12 / 45
12. 凶兆
しおりを挟む仕事帰りにギルドへ立ち寄って、短い時間だけ立ち話。
時折、シェルの家へ行って、あれから少し興味の湧いた花飾り作りを見せてもらったり、ベリルのことを惚気たり。
忙しい仕事の間も、トールによる一喝が効いたのか、声を掛けられることは格段と少なくなった。
胸元を大きく開けた色気のある服よりも、落ち着いたものがいいかなと服を見に行ったり、引っ越すならば必要なものを買わないといけないのではと考えたり。
穏やかな時間を過ごしている間に、気づけば十日過ぎていた。
帰宅目安なので、十日ぴったりに戻るわけではない。道中何かあれば数日のズレはあるものだ。
南の田舎町から国東でもかなり大きなこのフォルナクスへ家出同然で飛び出したときも、予想以上に時間が掛かったことを今でも鮮明に彼女は覚えていたため、仕事へ出る準備をして昼頃には家を出た。
「あっれぇぇ、アゲートちゃん! 昼前から顔を合わすなんて運命だね!」
今日帰るかな、明日かな。
それとももう少し掛かるかな。
そんなことを考えながら路地を歩いていたためか、道を間違えて花屋の横に出てしまった。
おかげでやたらとナンパな店主のジルの声を聞く羽目になったので、呆れる。
「仕事へ行くために通りへ出て顔を合わせただけで運命を感じるなんて、もうそれは病気だと思うの」
「ああ心配してくれるんだね! ありがとう! ぜひお茶でもどうだい!」
「話し聞いてる? 仕事へ行かなきゃいけないから遠慮しとく」
「まあまあ遠慮せず! 良いお茶が手に入ったんだよ~! 香りもよくてさ! 一杯だけ! 一杯だけだから!」
うんざりしながらも人の腕をぐいぐいと遠慮なしに引っ張る男の腕を振り払おうとしたのだが。
「ちょいと真面目な話しをしたいのさ」
ぽつり、驚くほど小さな声が聞こえてきたので引っ張られるままにアゲートは店内へ。
とはいっても花屋なので店内は花だらけ。
店の扉も閉じていない。大声を出せば通り中に聞こえるだろうし、よくも悪くも丸見え。ささっと準備された椅子に腰掛けて、彼の準備するお茶の入ったグラスを受け取る。
ピンク色の、確かにいい香りが漂うお茶だ。
「あ、いい香り…」
「だよね! この前知人から貰ってさー! 美しい女性に振る舞ってんだよね、このお茶は美容にいいんだってさ!」
「美容に…確かに興味出る」
ピンク色のいい香りに加えて、美味。しかも美容にいいと聞けば、興味が湧くのも当然で。
温かなそのお茶を飲みながら目の前のテーブルに寄りかかって自分も同じお茶を飲むジルを見たところで、目が合った。
「話しって?」
普通の音量で聞いたせいか、ジルはにこにことしたまま。
どうしたのだろうと首を傾げたところで、急に普段の調子で喋りだした。
「シェルさんがさ、アゲートの配色センスが良いって褒めてたよ!」
「そ、そうなんだ」
「で、近いうちにまたおいでって言ってたから行ってくるといいよ! 貴重な話しを聞かせてくれると思うからさ! この茶葉差し入れに持ってって! あ、アゲートにもあげるから!」
勉強は苦手だったし、彼女は自分のことを賢いとは考えていない。
だが酒場で色々な人を見てきたことで、勘が働いた。ジルの言葉に引っかかるものがあって、差し出された茶葉を入れた紙袋を受け取り、いつもの営業スマイルで頷く。
「そうする。ありがとう」
「またねぇぇぇぇ!!」
いつものように両手を振りながらの見送りに苦笑いを浮かべ、仕事が始まるまでもう少し時間があるので、茶葉を届けにシェルの家へ足を向けた。
花屋は東西を結ぶ町道の西に位置している。
通りを挟んだ反対側に、この町でも有名な激安宿ススリ。その隣に伸びる細い路地へ入り、しばらく進んだ南西地区に花飾りを教えてくれたシェルの家はあった。
戸を叩くと「はぁーい」という最近よく聞く声。
戸を開けたのは、いつもの穏やかで優しげなシェルの顔。
「あら、アゲートじゃない。どうしたの? 仕事は?」
「ジルから預かったので、先に届けようかと思って」
「ありがとう! 美味しいお菓子の差し入れを貰ったの、小腹を満たしてから仕事行って。さ、どうぞ!」
大きく扉が開かれたので、受け渡した茶葉入りの袋を持ってキッチンに向かったシェルを見送りながら、慣れた足取りで室内へ。
「そこ座ってて~」
「ありがとうございます」
以前一緒に花飾りを作った椅子に腰掛けたところで、キッチンからお菓子を持ってシェルが戻ってきた。
だが先程出迎えたときのような明るい表情ではない。
不思議に思い、アゲートが彼女へ尋ねようとしたが、先に相手から切り出された。
「これ」
指先で差し出される小さなメモ用紙。
走り書きで、『怪しい男がアゲートの家を探してるから注意』とあって、アゲートが一気に青ざめた。
「相手に予想つく?」
頭を大きく左右に振る。
「ベリルは?」
「戻るのは早くて今日…です」
「じゃあいる間は安心ね。でも不在時が心配だわね、…私も曲りなりに元冒険者だけどすぐ辞めたから強くはないし。もちろん何かあれば私のところへ来てほしいけど、強い人で頼れる知り合いはいる?」
「最近…ジャスパ経由でギルドのルサミナさんと…知り合いに…」
ルサミナの名を出した途端、シェルの険しい表情が一気に安堵へと変化する。
「ルサミナさんと知り合っているなら、彼女に頼ればいいわ! ルサミナさんから弟子の話しを聞いたことはあるけど、ジャスパは新進気鋭と呼ばれるだけあるわね! 相変わらずいい仕事する」
想像以上に安心した顔になったために、アゲートは恐る恐るシェルへ尋ねた。
「失礼を承知で聞きたいんですが、…ルサミナさんってどう見ても、強そうには見えなくて」
「ああそうよね、今の見た目じゃ気さくな受付さんにしか見えないもの! あの人、ああ見えて相当な実力者よ。一度だけギルドで暴れているBランク冒険者を抑え込んだ現場にいたんだけど、流れるように叩きのめしていたのは爽快だったわぁ」
うっとりとした顔でシェルが当時を思い出しながら呟き、そして気を取り直したように「ふむ」と腕を組んで何か考え込んで、
「んー…。やっぱり、この件は私にちょっと考えがあるから、任せて!」
にっこり微笑むシェルに、アゲートは訳が分からない状況ながらも頷くしかない。
差し出されたお菓子を一つ受け取り口に運ぶと、また一緒に花飾り作りしましょと誘われたので「もちろんです」と笑ってようやく仕事へ足を向けた。
細い路地を歩くよりは一度大通りに出たほうが早いので、アゲートは一旦ススリの横の細い路地から通りへ出ると、そこから街道と町道の交わる噴水横を通り抜け、職場へ。
歩きながら、頭の中は不安だらけだった。
ベリルがいれば安心だが、不在時はどうすればいいだろうか。
シェルが任せてと言っているのだから、任せるしかないのだろうか。
自分でできる自衛はできないのだろうか。
頭の中はそんなことしか浮かばない。解決策はどうしても浮かばず、見えてきた酒場を見てため息が出たときだった。
「どうしたーね?」
「!」
声を掛けてきた主がすぐに誰か分かって、彼女は急いで顔を上げた。
不思議そうな顔を浮かべている、十日ぶりのベリルだ。
胸の中に渦巻く不安のまま、抱きついてしまいたい衝動に駆られたが、どうにかぐっと我慢して。
苦笑いを見せた。
「仕事憂鬱だなーって」
「ふーん」
「おかえりなさい」
「ただいまーよ」
色付きメガネの向こうで、あの温かな赤い目を細めているのがなんとなく彼女にも分かる。
「疲れたから家で休む?」
「そうさせてもらおうと考えてたーね」
「鍵どうぞ」
手のひらに鍵をそっと乗せて「行ってきます」と笑顔で手を振り酒場へ。
不安で震えそうな心地はしたが、どうにか笑えて彼女自身もホッとした。
0
あなたにおすすめの小説
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる
西野歌夏
恋愛
ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー
私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
戦姫のトロイメライ~断罪される未来が視えたので先に死んだことにしました
志熊みゅう
恋愛
十三歳の誕生日、侯爵令嬢エディット・ユングリングは、自分が死ぬ瞬間を"夢"に視た。
卒業舞踏会で、婚約者であるフィーラ帝国・第一皇子マティアス殿下から、身に覚えのない罪で断罪され、捕らえられる。傍らでは見知らぬピンクブロンドの令嬢が不敵に微笑む。貴族牢のある北の古城に連行される途中、馬車ごと“死の谷”へと落ちていった――そんな妙に生々しい夢。
マティアス殿下は聡明で優しく、エディットを大切にしているように見えた。だから誰もその"夢"のことを気に留めなかった。しかし、兄の怪我、愛猫の死、そして大干ばつ――エディットの"夢"は次々と現実になっていく。ある日、エディットは気づく。この"夢"が、母の祖国・トヴォー王国の建国の軍師と同じ異能――"未来視"であることに。
その頃、一年早く貴族学院に入学したマティアス殿下は、皇宮から解放され、つかの間の自由を知った。そして、子爵令嬢ライラに懸想するようになる。彼女は、"夢"の中で冷酷に微笑むあの令嬢に瓜二つ。エディットは自分が視た"夢"が少しずつ現実になっていくことに恐怖した。そんな時に視た、黒髪の令息が「愛しているよ」と優しくはにかむ、もう一つの『未来』。エディットは決心する。
――断罪される未来を変えたい。もう一つの未来を自分で選び取る。
彼女は断罪される前に、家族と共に自らの死を偽装し、トヴォー王国へと身を隠す。選び取った未来の先で、エディットは『戦姫』として新たな運命の渦に飲まれていく――。
断罪の未来を捨て、愛する者のために戦う令嬢の恋愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる