花も実も

白井はやて

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20.梅祭り

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 祭り当日を迎え、かなり緊張した面持ちで朝陽は町に夕焼けが包む前に団子屋へと足を向けた。
 気分としては正装したいが、そんな格好で向かえば彼女が落ち着かないだろうと予想していつもと同じ。
 家紋が刺繍された紺の羽織りに、白の胴着。黒の袴。
 せっかくの逢引きだが、気負いすぎないでほしい。そんなことを考えていたが、いざ迎えに行って綾菜の姿を見たら言葉が出てこなくなった。
 薄桃色に足元を中心に色鮮やかな扇模様の袖と、落ち着きのある赤い帯。うっすら化粧をしているように見えて、自分の鼓動がうるさい。
 食い入るように見つめたためか綾菜が恥ずかしげに頬を染めたので「かわいい」「愛らしい」と思いつく限りの褒め言葉を口にする。
 褒められるたびに顔の赤さが強まり、どこか焦ったように汗をかきつつ綾菜が笑う。

「めいっぱい褒めてくださってありがとうございます」

 感無量となった朝陽は店の影からチラチラとこちらの様子を覗き見ている綾菜父と、見送るために店先に出ている綾菜母へ向き直り頭を深く下げる。

「当たり前ですが、帰宅まで怪我一つさせません」
「…ふふ、朝陽さまなら安心して預けられます。綾菜をよろしくお願いしますね」

 以前引っ掻き傷とはいえ怪我させたことをまだ悔いているのだろうと気づいた綾菜母が微笑んでくれたので、二人並んで梅祭りを開催している社へ足を向けた。
 昼前から梅祭りは開催されていたが、綾菜の仕事を終えてから行くことにしていたため、この時間から向かうこととなった。
 ささやかながらも町に春を告げる祭りということで、普段より山道を歩く人は多い。
 ゴザを敷いて商品を並べる商人たちが灯りを灯しているため暗くなりつつあっても山道はよく見えるが、露店が多いためにそこで足を止める人が多く、人の流れは少々悪い。
 それでも朝陽は山道を登りながらも彼女の目線が露店へ向いては何かに目を奪われていることに気づいて、数えていた。
 ここと、あの店、それからあとは……。頭の中で指折り数えつつ、帰りに足を止めて欲しいものがないか聞いてみるためだ。
 彼女本人が欲しいものを指定してくれれば一番だが、性格上してくれない可能性が高い。
 櫛を贈りたいと頭の中で描いてはいても、最優先は受け取る彼女の意見だ。嫌がるものをあげて、嫌われたらと考えるだけで足から力が抜けてしまいそうになる。
 そんなことを片隅で考えつつ、隣にいる彼女を常に視界に入れて歩いた。
 中腹の社にたどり着いて参拝し、綾菜が池に足を向け立ち止まると振り向き、こちらを見上げた。
 暗い瞳が、夕陽の中でも煌めいている。

「朝陽さま、池に梅の花が浮かんで風流です」
「ほんとだ、この時期ならではだね」
「本当に」
「……」

 近づいて同じように覗き込んだ池には、早々と咲いて散ったらしい花びらがぷかりぷかりと揺れていた。
 社周りで咲き誇っている梅の花を見上げる綾菜と、空を覆うように広がる満開の梅の花に彼は心を奪われる。
 白、赤、薄桃と彩る梅の花と、穏やかな笑顔でそれらを愛でる恋しい人。
 少し前に、こんな光景を思い描いたな。きっと幸せな心地がするだろうと想像していた。
 けどこれは彼にとって想像以上で。
 胸が締め付けられるくらいに愛しくて、抱きしめたい衝動にまた駆られる。
 強引に行動して怖がらせたくないし、出来ればちゃんと触れる許可を得てからが良い。
 ぐっと手を握りしめてから今日の目的である贈り物を買うため、山道を降りることにした。
 綾菜には露店側を歩いてもらい、登ったときよりもゆっくりと足を進めていく。ちょうどそれまで視界に入らなかった綾菜の髪飾りの有無に朝陽はようやく気がつく。

「あれ? ……今日は何も飾りを付けてない?」
「……えっ、あ、あの…」

 ただ単純に不思議に思って口をついて出た言葉に、綾菜が予想以上に動揺して真っ赤に変化。
 そこで朝陽はようやく理由を思い至り、恐々と聞いてみることにした。

「お、…俺の思い違いでなければ、もしかして、付けてないのって…俺が贈り物をしたいと伝えたから……とか?」

 紅潮したままで綾菜は両手で自身の頬を押さえて小さくこくんと頷いてから、恥ずかしさを堪えきれない様子で呟く。

「…贈って頂く前提でいることは失礼と考えたのですが。朝陽さまが選んでくださったものを早く、身に付けたく思いまし…て」
「……俺が選んでいいの?」

 また綾菜がこくんと小さく頷く。
 恥ずかしげに頬を抑えている彼女の小さな手はそこから離れない。

「…好きな色とか、……欲しい色は?」
「あの。……我儘を申してもよいのであれば、…赤いものが」

 その言葉に、数件綾菜が気にしていた露店の中に櫛を売っている店があったため、そこへ向けて手を引いて歩き出す。
 触れるのを躊躇っていたが、このときはそれよりも店へ向かう衝動が強く出て綾菜が気にしていたうちの店の前へ行くと、赤い櫛を探して視線を巡らす。
 二つあった赤い櫛のうち欲しい柄を選んでもらい、すぐ購入。この場で手渡すことなく、手を引いたまま彼は彼女を連れて山道を降り切ると橋を渡り、大通りから逸れた土手へ足を踏み入れた。

「あの、朝陽さま?」
「~~っごめん。手痛くなかった?」
「大丈夫ですよ」

 微笑んでくれる綾菜に、朝陽は上手く笑いかけられない。
 まさか自分の欲しいものを言ってくれると考えていなかったし、すんなり買わせてくれること贈らせてくれることも予想外すぎた。何度も断られていたから、内心どう購入へ誘導していこうかとさえ考えていたほど。

「何で……か聞いてもいい?」
「…えぇと、その贈り物の件ですか?」
「ぅん」

 今度は朝陽が小さく頷く。
 いつもの優しく穏やかな笑みだった綾菜は僅かに戸惑いの表情を浮かべてから、答えてくれた。

「あとひと月もすれば、吾平復興のため町を出られるのですよね? …吾平のために動く朝陽さまを留めることなどできませんから、贈り物と共にいつまでもお待ちしていようと」

 上手く笑いかけられないのは幸せ過ぎて顔が情けないものになっていると確信できていたからだというのに、彼女から続く言葉に片手で届く範囲の目と口を覆った。
 顔は熱くて鼓動も早い。
 呼吸を繰り返してから少し落ち着いたところで、購入した櫛を紙袋から取り出すと綾菜の髪に添える。
 情けないくらい手が震えているのが自分でもわかった。

「うまく差せなくてごめん。調整してくれる?」
「はい」

 買ったのは赤塗りに薄桃の朝顔が小さく描かれた素朴な櫛。
 綾菜の手で整えられ髪に飾られた櫛を見て、朝陽は泣きそうになるのをぐっと堪える。

「幸せ過ぎて死にそう…」
「えっ」
「綾菜さんが良いなら、…俺にとどめ刺してくれない?」
「あの……」

 戸惑い始めた綾菜に朝陽は小さく笑ってから距離を詰め、そっと切り出した。

「……抱きしめて良い?」

 再び赤くなった綾菜の顔を見て、ますます唆られたものの返答を待つ。
 そっと頷いてくれたので力を入れ過ぎないよう腕を回して抱きしめた。
 ほんのり伝わる温かい体温以上に胸の内に広がる安心感や幸福感が何にも変え難くて、抱きしめたままそれらを噛み締める。

「綾菜さんにとどめ刺されたから、吾平行っても怪我したり死んだりしない。安心してよ」
「と、とどめと言われて驚きました…」
「あはは。ごめん、驚かせて」

 幸せを感じる言葉ばかり聞かされて許容量が限界を超えそうな感覚となった朝陽は抱きしめた腕を解かずに目を閉じる。

「出発するまでひと月くらいあるからさ、一緒にいる時間作っていろんな話しをしようね」
「はい」
「その櫛も、俺から貰ったって自慢してよ」
「…その理由を聞いても?」

 抱きしめられたままの綾菜が問い返して来たので、素直に理由を答えた。

「綾菜さんは俺が選んでいるから他のやつは手出し無用って主張しときたい、…なんて考えてさ。あ、もちろん嫌だったら全然、言わなくても」
「嫌だなんて考えてもおりませんから」

 朝陽の言葉を遮り言い切ると、彼女からも腕を背中に回されて抱きつかれたため、早くなった鼓動が絶対聞こえている。
 恥ずかしさはもちろんあったが、それ以上に幸せすぎて怖い気すらしてきた。
 だが自分の持てうる限りでこの幸せを維持し守ろうと改めて心に決めて、抱きしめている綾菜へ伝えることにする。

「ありがとう綾菜さん。……大好きだよ」
 
 抱きしめている胸元から恥ずかしげな声で「あたしも、同じ気持ちです」小さくそう聞こえて来た。
 

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