【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

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裏オークション

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 精緻なレースやフリルでたっぷりと飾られたコルセットを身に纏い、その下に絹のドロワーズ。そして薄い絹のストッキングに靴下止め。
 体に下着のみを纏ったアンバーは、ふんわりとした蜂蜜色の金髪を背中に流し、花嫁のヴェールを被って壇上に立っていた。

 目の前に広がるは、どこかの劇場のような風景。

 一階席にもボックス席にも人が大勢いて、みな一様に仮面をつけているのが不気味だ。
 天井を見上げれば無数の蝋燭が灯ったシャンデリアがあり、火を反射してクリスタルガラスが煌めいていた。
 奥の方は闇がわだかまっていてどうなっているか分からず、そのガランとした空間に朗々とした司会の声が響いていた。

「百万ポンド! 六番の紳士から百万ポンドを頂きました! 他にいらっしゃいませんか? さる高貴の家柄の血を持つ、麗しい令嬢にございます! その目は太古の神秘を含んだ琥珀のよう! 美の神すらも恥じらうかの黄金の髪は艶やかで、腰よりも長い! 淑女の皆さんがお買い上げになっても、この上質な髪ならば幾らでも使いようがございます!」

 卑猥な花嫁の姿をし、アンバーは自分に吹っ掛けられる値段がどんどん釣り上がっているのに怯えていた。

 足が竦み、その場から動けない。

 頭から血の気が引き、今にも倒れてしまいそうだというのに、ストッキングに包まれた足は舞台に縫い止められたかのように動かない。

 一体、何がどうなってここにいるのか。

 自分は馬車に乗って隣国に向かっていたはずで、その途中から記憶がない。

 ドレスを剥がれ勝手に着替えさせられたというだけでもショックなのに、人を前にして値段をどんどんつり上げているこれは――オークションではないか。

 今までアンバーは気絶していたらしく、何か耳にやかましい声が入って目が覚めればこの状態だった。
 叫んで助けを求めようにも、あまりの恐怖に喉が引き攣って声が出ない。

「おっと! 五十六番の紳士が百五十万ポンド! 他にいらっしゃいませんか? おおっとぉ! 六番の紳士が二百万ポンド!」

 先ほどから声高にアンバーの値段を告げているのは、白いカラスの仮面を被った男だった。
 しっかりした体つきの男性なのは分かるが、その声が低いという以外何も分からない。鴉の仮面は頭部をスッポリ覆い、髪の色すらも窺わせないのだ。
 首元には派手な付け襟があり、ジュストコールやベストは赤く、トラウザーズは白。まるでその出で立ちは道化だ。

(待って……。誰かに買われたら、私はどうなるの?)

 真っ白になり時が止まった思考の中で、ようやくアンバーは『不安』という感情を取り戻した。『恐怖』はとっくに覚えていたが、『恐怖』にどっぷりと浸かり麻痺していて、他の感情を忘れていた。

「ここでぇ! 二十三番の紳士が一千ポンド!」

 いっそう派手な司会の声に、会場がどよっとざわめいた。
 思わずアンバーは二十三と書かれた手札を壇上から探す。しかし舞台から客席を見ても、暗くてよく分からない。

 かろうじて一階席の奥まった場所に、白っぽい手札を掲げている従者を見つけた。
 けれどその隣に座っている主人が、どのような人物なのかは目を眇めても判別がつかない。

「他にいらっしゃいませんか!? ――では落札(ビッド)!」

 オークションハンマーが鳴らされる硬質な音がし、アンバーはビクッと体を跳ねさせた。
 舞台の下手からウサギの仮面を被った屈強な男が二人現れ、恐ろしさのあまりアンバーはその場から逃げかける。
 けれど場内を満たす拍手は彼女の体を絡め、脅迫してくる。結局どこへ逃げたらいいのかも分からず、アンバーは男たちが出てきた舞台の下手に連れて行かれた。

「……あ、あの……っ。わ、私……」

 やっと出た声は喉に貼り付き、男たちの耳に届いていないようだった。
 舞台の裏手では、やはり仮面を被った者たちが闊歩していた。巨大な鳥籠に女性たちが入れられていたが、みな一様に気を失っているようだ。
 アンバーと似た格好をし、絨毯を敷いた床の上に寝かされている。

 男たちに腕を掴まれ、肩と背を押されてアンバーは舞台裏を歩いた。普段は普通の劇場として利用されているかもしれないそこは、大道具などでゴタゴタしている。それらを通り過ぎた先に通路があり、しばしそこで立たされる。

「あの。私はどうなるのですか?」

 震える声で尋ねても、白と黒の兎の仮面をつけた男たちは口を開かない。彼らもやはりスッポリと頭部を覆い、髪の色や肌の色すらも判別できなかった。
 燕尾服を着て白い手袋を嵌めているので、手首も見えない。

 やがて――。

「奥様、こちらへ」

 通路の奥から目元のみの仮面をした男性が現れた。外見だけで判断すれば、恐らく老齢と言っていい。
 そこでやっと男たちはアンバーから手を離し、彼女は咄嗟に二、三歩彼らから離れた。

「奥様、旦那様がお待ちでございます。お可哀相ですが、あなたは買われた身。旦那様はお優しい方ですので、どうぞついてらしてください」

 柔らかな声で話し掛けてくる老人になら、泣き落としが通じるような気がした。

「あの……、お願いです! 私を家に帰してください!」

 足の裏が冷たい事などどうでも良かった。
 みっともなくてもいい。令嬢としての矜持を忘れたと嗤われてもいい。

 この異常な状況から逃れたかった。

 老人は白い仮面の奥から青い瞳を覗かせ――黙する。

 一瞬彼の心が揺らいだのかと期待したが、アンバーに向かって老人の白手袋を嵌めた手が差し出される。

「ご同行願います。旦那様がお待ちです。一千万ポンドをお払いになったのですから」
「……いっせん……まん」

 急に自分が落札された金額を思い知らされ、足元が頼りなくなった。フラリと重心が揺らいだのを、老人が背中に手を当て支えてくれる。

 アンバーの実家は訳あって困窮していた。

 実家の現状を思えば一千万ポンドなど大金中の大金だ。そんな額を見ず知らずの女にポンと支払えるのは、どんな富豪なのだろう?

 奴隷としての扱いが決まってしまったも同様なのに、自分が幸せになれるとは思えない。

「嫌です……っ! お願いです! 帰してください!」

 激しく拒絶し老人を振り払おうとするが、彼は慣れた手つきでアンバーを押さえ込んだ。荒っぽい事をされていないのに、体のどこかを押さえられただけでアンバーは動けなくなる。

(この人……武術を嗜んでいる人なのだわ)

 察すると同時に、勝ち目のない現実に絶望が押し寄せた。
 自分は若く、相手は老いているからと高をくくっていた。従者をする者ならば、多少腕に覚えがなければ務まらない場合もある。

「……奴隷に、なるのでしょう? 鎖で繋がれて、非人道的な事をされて……。一生お日様を拝めない……」

 領地で慈善活動をした時、困窮した子供たちの姿を見た。また、自ら体を売る女たちも知っている。
 アンバーの父はなるべくそのような者がいなくなるようにと、必死に頑張っていたのに。彼女自身もまた、正義感に溢れた父のような立派な人に嫁ぎ、その手助けをするのだと思っていたのに――。

 白皙の頬を涙が伝ってゆく。

 それを哀れに思ったのか、老執事はアンバーを解放しかぶりを振った。

「旦那様はそのような事、お望みになっておりません。我が主はとても素晴らしい方です。奥様がご自身の待遇を良くしたいと思われるのなら、ご自分で旦那様に交渉されると宜しいでしょう」
「…………」

 グスッと洟を啜り、涙を拭う。

 そうだ、自分の道は自分で切り開かないといけない。
 ここにはもう、無条件で守ってくれる両親もいないのだ。

 地の利も無く下着姿で逃亡するなど愚の骨頂。老執事が言う通り話の分かる〝ご主人様〟ならば、アンバーも頭を使って対応すればいい。

 性的に手を出されるのは免れないとしても、地下牢に閉じ込められる生活と、メイドとして働かせてもらえるのでは雲泥の差だ。

(状況はいつどう転がるか分からない。……今は、生き抜く事を考えないと)

 領地にいる両親にいつか再びまみえるためにも、アンバーは一歩前に踏み出した。
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