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一章
吸血鬼
しおりを挟む「……さあ、これであなたは今から私の下僕です。これからは私に忠誠を誓ってくださいね」
愛おしそうに牙を突き立てた辺りを吸血鬼が撫でる。俺はその吸血鬼の頭目掛けて思いっきり拳を振り下ろした。
「いったぁ!?」
「なんで吸血鬼がこんな街中にいるんだよ。斬るぞ」
「私今噛みましたよね!? なんで何ともないんですか!?」
「残念だったな、俺は状態異常の耐性が高いんだ」
そう、なんでかはしらないが俺は状態異常への耐性が異様に高い。普通なら五分で死に至る毒をくらった時があったが、三日間頭痛に襲われるという程度だった。
「状態異常の耐性が高い程度じゃ防げないはずです! あ、もしかして落ちこぼれの私だから対抗出来た? そっかあ……、私の全力の魅了は耐性が高かったら防がれちゃうのかあ……」
膝を抱えて地面にのの字を書き始める吸血鬼。なんなんだこいつは。
「あー、とりあえず。吸血鬼がなんだって街中にいるんだよ」
吸血鬼は主に森や山に隠れ住み、旅人や商人なんかを襲って血を得ている。たまに襲うのでは無く取引をする形で血を得る者もいるが、基本的に人間とは敵対している。
そんな吸血鬼が街にいるなんてバレたら即討伐ものなんだが、俺にこいつを討伐する理由は無い。噛まれてはいるが特になんとも無いし、討伐したところでどうせギルドに冷たい対応されるだけだ。下手をすると虚偽の報告だなんだと言いがかりを付けられるかもしれない。……駄目だ、かなり荒れてきてるな。冷静にならないと。
「それがその……、私吸血鬼としては落ちこぼれでして。追い出されちゃったといいますか……」
重々しい負のオーラを出しながら語り出す吸血鬼。どうやら吸血鬼に生まれたものの、吸血鬼としての強さがほとんど発現しなかったようだ。魅了の魔眼も、眷属の召喚も未熟。辛うじて噛み付きでの魅了と眷属化は出来たらしいが、それも周りには遠く及ばず。
血を得るにしても森で人を襲えば返り討ちに。諦めて取引をしようにも、動物は狩れないし毒草を薬草と間違える、挙句の果てには取引相手に騙される。そんな感じだったらしい。
なんか……、少しだけ俺と似ている気がする。こいつも出来ないことで追い出されてしまったんだ。一応俺は戦士として身を立ててはいるからまだマシとは言えるが。いや、いた、が正しいか。
「今まではなんとか里の仲間に助けてもらえてたんですけど、いい加減面倒みきれないと言われまして……」
「まあ、うん。元気出せよ」
人の心配をしてる場合ではないが、俺よりやばそうだなこいつ。追い出された結果人の街に入り込むって、何考えてるんだ。
「しかし、返り討ちってよく生きてたな。それに、この街にはどうやって入ったんだ? やっぱり蝙蝠に変化とかか?」
「あ、私回復能力だけは吸血鬼の中でもずば抜けてるらしいんです! お腹の中身が出ちゃった時は泣くほど痛かったですけど、何とかなりました! この街に入るのは苦労しました……。私、変身もできないんですよね。なので仕方なく壁を頑張って登ったんですよ」
「……お前がとんでもないやつっていうのはわかったよ」
「そうですか!? そう言って貰えるのは初めてです!」
照れ臭そうに笑う吸血鬼。うん、こいつとんでもないバカだ。全く褒めてないぞ。
「それはそうと、魔王軍に入るってのはどういう事だ? 吸血鬼は魔王と手を組んだのか?」
「吸血鬼は魔王とは手を組んでないですよ。うちの里にも魔王軍の人が来ましたけど、協力はお断りしてましたし。ただ、魔王軍は今かなり強いらしいですし、お給料とかで人間の捕虜とか買えないかなーなんて思いまして」
「お前……、相当だな……。そう言えば俺の名前はどこで?」
「あなたの名前なら勇者さんがあちこちで言って回ってますよ。見た目とかと一緒に。パーティメンバーに手を出そうとした最低の人間だーって」
「……なんだって?」
パーティメンバーに手を出した? 俺はあいつらを一度も攻撃したことは無いし、ましてやミランダやフィオナに触れようとしたことも無い。それがどうしてそんな話になってるんだ。
「たしか、いつも見張りと称して水浴びを覗こうとしたり着替えを覗こうとしたりしてて、この前ついに寝込みを襲おうとしたからパーティから追放してやった。そんな感じでしたね」
「お前、それ本当に勇者が、シュラインが言ってたのか?」
「そうですよ? 周りから勇者様って呼ばれてましたし。勇者さんの名前ってシュラインさんですよね? 仲間の人にはそう呼ばれてましたけど」
「どんな奴らが一緒だった? 騎士や魔法使いがいたか?」
「いましたよ。騎士の男の人と魔法使いの女の子、あと森林司祭の女の人がいました」
間違いない、シュラインたちだ。でも、どうしてあいつらそんなことを……。
「いやー、びっくりしましたよ。襲いやすそうな人とか場所を探してこそこそしてた時に見つけたんですけど、人が良さそうだしパーティメンバーのために動く人なら土下座でもすれば血をくれるかもしれないってついて行ったんですけどね? 周りに仲間の人しかいなくなったら急に性格が変わったようになりまして」
「お前の考えにびっくりするよ……。それで?」
「ゲラゲラ笑いながら、これでようやくスッキリした、俺の女をいやらしい目で見るからこういう目にあうんだーって。そう言いながら魔法使いの子のお尻掴んでましたけど、女の子嬉しそうでしたよ。騎士の人も、ようやく我慢しなくてもいいって言って森林司祭の人を抱き寄せてました。もう森林司祭の人なんて騎士の人にもうメロメロ! って感じで。いやー、人間って不思議ですねえ。あんな下品なのが好きだなんて」
話が衝撃的過ぎて頭の中が真っ白になりそうだ。シュラインが俺の悪評を吹聴してる? 俺は仲間に手を出した最低の人間? というかあいつらデキてたのか? もしかして俺を追い出したのはあいつらがイチャつくためか?
「グレンさん聞いてます? まあ、そんな所を見ちゃったんでグレンさんきっと困ってるし、優しくしたら血をくれるかなーと思いまして。噛めたら魅了出来るのでそのまま魔王軍に志願して、勇者の元仲間を魅了したということで幹部昇格。からの、グレンさんを魔王軍として働かせて私は悠々自適な生活をおくろうと考えたんですよね。私賢くないですか?」
「よーし、斬っていいな」
「なんでですか!?」
本気で言ってそうなのがたちが悪い。お前の考えもかなりのクズっぷりだったぞ。
しかし、あいつらがなあ……。俺としてはそれなりにうまくやれてたし、楽しかったんだがな。あいつらは全くそんなこと思っていなかったってことだ。ギルドにまでそんな報告をしてるってことは他の街にも話は伝わってるはず。どこに行っても今と同じような扱いをされるだろう。
怒りがふつふつと湧いてくる。騙されていたのはともかく、その程度のことで俺の人生を潰しにかかったこと、それを面白がったことがどうにも我慢出来ない。あんな奴らが勇者として尊敬されているなんて。
「……まあ、本当は私と似てるような気がしたからなんですけど」
「なんか言ったか?」
「お腹すいたんで血を貰っていいですか?」
「斬るぞ?」
しかし、どうしようもない。あいつらは勇者とその仲間。俺の言うことなんて誰も信じることはない。かと言って泣き寝入りするのも絶対に嫌だが、信用を取り戻そうにも仕事も買い物も出来ない。
「それで、グレンさんはこれからどうするんですか?」
「どうも出来ねえな……。ここにいても浮浪者しか道はないし、他の街でも変わりない」
「じゃあ、私と魔王軍に志願しましょう!」
「お前に悠々自適な生活をおくらせろって?」
「はい! あと、兵士はお仕事ですからお給料出ますし!」
そうは言うが、人間なんかを魔王軍が受け入れるわけがないとは思わないのかこいつは。下手すると到着と同時に殺されかねないぞ。
でもまあ、死んだように生きるのと魔王軍相手に一人で戦って死ぬのだったらまだ後者の方がマシか。俺には生きる理由も特に無いし、戦士としてはそれがいいかもしれない。
「そ、それに、魔王軍に入ったら勇者さんと戦えるかも知れませんよ! 倒したらスカッとしますよー、きっと。顔に落書きとかしたら楽しいかも知れませんね! ど、どうですかね?」
「なんだよそれ」
思わず笑ってしまう。倒した相手の顔に落書きをするなんて、子供じゃないんだ。ましてや魔王軍がすることとは思えない。そんなバカバカしいことを必死に捻り出して俺を説得しようとする姿が妙に面白く感じてしまった。
「よし、行くか。魔王軍」
「ほんとですか!」
「ああ。他に道もないし、とりあえず付き合うよ」
「あ、ありがとうございます!」
「そうだ、お前名前は?」
「レーファです!」
「そうか。よろしくな、レーファ」
「はい!」
こうして俺は落ちこぼれの吸血鬼と共に、魔王軍を目指すことになった。
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