the trip voice

あきら

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12 無自覚

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 よう、と軽く手を挙げる姿にどうしていいか戸惑う。
 何してんだよ、なんてこの間までさらっと出てきた言葉がなかなか出てきてくれなくて、透は照れ隠しのように頬を掻いた。

「ちょっと探しものしてんだけど、いいか?」
「まぁ、うん、いいよ」

 透が現れたのは俺のバイト先である本屋だ。一応は用事があるという素振りに見えなくもなかったけれど、それでも探しものと言われれば俺は店員だから、応えるべきだと思って頷く。

「こないだの講義で出た参考図書なんだけど、問い合わせしたらここにあるっつーから」
「ああ、あれお前だったのか。こっちだよ」
「サンキュ」

 その問い合わせの電話を引き継いだのは俺だ。高校生の女の子が困った表情で、専門書なんですけどと聞いてきたのを覚えている。
 こっち、と奥の本棚に案内して、透の言った本を差した。脚立いるかな、と思ったけれどギリギリ届いたらしい。
 その背中がずいぶん大きく見えて、あれ、と首を傾げた。

「お前身長いくつ?」
「湊と変わらねェよ?178cm」
「……え?嘘だ」

 ちょこちょこと横に並んでみる。ちら、と顔を伺ってみるけれど、とてもじゃないが1cm差には思えない。

「……前髪のせいか?いやでも肩の位置違うしな」
「あ、の。湊さん?」
「靴は俺のほうが踵高いし。お前絶対――」

 そこまで言って、見ていた足元から顔を上げて。何か言いたげに引きつった口元と、少し赤くなった顔が見える。
 なんだよ、と言おうとするより先に、透が深いため息をついた。

「あのな、ほら、あんま近よんなって。襲うぞ」
「っ、な」
「俺はお前が好きだって言ってますよね?わかれっつの」

 そんなことを言われても。ついこないだまで、ただの友達だった俺たちの距離感を、もう思い出すことができない。

「嫌われるようなことしたくねえの」
「よ、よく言うよお前、大学でどんなふるまいと言動してっか忘れたのかよ」
「あれは牽制。知らねえの?湊のこと狙ってるやつけっこういるんだって」
「はぁ?なんだよそれ、お前ならまだしも」

 わけがわからなくて、そう言って息を吐く。会計すんならレジこいよと言い残し、さっさと戻ることにした。
 ピ、とバーコードを読み取る。そこそこいい値段の専門書だけれど、本当にこいつの金ってどこから出てるんだろうとか考えた。

「なあ湊、バイト何時まで?」
「うん?あと一時間ぐらい」
「飯まだなら何か食い行かね?いっつもお前に食わせてもらってるから、たまには外に飲み行こうぜ」
「ああ、いいよ。ちょっと待たせるけど」
「大した時間じゃねえって。ちょうどいい暇つぶしもあるしな」

 紙袋に入れた本を軽く掲げ笑う。まったく、と苦笑すれば、なぜだか透はずいぶん嬉しそうに頷いた。
 約束通りにバイトを終えて、待っていると言っていた喫茶店へ向かう。
 少し古い喫茶店の窓際に、本を開いて。洒落たカップのコーヒーを傾けている姿は、雑誌の一ページのようだ。
 真剣な横顔に声をかけることをためらっていると、透が先に気付いた。

「おう、お疲れ」
「待たせてごめん」
「大丈夫だって。これ読んでたし」

 ぱたん、と本を閉じる。
 長い指が表紙の上に乗って、そんなところまで男前なんだなと不意に思った。

「どうかした?」
「あ、え、っと、ごめん、なんでもない」
「ならいいんだけど。飯行こうぜ、腹減っただろ」

 言われてみれば、思い出したように腹の虫が音を立てる。
 苦笑しながら会計を済ませる背中を眺めて、促されるまま外に出た。夏のもわっとした湿度の高い空気が顔に当たって、思わず眉を顰める。

「俺の行きたいとこでいい?」
「いいよ。透の好きな店、外れねぇし」
「お、嬉しいこと言ってくれんじゃん。こっち」

 軽く肩を抱かれ、誘導される。普通何かリアクションを起こすところなんだろうけれど、それがあまりにスマートで自然すぎて、離されるまでされるがままになってしまった。
 そういうところにも、俺と透の違いを感じてしまうのだけれど、そんな風に思っていること自体を知られたくなくて。目を伏せて、そちらを見ないようにする。
 何か気づいているのかいないのか、透は何も言わない。するりと離れていく手を見送り、行こうぜ、という声について行った。



 ここ、と言って連れてこられたのは、俺から見たら少し不思議な空間だった。
 いくつかの店が、けっこうな大きさの倉庫のような建物の中にひしめいている。例えるなら、フードコートのような。
 だけどそれぞれの店の席がちゃんとあって、カウンターで寿司があったり、オイスターバーがあったり。はたまたおでん屋があったり、イタリアンがあったりといろいろな店のものをその場で堪能できるようになっていた。

「えー!なにここ面白い!」
「屋台村ってんだって。知り合いから教えてもらったんだけど、もし好き嫌いあってもいろんなもん選べるからいいかなと思って」
「俺そんなに好き嫌いねぇよ?透のほうがあるんじゃね?」
「否定はできねえけどさ」

 笑いながら中に入る。会計はそれぞれの店でするシステムのようで、とりあえずうまそうなクラフトビールと燻製ナッツを注文した。

「うっま。ほら半分」
「サンキュ。俺のも半分どうぞ」
「うわこれもいいなぁ。次あっち行こうぜ食べたい」

 けっこう、はしゃいでいた自覚はある。いつもよりもやや早いペースで飲んで、摘まむものもおいしくて。
 一通りの店を楽しんだ後、一番最初に腰を下した店へと戻って、再度軽いビールを頼んだ。

「それ、気に入った?」
「うん、飲みやすくてめっちゃうまい。好き」
「よかった」

 ふわ、と目の前で整った顔が微笑む。透も酔っているようで、目尻が少し赤く染まっていた。

「――あのさ」
「ん?」
「お前、あのジョーなんだろ?マジで、どっから金でてんの?バイト?」
「うーん、バイトっちゃバイトだけど違うと言えば違う。一番近いのはあれ、不労所得」

 透の口から出てきた言葉があまり大学生活と結びつかなくて、はぇ、と変な声が出る。

「高校んとき、親父から株もらった。それが大当たり」
「へ」
「黙ってても毎月金入ってくんの。だけどそれだけじゃさすがにいつ無くなるかもわかんねえし、働かないままの生活も嫌だしってんで、就職は普通にする予定」
「はぁー……株、ねぇ……」
「親父は俺の小遣い替わりに好きにしろっつってるから、たまに運用したりしてさ。儲けが出りゃラッキーだけど」

 そう言われても、正直俺には縁遠い世界の話だ。ぽかんとしていたのがおかしかったんだろう、小さく笑った。

「だからスパチャのことなら気にすんなって。これからも送るし」
「いやぁ……なんつーか、えっと……複雑」
「なんなら毎月直接現金貢いでもいいけど」
「やめてくれ」

 さすがにそれはと止めに入る。冗談だって、とふざけて言って、残りのビールを煽る姿を眺めた。
 俺も自分のグラスを空にして、さすがに酔っていて。そろそろ行くかと言う透に手を引かれ、建物の外に出る。星が瞬く空に夏にしては涼しい風が、ふわりと髪を巻き上げた。

「大丈夫か?」
「んー……うん」
「どっちだよ」

 俺を寄りかからせた状態で、ゆっくりと歩いてくれる。優しいなぁなんて思っていると、タクシーでも捕まえるかという独り言が聞こえた。

「透って、さぁ。かっこいいよな」
「え?」
「俺とは、全然違う。好きな人に振られて失恋しても、ちゃんと過去にして笑って、すごいと思う」

 語彙力が足らないのは酔いのせいじゃない。透をすごいと、かっこいいと思ってもそれをうまく伝える手段があまりなくて、何とか言葉を探す。

「おれは、さぁ。だめだから」
「だめって」
「好きだった人のこと、今も夢に、見る。黙ったままいっしょにいられなくて、ともだちでいいなんて嘘ついて、それも本当にできなくて、逃げ出して」
「湊」

 柔らかく、優しい手が俺の頭を撫でた。それだけのことに泣きそうになって、派手なシャツの体に抱き着く。

「……あんまり、かわいいことすんなよ。俺の中の紳士がいなくなるぞ」
「ん……でも、お前のことかっこいいって、おもってるのは、ほんとだから……」
「っ」

 わずかに喉が鳴った音がした気がした。それから、深いため息も聞こえる。呆れられたような気がして、次の疑問が転がり落ちた。

「――なんで、俺なの?」
「湊?」
「お前みたいに、かっこよくてすごいやつが、なんで俺なんか好きだって、言うの」

 さらにもう一回の深いため息。仕方ねえなとぼやいてから、透の手が先ほどよりも強く俺の肩を抱いた。

「一応聞いとくわ。家とホテルどっちがいい?」
「……ん?何の、はなし」
「でも家はあれか、よそにお前の声聞かれても嫌だしな。よし決定ホテル」
「いや、だから、なにが――」

 結局、俺の言葉を聞いてもらえるわけもない。
 ぼんやりした頭が、酔いを残しながらもやっとはっきりしたのは、やたらとでかくてふかふかとしたベッドに転がされてからだった。
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