いつかのさよならを探して

あきら

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2 勢い

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「なんで、俺なんだよ」
「ん?だって、強いのは証明済みだし。何より」
「なにより?」
「どうせ血をやるなら、好みの相手の方がいい」

 逃げようとする俺のことなど気にもとめず、あまりに当たり前のように彼は笑った。
 一瞬、何を言われているのかわからなくなって。だけどそれを理解した瞬間、顔が熱くなる。

「なに、何言ってんだ、離せ、って」
「いいから」

 何がだよ、と思った言葉は声にならない。がり、という音がして、男を見た。形のいい唇から、赤い血液が伝う。
 彼が自分で唇を噛んだ、とわかったのは、空いていたもう片方の手で顎を上向かされてからだった。

「口開けてろ」
「や、やめっ」

 弱い抵抗。俺が本気で拒否すれば、人間ひとり突き飛ばすことなんか造作もないのに。
 ぽたり。赤い液体は、重力に逆らうこともなく、俺の唇に落ちた。
 そのまま近づいてきた口が、俺のそれを塞ぐ。

「ん、んんっ」

 ぐちゃぐちゃと、口の中をかき回される感覚。強制的に塗り込むように舌を動かされて、血の匂いが鼻に抜けた。
 頭がくらくらする。気づけば、俺は夢中で彼の舌と血を貪っていた。

「ふ、ぁぅ、ぁ」
「っ、は……お前、こんなんで、足りんのかよ」

 離れた唇が、片方の口角を上げて笑う。
 足りない。もっと、欲しい。
 
「血だけじゃねェだろ?」
「っあ!や、さわ、んなっ」

 服の裾から手が入ってきて身を捩った。

「口、開けろよ」
「ん、んんっ、う」
「好きなところ、噛んでいいぜ。指?首?舌?それとも、どっか違うとこがいい?」

 笑いながら、俺の口に指を突っ込んでくる。
 ひとしきり撫でて離れて、なあ、と耳元で囁かれた。

「ば、っか、じゃ、ねぇのっ、こんな、っ」
「何でもいい。どこにすんだよ?」
 
 顔をずらせば、至近距離の唇に血が滲んで、垂れてしまいそうなのが見えてしまう。
 思わず凝視したあと、吸い寄せられるようにそれに舌を這わせ、ぴちゃりと舐めた。
 
「んっ、ふ……っう、んう」
「……それ、気に入った?」

 浮いた血を舐め取る俺に、揶揄うように言う。
 くらくらしていた頭は、もうぼんやりとして。うん、と頷くと男の腹の上あたりに足を開いて馬乗りになった。二人分の体重を受け取めたベッドは、ぎしりと抗議の音を立てる。

「触らせて」
「ひ、っう……あ、ぁあっ……」
「ほら、ここ。噛んでいいから」

 俺の頭が警鐘を鳴らした。やめろ、と。
 少し乱暴に、後頭部が押される。上半身が倒れて、もたれかかる格好になって。俺の口が、男の肩口に触れた。
 
「あ、あ……っ」
 
 俺が躊躇っている間も、服の中の手は遠慮のかけらもなく体を撫で回す。
 あ、と開いてしまった口。それを自分の体に押しつけようとする、男の手。
 ふわりと俺の鼻をくすぐるのは、傷が開いたのか包帯の上に滲む背中の赤色から立ち上る鉄の匂いと、紛うことなき『雄』のそれ。

「う、うそだ、ろ……?」
「どっちが」
「っな」

 にや、と。顔は見えないのに、笑っているのがわかる気がした。
 
「ん、ぐぅっ?!」
「いて。でもまあ、我慢できないほどじゃねえわ」

 俺が口を開いたのを待っていたとでも言うように、ほとんど無理矢理肩を噛ませられる。
 あまり立派とは言えない俺の牙が、皮膚に穴を開ける感覚。とろりと口腔に流れ出す、その味と匂い。
 
 ああ、逆らえるはずもない。

 あんなに拒否していたのが嘘かのように、俺の牙はもっと深くに、と求める。
 本当は、吸い付いて流れるそれを飲み下したいのに、上手くできなくて。口を離し、流れ落ちそうなそれに舌を這わせた。
 唇にそうしたように、水音を立てながら舐める。

「お前……それ、わざとやってんの?」
「ちが、ん、んんっ」

 ふる、と首を横に動かした。
 俺が上手く噛み付いて吸血できないのは、歯並びのせいなのだけれども。
 今それを説明する気にもなれず、着ていたものをぱさりと下に落とす。

「っ、あ、っつ、い……」
「据え膳、食っていいってことだよな?」

 たらり。彼が体を動かそうとするたびに、俺の噛んだそこから赤い血液が流れた。
 一滴も溢したくなくて、ぴちゃりと猫のように舐める。

「……そういや俺、お前の名前も知らねえんだけど」
「な、まえ……?」

 言いながら、俺の下着ごと履いていたものを取り攫っていった。ベッドを滑るように落ちたそれを見送ってから、視線を元に戻す。
 
「教えて」
「なん、で?」
「セックスするのに名前も知らないなんて、勿体ないだろ」

 ちゅう、と。唇が音を立てて、頬に触れた。
 また香る、血と雄の匂い。こいつ、どれだけ俺のこと抱きたいんだ、と少し呆れる。
 だけど、そんなふうに思う俺自身も、吸血の副作用ではあるものの、体が疼いて仕方がない。

 「……アル。そう、呼んで」

 両手で男の頬を包んで囁くと、彼は何故だかひどく辛そうな顔をした。
 お前は、と問いかける。肩にかかっていたシャツが、俺のそれと同じように落ちていった。

「槙斗」
「ま、きと?」

 それは、どこかで聞いたことがあるような気がして。
 だけど結局何も思い出せなくて、誤魔化すように唇を重ねる。
 侵入してくる舌を受け入れて吸い付いて、腰を撫でる手を後ろに誘導した。

「まきと、は……俺のこと、抱きたいんだ?」
「ああ」
「素直。いい、よ。ここ、触って」

 ぐち、と濡れた音がする。人間と違い、吸血で疼く体は特に何か使わなくても、勝手に濡れてしまうから。
 さすがに少し恥ずかしくて、顔を見られないよう血の流れる肩に額を寄せた。ついでのように、残ったそれを舐め取る。

「っあ、あ、ぁ……ん、ぅっ」
「こう?」
「ん、そう、上手……っ、あぅっ?!」

 中に入ってきた指が一点を掠めれば、俺の体が跳ねた。

「ここがいいんだな」
「ま、って、ひ、ゃあ、それ、それしなくて、いい、からっ」
「なんで」
「っあ、ぁあっ!」
「もっともっとって、俺の指に吸い付いてくんだけど。ほら」

 ぞくりとするような声音で言われて、勝手に反応してしまう。

「アル」
「っひ?!ぁ、あぁあっ!」
「どろどろだな。いいよ、よがってもっと」

 中の指を増やされて、掻き混ぜられて。俺の体から落ちる水音はどんどん大きくなって、それがまた俺の頭の中を痺れさせた。
 
「も、いい、から……っ、いれ、ろ、よ……っ」
「欲しいんだろ?」
「っ、ぁ、ま、って、うごか、さなっ」
「欲しいって言えよ」
 
 余裕ぶったその表情の中に、押さえきれない獣の色。素直に言えばいいのかもしれないけれど、それも癪に触って。
 腕を回して抱きつくと、耳朶に牙を立てる。

「っ、て」
「ふ、ぅぁ、あっ、んんっ……は、お前、が、入れたいん、だろ?」
 
 溢れてきた血を舐めとって。耳朶を口に含んで、柔く噛んだ。
 聞こえたのは、歯軋りの音で。
 両手が腰に触れたと思ったら、軽く持ち上げられる。いつのまに脱ぎ去ったのか、槙斗の熱いそれが後孔に触れた。

「そうだな」
「っ、ぁうっ!」

 低い声がして、奥まで一気に貫かれる。
 かは、と開いた口から空気がこぼれて、必死に息を整えた。

「ま、まって、おれ、いまっ」
「ああ、イってんの?大丈夫だろ」
「だい、じょぶ、じゃっ、ぁあ、あ、あぁっ!」

 めちゃくちゃに揺さぶられて、途切れることのない快楽の波に押し流されそうになる。
 背中に爪を立ててしがみついて、がくがくと揺れる体を必死に支えた。

「っ、なあ、呼んで」
「ひ、ぅう、っあ、あ、ぁあっ」
「呼んで、よ。俺の、名前」

 熱くて固いそれは、俺の内側を容赦なく抉るくせに。呼んで、と懇願する表情は寂しそうで。
 そのアンバランスさに、体が疼いて。きゅう、と腹の中を締め付けてしまう。

「ほ、んと、おまえ、なあっ」
「ぅあ、あ、ま、きとっ、まきとっ」
「っ!」

 足を持ち上げられて、ぐっと奥まで穿たれて。ほとんど条件反射のように、その名前を口にした。
 
「アル、っ」
「ぅあ、あ、まき、とっ」

 馬鹿みたいに互いに呼び合う。
 両手両足で抱き付けば、目の前に血で染まった耳が見えた。ぱくりとそれを口に含むと、中の槙斗自身がさらに固くなる。

「それ、まず、いって」
「なんで、っ」
「我慢できなくなる。出したい」

 ゆら、と。腰が揺れて、何のことかはすぐにわかった。
 拒否する必要も、謂れもない。挑発するように中を締め付けて笑う。

「だし、て。お前の、俺の中に、だして……ここで、飲ませて」
「っ、ほ、んっ、と、おまえっ」

 視界が回って、頭の後ろからどさりという音がした。
 足が持たれて開かれて、最奥に触れる。

「あ、ぁぅ、ぁ、そこ、それ、っ」
「ここ、が、なんだ、よっ」
「すき、それすきぃっ……そこで、だし、てっ」

 舌打ちが聞こえた。
 と同時に、どくどくと脈打って、熱いものが注がれる感覚を受け止める。
 
「っ、は……べっとべとじゃん」

 槙斗の手が、俺の下腹部を撫でた。いつ出したんだかもわからない、白いもので汚れている。
 あろうことか、その汚れた場所を撫でた手のひらを舐めて。

「ちょ、やめろ、って」
「……一回でいいわけ?」
「えっ」
「もっと、ここ、欲しいんだろ?」

 ぐ、と軽く押す指先。びくりと跳ねる俺を満足気に眺めて、また腰を動かし始めた。
 でも、俺は。
 さっきから時折見せる、こいつの。辛そうな、寂しそうな、そんな表情が、気になってしまって仕方がない。

「っあ!」
「な、抱かせて。もっと、もっともっと、お前を抱きたい」

 逆になった、と思った。
 今度は、情欲の奥に、その寂しさみたいなものが垣間見えてしまう。
 
「……いいよ」

 だから、俺は、そう答えて。まだ血の滲む肩口を、軽く舐めた。

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