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前編
しおりを挟む行きつけのスーパーの自動ドアの前に立つが、閉まったまま開くことがないため思わず自動ドアを見上げた。
現在は昼間。人もそれなりに多いし、店は休みでもない。
自動ドアから数歩離れて見上げている間に、別の誰かがドアを開けてスーパーの中へと消えていく。
開くよねぇ?
自分のときには開かなかったことを疑問に思いつつ首を捻る。
偶然反応が悪かっただけかな。そう考え直して、また自動ドアの前へ。
反応、なし。
「入店拒否かぁ…」
数歩また退がり、ため息混じりでスーパーを見上げる。
店内の賑わう人の声や流されている音楽が耳へ微かに聞こえてきた。
短めの釣竿を右手で握りしめて、襟だけ白く、紺色で大きめのフィッシングジャケットのポケットへ左手を突っ込む。
数時間でもいいから釣りへ行きたくて準備して、このスーパーで飲み物と食べ物を購入したら向かうつもりだった。
ここで買いたかったのだけど無理なのであれば、釣り場の港までの間にスーパーかコンビニがあったかな、とその場で考えていると。
「……ここも…」
掠れたような涙声が聞こえてきて、思考の中から一旦現実へ戻る。声の主を探すまでもなく、開いていないスーパーの自動ドアの前で白いロングシャツ一枚着た細身の誰かが肩を落として落ち込んでいた。
ダボついたロングシャツなのに、見える素足でその人物がかなりヒョロリと細いことがわかる。
自分と同じように自動ドアが開かないらしいのは一目瞭然だった。
普段なら声をかけることなんてしないけど、なんとなく同じ境遇に共感して話しかけることに。
「ねぇ」
「…!」
声をかけただけなのに、驚きで目を丸くしてこっちを見つめて返した相手は、思っていたより儚げで優しげで目鼻立ちの整った可愛い子だった。肩まで伸びた明るい茶髪は日差しを浴びて煌めいて見える。
半泣き状態ではあったけど。
声を掛けたとはいえ何を話そうか考えてはいなかったので、単純に泣いている理由を尋ねてみることに。
「なんで泣いてんの?」
「はなっ、……話しかけられたぁっ…!!」
「…えぇ?」
驚きの顔をした理由はそれだったようで、目元は涙があるものの、肩まで伸びたキレイな茶髪を少しボサつかせている彼女は、思わず困惑の顔を浮かべたためか慌てたように身振り手振りしつつ説明を始めた。
「お、起きてからここへ来るまで全然誰かと話せることもなくて…! 話しかけても無視されてたから、おど、驚いて……!」
「あーそりゃあ驚くね」
苦笑して同意すると、それが何故か嬉しかったようで指で目をごしごしと擦りながら頷くから、離れていた距離を縮めて同じくらいの身長の彼女の白い手を掴んで止める。
「そんなに長く擦っちゃダメだよ、目が傷ついちゃう」
「……っ!」
至近距離で掴まれた腕を見つめて、ぼっと赤くなった彼女がこちらを見返してきた。
そこで気がついたのは、彼女の瞳が青に近かったこと。色素が薄いというよりは色が自分たちと少し違うので、目が合って赤く照れた彼女の掴んだ手を離す。
「えぇと、急に掴んでごめんなさい。……外国の方?」
「…クォーター。生まれはこっち」
頭を左右に振りつつ目を逸らしてそう教えてくれた彼女は白シャツの袖で涙を拭ってから、はあと一息つくと目線が一箇所で固定。
釣竿を見つめているから、目の前に差し出して見せる。
「釣竿、見たことない?」
「動画でしか…、今から釣りに?」
「そのつもりで飲み物と食べ物買いに来たんだけど、自動ドア開かなくてさ」
笑いながら、閉じている自動ドアの前に立って無言で思わずドアの上を見る。
隣に立った彼女も同じように見上げる。
やっぱり開かない。
偶然にしては開かない事象が頻発してない?
「こ、壊れているとか……?」
「それがさ、他のお客さんのときは開いてるんだよ」
手招いて自動ドアの前から離れて距離を開けたところから眺めていると、タイミング良くやって来た腰の曲がっているおばあさんが自動ドアの前にゆったりとした足取りで立ち止まった、と同時に自動ドアがちゃんと開いた。当たり前だけど、おばあさんが通り過ぎたらまた自動ドアは閉じていく。
それを二人で見てから首を傾げ合う。
「自動ドアに入店拒否されて困ってるんだよね、買いたいものあるのに」
「か、悲しいね」
「別に? 入れないくらいどってことない」
笑って答えると、細身の彼女は何故か目を見張って尊敬の目を浮かべてくるから苦笑いして、一息。
「とりあえず他の人が開けたときを見計らって入ろうかな。あなたもそうしたら?」
「……ぅん」
どこか戸惑うように頷いた彼女と、次にやって来た幼い男の子を連れた母親の二人組が自動ドアを開けたと同時にようやく入店。
スーパーの中は人で賑わっていて、先ほど一人で入店していたおばあさんがかごを腕に下げて商品の野菜を眺めていたし、一緒に入店した親子連れはお菓子コーナーで何か語り合っている。
真っ直ぐ飲み物コーナー目指して歩いていくと、彼女が後ろに付いてきた。
「目当てのもの探しに行かなくていいの?」
「ぅん、特にないから」
「?」
「散歩してたんだ、越して来たばかりで景色が珍しくて色々見てた。話しかけても無反応な人ばかりでなんて冷たい人ばかりなんだって悲しくなってきてたけど、キミと話せたからちょっと考え直すよ」
さっき話しかけても無視されたと話してたなぁなんて考えながら、飲み物を選んで掴もうとして。
握ることができなかった。
掴もうとしたのに避けた、というわけでもなければ、倒したわけでもない。
ペットボトルは動いていないのに、指が通り抜けて掴むことが不可能だった。
「へ?」
「え……」
さっき彼女は確かに掴めたはず。そう考えて、確認のために隣にいる彼女の細い腕を掴む。
触れることができた。急に掴まれたことで、彼女はぎょっとしている。
他のペットボトルを掴んでみようと手を伸ばしてみたけど、さっきと同じ。
そこに存在しているのに、掴めない。通り抜けてしまう、まるで存在していないかのように。
自分の手を見つめてみても、いつも通り陽に焼けた色黒の手のひら。可愛げのない手しかない。
ペットボトルではなく、お菓子コーナーに並んでいる適当に選んだチョコレートを手にしようとしたけど、予想通り触れることはできなかった。
「見て」
隣にきた神妙な面持ちの彼女が、同じように物を掴めないことを証明する。
彼女もまた指を広げたものの空を切り、通り抜け、何も掴めないようだ。
「どういうこと?」
「……まさか死ん……」
首を捻る隣で彼女の顔色が真っ青に変化。
口元をばっと抑えてこちらを見るから、肩を竦めて見せる。
「まあ人はいつか死ぬよね」
「……普通死にたくないって考えない? なんでそんな達観しているの? キミ何歳?」
眉間を思い切り寄せた彼女が聞いて来た質問の中で応えられるものだけ教えることにした。
「私、十五歳。あと、キミではなくて、名前はなずな」
「可愛い名前だね。じゃあ、こっちのことはひばりって呼んで。十七歳だよ」
「年上!? 年下かと……」
「二年ほど入院しててね、ようやく退院できたとこなんだよ」
にこりと笑って答えてきたその言葉を聞いて、先ほど死にたくないはずと答えた理由を理解する。
どんな理由で入院していたのか聞く気はないが、少なくとも治療の間は死と隣り合わせだっただろうことは想像に難くない。
戦い抜いて生を勝ち取って来た人にとって『いつか人は死ぬ』という言葉は聞きたくないだろう。
「ごめん、…なさい。さっきのは失言すぎた」
「気にしないで」
笑顔のままでひばりは店外へ指を向けて外へ行こうと口にすることなく促してきたため、自分もまたそれに頷いて外へ足を向ける。
買い物をしたくて入店したというのに買えないばかりか商品を手にすることさえ出来ないのであれば、ここにいても意味がないためだ。
外へ出るにしても自動ドアが開いてくれなければ出ることもできないため、先ほどと同じように誰かが開けたタイミングで外へ。
二人並んでスーパーを見返し、見上げたまま口を開かなかったが一息ついてからひばりへ声を掛けた。
「釣りできるか分からないけど港行こうかな、ひばりさんはどうする?」
「ひばりでいいよ」
名前の呼び方について主張してから、ここからは見えない港へ目線を向けて呟く。
「一緒に行こうかな」
「うん」
彼女の言葉に相槌をして、スーパーから左へ歩き出し、半歩遅れてひばりもまた港へ向けて歩き出した。
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