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私と結婚してください
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「好きな方を庇えたんですもの。私は本望です」
「あなたを刺した男は、うちの会社の社員だった者です。不祥事を起こして懲戒処分としましたが、関係者であった事に間違いありません。加えて、懲戒処分にした関係で、私を恨んでいた可能性も高いです。……それにあなたを巻き込んでしまい、申し訳なく思っています」
秀真の謝罪を、愛那はいつもの微笑みを浮かべたまま聞いている。
「女性の体に傷をつける事になり、言葉もありません。誠意を見せたいと思いますので、望みがあれば何なりと仰ってください」
真摯に告げた秀真に、愛那は目尻を下げてニコォ……と笑った。
その微笑み見た瞬間、秀真の体に悪寒が走る。
「――なら、花音さんと別れて私と結婚してください」
「…………何を……」
笑っているのに、目が笑っていない。
うつろな闇を湛えた目を向けられ、とんでもない事を言われて秀真は言葉を失う。
「先日お医者様から、お手洗いなどにも自分で行っていいですよ、と言われました。なのに私、歩けなかったんです」
微笑んだまま言われ、秀真の背中に冷や汗が浮かぶ。
愛那は狂気を孕んだ笑みを浮かべたまま、そっと秀真に手を差し伸べてきた。
「体の機能的には問題ないらしいのですが、心因性ですって。とても怖かったのですが、愛する秀真さんのためですもの。とっさに足が動いてしまいました。でも……怖かったです。冷たい刃が肉に埋まって、そこからカーッと全身が熱くなっていくんです。血が流れていくのが分かりましたし、ドクドクって脈打つ感覚もありました」
――なんだ、〝これ〟は。
目の前にいる、女の姿をした狂気を前に、秀真は怯えを感じていた。
「私、この先一生歩けないかもしれないんです。大好きな演奏会にも、車椅子になるでしょうね。……その時、花音さんと一緒の秀真さんにお会いするのかしら? 私が刺されたのを見たのに、花音さんは秀真さんと二人で歩いているんですね。その頃には、二人の間に可愛いお子さんがいるんでしょうか?」
愛那はあり得るかもしれない未来を口にしているだけだ。
だが秀真には、「そうなったら絶対にすべてぶち壊してやる」と言葉の裏で脅しているように感じられた。
「私は歩けなくなったのに、秀真さんと花音さんだけが幸せになるなんて、不公平ですよね?」
やんわりと、愛那が真綿で包むように脅してくる。
「瀬ノ尾グループの副社長さんなら、ここで私と結婚して責任を取ったほうが、世間体がいいんじゃないでしょうか?」
痛いところを突かれ、秀真は言葉を返せない。
それでも、花音と結婚したいという未来は絶対に諦められなかった。
「何をしたら許してくれるんですか?」
「いやですね、許すだなんて。私、怒っているだなんて言いましたか?」
突破口を見いだそうとしても、愛那ははぐらかして応じてくれない。
「花音に害をなす事だけは、絶対にやめてください」
「私がそんな事をする女に見えるんですか? 傷ついてしまいます」
歌うように言う愛那に、もう正論が通じるように思えなかった。
「第一、遠い札幌にいる花音さんの身の上に、何が起こるかなんて私に分かる訳ないじゃないですか」
「っ…………」
花音はもうすでに、愛那の手の者に見張られているかもしれない。
室内にいるというのに、秀真はとてつもない寒気を覚えていた。
「……花音にだけは手を出さないでください」
「いやですねぇ。本当に秀真さんったら、思い込みが激しいんですから。私はただ、『結婚してください』って申し上げているんです。……本当なら、女性の私から言わせるのではなくて、秀真さんからプロポーズされたかったんですけれどね」
大した言い合いをした訳でもないのに、秀真は疲弊しきっていた。
「……少し、考えさせてください」
立ち上がった秀真は、辞する姿勢を見せる。
「考えても考えなくても、秀真さんが取る行動は一つだと思いますけれどね。だって、私は腐っても胡桃沢商事の娘ですもの」
それは、言われなくても分かっている。
愛那は、日本八大商社に入る胡桃沢商事の社長令嬢だ。
本人も商社で働き、二十七歳ながら子供の頃から資産形成をして相当の財があると、以前に聞いた。
お嬢様という肩書きがなくても、彼女は十分自立した〝強者〟なのだ。
愛那が本気になって金を使えば、花音は簡単に潰されてしまうかもしれない。
商社として関わる以外に、あらゆる方法で花音に害を与えられると考えていい。
秀真一人の問題なら、どうにかなったかもしれない。
だが花音や洋子たちに迷惑が掛かる可能性があるなら、何をどうしても防がなければならない。
暗鬱たる気持ちで病室をあとにした秀真は、駐車場に待たせてあった車に乗り、帰宅した。
「あなたを刺した男は、うちの会社の社員だった者です。不祥事を起こして懲戒処分としましたが、関係者であった事に間違いありません。加えて、懲戒処分にした関係で、私を恨んでいた可能性も高いです。……それにあなたを巻き込んでしまい、申し訳なく思っています」
秀真の謝罪を、愛那はいつもの微笑みを浮かべたまま聞いている。
「女性の体に傷をつける事になり、言葉もありません。誠意を見せたいと思いますので、望みがあれば何なりと仰ってください」
真摯に告げた秀真に、愛那は目尻を下げてニコォ……と笑った。
その微笑み見た瞬間、秀真の体に悪寒が走る。
「――なら、花音さんと別れて私と結婚してください」
「…………何を……」
笑っているのに、目が笑っていない。
うつろな闇を湛えた目を向けられ、とんでもない事を言われて秀真は言葉を失う。
「先日お医者様から、お手洗いなどにも自分で行っていいですよ、と言われました。なのに私、歩けなかったんです」
微笑んだまま言われ、秀真の背中に冷や汗が浮かぶ。
愛那は狂気を孕んだ笑みを浮かべたまま、そっと秀真に手を差し伸べてきた。
「体の機能的には問題ないらしいのですが、心因性ですって。とても怖かったのですが、愛する秀真さんのためですもの。とっさに足が動いてしまいました。でも……怖かったです。冷たい刃が肉に埋まって、そこからカーッと全身が熱くなっていくんです。血が流れていくのが分かりましたし、ドクドクって脈打つ感覚もありました」
――なんだ、〝これ〟は。
目の前にいる、女の姿をした狂気を前に、秀真は怯えを感じていた。
「私、この先一生歩けないかもしれないんです。大好きな演奏会にも、車椅子になるでしょうね。……その時、花音さんと一緒の秀真さんにお会いするのかしら? 私が刺されたのを見たのに、花音さんは秀真さんと二人で歩いているんですね。その頃には、二人の間に可愛いお子さんがいるんでしょうか?」
愛那はあり得るかもしれない未来を口にしているだけだ。
だが秀真には、「そうなったら絶対にすべてぶち壊してやる」と言葉の裏で脅しているように感じられた。
「私は歩けなくなったのに、秀真さんと花音さんだけが幸せになるなんて、不公平ですよね?」
やんわりと、愛那が真綿で包むように脅してくる。
「瀬ノ尾グループの副社長さんなら、ここで私と結婚して責任を取ったほうが、世間体がいいんじゃないでしょうか?」
痛いところを突かれ、秀真は言葉を返せない。
それでも、花音と結婚したいという未来は絶対に諦められなかった。
「何をしたら許してくれるんですか?」
「いやですね、許すだなんて。私、怒っているだなんて言いましたか?」
突破口を見いだそうとしても、愛那ははぐらかして応じてくれない。
「花音に害をなす事だけは、絶対にやめてください」
「私がそんな事をする女に見えるんですか? 傷ついてしまいます」
歌うように言う愛那に、もう正論が通じるように思えなかった。
「第一、遠い札幌にいる花音さんの身の上に、何が起こるかなんて私に分かる訳ないじゃないですか」
「っ…………」
花音はもうすでに、愛那の手の者に見張られているかもしれない。
室内にいるというのに、秀真はとてつもない寒気を覚えていた。
「……花音にだけは手を出さないでください」
「いやですねぇ。本当に秀真さんったら、思い込みが激しいんですから。私はただ、『結婚してください』って申し上げているんです。……本当なら、女性の私から言わせるのではなくて、秀真さんからプロポーズされたかったんですけれどね」
大した言い合いをした訳でもないのに、秀真は疲弊しきっていた。
「……少し、考えさせてください」
立ち上がった秀真は、辞する姿勢を見せる。
「考えても考えなくても、秀真さんが取る行動は一つだと思いますけれどね。だって、私は腐っても胡桃沢商事の娘ですもの」
それは、言われなくても分かっている。
愛那は、日本八大商社に入る胡桃沢商事の社長令嬢だ。
本人も商社で働き、二十七歳ながら子供の頃から資産形成をして相当の財があると、以前に聞いた。
お嬢様という肩書きがなくても、彼女は十分自立した〝強者〟なのだ。
愛那が本気になって金を使えば、花音は簡単に潰されてしまうかもしれない。
商社として関わる以外に、あらゆる方法で花音に害を与えられると考えていい。
秀真一人の問題なら、どうにかなったかもしれない。
だが花音や洋子たちに迷惑が掛かる可能性があるなら、何をどうしても防がなければならない。
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