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14. 知人→友人
しおりを挟む依頼して求めた回答がまとめられている一枚の紙をルサミナは、普段の穏やかな目は影を潜め、じっと鋭い目だけを動かして読んでいた。
夜で人も少ないとはいえギルドの中が普段よりも静かなのはルサミナの苛立ちが部屋全体に伝わっているためで、屈強な外見の男たちが小声で語り合ったり、何かに巻き込まれたら困ると言わんばかりに外へと退出している。
(……ゴルってこの男、女子供に暴力的で? 男には屈服? 服従? はぁ……情けなさすぎてため息しか出ない。ベリルたちが出発して二日、帰宅しないと確証を得てそろそろ動き出すかしらね)
鋭い目をそっと伏せ、ため息を吐き出したときだった。
ギルドの入り口から低い鈴の音が聞こえたと同時に、バタバタとルサミナへと駆け寄る大きな足音。
そして。
「しっ師匠! あの男がいつもと違って怪しい動きしてたんで引き続き見張ってたら無理やり室内に押し入ろうとしたんで、とりあえず気を失わせたんですが! どうしますか! というかオレ! 一般人攻撃しちゃって大丈夫っスか!?」
勢いよく飛び込んできたのは、現在ルサミナの指導で強くなるために修行中の男。カウンターに手をついて、がたんと大きく身を乗り出した。
頭の後ろで一つに結んだ黒髪が尻尾のように揺れ、グレーの瞳がいつも以上に焦りを帯びている。
青ざめた顔で悲鳴にも似た声を上げるので、ルサミナは持っていた依頼の回答書をカウンターへ置いて問う。
「サルティのやったことに問題はないから気にしないでいいわ。それよりアゲートは無事?」
「本人に怪我はもちろんないですけど、部屋の置物? みたいなのが落ちてしまって…あっ用心のためにもシェルさんのお宅にカノジョはお連れしてあります!」
「そう、ゴルはアゲートの家の前で伸びてる?」
「はい! ちょい強めに打ち込んだんで!」
「……んー、このまま私が締め上げたいとこだけど、これはベリルにさせようかしら。じゃあ面倒かけるけど、噴水前辺りまで引きずっていって、あとは放置しといて。目が覚めたら勝手に家に帰るでしょ」
「任されました! では!」
ルサミナがサルティと呼んだ男は目つきが悪いながらも元気よく師匠と慕う彼女に返事を返し、再び勢いよくギルドを出ていく。
北のヒマリアでベリルたちが依頼を終えて戻った日の朝、以前冒険者だったシェルから入った依頼は『アゲートの周りでうろつく男の身元調査』だった。
最近ジャスパから紹介されて時折仕事終わりに世間話をするため訪れるようになっていたアゲートが不審な男に周辺を彷徨かれている。力の弱い女性からすれば、それはかなりの恐怖だろう。
すぐにルサミナはジャスパのあとに弟子となり冒険者ランクとしても信頼と実績があるサルティへ、依頼を頼んでいた。あっという間に調べ上げ、報告書としてまとめてくれたのは、アゲートの周囲で彷徨いていたゴルという男の行動とその理由、性格。
眉間を寄せつつ、はあと重苦しいため息を吐き出してカウンターに肘を付く。
そのままの姿勢で置いてある回答書へ再び目を落とした。
苛立ちのせいで、テーブルを人差し指の先でタンタンと強めに叩いて気持ちを鎮めようとする。
(……ベリル早く帰ってきてあげて。今のあの子は貴方に一番そばにいて欲しいのだから)
「よく眠れた、とは言えないか。落ち着いた?」
「なんとか」
前夜、顔だけ見知った男に家へ押し入られそうになったところを冒険者の男に助けられたアゲートはシェルの家でほっと一息ついてから、ぐったりと精神的に疲れたおかげで眠ることはできた。
とはいえ、夜中に何度か目が覚めていたため落ち着いたのも朝方になってからで、彼女は寝起きで酷い顔をしている自分へ優しく問いかけてきたシェルに疲れ顔の笑みを向ける。
外から聞こえるのは鳥のさえずる声。初夏の朝の日差しはまだ柔らかく、今日は暑くなさそうだと窓から外を見て、彼女は昨夜のことを思い出してため息をつく。
せっかく彼からもらった花で作ったものが壊れてしまった。
家の戸を開けて閉める際に足で扉を止められて閉めきれず、侵入を許した…までは油断。周囲に人がいたかどうか見ていなかった。
引っ越す準備のために花をオイルに漬けたガラス瓶を移動させていたことで落ちて砕けた…のは完全に自業自得。抵抗した際に手が当たってしまった。
家に押し入られたことよりも落ちて壊れてしまったことが彼女は悲しくてたまらなくて、俯く。
「仕事どうする? 休めるようなら、休む?」
この家の家主であるシェルから届く気遣いの言葉になんとか笑顔を向けて、否定する。
「いえ、働いたほうが気が紛れそうなので行きます」
「そう、それなら呼んで良かったかも」
彼女の言葉の意味が理解できず、首を捻ったちょうどのタイミングでシェルの家の戸を叩く音と、扉の向こうから響く聞き覚えのある声。
「シェル~、来たわよー」
「ああ、いらっしゃい。開いてるからどうぞ」
開いた扉の向こうには、同じ酒場で働くマリーがいた。昨夜も同じ時間帯に働いて何度も顔は合わせたはずなのに、見える笑顔は不思議なほどホッとさせる。
マリーはというと、アゲートと目が合うなり、手に持っていた袋を近くにいたシェルへと投げ渡してから今にも泣きそうな顔で駆け寄った。
「怪我はない!? 怖かったね…!」
「マリーさん、なんで、ここに…」
「わたし、シェルとは幼馴染なの。偶然、酒場で再会してね」
「そうそう」
二人がお互いの顔を見合って明るい声をあげて笑い合うので、アゲートも少しだけ引き攣りながらも釣られて笑う。
「そうそう、お腹すいたでしょ? レグルのパン買ってきたよ! 空腹だと悪いことばっかり考えちゃうから、食べて!」
さっきシェルへ投げ渡した袋の中からマリーがたくさんのパンをテーブルへと広げる。一気に美味しそうで色々な香りが部屋中に広がって、空腹を刺激されてグゥと鳴った。
思わずお腹を抑えてアゲートは照れ笑い。
「……お腹すいたかも」
「よし、食べよ!」
シェルの言葉を合図に、テーブルに広げたパンの中から好きなものを選んでそれぞれ口に頬張る。
少し前に花屋のジルから渡されたピンク色の温かなお茶と美味しいパンを食べて、ホッと肩の力が抜けていく感覚。
目の前では女性二人の楽しそうな語り合いが続くが、そこに入れないということもなく、寧ろアゲートも加わることのできる話題が多い。好きな食べ物、仕事、たまにシェルだけしかわからない冒険者の話しなど。
こうやって過ごしてみて気づいたのは、コスモと話すときは彼女自身の話題が多くて相槌を打っていることが多かったこと。
一夜の仕事も最初に誘ってきたのはコスモで、本人がしていたからだ。お金になるよ、と言われて日々生活が苦しかったために稼ぎたい一心だった。
このクリーム、体がスベスベになるよと勧められたこともある。使わせてもらって、納得して買うようになった…とはいえ高くて遠慮なく使える余裕はあまりなく結局何度か購入しないか声を掛けられても断らざるを得なかった。
酒場で働き出した初日、緊張している中で気さくに声をかけてくれたのもコスモだった。休日も遊びに誘ってくれたりして、ただ嬉しかった。
この町に来てからコスモと過ごすことは多かったが、それ以外との付き合いは出来ていない。
だが少なくとも一緒に過ごしているときの彼女は良い人だった。
全てが善意だけではなかったかもしれないが、アゲートは今でも嫌いではない。
ただ相手にとって嫌なことをしたのは事実で、それによって嫌われたのならどうしようもない。
お盆から溢してしまったものを元に戻すことができないのは、仕事の経験上よく知っている。
「どうしたの?」
不思議そうな表情で首を傾げたマリーに問われたので、お茶を飲んでから苦笑した。
「あたし、こうやってただ語り合うことってあまり今までなかったなぁって。ルサミナさんとやり取りするようになってからも思ってましたけど、勿体無いことしてますね。もっと色んな人と話してみれば良かった、この町には本当に色々な人が大勢いるのに」
ため息混じりに苦笑している疲れ顔の彼女へシェルはお茶を一口飲んでから真面目な顔で切り出す。
「……アゲート、言われないとピンとこないこと一つ教えてあげる」
「は、はい」
「人間って今が一番若いのよ」
「……?」
「何それ?」
至極当たり前のことを、真面目な顔で言うシェルにマリーが呆れ顔を浮かべてテーブルに肘をつくが、それに対してこほんとわざとらしく咳払いをしながら元冒険者の話しが続く。
「今が一番若くて、明日は今より歳をとっている。気になることやり残していることがあれば、これから実行すれば良い。後悔してる時間が勿体無い! っていうのがルサミナさんから聞いた言葉! 私からの言葉じゃないんだ~!」
あははとシェルは笑ってから、アゲートへ向けて右手をひょいと差し出す。
それを目を瞬かせて無言で見返したところで、シェルがにこりと微笑んだ。
「私と、知人から友人にランクアップなんてどう? 今ならなんと! 花飾り作り体験付き!」
「冒険者らしい表現! でも良いわね、わたしからもお願いしようかな!」
差し出された手を見つめて、困ったように眉を下げながらもアゲートは笑って二人の手を取った。
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