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14 言い聞かせるように
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じと、とした目の俊樹が俺を見る。
俺はというと、気まずさしかない。明後日の方向を向いて鼻歌など歌ってみるも何の役に立つでもなく。
「湊?」
「な、なな、なに」
「……付き合ってんの?」
「てない!」
否定してみるけれど、きっと説得力なんか微塵もないことだろう。俺自身、そう思うし。
俊樹の視線が机の上へと移動した。そこにあるのは俺の携帯電話だ。
「またメールきたぞ」
「ううう」
「……すげえな。愛してるだって」
「うううううううう!」
がば、とその携帯電話を覆うように上半身を机にくっつけて、唸り声というか怒鳴り声を上げた。
それから通知の画面に飛び、メッセージがバナー表示されないようにしておく。こんな内容見られるのはさすがにいろいろアウト。
「でも付き合ってはない、と」
「てない……」
「まぁ俺としちゃ、どっちでもいいんだけど。それ、透も承知してんのかよ」
「してる、と、思う、たぶん」
たぶんかよ、と呆れた顔を、肘をついた手のひらの上に乗せて言う。
「だって、その、確認したわけじゃねぇし」
「お前なぁ……ったく、ちょっと待っとけ聞いてみるから」
「へ」
言うが早いか、呆然としている俺を尻目に俊樹は素早くメールを送ってしまった。返事はすぐにきたようで、ほんの少しだけほっとした表情になる。
「まだだってよ」
「……そっか」
「一応共通認識みたいでよかったな……ん?」
俊樹の言葉を遮るように、彼の携帯電話がもう一度メッセージの受信を告げた。それを流し見した顔が、今度は苦虫を噛み潰したようなそれになる。
「どしたよ」
「……ほれ」
読み上げるのも嫌なのか、携帯電話を渡された。
視線を落とすと、当然そこに表示されているのは透からのメッセージで。
『もうちょいだと思うんだけどな。気持ちいいことだけ教えてっから』
思わず取り落としそうになった携帯電話を握りしめる。
「っな、ななな、なっ」
「そーいうことなら、ま、うまくやれよ。お幸せに」
「だから!」
俺の悲鳴に近い声にひらひらと手を振る俊樹と彼の携帯電話を、恨めしく睨んだ。
「飯食った?」
「……まだ」
「ちょっといい蕎麦あんだけど食う?」
人の好物で釣るなと思いつつ、こくりと頷く。
「あとこれ、めんつゆ。これも俺のおすすめ」
「ほんと透の選ぶやつって外れねぇよな……」
「ま、愛しいお前のためですから」
やめろと言う元気もなく、がくりと肩を落とした。
あの夜のことは酔いのせいにしたくせに、相変わらず甲斐甲斐しく俺のもとへ遊びにくる透を、はっきり拒否することもできない。
それは結局のところ、俺が透のいる空間を心地よく感じているのが原因だ。
実際、会話は弾むし、俺の好きな食べ物やゲームなんかも熟知済み。さらに勉強教えて、なんて甘えられたり、掃除しとくよなんて甘やかされたりしていれば、俺の居心地がいいのなんか当然だろう。
とはいえ、それは透の努力によるものだろうし。だけど、その努力が俺を好きな故だと思ってしまえば、悪い気がするわけもない。
「うん、美味い」
「よかった。デザートもあるぜ」
「スイカ?」
「正解。冷蔵庫見たな」
はは、なんて。食卓の向こうで笑う顔は嫌というほど整っていて、勝手に顔が熱くなった。
「そういや、最近配信してなくね?」
「……やりにくいんだよ。お前いんじゃん」
「そりゃそうか。いやでも聞かないっていう選択肢はねえしな」
そう、当たり前といえば当たり前なのだけれど。透に俺が『さく』だとバレてから、一切配信をしていない。
理由は明白で、カメラや画面の向こうに透がいると思うと。あまつさえ、メンバー限定配信なんか、とてもじゃないけどできる気がしない。
そんな話をしながら持ってきてくれた蕎麦を食べ終わり、冷蔵庫に鎮座していたスイカも半分ずつ平らげる。
大した時間もかかっていないうちに、片づけを終わらせてくれ、手を拭いた透がリビングに座り直した。
風呂どうしようかな、なんて考えているとテーブルに肘をついて携帯電話をなにやら弄り始める。
「配信、待ってる奴らいるじゃん」
「え?」
「ほら、これ。お前碌にXとか浮上もしてねえんだろ?みんな心配してんぞ」
言って見せてきた画面には、俺のアカウントに送ってくれたリプがいくつも並んでいた。
確かに透の言う通りだ。主に配信の告知をするために使っていたから、配信をしなくなってつぶやくこともしていない。
それを心配するいくつもの言葉に、胸の真ん中が少し温かくなった気がする。
すると、そんな俺に気付いてか、透が軽く頬を掻いた。
「俺に聞かれんのが嫌なら、最初に挨拶代りのスパチャだけして落ちるからさ」
「いや別にスパチャはいいよ……」
「俺の趣味なの。でも、こいつらのために少しだけでもさ」
言われて少し考え、小さく俯く。もともと、配信を始めた理由が理由だ。別にこのまま止めてしまったって、何にも構わないはずなのだけれど。
それでも、俺を必要としてくれる人たちは、その画面の中にいてくれる。
「……そう、だな。今日、やるわ」
「やった」
「なんでお前が一番喜んでんだよ」
目の前であからさまに喜ばれて、小さく苦笑した。
最初は、どうしようもなく辛かった失恋の痛手を癒したくて始めたことだったけれど。それでも、透のように喜んでくれる人がいるなら、やっぱり嬉しい。
その時俺は、どんな表情をしていたんだろう。あ、そうだ、と透が続けた。
「歌とかは?前からやってたって言ってたじゃん。聞きたい、教えて」
「え、あ、でも、全然伸びてない、し」
「いいから。お前が歌ってる歌を、俺は聞きたい」
ひどく真剣な眼差しで言われてしまって、返す言葉に詰まってしまう。
恥ずかしいのと聞いてもらいたいがせめぎ合って、前者が勝った。ふるふると首を横に振って、今度な、と付け足す。
なんでと言いたげに口を尖らせるから、そんな姿を見たら今度は羞恥よりも面白くなってしまって。
「俺が、お前のこと――好きになったら、教えようかな」
「もう好きじゃん?」
「まだ」
「ひっでえの。あの夜は遊びだったぁ?」
「お前に言われたくねぇな!酔った勢いってことにしとけ!」
笑いながら、冗談めかして言い合う距離感が、きっと俺たちにはちょうどいいんだ。
たった一回のことだしと、酔ったゆえの過ちだと、一度の夜をなかったことにして。俺とお前はこのほうがいいんだ、と、何度も自分に言い聞かせた。
俺はというと、気まずさしかない。明後日の方向を向いて鼻歌など歌ってみるも何の役に立つでもなく。
「湊?」
「な、なな、なに」
「……付き合ってんの?」
「てない!」
否定してみるけれど、きっと説得力なんか微塵もないことだろう。俺自身、そう思うし。
俊樹の視線が机の上へと移動した。そこにあるのは俺の携帯電話だ。
「またメールきたぞ」
「ううう」
「……すげえな。愛してるだって」
「うううううううう!」
がば、とその携帯電話を覆うように上半身を机にくっつけて、唸り声というか怒鳴り声を上げた。
それから通知の画面に飛び、メッセージがバナー表示されないようにしておく。こんな内容見られるのはさすがにいろいろアウト。
「でも付き合ってはない、と」
「てない……」
「まぁ俺としちゃ、どっちでもいいんだけど。それ、透も承知してんのかよ」
「してる、と、思う、たぶん」
たぶんかよ、と呆れた顔を、肘をついた手のひらの上に乗せて言う。
「だって、その、確認したわけじゃねぇし」
「お前なぁ……ったく、ちょっと待っとけ聞いてみるから」
「へ」
言うが早いか、呆然としている俺を尻目に俊樹は素早くメールを送ってしまった。返事はすぐにきたようで、ほんの少しだけほっとした表情になる。
「まだだってよ」
「……そっか」
「一応共通認識みたいでよかったな……ん?」
俊樹の言葉を遮るように、彼の携帯電話がもう一度メッセージの受信を告げた。それを流し見した顔が、今度は苦虫を噛み潰したようなそれになる。
「どしたよ」
「……ほれ」
読み上げるのも嫌なのか、携帯電話を渡された。
視線を落とすと、当然そこに表示されているのは透からのメッセージで。
『もうちょいだと思うんだけどな。気持ちいいことだけ教えてっから』
思わず取り落としそうになった携帯電話を握りしめる。
「っな、ななな、なっ」
「そーいうことなら、ま、うまくやれよ。お幸せに」
「だから!」
俺の悲鳴に近い声にひらひらと手を振る俊樹と彼の携帯電話を、恨めしく睨んだ。
「飯食った?」
「……まだ」
「ちょっといい蕎麦あんだけど食う?」
人の好物で釣るなと思いつつ、こくりと頷く。
「あとこれ、めんつゆ。これも俺のおすすめ」
「ほんと透の選ぶやつって外れねぇよな……」
「ま、愛しいお前のためですから」
やめろと言う元気もなく、がくりと肩を落とした。
あの夜のことは酔いのせいにしたくせに、相変わらず甲斐甲斐しく俺のもとへ遊びにくる透を、はっきり拒否することもできない。
それは結局のところ、俺が透のいる空間を心地よく感じているのが原因だ。
実際、会話は弾むし、俺の好きな食べ物やゲームなんかも熟知済み。さらに勉強教えて、なんて甘えられたり、掃除しとくよなんて甘やかされたりしていれば、俺の居心地がいいのなんか当然だろう。
とはいえ、それは透の努力によるものだろうし。だけど、その努力が俺を好きな故だと思ってしまえば、悪い気がするわけもない。
「うん、美味い」
「よかった。デザートもあるぜ」
「スイカ?」
「正解。冷蔵庫見たな」
はは、なんて。食卓の向こうで笑う顔は嫌というほど整っていて、勝手に顔が熱くなった。
「そういや、最近配信してなくね?」
「……やりにくいんだよ。お前いんじゃん」
「そりゃそうか。いやでも聞かないっていう選択肢はねえしな」
そう、当たり前といえば当たり前なのだけれど。透に俺が『さく』だとバレてから、一切配信をしていない。
理由は明白で、カメラや画面の向こうに透がいると思うと。あまつさえ、メンバー限定配信なんか、とてもじゃないけどできる気がしない。
そんな話をしながら持ってきてくれた蕎麦を食べ終わり、冷蔵庫に鎮座していたスイカも半分ずつ平らげる。
大した時間もかかっていないうちに、片づけを終わらせてくれ、手を拭いた透がリビングに座り直した。
風呂どうしようかな、なんて考えているとテーブルに肘をついて携帯電話をなにやら弄り始める。
「配信、待ってる奴らいるじゃん」
「え?」
「ほら、これ。お前碌にXとか浮上もしてねえんだろ?みんな心配してんぞ」
言って見せてきた画面には、俺のアカウントに送ってくれたリプがいくつも並んでいた。
確かに透の言う通りだ。主に配信の告知をするために使っていたから、配信をしなくなってつぶやくこともしていない。
それを心配するいくつもの言葉に、胸の真ん中が少し温かくなった気がする。
すると、そんな俺に気付いてか、透が軽く頬を掻いた。
「俺に聞かれんのが嫌なら、最初に挨拶代りのスパチャだけして落ちるからさ」
「いや別にスパチャはいいよ……」
「俺の趣味なの。でも、こいつらのために少しだけでもさ」
言われて少し考え、小さく俯く。もともと、配信を始めた理由が理由だ。別にこのまま止めてしまったって、何にも構わないはずなのだけれど。
それでも、俺を必要としてくれる人たちは、その画面の中にいてくれる。
「……そう、だな。今日、やるわ」
「やった」
「なんでお前が一番喜んでんだよ」
目の前であからさまに喜ばれて、小さく苦笑した。
最初は、どうしようもなく辛かった失恋の痛手を癒したくて始めたことだったけれど。それでも、透のように喜んでくれる人がいるなら、やっぱり嬉しい。
その時俺は、どんな表情をしていたんだろう。あ、そうだ、と透が続けた。
「歌とかは?前からやってたって言ってたじゃん。聞きたい、教えて」
「え、あ、でも、全然伸びてない、し」
「いいから。お前が歌ってる歌を、俺は聞きたい」
ひどく真剣な眼差しで言われてしまって、返す言葉に詰まってしまう。
恥ずかしいのと聞いてもらいたいがせめぎ合って、前者が勝った。ふるふると首を横に振って、今度な、と付け足す。
なんでと言いたげに口を尖らせるから、そんな姿を見たら今度は羞恥よりも面白くなってしまって。
「俺が、お前のこと――好きになったら、教えようかな」
「もう好きじゃん?」
「まだ」
「ひっでえの。あの夜は遊びだったぁ?」
「お前に言われたくねぇな!酔った勢いってことにしとけ!」
笑いながら、冗談めかして言い合う距離感が、きっと俺たちにはちょうどいいんだ。
たった一回のことだしと、酔ったゆえの過ちだと、一度の夜をなかったことにして。俺とお前はこのほうがいいんだ、と、何度も自分に言い聞かせた。
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