ったケイシーは、眉間にしわを寄せた。
例えばモニカが乳母やに悪戯をしておやつ抜きになっても、クライヴはこっそりとモニカに菓子を与えてしまう。
モニカが風邪を引いて寝込み、見られなかった軽業師の興行に、城を抜け出してまで連れて行き見せていた。
そのように、クライヴは昔から周囲に隠れてモニカに様々な喜びを与えていた。
教育係や側仕えの立場から言えば、目の上のこぶである。
「心配するな。本当にこれ以上、彼女の寝室に忍び込むことはしない。ただ……、キスぐらいはするが」
「……そうですよね。殿下はそういう方ですよね」
ハァーッと重たい溜息をつき、ケイシーは額に手を当てたい気持ちだ。
「はは。でもケイシーはいつだって黙ってくれているだろ? 俺はモニカのために生きていると言っても差し支えのない、そんな君を信頼している」
「ずるいです。殿下」
「悪い」
自分でもおだててごまかしているという自覚があったのか、クライヴは声を抑えて笑う。
「きっともう寝ようとしていると思うから、後は頼んだ」
ポンとケイシーの肩を叩き、クライヴはご機嫌に廊下を歩いて行った。
「……はぁ」
モニカの部屋の前、ケイシーはまた溜息をつく。
「姫さまの記憶が心配で来たんでしょうに、どうしてこう、男性って愛情の確認が不器用なのかしら」
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