花も実も

白井はやて

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21.出発

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 あっという間に月日は流れ、朝陽にとって一番上の兄である理嗣が祝言を挙げる日が訪れた。
 すっかり冬は姿を消して今では春の日差しに包まれている町も、今日は後継ぎの祝言ということで祭り騒ぎとなっている。とはいっても屋敷の中での祝言で町に顔を出すことはないのだが、祝い事に便乗して色々な店で安売りをしたり新商品を出したりと商売に繋げていた。
 そんな町の様子などまだ知る由もない朝陽は家紋が描かれている慶事の席でしか身に付けないえんじ色の羽織りで、祝言を終えて一息ついた兄と義理の姉となった夕顔へ祝辞を伝える。
 兄は黒の羽織袴。普段と似たようなものを着付けているから、見慣れた姿に近い。
 義姉となる夕顔は、下には白無垢を着ているものの上からは赤、黄、橙色の花、緑で葉を描いてある薄い黄の生地の豪華な色打掛けを羽織っている。赤を多く使用しているためか、鮮やかなのにまとまりがあってとても美しかった。
 そんな二人の前に正座して、朝陽は笑いかける。

「義姉上、似合ってますね」
「ありがとう朝陽さん。姉と揃いで作っていたものなので、褒められると嬉しい限りでございます」

 さすがに緊張していたようで祝言の間はぎこちなかった表情も、今は落ち着いてきているようだ。いつもの笑顔を浮かべている。
 だが隣の理嗣へ何やら耳打ちをしてから、彼女は彼の手を借りて立ち上がり、かなり気を使いながら部屋を出ていく。座敷の外である廊下にいた奉公人に声を掛けて、夕顔は連れられてどこかへ歩いていった。
 何事だろうと見送った朝陽は兄理嗣に聞いてみることに。

「義姉上は」
「緊張で近いらしい」

 誤魔化すような物言いになんとなく厠かなと朝陽の考えは行き当たり、そのことに対して尋ねることは愚問だろうと口を閉ざしたところで、立ち上がっていた理嗣が座って「ああそうだ」と手を打って切り出した。

「朝陽も覚えておくといい。梅御門は妻となる相手へ梅飾りの付いた豪華なかんざしを贈る慣例があるらしい」
「へぇ、そうなんですね」

 祝言のために先程まで頭に乗せていた角隠しを外し、今は白い花を模した飾りになっていた。
 そういえば、少し前から梅飾りのかんざしを飾っていた姿を目撃していたなと朝陽も思い出す。
 あれのことだろうと頭に思い描いていると、兄理嗣は続ける。

「朝陽は吾平の件が終わり次第、分家となり名も梅御門ではなくなるが、相手を喜ばせるしきたりであれば引き継いでいけばいい」
「そうします」

 跡継ぎになったことが理由か、それとも世帯を持てば自然とこうなるものなのか。朝陽から見る兄理嗣はひと月前よりも大人の落ち着いた雰囲気が漂う。
 梅飾りのかんざしも良いことを聞いたから、いつか綾菜に贈りたいと思いを馳せて息をついた。そんな朝陽をじっと見つめてから、ふっと小さく笑みをこぼして理嗣が口を開く。

「来週からか」
「そうですね。さっさと終わらせてきます」
「お前なら、すぐ終わるだろうな」
「お褒めいただき光栄です」

 にっこりと強気の笑顔に理嗣は楽しそうに笑い、崩していた膝の上に肘を乗せて言葉を続ける。

「綾菜と言ったか。お前の大事な人には話を通したのか?」
「してありますよ、決まってからひと月と時間がありましたし。彼女はただただ俺の身を案じてくれています」

 征伐の話しが確定し、祝言後に吾平へと移動する。そこで厄介ごとを起こし続けている野盗を捕らえていく。征伐と言っているが、厳密には捕縛だ。
 その野盗がどれほどの規模になっているかも分からないため、高文と二人という少数で初めは隠密行動が中心となる予定。姿を隠しながら人数を減らしていく。
 吾平の南にある松九町と密に連絡を取りながら、捕らえた者たちはそちらへ引き渡し。
 ただそれだけをするだけ。簡単なようで人数の差はどうしてもあるため、危険ではある。
 細かいことの説明は流石にしなかったが、朝陽から簡単に聞いた範囲でも綾菜は顔色をいつもより暗くしながら心配を露わにしていた。
 あまり積極的に触れてはこない彼女が心配のあまり、鍛錬を重ねていることで朝陽の硬い自分よりも大きな手のひらを両手でそっと包んで、

『怪我はもちろんですが、一つしかない命をまずは優先されてくださいね』

 憂いを帯びた真剣な眼差しで見つめられて、それが普段よりも至近距離だったために嬉しさのほうが勝ってつい笑ってしまったことを彼女が今度は拗ねて赤い頬になりつつも口を尖らせて咎める。

『真剣に心配しているのに、何故笑うのですか。あたしでも、怒ることあるのですよ』
『ごめん、怒らないでよ』

 仕草が可愛らしくて本当に好きだなと謝罪したそのときのことを思い出して、表情が思わず和らぐ。
 このあと会いに行く時間はあるだろうか。会いたいなと幸せな心地で笑顔を浮かべた朝陽の様子に、口元を緩ませながら理嗣は無言で目を伏せた。



 そして一週間が過ぎた早朝。
 何故か楽しげな表情の高文と共に多少の食料を持って吾平まで移動する日を迎えた。
 まずは町に居着いている野盗の数を減らすため、吾平の町中に足を踏み入れることはできそうもない。だが吾平と八雲町は早足で三日ほどの距離で何かあればこちらへ戻ることも可能だから、頻繁に戻ることはないにしても行ったきりになることも無さそうだ。
 祝言の翌日には夕顔は早速高文を連れて松九に住む山吹家という旧知の武家へ足を運んで今回の話しを通しており、段取りもできている。山吹家も野盗が迷惑をかけていることにかなり立腹していたようで、二つ返事で後方支援を了承してくれたそうだ。
 高文を連れていったことで顔も覚えてもらった。
 人数を集めて一気に片を付けるべきでは、と山吹家から話しも出たそうだが、野盗はできる限り捕らえるようにと城主からの指示が出ていると高文が発言したことによりすんなり後方支援が決まったそうで。
 その話しを聞いて、朝陽はにこにこ笑顔を貼り付けている高文をチラ見しつつ呆れてため息を吐いたことを記憶している。

「高文が暴れたいだけでしょ」
「あははー」

 否定しないところを見ると、言葉通り暴れたいようだ。
 ひと月ほど鍛錬を共にして以前よりも言葉を交わすことも増えて、高文の人となりを把握した朝陽はこの男が思っている以上に気性が荒く強く、そして城主至上主義。城主のためなら、たぶん自分の命も容易に捨てることができるほどの。
 出発前に体をほぐしつつ、見た目からは知り得なかった気性の荒い高文を見ていると、彼が急に体を捻って一点を見つめた。その視線の先は八雲町の大通りの西の入り口の目印でもある大きな大木があり、そこには見知った人間が一人佇んでいる。

「風苅兄上…!」

 何故ここに、という問いかけをする前に、背中に背負った荷物で兄の目的は想像ついた。
 付いてきたいようだ。

「おめぇらほど腕はねぇが、多少の腕試しにはなるだろ」

 ぶっきらぼうな言葉で歩み寄ってくる。
 ちらりと隣にいた高文を見ると、眉を寄せてかなり嫌そうな表情を浮かべていた。

「高文、顔ひどいよ」
「……なんで付いて来るかなあ」
「良いじゃねぇか」
「三人なら、作戦立てやすいんじゃない」
「……征伐の邪魔になるようなら、足か腕、切り落とすから」

 無表情でそう言い切る言葉に本気度が上乗せされ、恐怖が滲んでいる。
 
「…こっわぁ」

 思わず朝陽が眉を寄せて呟く。
 表情を変えぬまま高文が早足で歩き出したため、朝陽がその後ろを付いていく。
 風苅はそんな朝陽の後ろを付いて歩き出す。
 一番上の兄である理嗣とはひと月ほど前に深い謝罪を受けて、ある程度会話が出来るようになった。だがずっと風苅は距離をおいているのみで話すどころか近づくことすらなかった。
 朝陽自身も綾菜を傷つけたことを許してはいなかったし、今後も許すつもりはない。
 それでも、四年前までは確かに兄弟仲は良かった記憶が頭を巡り、内心かなり複雑だ。
 この征伐の間にせめて普通の会話が出来るようになったらいいなと一息ついて、朝陽は朝露で濡れる地面を踏みしめた。

 
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