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戦闘2
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「……私……っ」
――やっぱり『厄拾いのアンバー』だ。
あまりに情けなくて、涙が零れかけた。
目の奥が熱くなり、鼻がツンとする。
(――泣くな!)
けれどこの場で泣いてはいけないと、グッと歯を食いしばった。
パンッと思いきり自分の頬を張り、目の前の薄闇を睨みつける。
泣いてすべてが解決するのなら、世界中の誰もが泣いているだろう。けれどそんな事はありえない。
この事態を招いたのがアンバーならば、最終的にヴォルフが望む結末に向かうよう、彼女自身が上手に協力するのだ。
それしか、責任の取りようがない。
「……アンバー様、お気を落とされないでくださいね。私たちは戦う事が本職です。もちろん争いはなければそれに超した事はありません。ですが欲望を持つ人間が生きている限り、この世界から争いは消えないのです。私たちは、その時に大事な人を守るため喜んで戦います」
アンバーの心中を察したのか、シシィが穏やかな声で笑いかける。
――また階下で誰かの声がし、ガタガタッと物凄い音がした後に沈黙が落ちた。
「……愚かな主でごめんなさい。……これからは、本当に軽はずみな事はしないから……っ。もう誰も、……死なないで……っ」
震える声が静けさの中に落ちた後、階下でドォンッと屋敷を揺るがすような音がし、振動があった。
「ひっ!」
「誰かが玄関の扉を破壊しましたね。敵が複数なだれ込んできます。奥様は私の背後に立ってください。何かあった時は、私の指示に従ってくださいますか?」
「分かったわ」
先ほどまで思い出したようにあった争いの音は、今や絶え間なく聞こえるようになっていた。
ヴォルフが複数の敵を一人で相手にしている姿を想像し、アンバーの震えは止まらない。
その時、階下から「シシィ!」とヴォルフの怒号が微かに聞こえた。
「突破されたようです。旦那様を前にして押し通るとは、かなりの数がいたのでしょう」
アンバーを背に、シシィはドアを睨みつける。
やがてどこかからバタバタと足音が聞こえ、あちこちのドアを荒々しく開ける音が聞こえた。
一階から途中までも兵が配置されているのか、争う音も間近に届く。屋敷中から戦闘の音が鳴り響いている。
「か、家族は大丈夫なの?」
「地下のワイナリーに非難して頂いています。入り口のドアを閉じて施錠し、その前にも味方が配置されていますから大丈夫です。連れてきた軍の四十名ほどは、街の警備に向かわせています」
四十人の兵士と聞けば大層な人数に思えるのに、この時ばかりは大丈夫なのだろうかと不安になる。
だが考え事をしていられるのも、それまでだった。
「――来ます」
アンバーの寝室のドアがバンッと開けられ、その瞬間シシィの足が綺麗な弧を描いて男の頭部に回し蹴りを喰らわせた。
「がっ!」
文句なしの一撃に男は昏倒し、アンバーはメイドだと思っていた彼女の背後で固まる。
「……し、死んだの?」
「仕留めました。お部屋を汚してしまい、申し訳ございません」
淡々とした声で告げるシシィが、知らない人に思えた。
開け放たれたドアからは、同じフロアで繰り広げられる戦いが肉迫して聞こえてくる。剣戟に呻き声。声を漏らした『誰か』が、アンバーと気安く会話をした兵士なのかと思うと、心臓をギュッと握られた気持ちになる。
胸が早鐘を打ち、頭が痛い。アンバーはこの地獄のような状況をどう解決すべきか、必死になって考えていた。
――自分が狙われて、この状況になっている。
――自分がこの場にいれば、いま襲ってきた刺客が仕留められても、またいつ次が来るか分からない。
(……今晩持ちこたえたら、明日の早朝ヘレヤークトフントへ戻らなければ)
アンバーが家族に会いたいなど思ってしまったから、こうなったのだ。
「シシィ。現在のこの状況を何とかできたら、すぐヘレヤークトフントのお城に戻るわ」
「畏まりました。幸いあちらの人数もそう多くはないようです。聞こえる感じから、あと三十分以内には殲滅できるかと思います」
戦闘に長けている者は、物音からでも戦況が分かるのかと感心していた時――。
「奥様!」
シシィが思いの外強い力でアンバーを引き寄せ、ドア近くへ突き飛ばした。同時にガシャーン! と窓が派手に割れ、何者かが転がり込んで来る。
「奥様! そこの隅でじっとしていてください! 窓は盲点でした!」
シシィの指示が飛んだ直後、彼女の華奢な体目がけて剣が振り下ろされた。
「シシィ!」
だが鮮やかな体捌きで剣を避けると、シシィはあの鋼鉄の棘がついた拳で思いきり男の顔を数度殴りつけ、怯んだところで腹を殴り上げた。
「ぐぅっ!」
身を軽くするため軽装だった男は、腹部を押さえ崩れ落ちた。腰の高さまで落ちた頭部に、シシィが回し蹴りを喰らわせとどめを刺す。
「…………」
アンバーは言われた場所でまた固まっていたが、シシィに手を引かれ廊下にまろび出た。
「寝室が駄目になった場合、旦那様の元へお連れするよう言われております」
廊下を走り抜けるあいだ、油断なく見張っている軍兵とその足元に倒れている刺客が見えた。階段まで辿り着くと、シシィが「失礼致します!」とその細い体に見合わない力でアンバーを抱き上げた。
「きゃあっ!? シシィ!?」
「私に掴まってください。ショートカットをします」
何があるか分からないままシシィの首にしがみつけば、彼女は階段の手すりにお尻を乗せ、一気に滑ってゆく。
女性を支えにそんな事をすれば、普通ならもろとも体勢が崩れてしまう。しかし体の軸がしっかりし、腹筋も背筋も鍛え抜いたシシィは、アンバー一人の体重を支えても問題ないようだ。
何度かそれを繰り返し一階まで辿り着いた頃には、屋敷は静けさを取り戻していた。
「旦那様。アンバー様をお連れ致しました」
先ほどは咄嗟の事だったので「奥様」と呼ばれたが、シシィはもう冷静になっているらしい。
ヴォルフは玄関ホールの中央で仁王立ちになり、抜き身の剣を片手に前を睨んでいた。その足元には、二十十人以上の黒ずくめの男が折り重なっている。
「ご苦労。階上はどうなっている?」
「アンバー様のご寝所がある階では、B班が十三人倒しました。アンバー様のご寝所で私が二人。敵は屋根や庭木の上にもいるようです」
キビキビとしたシシィの報告を聞き、ヴォルフはアンバーに向かって手を差し出す。
「アンバー、こちらに」
「は……はい」
チラッとシシィを見れば頷いたので、おずおずとヴォルフの元へ歩み寄る。
その時を待っていたのか、玄関ホールの二階部分のバルコニーから人影が飛び降りてきた。
――やっぱり『厄拾いのアンバー』だ。
あまりに情けなくて、涙が零れかけた。
目の奥が熱くなり、鼻がツンとする。
(――泣くな!)
けれどこの場で泣いてはいけないと、グッと歯を食いしばった。
パンッと思いきり自分の頬を張り、目の前の薄闇を睨みつける。
泣いてすべてが解決するのなら、世界中の誰もが泣いているだろう。けれどそんな事はありえない。
この事態を招いたのがアンバーならば、最終的にヴォルフが望む結末に向かうよう、彼女自身が上手に協力するのだ。
それしか、責任の取りようがない。
「……アンバー様、お気を落とされないでくださいね。私たちは戦う事が本職です。もちろん争いはなければそれに超した事はありません。ですが欲望を持つ人間が生きている限り、この世界から争いは消えないのです。私たちは、その時に大事な人を守るため喜んで戦います」
アンバーの心中を察したのか、シシィが穏やかな声で笑いかける。
――また階下で誰かの声がし、ガタガタッと物凄い音がした後に沈黙が落ちた。
「……愚かな主でごめんなさい。……これからは、本当に軽はずみな事はしないから……っ。もう誰も、……死なないで……っ」
震える声が静けさの中に落ちた後、階下でドォンッと屋敷を揺るがすような音がし、振動があった。
「ひっ!」
「誰かが玄関の扉を破壊しましたね。敵が複数なだれ込んできます。奥様は私の背後に立ってください。何かあった時は、私の指示に従ってくださいますか?」
「分かったわ」
先ほどまで思い出したようにあった争いの音は、今や絶え間なく聞こえるようになっていた。
ヴォルフが複数の敵を一人で相手にしている姿を想像し、アンバーの震えは止まらない。
その時、階下から「シシィ!」とヴォルフの怒号が微かに聞こえた。
「突破されたようです。旦那様を前にして押し通るとは、かなりの数がいたのでしょう」
アンバーを背に、シシィはドアを睨みつける。
やがてどこかからバタバタと足音が聞こえ、あちこちのドアを荒々しく開ける音が聞こえた。
一階から途中までも兵が配置されているのか、争う音も間近に届く。屋敷中から戦闘の音が鳴り響いている。
「か、家族は大丈夫なの?」
「地下のワイナリーに非難して頂いています。入り口のドアを閉じて施錠し、その前にも味方が配置されていますから大丈夫です。連れてきた軍の四十名ほどは、街の警備に向かわせています」
四十人の兵士と聞けば大層な人数に思えるのに、この時ばかりは大丈夫なのだろうかと不安になる。
だが考え事をしていられるのも、それまでだった。
「――来ます」
アンバーの寝室のドアがバンッと開けられ、その瞬間シシィの足が綺麗な弧を描いて男の頭部に回し蹴りを喰らわせた。
「がっ!」
文句なしの一撃に男は昏倒し、アンバーはメイドだと思っていた彼女の背後で固まる。
「……し、死んだの?」
「仕留めました。お部屋を汚してしまい、申し訳ございません」
淡々とした声で告げるシシィが、知らない人に思えた。
開け放たれたドアからは、同じフロアで繰り広げられる戦いが肉迫して聞こえてくる。剣戟に呻き声。声を漏らした『誰か』が、アンバーと気安く会話をした兵士なのかと思うと、心臓をギュッと握られた気持ちになる。
胸が早鐘を打ち、頭が痛い。アンバーはこの地獄のような状況をどう解決すべきか、必死になって考えていた。
――自分が狙われて、この状況になっている。
――自分がこの場にいれば、いま襲ってきた刺客が仕留められても、またいつ次が来るか分からない。
(……今晩持ちこたえたら、明日の早朝ヘレヤークトフントへ戻らなければ)
アンバーが家族に会いたいなど思ってしまったから、こうなったのだ。
「シシィ。現在のこの状況を何とかできたら、すぐヘレヤークトフントのお城に戻るわ」
「畏まりました。幸いあちらの人数もそう多くはないようです。聞こえる感じから、あと三十分以内には殲滅できるかと思います」
戦闘に長けている者は、物音からでも戦況が分かるのかと感心していた時――。
「奥様!」
シシィが思いの外強い力でアンバーを引き寄せ、ドア近くへ突き飛ばした。同時にガシャーン! と窓が派手に割れ、何者かが転がり込んで来る。
「奥様! そこの隅でじっとしていてください! 窓は盲点でした!」
シシィの指示が飛んだ直後、彼女の華奢な体目がけて剣が振り下ろされた。
「シシィ!」
だが鮮やかな体捌きで剣を避けると、シシィはあの鋼鉄の棘がついた拳で思いきり男の顔を数度殴りつけ、怯んだところで腹を殴り上げた。
「ぐぅっ!」
身を軽くするため軽装だった男は、腹部を押さえ崩れ落ちた。腰の高さまで落ちた頭部に、シシィが回し蹴りを喰らわせとどめを刺す。
「…………」
アンバーは言われた場所でまた固まっていたが、シシィに手を引かれ廊下にまろび出た。
「寝室が駄目になった場合、旦那様の元へお連れするよう言われております」
廊下を走り抜けるあいだ、油断なく見張っている軍兵とその足元に倒れている刺客が見えた。階段まで辿り着くと、シシィが「失礼致します!」とその細い体に見合わない力でアンバーを抱き上げた。
「きゃあっ!? シシィ!?」
「私に掴まってください。ショートカットをします」
何があるか分からないままシシィの首にしがみつけば、彼女は階段の手すりにお尻を乗せ、一気に滑ってゆく。
女性を支えにそんな事をすれば、普通ならもろとも体勢が崩れてしまう。しかし体の軸がしっかりし、腹筋も背筋も鍛え抜いたシシィは、アンバー一人の体重を支えても問題ないようだ。
何度かそれを繰り返し一階まで辿り着いた頃には、屋敷は静けさを取り戻していた。
「旦那様。アンバー様をお連れ致しました」
先ほどは咄嗟の事だったので「奥様」と呼ばれたが、シシィはもう冷静になっているらしい。
ヴォルフは玄関ホールの中央で仁王立ちになり、抜き身の剣を片手に前を睨んでいた。その足元には、二十十人以上の黒ずくめの男が折り重なっている。
「ご苦労。階上はどうなっている?」
「アンバー様のご寝所がある階では、B班が十三人倒しました。アンバー様のご寝所で私が二人。敵は屋根や庭木の上にもいるようです」
キビキビとしたシシィの報告を聞き、ヴォルフはアンバーに向かって手を差し出す。
「アンバー、こちらに」
「は……はい」
チラッとシシィを見れば頷いたので、おずおずとヴォルフの元へ歩み寄る。
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