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それより

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 彼を見つめて言葉を待っていると、柊壱は反対側を向き窓の外に視線をやる。

「副社長はお若いですが、三峯さんが思っている以上にしっかりされています。失態を招く事は決してしません」

 柊壱の言葉に何も言えず、芳乃は溜め息をつく。

「つらいと思っている時期は、働いて日々忙しくしていれば、いずれ過ぎ去るものです。お気持ちは分かりますが、早まった真似はせず、とりあえず今の環境のまま過ごすのをお勧めします」

「ですが……。いつまでもグレースさんに隠し通せないでしょう」

 それは一番恐れている事だ。

 白銀の言うふんわりとした〝多分大丈夫〟のような言い方とは比べものにならない、圧倒的な〝現実〟だ。

「彼女は今お二人が暮らしているマンションには、絶対来ませんよ」

「え? だって先日、銀座にあるバーで話していたのを聞いてしまったんです。『いつか同じ家に住みましょう』って」

 先日暁人をつけてしまった事は、すでに話してある。
 恥ずかしくて堪らないが、事実なので彼に突きつけた。

「来ないものは来ないんです。それより――」

 柊壱は溜め息混じりに言ったあと、脚を組み替える。

「今後、副社長がお迎えする海外からの客人をご存じですか?」

「い、いえ……」

 突然話題が変わり、芳乃は首を横に振る。

「アメリカの〝ターナー&リゾーツ〟のCOOが、日本進出のために副社長に話をしたいと申し出ています」

「えっ!?」

 まさかここでウィリアムが出てくるとは思わず、芳乃は声を上げる。

「極秘にお願いします。副社長が同棲し、懇意にされているあなたに関わる事だからお話しました」

「は、はい」

 急に色んな事が起こり、芳乃は混乱する頭を必死に落ち着かせようとする。

「恐らく、暑い夏は避けて秋には〝エデンズ・ホテル東京〟にいらっしゃいますね」

「…………はい」

 まさかウィリアムが日本に来るとは思っていなかった。

 いや、〝ターナー&リゾーツ〟はアメリカでは大手企業だったし、ヨーロッパにも事業を拡大している。
 ウィリアム自身も、アジア進出については言及していた。

「その時は君の実家に行ってみるのもいいね」……と言われたのは、遠い思い出だ。

 今までは芳乃自身もNYにいたため、ウィリアムが東京に来るという想像が現実的にできていなかった。
 彼はいつも出張があると言っては、広いアメリカ国内やヨーロッパへ行っていたため、アジアに赴くイメージがなかった。

(でも、考えられない訳じゃない。東京は世界中から注目されているし、アジアと言えば香港やシンガポールなども経済の発展地として有名だ。グローバルな企業にしたいと言っていて、彼が日本に興味を持たないはずがなかったんだ)

 考え直してから、ふ……と、自分が〝ゴールデン・ターナー〟で唯一の日本人スタッフだったのを思い出す。

(もしかして、日本や日本人の感覚を知りたくて私と付き合った?)

 不意にこみ上げたのは、嫌な想像だった。

 ふられたからと言って、わざわざ相手を悪者にする想像をするものではない。
 帰国してから、ウィリアムとレティを悪役にしたいのを必死に堪えてきた。

 だというのに、今になってその感情が蘇り、芳乃を黒く染めようとしている。

「……大丈夫ですか?」

 柊壱に声を掛けられ、芳乃はハッとして顔を上げる。

「は、はい」

 彼は少し沈黙して、何かを思案したあと口を開いた。

「副社長から、〝ターナー&リゾーツ〟のCOOとの話は聞いています」

 まさか婚約破棄された事が共有されていたと知らず、芳乃は羞恥に赤面して唇を引き結ぶ。

「……いえ。ご想像しているような、噂話目的での共有ではありません。人事も踏まえ、あなたがこれからも〝エデンズ・ホテル東京〟で気持ちよく働いていけるための、ビジネス的な情報共有です。勿論他の者には口外していませんから、お気になさらず」

 芳乃は彼に向かって小さく頷く。

(駄目だ。何でもすぐ被害妄想的に考えてしまう……)

 それだけ、二人の男に裏切られた心の傷は大きかった。

(どうしてこう、私って男性を見る目がないんだろう)

 自分自身に文句を言うものの、暁人に限っては己の選択を「失敗」と言いたくなかった。

 彼は少なくとも芳乃に悪意を持っていない。
 無条件で金を貸してくれて、献身的に接してくれた。

 感謝はすれど、恨む気持ちなど持っていない。
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