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13 一夜
しおりを挟むずい、と距離を縮めてくる顔は、俺の知っているはずのそれで。
だけどその表情は知らないもので、無意識にシーツを握りしめた。
「なあ」
「な、なに」
「無防備すぎね?」
「え、あ、む、ぼうび?」
はあ、とついたため息が俺の立てた膝にかかって、それだけなのにぴくりと足が跳ねる。
「俺はお前が好きだって言ったよな?」
「き、聞いた、けど」
「んな相手に飯行こうぜって言われてほいほいついてくるし」
「だって、それは」
「お前が俺のこと友達としてしか見たくねえのは知ってるよ。けど」
そこまで言った唇が、何かを我慢するように結ばれた。
瞬間目が合ってしまって、心臓は速くなる。
「湊?」
「っあ、ちょ、ちょっと、まって、はなれて」
「……誘ってんの?」
馬鹿、と言おうとした口は何も出てきてくれない。
酔いのせいだと思いたい。思いたいけれど、体は俺の意思に従ってはくれなくて。
ほんの少し眉を歪めた透が、どうしようもない俺の服に手を伸ばした。
「本気で嫌だと思ったら殴ってでも逃げてくれ」
「そ、そんなの」
「殴られたくらいじゃ嫌いになんかなれない。だけど、やめろって言われて止まれる自信も、ない」
いつもより低く響く声。戸惑っているうちに、前開きのボタンはすべて外されてしまう。
剥き出しになった腹に触れられて、ぞくりとした感覚が背筋を駆け上がった。
「ぅ、あ」
「逃げる気、あんの?」
くつくつと喉の奥で笑うそれは、自嘲気味に聞こえるけれど。そんな音を、今初めて聞いた気がする。
俺は透のことを知ってる気になっていたけれど、本当は何も知らないのかもしれない。
そう思ってしまえば急に切なくなって、ただでさえ速かった鼓動はもうわけがわからなくなってくる。
きっと、透は。俺が本当に本気で嫌だって抵抗したらやめてくれるはずで、それは今までの付き合いの中で解りきっていることだ。
でも、俺は。
「――湊」
「と、おる」
「お前、本当になんで逃げねえの?流されてんの?」
「……わかんない、でも」
シーツから手を離し、その頬に触れる。
俺を見る目には情欲が浮かんで見えるのに、それは同時に泣き出しそうにも見えた。
「逃げろよ。逃げてくれよ」
「お前は、それで、いいのかよ」
「だってもう、間違いたくねえ。人を傷つけて、自己満足の束縛ばっかしてるような男でいたくねえ」
ずきりと腹の内側が痛んだ気がする。
「お前は、俺のことかっこいいって言ってくれたけど、ちゃんと過去にしてるって言ってくれたけど、全然そんなことねえんだ。怖くて怖くて、お前にもいつか嫌われて逃げられて――だから、そうするなら、今のうちにしてくれよ」
「……透」
濡れた目尻に、伸ばした手で触れた。
譫言のように好きだと小さくつぶやくお前に、俺は返してやれる言葉を持っていない。
「なぁ……好きにしてみせるって言ったの、嘘?」
「湊……」
「言ったよな?俺に。好きにしてみせるって」
嘘じゃない、と震える唇が言う。そして、だけど怖い、とも。
「湊から俺はどう見えてるかわかんねえけど、自信なんてもんこれっぽっちもないんだ」
苦笑しながら言って、セットされている髪を軽く掻きあげた。
「それなのに、誰も近づけさせたくない。大学の奴らにお前のいいとこ気づいて欲しくない。俺と付き合ってるって思われてて欲しい」
「……なんだよ、お前、ずるいよ」
「ずるい?」
俺の言うことがよくわからないというように、小さく首を傾げて。
そうだな、とまるで吐き捨てるように言うから、違うと慌てて告げる。
「そんな透見せられたら、その、えっと、いいかなって思っちゃうじゃん」
正面を向いては言えなくて、顔を横に逸らした。耳まで赤くなっているだろうことは容易に想像できる。
え、という声が聞こえるけれど、それでもすぐ側の顔を見ることはできない。
「だ、だって、なんか、こう、いいなって、思っちゃった、んだから」
「後悔、すんなよ」
「そんなの、わかんねぇ、けど……」
「正直か」
「し、仕方ないだろ、はじめて、なんだし」
少しの沈黙のあとに聞こえてきたのは唸り声だ。
ぼす、と何かを訴えるようにベッドへ拳をめり込ませ、何度か深呼吸をしている姿を思わず見つめてしまった。
「だって、おもちゃなんかよりも気持ちよくさせて、そんでお前のこと、好きにさせてくれるんだろ?」
「いい度胸じゃねえか。覚悟しろ」
片方だけ口角を上げる笑い方は、中学のころから変わらないそれで、そのことが嬉しくもあり複雑でもある。
とはいえ、自分の言動くらい責任をとるべきだと思うしなんて。そんなくだらない言い訳をしながら、されるがままに服を脱がされた。
腹の内側を撫でられている感覚に跳ねる。
少し指先が動くだけでも、びくびくと足が震えて。気持ちのいい場所を何度も刺激されて、爪先が伸びた。
「っあ、う、ぁあ」
「ここ?」
「ん、うん、っ」
口元を手で抑えてこくこくと頷けば、透は嬉しそうに笑った。
「もっと教えて。お前のいいとこ」
「ぁ、ん、っ」
甘ったるい声で言われて、俺は俺で自分のものじゃないような声が出る。
いいなそれ、なんて。ますます嬉しそうに笑うから、感情と快楽を逃がす場所もなくて。
例のメンバー限定配信を始めてから、自分で弄っていたのは本当だけれど、今与えられている感覚はそれとはまったく異なっていた。
「や、やだ、ぁっ、それ、も、やめ」
「だめ。痛かったら嫌だろ?ここ、もっとしてやるから気持ちよくなって」
「あ、ぁああ、っ、あ、んっ、う」
緩く出し入れされる指が、気持ちいい場所をこれでもかと優しく撫でる。
それは腹の奥のほうから、快楽を引きずり出してきて。
「も、もぅ、いい、から」
「よくないって。中でイって」
「や、ぁあ、っ、あ、ひう、ぅっ!」
ぐ、と。ほんの少し、その指に力が入っただけなのに、的確なそれであっさりと達してしまう。
上手、と頭を撫でてくれて、そんな感触も気持ちよくて。とろりとした気分のまま、その手に触れた。
「ん、んぅ……」
「湊、待って」
「ふ、あ、んっ」
軽く引いた手を口元へと持っていく。
そのまま指をぱくりと咥えれば、焦った声が聞こえた。
「ほんと、ちょっと」
「んう、ん」
「まずいって、まずいんだって」
何が、と思いながら口の中の指に吸い付く。舌を動かしてなぞるようにすれば、吐息が熱くなっていくのがわかった。
「我慢できなくなるから」
「ん、っ……してる、つもりなのかよ、そんな顔して」
「してるっつの。お前今までの俺のセックス聞いたら引くぞ」
「……聞きたく、は、ねぇな」
少しだけ冗談めかして言うのは、俺たちの間に流れる微妙な感覚のせいだ。
ほんの数日前まで、いい友達でいたはずの俺たちの、その俺たちにしかない距離感が、こんな状況になった今でも気恥ずかしい。
「てか今、他の男の話、なんて、野暮すぎねぇ?」
「それもそうだな」
笑って言って、俺の足をひょいと持ち上げる。何をされるのかと体を強張らせると、一度出て行った指が再び侵入してきた。
「腰痛かったら言えよ」
「え、な、なに、ちょっと」
「ん」
焦る言葉は綺麗に無視をして、ぱくりと俺自身を咥えられる。
ひ、と引きつった声が勝手に出て、透の髪を咄嗟に掴んだ。
濡れた音と、躊躇いもなく吸い上げられる感覚に腰が勝手に浮く。
同時に、中に入れられた指はいいところを執拗に刺激してくるから、俺はただそれに流されることしかできない。
「っや、はなし、てっ」
か細い声に、いいからと言うように首を横に振った。
結局逃れられるはずもなくて。
「ん」
「お、おま、飲んで、っ」
「別に」
にや、とさっきまで人のものを咥えていた唇が笑う。赤い舌が唇を舐めて、それはいつかの朝を思い出させた。
「後ろからの方が楽らしいけど、どっちがいい?」
「な」
「俺としては顔見てえんだけど」
言いながら、枕元を探る。
小さな袋を器用に開けて、取り出されたゴム。それはこれから何をされるのかを、如実に想像させた。
今更といえば今更で、だけど急に恥ずかしくなって、枕を手に取るとぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「なんだそれ、かわいい」
「か、かわいく、ない」
「かわいいよ」
胸焼けしそうだ。甘ったるい声で、甘ったるい言葉を流し込まれて。
軽く足を持たれ、開かれた。透の体がその間に入ってきて、俺の体に触れる。
僅かに息を飲んだのがたぶん伝わって、優しい唇が太腿の内側に触れた。
「息吐いて」
「ん、う……はぁ、う」
「上手。ゆっくりするから、苦しかったら言って」
「く、くるしいは、くるしい、けど」
じわじわと侵入してくるそれに圧迫感がないわけもない。
それでも深呼吸を繰り返していると、それに合わせるように奥のほうへと透が入ってくるのが解る。
体を繋げている。そんな事実に、ぶわりと体温が上がった。
「そ、んな、締めん、なって……」
「だ、って、だって、なか、なかあつい」
「……なにそれ、無自覚?怖っ」
そんなこと言われても、体が勝手に反応してしまうのだから仕方がない。
緩く内側を擦られて、腰は勝手に跳ねるし、足は震えてしまう。ぼろ、と涙が落ちて抱きしめたままの枕に染みを作った。
「こら、声聞かせて」
「っぁあ、っ、だ、だめ、かえし、て」
「だめ。もっと声、聞きたい」
その枕は簡単に取り上げられて横に置かれてしまう。顔を隠すものも、口を塞ぐものもなくなってしまって、羞恥に身を捩った。
体の内側からとめどなく湧き上がってくる快感が怖い。いやいやと首を横に振ると、あやすような手が髪を撫でる。
「う、あぁ……っ、んん、んぅ、っ」
「あ、こら、唇噛むなってば。声聞きたいって言ってるじゃん」
「や、やだ、あぁ、っ」
ぎりぎりの抵抗で噛んでいた唇も、届いたようでの指がこじ開けていけば反抗の目はない。
「俺の指なら噛んでもいいけど」
「ん、うぅ、んっ」
さすがに噛みつくのも嫌で、唸りながら俺の上の顔を睨みつけた。
ふ、と笑う顔にはどこか影が見えるような気がして。だけどそんな表情にすら、ぞくりとする。
「あ、ふぁ、あ、っ?!」
散々に指先で甘やかされた場所を擦り上げられて、がくんと跳ねた。
自分の意思とは関係のない声が勝手に零れる。止めようとすれば息も詰まって苦しくなって、けれどそれすらも塗り替えていくような快楽に、どうすることもできない。
口の中から指が出て行く。唾液の糸が切れて、何を思ったのか透がその指を軽く舐めた。
「や、め」
「美味そうだったから」
何を馬鹿なことを、と思ってもまともな言葉も紡げやしない。
気づけば俺の腹の上は白いもので汚れていて、それすらいつ吐き出したのかも定かではなくて。
「気持ち、いい?」
答えを強請るそんな言葉に、必死に頷きを返す。
「ひ、あぁ、あ、ぁあああっ!」
もっと聞かせて、と。何度も何度も揺さぶられて、自分の声なのに止められなくて。透の低く唸るような声が耳元でしたのを最後に、俺の意識は途切れてしまった。
応援ありがとうございます!
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