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22.改めまして
しおりを挟む春の暖かい日差しを受けて、縁側で足をぱたぱた揺らしながら、整っている庭をぼんやり眺めていた。
そこへどたばたと大きな足音が遠くの廊下から響いて、縁側から外へ投げ出していた足と体はそのままに顔だけ音のするほうへ向ける。
この家にこんな音を立てる人はいないのに、と顔を向けて音が近づいてくるのをその場で待っていると。
「朝陽さま!」
予想だにしていなかった人の登場に、朝陽は一瞬呆けてから。
ぱあ、と表情を明るくさせて音を立てていた人の名を呼ぶ。
「綾菜さん! どうしてここに」
「夕顔さまから、あ、朝陽さまがお怪我を…お怪我をされたと……」
朝陽の目の前までやってくるなりその場にへたり込んだ綾菜は、彼の足首を見て肩を落とした。
左足首に包帯が巻かれている。
だが縁側で座っていられるほどの状態で、見える範囲で言えば少なくとも他に怪我はない様子に綾菜がほうっと安堵の息をつく。
そんな綾菜を見つめつつ朝陽はこの状況を引き起こした人物の顔を頭に思い浮かべながら苦笑い。
「義姉上……あー、揶揄われたね」
「か、揶揄われ…?」
目の端に少しばかり涙が浮かんでいたので、朝陽はその滴を指で拭いながら安心させるように笑いかけた。
「義姉上はなんて言ってた?」
「……朝陽さまが怪我をして戻ってきたから早く屋敷へ顔を出してあげて、と…」
「間違っちゃいないけど」
彼は自分の左足首を指さして、困ったように肩を竦めると続ける。
「道端で石に躓いて足を捻っただけ。征伐中に怪我なんて一つもしてないよ」
「捻挫……」
「そう。征伐終わって父上へ報告するために戻ってきたんだ、今朝」
「…今朝、ですか」
力なく復唱する綾菜の表情は安堵したために驚くほど力が抜けていて。
態勢を少しばかり変えて彼女に向き直り、白い頬に手を添える。
「まだ昼過ぎで仕事中だったでしょ? それなのに心配して飛んできてくれてありがとね」
「ひ、ひどいお怪我かと……ご無事のお帰りは何よりです。いえ、捻挫も痛いのですから良くはありませんが」
「うん、ちょっと痛い」
「ですよね…」
「帰ってきたから、綾菜さんに会える! …って気が抜けて、道端の石ころに躓くなんて阿呆だよね」
「……ふふ」
力が抜けたままだが、それでも綾菜から笑みが溢れたため、朝陽もまた笑って。
頬に添えていた手を離すと、抱きしめる。
「ただいま」
「……っおかえりなさい」
ぎゅっと抱きしめていると、廊下の向こうに人影が一つ見えて、朝陽は抱きしめたままで顔をしかめるとそちらへ向けて苦情を伝えた。
「義姉上、綾菜さんを揶揄うのはやめていただけますか」
「まあ、うふふ。ごめんなさい、早くお会いしたいかと思いまして」
「早く会いたかったのは否定しませんが、綾菜さんを驚かせるのは駄目です」
「先にかいつまんで説明しましたら、店を飛び出して行ってしまわれて。きちんと仔細を伝えようとしてはおりましたのですよ」
口元を抑えつつ楽しげな笑顔を浮かべてそう説明されても、そうだったのですねと納得せずに朝陽が呆れていると、腕の中にいる綾菜が小声で「あたしが先走ってしまったのですね」などと自責を始めた。
抱きしめている腕の力を解いて顔を覗き込んで頭を左右に振る。
「違うよ、義姉上のせいだから。……ああでも、この屋敷のどこに俺の部屋があるのかよく知ってたね?」
「朝陽さまがふた月前に征伐へ出られてから、時折夕顔さまからこちらへお呼ばれしていただいておりました。そのときに、朝陽さまのお部屋の場所を教えてくださいまして」
色々と聞きたいことが山のように頭の中を巡り。
朝陽は口元を抑えて微笑んでいるように見える夕顔を見上げて呆れていると、彼女は近づいてきて膝を折りしゃがんだところで綾菜の肩をそっと叩いた。
ほんのり頬の赤い綾菜が振り向いて夕顔を見上げる。
見つめ返されて夕顔はにこりと上品な笑みを浮かべてから、
「夕顔さまではなくて、義姉上と呼んでいただくように請うておりましたよ?」
「そ、そう頼まれておりましたが、まだ……あの、…」
言葉を紡ぎながら赤くなっていく綾菜は指先をもじもじとしつつ、何度か聞いたことのある言葉へ返事しているが、朝陽は初耳の話し。
一瞬理解が追いつかず無言で二人の顔を交互に見てから、理解した瞬間に顔から火が出るような感覚となって夕顔へ戸惑いながら尋ねる。
「な、何故そんな話しになっているのか尋ねても?」
「征伐も順調でございますし、年内に祝言をあげるでしょう?」
「……え」
夕顔の言葉に耳を疑い、思わず綾菜を見る。
彼女も真っ赤になりながら頭を思い切り左右に振っているので聞いてはいないらしい。
「姉はおりますが、妹はおりませんの。早く祝言をあげて本当の妹へなってくださいませ」
声を弾ませてそう言うと、放心状態の二人をその場に残していつもより足取りも軽く離れていった……が。
「夕方にお父上様がお戻りになるそうですので、それまでごゆっくり。綾菜さんの代わりに、えぇと、将吉さんでしたかしら。彼が働いておくそうですよ。ああそれと、今日のおすすめである三色団子を購入して参りましたから、後ほど一緒にお茶でもいただきましょう」
振り向き、朝陽たち二人は言葉を挟めないまま彼女はそう話し終えると、離れていって姿が見えなくなった。
しん、と静まって呆然としていたが先に朝陽が我に返って綾菜を再び覗き込む。
「えぇっと……色々聞きたいことはあるんだけど。一つだけ確認しても?」
「はい…」
「義姉上から何を聞かされたの?」
そう問うと、何故か赤い顔となって彼女がぽつりぽつりと聞いた話しを聞かせてくれた。
朝陽も知らなかったが、夕顔は少々不思議な力を目に持っているそうで、その目でじいっと人物を見ると相手が善いか悪いか分かるらしい。
特に相性に関してははっきり分かるようで、綾菜となら朝陽はうまく家を守り立てると父に進言したそうだ。
だからこの屋敷に平然と呼ぶし、祝言の話しも夕顔を中心として勝手に進んでいるという。
綾菜が先程頭を大きく左右に振っていたのは、聞いていないのではなく、彼が関与していないことに気づいて自分も話しを聞いているだけだと慌てて頭を振ったそうだ。
それらを聞いて、二ヶ月朝陽が不在の間に本人たちが知らぬまま話しが進んでいることに呆れつつも、いつかはそうなりたいという願いがあったこともあって、綾菜の左頬に触れる。
赤くてほんのり温かい。
「綾菜さんのご両親は、そのこと知ってるの?」
「……いつの間にか知っておりました…」
「んー…」
眉を寄せて朝陽は天井を見上げ、そして一息。
戸惑いの表情になって自分を見る綾菜に笑いかけて口を開いた。
「ちゃんと俺から伝えたかったけど、まあ今更だし、今度挨拶には行くとして。改めて、伝えてもいいよね」
「? はい」
目を何度か瞬かせて綾菜が頷くように首を傾げる。
そんな仕草も可愛いなと愛しく思いながら、手を添えたままの左頬を微かに撫でて切り出した。
「前は先も見通せない状態でただ気持ちを伝えるだけしかできなかったけど、あの雪の日に俺を見つけて心配してくれた綾菜さんがずっと好きで、一緒にいたい気持ちは今も変わらない。一緒にいるために征伐の話しも受けたし」
「そうだったんですね…」
「うん。それに義姉上が言っていたように征伐の件はほぼ終わったようなものだし、この通り捻挫したし、しばらくは八雲町にいるから、色々話したいと思ってたんだ。ただ征伐を終えたら今度は吾平の復興をしなくちゃいけない。また向こうへ行くし、家はまだボロボロで建て直しからしなきゃいけなくて随分先になるかもしれないけど。…家ができたら綾菜さんも吾平へおいでよ」
「…復興していく故郷を見せてくださるのですね。嬉しいです」
「んー、と。遠回し過ぎたか。義姉上が外堀を埋めてるし、直接的な言葉がやっぱり伝わりやすいよね」
肩を竦めて朝陽は自嘲し、頬から手を離して鼓動が早くなっているため深呼吸すると、言葉なくまっすぐ見つめ返して首を傾げたままの彼女を見つめた。
頬ではなく綾菜の手を取り、痛くない程度に握りしめる。
「吾平で、俺と夫婦になってくださいませんか」
「…………ふ、…」
復唱しかけて、言葉の意味を理解して、綾菜はそれまでとは段違いなほど真っ赤となって。
赤い顔を両手で覆い、自ら隠した。
「これからは俺が守っていきたい。幸せにする努力も欠かさない。あとは……」
「あ、あの。……一緒にいられるだけで充分ですから」
指折り誓おうとしている朝陽の言葉を遮る耳まで赤い綾菜の言葉を聞いて、くすぐったく笑いながら抱きしめる。
触れている彼女の温もりがとても安心させてくれるので、抱きしめたまま目を閉じた。
「今度かんざし贈らせてね」
「そんな…高価なものをまた戴くわけには…」
「妻になる相手へかんざしを贈るのは梅御門の慣例? しきたり? なんだ。大好きな綾菜さんへ贈らせてよ」
いたずらっ子のように悪巧みをしているような愛嬌のある朝陽の笑みに、綾菜は苦笑して。
はい、と頷いて朝陽に体を預ける。
抱きしめている腕の中がまるで日差しのような温かさに幸福感で満たされる。
凍えるような冬の寒さは過ぎ、花々が咲き始める春も本格的に始まろうとしていた。
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