花も実も

白井はやて

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19.これからのこと

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「~♪」

 まだ冬も明けきれない早春。
 昼を過ぎれば日差しの暖かさで春を感じやすくなった中で、朝陽は今にも踊り出しそうな足取りで歩いていた。
 二日前、綾菜から好きという言葉をもらったことを思い出すたびに体が軽く感じて勝手に笑顔が浮かんでしまうので、時折足を止めては緩む頬を誤魔化すように抑えていると。

「……春が近いからなぁ」

 呆れたような声が聞こえたので、声の主へと目を向けた。
 そこには幾つもある路地の一つから歩いてこちらへ向かってくる姿があり、僅かに眉間が寄っている。

「将吉かぁ」

 へらっとした浮かれた朝陽の声を聞いて、彼は眉を下げて肩を竦めながら笑う。
 
「……あー、春って花畑出来やすいよね。うん、何があったのか知らないけど安心して。そういうことにおれは偏見ないから」
「…何言ってんのか分からないけど、喧嘩売ってる?」

 自分で頬をぱしんと軽く叩いた朝陽は気持ちを切り替えた様子で将吉へ目を向けて、同じように苦笑い。
 特に示し合わせたわけでもないのに、二人並んで団子屋へと歩き出した。
 朝陽にとって大事な人の、大事な幼馴染である将吉に今回のことを伝えたくて彼は歩きながら切り出す。

「実はさ、……――」

 跡継ぎから外されて嬉しかったこと。
 ただし吾平の復興と治安維持を任されることになったこと。
 吾平の野盗征伐が無事に終われば、町に常駐するため分家になること。
 それらを伝えてから、朝陽は改めて言葉を挟むことなく話しを聞いてくれている将吉へと穏やかな笑みを見せる。

「将吉があのとき後回しにせず話せるなら伝えたほうがいいって言ってくれたから、父上と対話することにしたんだ。きっとああやって言われなかったら文句を言いながら何をしても意味がないと考えて行動を起こさなかった。本当に、ありがとう」
「……いや~、そんな感謝されるようなことしてないから。おれはただ、後悔するぞーって背中押しただけで」
「それをしてくれたから、感謝してんだよ」

 珍しく、どこか焦りつつ照れた様子の将吉に朝陽はただ笑顔でそう告げて、目を伏せて続ける。

「分家になって落ち着いたら、お抱えの絵師になってよ」
「……落ち着くっていつ?」
「さあ? でも最速で野盗征伐は済ませて分家になるから、遅くはないはず」

 疑問に首を傾げて朝陽は笑って、ひとまずたどり着いた団子屋で二人は空いていた長椅子に腰掛けると品書きへ目を落とす。
 他の客に対応していた綾菜がいつものようにやって来て、食べたいものを聞いてくれるので伝える。
 顔を上げたときにふと目が合ったら、ぽぅっと彼女の頬が赤く染まり、恥ずかしそうに立ち去っていくのを見た朝陽もまた少しばかり照れた様子で頭を掻いた。
 そんな二人を見て将吉の顔がニヤつく。目元がきらりと光ったように朝陽には感じられた。

「ほお……何かありましたなぁ旦那?」
「何その口調」

 ニヤニヤとした顔を向けられて嫌そうに眉間を寄せてから、目を逸らして照れつつ口を尖らせる。

「別に。…今度の梅祭りに行く約束しただけだし」
「……」

 何かを見透かしたような瞳を向けられて、朝陽は顔を逸らしたまま。目も泳いでいる。
 そんな彼を見て将吉が話しかけようと口を開きかけたところで、綾菜がお茶と団子を抱えて戻ってきた。
 
「はい、今日のおすすめはきな粉団子です」
「ありがと」

 朝陽のお礼を聞いた綾菜が照れたように笑う。
 それを向けられた朝陽もまた幸せそうな笑みを浮かべる。
 二人に釣られて将吉も目を細め、接客のために二人から離れていった綾菜の背中を無言で見送っている朝陽に、彼は先程言いかけた言葉をより具体的にして伝えることにした。

「あーちゃんを幸せにしないと幼馴染として許さないから、気を引き締めておいてよね」
「幸せにするに決まってる」

 綾菜から目を離さないまま真剣な横顔でそこまで口にしてから、はっとした様子で将吉を見た朝陽の顔は真っ赤だ。

「えっ、急に何?!」
「幼馴染の幸せを願っている人間からの言葉。幸せになれなかった人が吾平には少なからずいたからさ」

 話しに聞くだけでも相当酷い火災だった吾平でほとんどは着の身着のままとはいえ逃げられたが、何人かが亡くなったという。その中に将吉の大事な人がいるのだろう。
 そのことに深く追求はすることなく、朝陽は穏やかな笑みを向けて一言。

「努力は欠かさないけど、その言葉は肝に銘じとく」

 頷いてくれた彼に将吉もまた笑顔を向けてから、二人でお茶を啜りながらきな粉団子を頬張る。
 団子の中にあんこが詰まっていてこれもまたかなり美味しい。

「きな粉団子、初めて食べたけど美味しいね」
「中のあんこも程よい塩加減だよね」

 呑気に通りを歩く人を眺めながら食べていると、お茶を口に運んで口の中が先に無くなったらしい将吉が語り出した。
 
「吾平の南にある松九町に清和って少し年上の幼馴染がいてさ、今は親父さんの跡を継いで大工しているんだ。そいつ火事の半年くらい前に親の仕事関係で移住してて被害は受けてないけど、声をかければ絶対復興の手伝いをしてくれると思うから野盗いなくなったら教えてよ。他にも松九にいる吾平出身に声をかけてみるし」
「うん、そのときは将吉のツテ頼るからよろしく」

 頷く朝陽に、将吉も笑顔を浮かべて相槌を返した、が。
 隣から続けて聞こえてきた話しに耳を傾ける。

「理嗣兄上の祝言が来月の始めに決まって、そのあと吾平へ行くことになったからさ。それまで美味しい団子めいっぱい食べておこうかと考えてんだよね。食べ飽きるまで挑戦、って考えてるけど、このきな粉団子みたいに食べてないのも多いから飽きる前に行かなきゃいけなさそうだー」

 眉を下げて笑いながら語る朝陽は言い終えると残っていた団子をぱくりと口に運ぶ。
 今の言葉の中で将吉は気になった単語を頭に思い浮かべながら美味しそうに食べている彼をチラ見しつつ、ニヤつきそうになる口元を抑えて、声量を抑え気味にしてこっそり耳打ち。

「復興させたら、朝陽さんも祝言上げないとだねぇ」

 一瞬、言葉の意味を理解しきれなかったらしく、目を瞬かせて将吉を見つめ。
 理解した瞬間、本日二度目の赤さに染まった。

「…!! い、いやいや、それはまだずっと先のことだし!」
 
 突然の話題に慌てて両手を左右に大きく振るが、否定の言葉は口にしない赤い顔の朝陽に将吉はにっこり。

「応援してるからさ、帰ってきたときはあーちゃんだけじゃなくおれにも声かけてよね」

 だから死なないように頑張って。
 少しばかり苦しそうで、悲しげな声で付け加えられた言葉に、笑顔だった朝陽は真剣な顔で大きく頷く。

「もちろん。俺結構強いみたいだし、同行者はたぶん俺より強いからそこの心配はしなくていいよ」

 断言された言葉に将吉は彼の言う相手が誰なのか気になったが聞き返すことはせず、手を支えにして椅子に体を預けて空を仰いだ。姿勢はそのままに朝陽も空を仰ぐ。
 冬の日差しよりも春らしい、うららかな青空が広がっていた。
 

 

 団子屋から屋敷へと戻り、自室へ向かおうとしていた廊下で朝陽は一人の男に待ち伏せされた。
 貼り付けたような笑顔は相変わらず、どこか寒気を感じるものだ。

「やっほー朝陽サン。今日も鍛錬しましょ」
「そだね」

 肩を竦めてから相槌を返し、道場へ。
 中へ入って木刀を手に準備していると、道場の外から囁くような話し声。扉から顔を出して確認すると、理嗣と夕顔が小窓の前に佇んでいる。

「何してるの?」
「ここからであれば、見せてもらってもいいですよね」

 朝陽の問いかけに対して、夕顔は理嗣と顔を見合わせてから彼の背後にいる高文へその確認は向けられた。

「良いけどー。…………この場限りの他言無用でね?」
 
 口調は明るく、口元も確かに笑っているように見えるのに、目は冷淡で感情は何も見えない空虚。
 小窓の向こうに理嗣と夕顔の二人。道場内部には木刀を構える朝陽と何も持たない高文が向かい合う。
 武器と呼ばれるものは何も持っていないのに踏み込むのを躊躇うほど隙はない……が、吾平の件を引き受けてから唐突に始まった高文との鍛錬をする中でまだ一度も当てられない木刀をまずは一太刀振るう。
 だがひょいと身軽に避けられたので、朝陽は軽口で冷ややかに笑いつつ話しかける。

「高文が、父上に教えられるほど強いとは知らなかったよホント」
「あははー」

 聞こえる笑い声。
 だがやはり顔は笑っておらず、冷笑が顔に貼り付けられていた。
 
 
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