それをさだめと呼ぶのなら

あきら

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7 決心

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 どこまでが現実で、どこからが夢や幻なのかわからない。
 ただ、その存在が。ミストの存在が、俺の意識をギリギリのところでいまだ保たせてくれていた。

「やだ……もう、やだ……こんな力いらない、俺には必要ないのに、なんで」

 もう少し。もう、本当に手を伸ばせば触れられる距離でうずくまっている体。抱きしめてやりたくて、お前は何も悪くないって言いたくて、だけど。

「なんで、なんで葵なんだよ。なんで俺なんだよ。そんなこと、望んでないよ、俺も、葵も」

 俺のことはもう見えないんだろうか。これだけ強い光の中にいるんだから、それでもおかしくはない。
 どうしたって、倒れた俺は無力だ。ずっと感じてきたことを、また、目の前で思い知らされる。
 一番泣いてほしくないやつが、目の前で泣いているのに、それを拭ってやることすらできないなんて。
 頼むから動いてくれと自身の体を叱咤する。ほんの数ミリ、指先が震えた気がした。
 そんな、か細い俺に。俺の動きに、ミストが顔を上げる。

「もう、いいよ……いいから、葵」
「……く、ない……お、まえが、ないて……る」
「誰のせいだよ馬鹿。こんな無茶するからだろ」

 ためらいがちな指が、俺の皮膚のない手の甲に触れた。痛みはなくて、ただほんの少し、温もりを感じるような気はする。

「ぼろぼろ、じゃん。ほんとに、死んじゃうぞ」
「いい、べつ、に……このまま、ミストの、そば……に」

 未練も悔いも、ないと言ったら嘘になるけれど。
 こんな、全身が焼けただれ続けているような状態の俺に、ミストが触れてくれたというそれだけで、満足のほうが上回った。
 ほんの数秒だったように思うけれど、彼が俺に触れたそのとき、周囲の空気が軽くなったような気がして目線を動かす。

「……そっか、繭、だから」

 ごめんなと言いながら、ミストが俺の頭を軽く持ち上げその下に自分の膝を入れた。
 膝枕だなと思えば勝手に口元が緩む。

「何笑ってんだよ、馬鹿」
「うれしく、なって」
「もっと早く気付けばよかった……ごめんな、少しは楽か?」

 ああ、と頷いた。心なしか、体の修復も早くなっている気がする。

「……なんで、ここまでするんだよ」
「なんかい、も、いわせんな。おまえが、好き、だからだよ」
「俺は、なにもしてやれない、のに」
「いらない」

 少しずつ、口の中が滑らかに動くようになってきた。先ほどより体も動かせるようになって、ゆっくりではあるものの皮膚も戻ってきている。
 ミストが触れてくれているから、俺のことをその一部と認識しているのかもしれない。光が柔らかくなって、体へのダメージが薄れていくのがわかった。
 何度か深呼吸をすれば、自然と楽になってくる。

「何もいらない。歌ってくれればそれでいい」
「……どうして?」
「だから、お前が好きだってそう思ったからだっつってんだろ?お前のことが、お前が楽しそうに歌う歌が好きだ」

 呼吸が楽になれば、体の修復も問題なく済む。服はもはやぼろぼろだったがしかたない。もう大丈夫だと笑った。
 とはいえ、離れてしまったらまた俺の体は焼かれてしまうだろう。ミストに触れたまま体を起こし、緩く抱きしめる。

「どうしたら信じてくれんの」
「う、うたがってる、わけじゃなくて、その」
「……俺が、怖いか?」

 違う、と小さく言って首を横に振った。

「じゃあ、聞かせて。俺のこと、どう思ってる?」

 もう三度目になるその問いに、震えるその手が俺の背中に回される。
 きゅ、と柔く力のこもるそれが嬉しい。

「……すき、じゃ、なければ、こんなくるしく、ない」

 消え入りそうな声に、抱きしめる腕を強くした。もう、と照れ隠しの声が聞こえる。

「お前とはじめて会った時、こわ、かった。不安だった。俺は俺が誰だかわかんなくって、怪我してるし、どこからきてどこに行けばいいのかもわかんないし」
「うん」
「でも、お前が、いていいって言ってくれて。家事だって、そんな特別なことできるわけじゃないのに、なのに、葵は、それでいいって」
「十分だったから。気づいたときには、それすら別にいいやと思ってたし」
「お、おれのうた、ほめて、くれるし」
「いいと思った。好きだと感じたんだから当たり前だろ?」

 ミストの腕の力が強くなって、肩口に額が押し付けられた。じわりと広がる感覚に、また泣いてると苦笑する。
 背中をさすってやれば、べそべそと鼻をすする音が聞こえてきて。
 俺たち二人の呼吸の音以外は何も聞こえない空間で、どれだけそうしていただろうか。涙が止まったらしいミストが軽く息を吐いて、ごめん、とつぶやいた。

「俺、思ってたよりずっと……お前のこと、好きみたい」
「――ミスト?」
「お前を殺さなきゃいけない世界なんてやっぱりいらない。そうしなきゃ生きられない俺なんか、いらない」
「馬鹿なこと考えんな。お前がいらなくても、俺はミストが欲しい」
「馬鹿なのはどっちだよ」

 くすりと笑う声は、聴き慣れたものと同じだ。

「ありがとな。俺のこと、見つけてくれて。側に置いてくれて、世話焼かせてくれて。歌が好きだって言ってくれて、俺を好きになってくれて、ありがと」
「……何、考えてんだよ」
「お前を、助ける方法」

 やっぱりこいつは馬鹿だ。馬鹿なことばっかり考えて、俺一人生かそうとしている。
 顔を埋めたまま上げようとしないから、肩を掴んで引きはがした。両手で顔を包んで無理矢理上向かせ、歪んだ唇を塞ぐ。
 びく、と震えたのがわかったけれど、離してやる気はない。舌を差し込んで中を探って、その細い体から力が抜けるまで執拗に何度も吸い付いた。

「っ、な、なっ」
「ふざけんな。絶対離す気も、離れる気もないからな」
「だ、だだ、だから、って、ちょ、手!服!」

 Tシャツの隙間から手を突っ込んで、滑らかな皮膚に触れる。
 背筋を軽く引っ掻くと、そこが反って。全身が震えて、その感覚から逃げるかのようにしがみついてくる手を、俺の背中に誘導した。

「ふぁ、っ、や、やめ」
「なんだその声。もっと聞かせろよ」
「や、やだ、って、それに、っ、そんな」
「……嫌か?」
「い、嫌じゃな、い、けどっ」
「だったら、ちゃんと聞かせろよ。こんなとこじゃなく、俺んちのベッドで」

 え、という形に開いた唇に自分のそれで軽く触れる。ぼろりと零れた涙もそのまま吸い取って、もう一度確かめるように抱きしめた。 

「ミスト、俺と一緒に生きてくれ」
「で、でも」
「俺は、お前がいないと生きていけない。生きていく意味すらない。俺を――殺すのか?」

 卑怯な言い方だという自覚はある。あるけれど、どんな手を使ったって離したくない。
 案の定、ぼろぼろと泣き続けるその頬を軽く拭ってやって、唇で触れた。

「何が怖い?」
「な、なに、こわ、いって」
「俺がお前を守ってやるよ。お前が怯えるすべてのものから、お前を守る。それがミスト自身のその力だって言うなら、こうやってずっと抱きしめててやる」

 怖がっているのは俺のほうだ。こんなにも、ミストを失うことが怖い。
 それから目を逸らして、どうか答えてくれと馬鹿みたいに掻き抱いて。

「……葵」
「ミスト」

 小さな声に視線を合わせた。一瞬のあと、情けねぇ顔、とお前が笑う。
 それから、温かい手のひらが頬に触れた。軽く力の入ったその手に誘われるまま、唇を重ねる。



 ぱちん、と風船が割れたような音が響いた。
 服どうすんだよと笑う声がすぐ近くにあって、その場で脱いだパーカーが渡される。下はギリギリなラインだったが、全裸よりはマシだったので礼を返した。
 隣にある手を強く握りしめる。同じような強さで答えてくれるそれが嬉しい。
 相変わらず頭上の空は漆黒で、星の光ひとつない。人の声も当然ない中で、ミストは小さく頷いた。

「とりあえず、この状況どうするかだよな」
「たぶんどうにかできると思う、俺なら」

 にこりと笑って言うから、きっとそうなのだろう。
 じゃあ頼むわ、と言いかけたその時、俺たち以外の気配が突如湧いた。
 それは迷いなく殺気を纏って、一直線に向かってくる。

「下がってろ」
「……あんまり、無茶すんなよ」
「ああ」

 言いながら一歩前に出た。まき散らされている殺意は、俺なのかそれともミストに向けられたものなのか、この際どうでもいい。
 短い吐息が聞こえて、手のひらに痛みが走る。見るまでもなく、突き刺さるナイフのようなものから鮮血がしたたり落ちた。
 この程度の傷ならすぐに修復できるが、痛みがないわけじゃない。僅かに眉をしかめてから、相手の手首を掴む。

 退け、という意思表示をこめたつもりだったが、どうやらあまり伝わってくれなかったらしい。抵抗を示したので、息を吐いて力を逆流させる。
 つまり、俺の傷は癒え、相手の手首は、腐って落ちた。

「――?!」

 一瞬のことだ。何が起きたのか、おそらくよくわかってはいないのだろう。痛みすらも後から自覚したようで、襲撃者はそのまま地面に倒れた。

「退け」 

 今度は声に出して言う。湧いた気配はひとつではなかったからだ。
 案の定、動揺した空気が辺りに広がった。

「お前らがどちら側かなんてことはどうでもいい。たとえ同郷だろうとそうじゃなかろうと、こいつを傷つけようとするのなら俺の敵とみなす」

 王、という声が聞こえる。俺は静かに頭を振った。

「悪いな。俺にはそう呼ばれる資格はない。呼ぶ必要もない」

 もっと早く、こうするべきだったと今更ながらに理解する。星の子と戦う気などなかった時から、体のいい理由をつけて一族を捨てて逃げ出した時から、俺には王などと呼ばれる資格はなかったのだから。
 自分の角に手をかけた。痛みは一瞬だ。大丈夫と口の中でつぶやく。
 その瞬間、歌声が響いた。俺が何度となく、飽きることなく、好きだと、聞きたいと思ったその歌声が、漆黒の空に吸い込まれて消えていく。
 そして歌声に反響するように、空の黒は渦を巻いて。

「っ、何してんだこの馬鹿野郎!」

 次に聞こえた声は、聴き覚えのある友人のものだった。
 驚いてそちらを見れば、文字通り飛んでくる幼なじみ--智也の姿。その後ろには、アクアのそれも見える。

「止めてミスト!」
「え、あ、っ」

 アクアの声にまた驚いて、今しがた自分が何をしようとしていたのかも忘れ背中側のミストに目をやった。

「落ち着け!お前が角折る必要なんかねぇ!」
「いや、でも」
「いいからその手下せ」

 俺の正面に降り立って、渋い顔で言う。
 言われた通り、すごすごと頭の手を下した。格好付かないだろとぼやいてみるも、ため息で返される。

「やっとのことで説得して戻ってきてみれば」
「……まぁ、俺らよりこいつらのほうが速かったぶん、無事でよかったけどな」

 アクアがミストに向かって言い、智也が倒れている男に向かって吐き捨てた。
 俺とミストはといえば状況が理解できなくて、二人して顔を見合わせる。

「ほら、これ」
「……なんだよこれ」

 何度目かになるため息をつきながら、ミストが俺の手の上に何かを置いた。金色の少し太い指輪に、首を傾げる。

「お前が王である証だ」
「そんなもの、いらない」
「いいから指に嵌めて掲げとけ。ちゃんと外せるから心配すんな。それでこっち側は退く」

 到底納得はいかなかったが、とにかく今の事態を収拾するのが先だろう。言われたとおりそれを軽く掲げると、まだ残っていた気配は素早く消え去って行った。

「ミストはこっちね」

 似たようなものをアクアがミストに手渡している。彼も軽く首を傾げていたが、渋々という表情を隠そうともせず同じようにそれを掲げた。


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