the trip voice

あきら

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10 自覚

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「……配信で、なにもしてなかったのは、その、ほんとで」
「うん。で?」
「ううううう」
「唸っても駄目。教えろって」
「ううう……その、興味本位、と言います、か」

 もぞもぞと足を動かしながら、湊は何とか続ける。

「配信では、何もする気なかったんだけど……それっぽい声とか方法とか、調べてたら、その、気持ちいいらしいって、あって」

 相変わらず勤勉さが変な方向に行く奴だ。苦笑して、置いたままだった手を足から離してやった。

「だから、あんなん買ってみた、と」
「ううう……あれも配信で使ってはねぇよ……リアリティ出るかなって思っただけで」
「でも、配信外では試してみるつもりだったろお前」
「なんでわかんの……俺お前のそーいうとこ嫌い」

 唇を尖らせて言うけれど、そんな表情かわいいだけだ。
 不意にそんな感情がすとんと俺の中に納まって、ああそうかとひとり納得する。

「もう隠してることねえか?」
「……うん」
「なら言うわ。俺と付き合わね?」
「はぁ?」
「今俺、湊のことすげえかわいいと思った。お前が俺のこと嫌いじゃないなら、好きにさせてみせるから、俺と付き合って」

 は、と。ぽかんと口を開いたまま、呆然として俺を見た。
 数秒後、その顔が真っ赤になっていくのを眺めながらああやっぱりかわいいな、なんて考える。

「な、なに、言って」
「湊の声じゃねえと無理って言ったじゃん。責任とってよ」
「し、知らねぇよ馬鹿!」

 真っ赤な顔のまま、じたばたと暴れ出すから逃がしたくなくて、ぎゅうと両腕で抱きしめた。
 それでも背中を叩かれ、離せと言わんばかりに服を引っ張られる。苦笑しながらそのまま全体重をかけ、細い体をベッドに押し倒した。

「いって!」
「悪い悪い。ほらこっち向けって」
「なんだよ、もう……」

 文句を言いながらも素直に俺の方へ顔を向けるから、にやりと口角が上がる。
 そのまま顔を近づけて、湊の口を塞いだ。

「んんっ?!」

 開いたままの口が閉じる前に、と舌を素早く差し入れる。
 ぐちぐちと音を立てて口腔を探って。僅かに反応を示した場所を、執拗なほど撫でまわした。
 歯列から上顎。引っ込めた舌を捕まえて絡めて、横側から付け根の辺りをなぞる。
 そのうちに、俺の背中を叩いていた両手は縋るように服を掴んで震え、唇の隙間から漏れる息と声は悩ましいものに変わっていった。
 そんなに流されやすくて、快感に弱くてどうするんだと他人事のように思うが、ひとしきり反応と声を堪能してから離れる。

「ふ、ぁ……っ」
「駄目ならちゃんと抵抗しろよ。俺が紳士で良かったな?」
「っ、だ、れが?!紳士はいきなりこんなんしねぇよ!」
「いって。足癖悪いなあ」

 がす、と腰のあたりに踵落としを食らって苦笑した。大して痛くもない。
 それから、湊の両手を取ってその指先に唇で触れる。

「な、気持ち良かっただろ?」
「き、きも、ち、って」
「俺だったらお前のことめちゃくちゃ気持ちよくしてやれるぜ?あんなおもちゃよりさ」
「っ、な、や、っ、と、とお、る」
「お試しでもいいから、俺と付き合えって」
「ふ、ざけんなっ!」

 反動を利用して起こした頭が俺の胸に当たり、衝撃で手を離した。ついでだと、その拳が腹にめり込む。
 しっかり手加減はされていて、今回も大した痛みはない。先ほどの蹴りといい、こいつ俺に甘すぎないかと思いながらも、一応痛がっているふりはしておいた。

「俺とお前はただの友達!だろ?!」
「今は、な?可能性はいつだって無限にあるんだぜ」
「いいこと風に言ってんじゃねぇよ!!」

 そんな怒鳴り声すらもっと聞きたいだなんて、俺は俺で、どうやらこいつの声に完全にのぼせ上っているらしい。
 さっき感じた、今更と言えば今更なそんな思いはただの事実でしかなかった。



「……喧嘩でもしたの?」
「いや別に。おい湊逃げんな」
「はぁ?!逃げてねぇし!」
「嘘つけ腰が引けてんじゃねえか。何とも思ってないんだろ?横座れよ」
「なんで俺の座る席までお前に決められなきゃならねぇんだよ」
「別に決めたりしてねえけど、どっか他座れんのかよ?」

 俺の言葉に、う、と詰まって。きょろきょろと辺りを見回してから、諦めの息を吐き睨み付けてくる。

「何そんな警戒してんだか。友達なんだろ?」
「そーだよ!ただの友達だ!」
「じゃあほら座れよ。せっかくお友達が席取っといてやったんだからさ」

 今度は舌打ちが聞こえた。それでも、渋々と俺の横へ腰を下すものだから、浮いてきた笑いを咳払いで逃がす。
 正面には眉を下げた和哉。その隣にはしかめっ面の俊樹。二人は俺と湊を交互に見て、同時に息を吐いた。

「何があったのか聞きたいような聞きたくないような」
「おい和哉黙れ。たぶん聞かない方が正解だから」
「あ?ああ、今こいつ口説いてる最中なんだわ」
「お、まえっ、なぁ!」
「事実じゃん。ほらこれやるよ好きだろ」
「うるさい!好きだよ!もらうけど!」

 トレイの上にあったプリンをひょいと湊の目の前に置くと、文句を口にしながらもほんの少し嬉しそうで。
 また正面の二人がため息をついて、今度は湊の方へ向く。

「付き合ってんじゃん」
「ねぇし!」
「そうそう、俺が好きになっただけ」
「透ちょっと黙れほんと」
「なんで?いーじゃん別に本当のことなんだし」
「よくねぇよ……」

 声を荒げるにも体力がいるのか、息を吐きながら呆れの表情でぼやいた。

「言ってんだろ、お前有名人なんだって。俺まで巻き込むな」
「そりゃ無理だな。何しろ俺はお前が好きなんで」
「……だから、そーいうことをキャンパス内で堂々というんじゃねぇよ」
「家ならいい?今日の夕飯なに」
「ハンバーグ」
「よっしゃ。ビールと酎ハイどっちがいい?」
「酎ハイ。新しく出たレモンサワーがいい」
「あああの甘くないやつな。了解」
「あと氷なかった。夏場はすぐなくなるな」
「冷蔵庫の補充じゃ間に合わねえよな。買ってくわ」
「ん、サンキュ」

 ずる、と和哉が椅子から転げ落ちそうになり、俊樹の眼鏡が45度ほどずれる。

「湊……お前、さぁ」
「透も調子乗るわそりゃ……」
「え、なにが」
『何がって』

 二人の声が重なって、きょとんとした湊が俺を見た。
 ああかわいいななんて思えばそれは口から転げ落ちて、案の定驚いたままだった顔は真っ赤に染まっていく。

「だ、だから、と、おるっ」
「悪い悪い。つい思ったことがそのまんま出た」
「っ、別に、俺、かわいいとか、ねぇし……」
「んなことねえと思うけど。でもま、それを知ってんのは俺だけでいいかな」

 俺の置いたプリンを両手で包むように握りしめ、もごもごとつぶやく様子はやっぱり非常にかわいらしいのだが、それをわざわざ周知する必要もない。
 たぶん俺は満足げな顔をしていたんだろう。和哉と俊樹のため息は、その後も増えていくばかりで。
 だけども俺は、こうして誰かを追いかけるのが楽しいことだなんて思えたのは本当に久しぶりで、たとえ湊が振り向いてくれないとしても、こいつのために尽くす日々も悪くないんじゃないかなんて考えていた。





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