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2.繋がる糸
しおりを挟む『貴女、変わった力をお持ちね』
『……!』
初めて氷雨さんから小紋の注文を受け、座敷を訪れたのは去年の春先。
反物を選び、採寸をしているわたしの手をじっと見つめていたかと思えば、彼女が急にそんなことを言い出して言葉を失った。
反物や採寸など業務のことしか話してもいないのに何故、と二の句を告げられずにただ無言となったわたしに、彼女は栗色の瞳を細めて耳打ちをしてきた。
『あたしも変わった力があるの』
その日から、氷雨さんはわたしを指名して袖を作るようになった。
「…さて、入ろうかな」
氷雨さんより頼まれた翌日に葉茶屋高見の店の前までやって来たわたしは大きな店を見上げながら改めて気合を入れ直すと、外へ並べられた棚の上に置いてある茶葉の入った箱の間を抜けて、静かに暖簾を潜った。
店先から入口を潜り、土間に入っても茶葉の香りが漂っている。
人の目に留まるよう外へ並べられた箱と同じものが店内の奥に並べられ、急須などお茶に関するものが商品として置いてあった。その中の幾つかは使用され、試飲できるように、お湯も沸いているようだ。
いらっしゃいまし! という威勢の良い挨拶が届いてきたため、若葉色で細い縞模様の小紋を着ている従業員へ声を掛けることにした。
「すみません、千石呉服店のはつなと申します。御当主様はいらっしゃいますか?」
「いらっしゃいますが、ご用件はなんでございましょう?」
「こちらを見ていただければ、ご理解いただけるかと」
袖の中から紙に包んであるものを取り出して目の前に差し出す。
それを受け取り、奉公人らしき人物は頭を下げるとそのまま奥へ。
当たり前だが自分の実家である呉服店とは全く違う雰囲気に周囲を見回しながらその場で待っていると、先程奥へと向かった奉公人が戻ってきた。
「旦那様がお会いされるとのことでしたので、こちらへどうぞ」
手で示された方向へ、奉公人が先導して歩き出したため、ついていく。
客よりも他の奉公人であろう者たちが何事かとこちらを見ていたが、気にせず歩き、土間から奥へと続く廊下を進んだ。
一つの座敷前で足を止めた奉公人は閉じてはいない障子前で足を止めて、中にいる人物であるこの店の当主へ声を掛けた。
「旦那様、お連れいたしました」
「助かる。お前は店に戻っていいぞ」
「承知いたしました」
奉公人は当主の言葉に頭を下げて引き返していく。
それをその場で見送り、正座をして廊下に手をつき、深く頭を下げた。
「目通りの許可、感謝いたします。千石呉服店のはつなと申します」
「中へどうぞ」
顔を上げて、立ち上がると座敷の中へ足を踏み入れる。
ここもまた茶葉のいい香りが漂っていたが、どこからか少しばかり肌にまとわりつくような妙な感覚があった。ただ今はそれには触れず、葉茶屋高見の当主である人の前に改めて座った。
深緑の紬を身に纏う当主は恰幅が良く、どちらかといえばがっしりと筋肉質なその人は腕を組んで太めの眉を深く寄せ、口角を下げてぐっと唇を噛み締め、どことなく不機嫌な様子に見えた。
「氷雨からの紹介でどんな人物が来るかと思っていたら、まさか千石の娘が来るとはな」
不機嫌というよりは困っているのだろうか。
声に少し迷いが混ざっているように感じて、苦笑する。
「母とは旧知なのですね」
「ああ」
「氷雨さんより紹介していただきましたが、わたしが対応できるかは状況を聞いてみなければ判断できません。よろしければ、詳しくお聞きしても?」
「そうだな」
戸惑いながらも高見の当主は頷いて、ため息を一度吐き出すと。
目を伏せて切り出した。
ひと月ほど前、新規で店を開いた数日後のこと。
店先で当主の子供たちが客を呼び込むため外に立っていたのだという。
その店は商品としても扱っている茶葉を使って、椅子に腰掛けながらただゆったりとお茶を飲める場所で、店というよりは休憩所のようなものらしい。
美味しいと思ってもらえれば商品が売れる。そう考えてその店を作り、その日は子供たちにも手伝ってもらっていたところ、娘の元に一人の男が近寄ってきた。
キミが相手をしてくれるの、と尋ねてきたため、息子が間に割って入り、そういう商売とは違いますと強めの言葉で断って怯える娘を休憩所の奥にある調理室へ向かわせたという。
声をかけてきた、どことなく草臥れたような男は娘が離れていく姿を目で追い、残念そうに去っていったそうだ。
それからというものの、娘の元へ奇妙な葉書が届くようになった。
何か赤い実を使用して全面塗りつぶされた葉書が最初は届き始め、そのうち赤く塗りつぶされた場所が狭くなっていくごとにその下に書かれた文字が読めるようになってきたそうだ。
「文字、でございますか」
「これだ」
当主から差し出された葉書を受け取り見る。
裏面には赤く塗りつぶされた箇所と、その下に書いたであろう『呪』という文字があった。
その文字を見ただけで、なんとなく嫌な気分になってしまい眉間を思わず寄せた。
受け取った娘は相当な恐怖だろう。
「……これはまた」
「赤く塗ってあるだけのときには気にもしなかったが、文字が見え始めてからというものの娘の紅樹が怯えて私室から出てこなくなってしまってな」
困り果て、心配を露わにしているその様子は父親らしい表情を浮かべていて、先程までの当主らしい顔は少しばかり鳴りをひそめている。
なるほど、これはわたしの力ならば対処できるな。と頭の中で考えてから、うつむき加減の高見の当主へ話しかけた。
「……多分わたしが解決できると思われます。…が、解決にあたって御当主様には一つお願いしたいことがございます」
「何だね」
「今からわたしの力について説明いたしますが、他言無用にしていただきとうございます」
「紅樹の件が片付くならばもちろん内々で済ませることを約束しよう」
「感謝いたします」
畳に手をついて深くお辞儀をすると、「失礼いたします」と断りを入れてから当主との距離を少しばかり縮めて、氷雨さんのように小声で自分の力について耳打ちをする。
この力についての説明は簡単だ。
「わたしには、人を繋ぐ糸が見え、それを切ることが出来るのでございます」
「…ふむ」
納得いっていない相槌に苦笑してしまう。
それもそうだろう。
人を繋ぐ糸が見えるなど言われたところで、理解できないのも当たり前だ。
普通は人を繋ぐ糸など見えないのだから。
「厳密には、この指ぬきを通して、糸が見えます」
袖の中から少々古くなった指ぬきを左手のひらへ取り出す。
幼い頃に祖母から譲ってもらったもので、余り布と薄浅葱、白、桃色、若草色の糸を組み合わせて作られた指に通して使う輪の形をした指ぬきを、高見の当主は興味深く見つめている。
「この指ぬきを通して人を見ると……御当主様には赤と青の糸が繋がっております」
左目で覗き込むように指ぬきを通して見た高見の当主へそう伝えた。
高見の当主の指から、赤と青の糸がどこかへ伸びているのが見えたからだ。
指ぬきを目から離して、笑顔を向ける。
「大きな店の御当主様ですから、良くない糸もあるのではないかと考えましたが、奥様や身内へ繋がる赤と、ご友人方と繋がっている青以外見えませんのは素晴らしいことかと」
「そ、そうか」
褒められたことに気づいて、少しばかり照れたように笑った高見の当主は最初見せていた眉間を寄せて不機嫌そうだった表情はもう見えない。
糸がどこから伸びているのかと自身の体を捻りつつ見ている様子に、思わずわたしは笑ってしまう。
この人はいい人だ。糸の話しを驚きはするものの普通に受け入れて聞いてくれているから。
こんな人だから氷雨さんも紹介したのだろうと考えに至り、高見の当主へ続ける。
「娘の紅樹様に一度お会いしてもよろしいですか?」
「あ、ああ。私室に籠もっているから、案内しよう」
立ち上がって隣を通り抜けたため、わたしもまた立ち上がり後ろを付いていく。
「良くない糸というのはどんなものかね」
背後にいるわたしへ、高見の当主が背中越しに尋ねてきたので。
戸惑いながら答えた。
「赤はご夫婦や恋人、身内への親愛を。青は友人へ向けた博愛を。そして何者かから向けられた黒の憎悪です」
「……っ」
娘の紅樹さんが怯えているのであれば、たぶん糸は黒だ。
そう想像しつつも尋ねられたことへ答えると、高見の当主は無言のまま一瞬だけ息を飲んだ。
ひと月ほどなら、まだ状況は手に負えないものではないはず。そう願いながら廊下を進んでいると、ドタドタと足音が響いてきて、背中越しに大声が呼び止めた。
「父上! どこの誰ともしれぬ者を紅樹の私室へ連れていくのですか!」
振り向くと、高見の当主の息子であろう男が険しい顔で立っていた。
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