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9.一番伝えたい言葉
しおりを挟む「傘も差さず、如何されましたか?」
白龍の巫女は穏やかな声でそう話しかけ真っ直ぐにこちらへ向き直り、社のそばから朝陽の元へ数歩足を進める。
小雨となった状態でも朝陽は雨宿りのように社へ身を寄せる素振りはせず、その場で巫女を見つめ返して話しかけた。
「大事な人を傷つけてしまって……、腹が立ってたまらず、苛立ちのまま暴れてしまいました」
巫女は言葉を挟まず無言で朝陽の次の言葉を待っていたので、彼は俯く。
全部吐き出してしまえば少しは楽になるのだろうか。そう考えたらもう我慢できず、気がつけば勝手に口が動いてしまっていた。
頭の中には、幼い頃の思い出がいくつも思い浮かぶ。
楽しかった記憶が多いのは、やはり兄弟仲が良かったからだろう。
今ではその欠片もないが。
「……兄上たちと昔ほどではなくても普通に語り合いたいというのは、後継争いになってしまった今はもう難しいのかもしれないと理解しているのに、日々残念でならなかった。ですが、彼女を傷つけた兄を今後許すことはできないから、もうこれに関して諦めはつきました」
「……」
「後継になんてなりたくない。見知らぬ相手と婚姻なんて俺は嫌だと、明日父に伝えるつもりでいるんです」
そこまで一気に話し終えたところで、朝陽は俯いていた顔を上げて巫女へ向けて苦笑する。
巫女は静かに佇んだままだが、差した傘の下で僅かに首を傾げてこちらを見つめている。
やはり全く口を挟まない。
「父上と話して廃籍となったらもうこの町に居ることはできないですが、彼女を傷つけてしまった以上、顔を見るのも向こうが辛いかもしれないと考えると……それが一番かもしれないですよね」
ははっと乾いた笑いを発して、朝陽は瞳を閉じると大きく息をつく。
胸の内にあった苦しい気持ちを巫女に吐露できたことで、ほんの少しすっきりできた。
実際は何も解決していないし、綾菜と会えなくなることは悲しくてたまらないが。
彼女が自分のことで巻き込まれることなく元気でいてくれれば、それでいい。
黙り込んでいる巫女がさくと足元の砂利を踏んで、また近づいてきたので朝陽は首を傾げる。
巫女は傘を畳むと、ここでようやく口を開いた。
「本音は?」
「……え」
「話していてもあなたの奥底に悲しみが見えます。……先ほどもお話しましたでしょう? 白龍は真っ直ぐ懸命に生きる者の味方です」
「…」
何が巫女に見えているのだろうかと朝陽がひたすらに奇怪な雰囲気を醸し出す巫女を見つめ返していると、彼女は真っ直ぐに真上の空を指さした。
指差す方向へ朝陽が目を向ける。
雨が降っていたはずなのに、いつの間にか雨はやんで薄い灰色の雲が空に広がっている。笑顔の彼女が指さした真上だけ薄い灰色の雲が割れていて、そこからだけ青空が顔を出し、まるで雲が何かに引き裂かれたかのような。
それはまるで白龍が姿を表したかのような、不思議という言葉ですら言い表せられない状況だった。
その雲の隙間から、太陽の光が差し込んで、きらりと眩しい。
食い入るようにその空を見つめている朝陽に巫女は手を下ろすと、微笑んだ。
「信心深い者に寄り添い、苦しみ悲しみを和らげるのが白龍の願い。ですが、…そうですね。この件に関しては当人同士で話すほうが良いかもしれません」
「……当人同士、ですか」
顔を見たくないだろうに話し合えるものなのだろうか。思わず朝陽は彼女へ目を向けながら復唱する。
だが巫女はそれを全く意にも介さず、笑顔で先ほどの言葉をもう一度口にした。
「白龍は貴方の味方ですよ。貴方の本音は、どこですか?」
「本音……は」
どくんと大きく鼓動が鳴り出して、朝陽は胸元の胴着をぎゅうと掴む。
先ほどまで自分に降っていた雨の雫が頬を滑り落ちていく。
この町でずっと深く信仰されている空に昇った白龍が味方。その言葉は驚くほど胸の内に響いて、素直に気持ちが口から出ていた。
「あ、…………綾菜さんと一緒に、いたい、です」
「はい、よく出来ました。では、当人同士で話し合ってみてください」
「……んん…?」
思わず朝陽が顔をしかめて巫女を見つめる。
ここで初めて、何故自分が来たときすでに巫女が社の前に居たのか、理解した。
巫女の体と傘でほとんど見えていなかった社の端に、小さな人影。
傘を畳み、俯いているその影の主は、綾菜だった。
それを理解した途端に思わず見た巫女の笑顔が、すさまじく恐ろしいものに見えた。
巫女は初めから綾菜がここにいることを知っていて、奥底の本音を口にさせたということだから。
急激に顔が熱く火照り、彼は信じられないものを見るかのように巫女へ目を向けたが、相手は素知らぬ様子。
「少し離れておりますから話し合ってみられてください。今日解決せずとも良いのですよ、お二人共」
微笑む巫女が鳥居側へと歩いていき、それを横目で見送る朝陽の近くに綾菜が傘を握りしめながら俯きつつ歩いてくる。
先ほどと同じ淡い浅葱色の小袖はキレイに整えられていて、兄のやらかしがまるで無かったことのように綾菜がそばへ来ると朝陽を真っ直ぐ見つめてきた。
「あの……一つだけ訂正させてくださいませんか?」
「…訂正?」
「あたしがあなたの顔を見たくないほど辛いということだけは、けしてございません」
「……でも、ごめん。兄弟喧嘩に巻き込んだ形になったわけだし」
「本当に、大丈夫ですよ」
今日何度目かの謝罪を否定し、綾菜は優しく微笑んだ。
…が、すぐに悲しげな表情となる。
「ただもし朝陽さまが町から居なくなってしまったら、……辛いです」
「っ」
その言葉に、胸の鼓動がまた早くなった。
顔が熱くてたまらず、朝陽は目を彷徨わせる。
「あの雪の日…放っておけば死んでしまうような状態の朝陽さまを見つけたとき、火事の焼け跡前で絶望している人たちと重なってしまいました。……武家の方に失礼と理解していても、何かしなければと気づけば夢中で世話を焼いてしまって、ですが時折店に来られるようになったあなたが明るく笑う様子に勝手ながらホッとしていました」
「……うん、あのときは本当にありがとう」
「でも今の朝陽さまは、そのときと重なって見えます……目を離してしまえば、消えてしまいそうな気がしてならなくて。たまらず、どうすればいいのか巫女様とお話できればと思い、ここへ来ていました」
女性の勘というものなのだろうか。
いや勘ではなくて本当にそう見えるほど、自分が絶望しきっていたのは事実だ。
あの雪の日に綾菜と会わなければ死んでしまいそうだと思われたのも、今日の兄の件で彼女の前にはもう行けないと諦めていたことも。
そんなことを考えていると、悲しげだった綾菜の表情が戸惑いに変化して、自身の両手指先をもじもじと絡ませている。
そんな綾菜の仕草は初めて見たので、次の言葉を待ちつつ朝陽はその様子をただ見ていた。
「出来るなら、これからもあなたの笑顔が見られますようにと願ったばかりでしたから。……あなたが町からいなくなってしまうのは寂しいです」
「それって、俺のこと、大事に想ってくれてるってことでいい?」
「もちろん大事です!」
尋ねた言葉に綾菜がすぐさま肯定してくれて、胸の奥がぎゅうと掴まれたような心地。
彼女の言う大事の意味はたぶん朝陽と違うように思われる。
今聞いて良いのかどうか分からないが、聞かずにはいられず朝陽は心臓を落ち着かせるために彼女に気づかれないよう息を吸い、口を開く。
「…………それは好きとは違う?」
「…そ、それは………わ、分かりません…」
目の前の綾菜が目を彷徨わせ、驚くほど赤くなっていく。
こんなときに失礼かもしれないが、朝陽はそんな綾菜が可愛く愛おしく見えて抜け目なく言い切った。
「俺は綾菜さんが好きだよ、できればずっと一緒に居たい」
「……っ!!」
先ほども赤かったのに、それよりも紅潮させた綾菜は片手で頬を押さえ、とても恥ずかしそうだ。
自分の言葉で真っ赤に頬を染めるその様子はたまらなく嬉しかったが、朝陽は小さく笑って続けた。
「話し合いも済んでいないまだ先が見えない俺は何も行動起こせないけど、これだけは一番伝えておきたいんだ」
頬を抑えつつも、綾菜が無言で見上げるように朝陽を見てきたので笑顔で彼は伝える。
「あの日の俺を見つけてくれて、心配してくれて、優しく気遣ってくれてありがとう。綾菜さんのおかげで、生きててよかったって思えてる」
晴れやかな朝陽の笑顔とその言葉に、綾菜もまたホッとしたように明るい笑顔を浮かべていた。
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