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グレース
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「三峯さん、NYのホテルにいたんですって? カッコイイ。近いうちに歓迎会が開かれると思うから、その時にでも話を聞かせてください」
休憩時間に気さくに話しかけてくれたのは、芳乃より二つ年下の木下という女性だ。
「ぜひ。……と言っても三年なので、序盤の失敗談が多いですよ。もう少し勤続できていれば、慣れてきて自慢話もできたかもしれません」
「またまたぁ! でも、失敗談も勉強になりますから、ぜひとも聞きたいです」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
木下の他は若い男性と、三十少しの女性がフロントのメンバーらしかった。
広々としたロビーにはコンシェルジュも立っていて、さりげなくこちらの様子を伺い、芳乃の働きぶりをチェックしている。
(早く慣れて、新人教育として皆さんの手を煩わせないようにしないと)
芳乃は心の中で気合いを入れ、休憩を終えるとまたフロントに立ち、ロビーに近づいてきた客に向かって丁寧に一礼した。
四月の最後の週に働き始めてから、あっという間にゴールデンウィークになり、かき入れ時になった。
その時は暁人も多忙そうにしていて、いつもより帰りが遅いのが当たり前になっている。
繁忙期はそれだけトラブルも多くなり、慣れているとはいえ、下から判断を仰がれるシーンも多いようだ。
また本社では梅雨や紫陽花などの雰囲気を取り入れたレストランメニューや、アフターヌーンティーイベントなども決定されていて、さらに夏の浴衣を着てのイベント、それぞれのホテルがある都市で行われる、花火大会に合わせたイベント、盆休みの集客についてなど、先手を打っての会議をしている。
芳乃も〝ゴールデン・ターナー〟にいた頃は、あちらの季節のイベントに合わせてホテルが模様替えをしたり、イベントを行っていたのを分かっているので、企画部などの忙しさも分かっているつもりだ。
そして他企業とコラボをする際に営業なども動き、総合的な判断を暁人がしていく流れも想像がつく。
彼はいつも涼しげな美貌のままだが、暑さと共に街中が活気づいていくのと共に、どんどん疲労と反比例して、やる気を漲らせているように見えた。
「仕事はどうだ?」
旬のアスパラを使った料理を食べ終えたあと、暁人がお土産にと買ってきてくれたケーキをつついていると、向かいのソファに座っている彼に尋ねられる。
暁人は例により甘い物は避けていて、自分で淹れたブラックコーヒーを飲んでいる。
ちなみに彼は、コーヒーや紅茶なら美味しく淹れられるようだ。
豆などにもこだわっていて、冷凍庫の中には様々な種類の豆があった。
「大分慣れてきました。勤めていたホテルと日本のホテルでは勝手が違うところもありますが、色々教えてもらって吸収しています」
「そうか、なら良かった。人間関係は?」
「良好です。フロントの皆さん、いい方ばかりです。今度の週末は歓迎会を開いてもらえるみたいで、楽しみにしています。……と言っても、全員が参加できる訳ではないので、一部の方に来てもらって、また次の週に不参加の方たちと……という感じです」
「そうか。丁寧な歓迎会みたいで良かった」
話していた時、テーブルの上に置いてあった暁人のスマホが着信を告げた。
「悪い」
「はい、どうぞ」
彼は仕事用とプライベート用と二台のスマホを持っていて、電話を受けたのはプライベート用の方だった。
と分かっているのも、最初の段階でそれぞれのスマホを教えられて、彼が席を外している時に仕事用に着信があったら、すぐに教えてほしいと言われていたからだった。
「Hello?」
(あ、海外の人?)
暁人が英語で応じたので、思わず芳乃は「珍しいな」と思ってピクッと反応する。
だが電話に聞き耳を立てるだなんて品がないので、聞こえていないふりをしてケーキの最後の一口を口に入れ、自分もスマホを弄り出す。
暁人は席を立ち、リビングダイニングを出て行く。
その口から「Grace?(グレース?)」と女性の名前を呼ぶのが聞こえて、思わず固まってしまった。
リビングダイニングの出入り口の、スライドドアが閉じる。
向こう側からは暁人の声が聞こえていたが、私室に向かったのかそれも小さくなっていった。
(グレース……。女性の名前……。プライベートのスマホ……)
情報をつなぎ合わせようとすると、不安がかき立てられる。
(恋人はいないって言ったけど、元カノ……とか? 宿泊業の副社長さんだから、仕事の関係で海外の人と関わってもおかしくない)
暁人が買って来てくれたピスタチオのショートケーキは、小さいながらもこっくりとした味わいがありとても美味しかった。
休憩時間に気さくに話しかけてくれたのは、芳乃より二つ年下の木下という女性だ。
「ぜひ。……と言っても三年なので、序盤の失敗談が多いですよ。もう少し勤続できていれば、慣れてきて自慢話もできたかもしれません」
「またまたぁ! でも、失敗談も勉強になりますから、ぜひとも聞きたいです」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
木下の他は若い男性と、三十少しの女性がフロントのメンバーらしかった。
広々としたロビーにはコンシェルジュも立っていて、さりげなくこちらの様子を伺い、芳乃の働きぶりをチェックしている。
(早く慣れて、新人教育として皆さんの手を煩わせないようにしないと)
芳乃は心の中で気合いを入れ、休憩を終えるとまたフロントに立ち、ロビーに近づいてきた客に向かって丁寧に一礼した。
四月の最後の週に働き始めてから、あっという間にゴールデンウィークになり、かき入れ時になった。
その時は暁人も多忙そうにしていて、いつもより帰りが遅いのが当たり前になっている。
繁忙期はそれだけトラブルも多くなり、慣れているとはいえ、下から判断を仰がれるシーンも多いようだ。
また本社では梅雨や紫陽花などの雰囲気を取り入れたレストランメニューや、アフターヌーンティーイベントなども決定されていて、さらに夏の浴衣を着てのイベント、それぞれのホテルがある都市で行われる、花火大会に合わせたイベント、盆休みの集客についてなど、先手を打っての会議をしている。
芳乃も〝ゴールデン・ターナー〟にいた頃は、あちらの季節のイベントに合わせてホテルが模様替えをしたり、イベントを行っていたのを分かっているので、企画部などの忙しさも分かっているつもりだ。
そして他企業とコラボをする際に営業なども動き、総合的な判断を暁人がしていく流れも想像がつく。
彼はいつも涼しげな美貌のままだが、暑さと共に街中が活気づいていくのと共に、どんどん疲労と反比例して、やる気を漲らせているように見えた。
「仕事はどうだ?」
旬のアスパラを使った料理を食べ終えたあと、暁人がお土産にと買ってきてくれたケーキをつついていると、向かいのソファに座っている彼に尋ねられる。
暁人は例により甘い物は避けていて、自分で淹れたブラックコーヒーを飲んでいる。
ちなみに彼は、コーヒーや紅茶なら美味しく淹れられるようだ。
豆などにもこだわっていて、冷凍庫の中には様々な種類の豆があった。
「大分慣れてきました。勤めていたホテルと日本のホテルでは勝手が違うところもありますが、色々教えてもらって吸収しています」
「そうか、なら良かった。人間関係は?」
「良好です。フロントの皆さん、いい方ばかりです。今度の週末は歓迎会を開いてもらえるみたいで、楽しみにしています。……と言っても、全員が参加できる訳ではないので、一部の方に来てもらって、また次の週に不参加の方たちと……という感じです」
「そうか。丁寧な歓迎会みたいで良かった」
話していた時、テーブルの上に置いてあった暁人のスマホが着信を告げた。
「悪い」
「はい、どうぞ」
彼は仕事用とプライベート用と二台のスマホを持っていて、電話を受けたのはプライベート用の方だった。
と分かっているのも、最初の段階でそれぞれのスマホを教えられて、彼が席を外している時に仕事用に着信があったら、すぐに教えてほしいと言われていたからだった。
「Hello?」
(あ、海外の人?)
暁人が英語で応じたので、思わず芳乃は「珍しいな」と思ってピクッと反応する。
だが電話に聞き耳を立てるだなんて品がないので、聞こえていないふりをしてケーキの最後の一口を口に入れ、自分もスマホを弄り出す。
暁人は席を立ち、リビングダイニングを出て行く。
その口から「Grace?(グレース?)」と女性の名前を呼ぶのが聞こえて、思わず固まってしまった。
リビングダイニングの出入り口の、スライドドアが閉じる。
向こう側からは暁人の声が聞こえていたが、私室に向かったのかそれも小さくなっていった。
(グレース……。女性の名前……。プライベートのスマホ……)
情報をつなぎ合わせようとすると、不安がかき立てられる。
(恋人はいないって言ったけど、元カノ……とか? 宿泊業の副社長さんだから、仕事の関係で海外の人と関わってもおかしくない)
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