4 / 12
第一話 不幸が始まるファーストフレーズ
03 蛙の魔女
しおりを挟む
さあ、どうしよう。
俺が大声を出したせいで、人に見つかってしまった。
森がさざめく中、俺とローブの女性は対峙する。
相手はおそらく人間。そして、俺はカエルのモンスターだ。
俺は、俺が人としての意思をお持ち合わせていることを自覚しているが、相手がそれを認識しているとは思えない。
ファーストコンタクトが重要だ。
俺がいかに無害な存在かを伝えないと、最悪外敵として攻撃される可能性が高い。
相手は、こんな獣が住んでいそうな森に、杖を持って一人でウロウロするだけの度胸がある人間だ。それなりの戦闘力があるに違いない。
対して、俺はこの世界に生まれ落ちたばかりの脆弱なモンスターだ。
攻撃されたら捌ける自信はない。
とにかく話をしなくては。
最低でも、自分が意思疎通のできる生き物であることをアピールしたい。
だが、何と声をかけるのが正解かがわからぬ。
コレまでの人生で、こんな状況に陥ることを想定した事など無かった。
脳ミソの引き出しをひっくり返して回る。
学校での会話、本で読んだ物語、ゲームのシナリオ。
今まで生きてきた中で得た知識を総動員して……
そうして導いた俺の第一発言がコレだ。
「ボクは悪いカエルじゃないよ。」
コレである。
可能な限り穏和な表情を取り繕い、両手に凶器を持ってない事を示しながら、震える声を絞り出した。
このローブの人物はともかく、少なくともス●エニを敵に回してしまった気がするが許して欲しい。本当にコレしか思いつかなかったのだ。
「しゃべっただと……!」
ローブの女性が驚きの声をあげる。
流石にこの世界といえども、人語を扱うカエルは珍しいらしい。
「“二ツ星”だからか……? いや、そんな事例は聞き覚えがない。魔石に叡智に属する魔力でも付随しているのか……?」
二ツ星? 魔石?
何やら、俺の知らない単語を混ぜながら独り言を呟き始めた。
敵意は感じられない。いきなり攻撃してくる様子ではなさそうだ。
どうする? もうちょっと話しかけてみるか?
俺が元人間である事を打ち明けたとして、それを信じてもらえるのか?
正解は見つからないが、このまま黙り続けるのもマズイ。
とにかく無害アピールに徹しよう。
「いやホント、怪しいものではないんです。ただ道に迷ってしまったと言いますか、途方に暮れてるといいますか……あ、お嬢さん、家はどちらになりますか? すこ~し案内いただけたら、なんてな~、うふふ……」
我ながら完全に不審者である。相手が女児だったら防犯ブザーが鳴り響いてるに違いない。この世界にそんなものがあるかは知らないが。
挙動不審な俺だったが、相手は特に怯む様子も気持ち悪がる様子もなく、極めて冷静な面持ちでこちらを観察していた。
「……人の会話を模倣してるパターン? いや、そうは見えない。明らかに言葉の意味を理解して発言している。普通の魔獣なら問答無用で襲ってくるか逃げるかする所だが、さて……」
とりあえず、危険ではないと判断したのか、ブツブツと独り言をしながらもゆっくりと近づいてきてくれた。良かったぁ。
そうしてあと3歩ほどの距離に縮まったところで異変は起きた。
「グルルルルルル……ッ!」
「ガルルルルルル……ッ!」
「ピロピーロ! ピロピーロ!」
草むらの陰から、唸り声が聞こえてきたのだ。
そして俺たち二人を囲むように、カバとワニとクマとゾウとウシとライオンとチンパンジーによく似たモンスターと、銀色の肌をして巨大な黒目の人型モンスターが姿を現す。
突然の出来事に、硬直する俺。
対してローブの女性は、あまり驚いた様子はなかった。
女性は顎に手を当て、ふむふむ、と前置きをしてから呟いた。
「なるほど、このカエルが気を引いてる内に私を取り囲んだというワケか。賢いなカエル。褒めてやろう」
とんでもない勘違いをされてしまった。
「違います違います! 俺はコイツらの仲間じゃないし、初対面ですってば!!」
慌てて訂正する俺。しかし、女性はまるで動じる様子もなく……
「そう謙遜するな。こんな種類がバラバラの魔物が一度に現れるワケがないし、そもそもコイツらは群れを成す類の魔物じゃあない。だとすれば、オマエが指揮して私を追い込んだのだろう? さすが私、名推理。さすわた」
己の推理に絶対の自信を持っているらしく、俺の言うことを全く聞き入れようとしない。憎たらしいほど似合うドヤ顔でこちらを見ている。
その隙に、魔物たちの包囲網が段々と狭まってきていた。
「そんな事より、後ろ! 後ろ!! 完全に囲まれてますよ俺達!!」
「いやそれにしても、迫真の演技だ。知性を持つ魔獣は他にもいるにはいるが、キミはあまりに流暢だ。なんとか五体満足で持ち帰って……」
まるで動じる様子がない。
彼女の目は、一度も逸れる事なく俺を捉え続けている。
そしてとうとう……
「キシャァァアアアアアッ!!」
「シャシャァァァァアアッ!!」
「ピロピロォォォォオオッ!!」
まるで示し合わせたのかと見紛うほどピッタリのタイミングで、同時に全ての魔物がローブの女性に飛びかかった。
対する女性は、魔物に背を向けた状態で、何の防御行動も取らない。
爪が、牙が、鼻が、なんかよくわからない光線が、女性の身に降り注ぐ。
凄惨な状況から目を逸らすべく、俺が顔を手で覆おうとした瞬間。
全ての魔物は一匹の例外もなく、氷漬けになって、地面にゴトリと落下した。
「……は?」
あたりは静寂に包まれた。
魔物達は氷像と化し、息一つ漏らすことはない。
女性は、微動だにしなかった。
その手を振るう事も、呪文を発する事も、魔物たちに視線を向ける事すらしなかった。
なのに、魔物達は全滅した。
圧倒的強者。
この女性は、自分が想像していたより遥か上の実力を有している。
正直、どれくらいの差があるかすらわからない。
だがおそらく、あの魔物達が数百倍の数で襲いかかってきたとしても、返り討ちにできる存在だと理解できた。
そして俺は、この女性にとって、敵として捉えられている。
全身に怖気が走った。
昔ビルの屋上で、地上を見下ろした時に感じた恐怖。
それを何千倍にも圧縮した死の予感。
自分が断崖絶壁の淵にいると確信した瞬間、反射で俺は地面を蹴りつけた。
走る閃光。
俺が半秒前に立っていた地面に、鮮やかな火花と激しい炸裂音が咲いた。
女性の杖が輝いていたのが、視界の端に一瞬映った。
近くに生えていた木に激突する俺の体。
爆発の余波に後押しされた事もあるが、想像以上にこの体は脚力があるようだ。制御できないくらいに体が軽い。
木にぶつけた頭が痛いが、相手の攻撃はひとまず避ける事ができた。
素早く身を起こし、相手の方へ、顔を向ける。
攻撃の主は、面白いものを見たかのような顔をフードの下から覗かせる。
「まぁ、そう怖がる事はない。ユデガエルの“二ツ星"は初めてだ、命までは取らぬさ。色々試したいことがある安心したまえ」
試すって……用済みになったら消されるパターンな気しかしないんですけど。安心できないんですけど。
相手の視線から目を逸らす事なく、後退りする俺。
とりあえず、逃げた方がいいのか? 説得は可能か否か、激しく脳を回転させる。
「話し合いましょう! こちらに攻撃の意思はありません! 何を試すつもりかはわかりませんが、協力できる事があれば俺は……」
「生憎、私に魔獣と話す口はない」
二度目の閃光が輝いた。
直感を頼りに、体を投げ出す。
またもや木に激突しつつも回避に成功した。
激突の反動で地面を転がり、その勢いのまま駆け出す事にする。
逃げる決心がようやくついた。
このわけのわからない状況で、意思疎通できる存在から離れるのは惜しいが、敵としか認識されないのでは仕方ない。とにかく、ここから離れよう。
生い茂る草や枝を蹴散らしながら、獣道をひた走る。
後ろから、追いかけてくる気配がするが振り返らない。
そんな余裕はない。
ひたすら走る。
幸い、この体は前世の体よりも随分軽い。あのローブの女よりも小柄だし、この山道での駆けっこならこちらが有利かもしれない。
そう信じてひたすら走る。
時折、後ろから声と共に、間近で炸裂音が鳴り響くが知ったことではない。
走る。
走る。
走りに走る。
すると、次第に声と炸裂音の頻度が減っていく。
しばらくすると、完全に聞こえなくなった。
無論、その間も俺は走り続ける。
さらにしばらくすると、追ってくる気配もしなくなった。
後ろを振り返る。
誰もいない。
草木の中、俺が通った後に、細い道ができているのがあるだけだった。
一息ついた。
その直後だった。
『天に捧げるは我が祈り……』
『巻き起こす旋風の中にて……』
『川池や 蛙飛び込む……』
あの女性の声が、重複して聞こえてきた。
十は優に超える、呪文の羅列。
この鬱蒼とした森を意にも介せず、透き通るような音が響き渡る。
何が起こっているかは理解できないが、明確な殺意が森一帯を包んでいた。
再び駆け出す俺。
生存本能が、とにかく走れと警鐘を鳴らす。
あちこち葉や枝で、肌に傷を作るが気にしてられない。
腕を振り、地を蹴り、足を前方に飛ばす。
顔中から、液体という液体を垂れ流して全力疾走する。
そして……
魔女の呪文が完結した。
『略して、えふえふっ!!』
叫び声と共に、光の柱が森の真ん中に突き刺さった。
視界が白に染まる。光は背後にあるにも関わらず、だ。
木々が爆ぜ、地面が砕け、突風が荒れる。
光を中心に、あらゆるものが吹き飛ばされる。
轟音が、体の内部まで揺らすのが不快だった。
直撃は免れたものの、衝撃で体が宙に浮く。
空中で全身が回り出す。どちらが上で、下かもわからない。
何秒間か空中を浮遊した後、地面に激突。
何度かバウンドし、さらに数秒間転げ回った後、ようやく俺の体は停止した。
痛い。視界に入った俺の腕は痣だらけだった。おそらく全身、こんな感じなのだろう。
体中痛くて……動きたくはないが悠長な事は言ってられない。
体の奥底から力を振り絞り、立ち上がる。
動ける。なんとか動ける。
一歩一歩、踏みしめるようにして前へと進む。
しかし、フラつく体は重心が定まらない。
思わず、俺は膝をついてしまった。
その時だった。
「なんだ!? 何事だオイ!!」
「わかんねぇ! なんか急に爆発音と光が……!!」
「とにかく、お頭! お頭を呼んでこい!!」
近くから、複数の男性の声が聞こえた。
茂みの向こう側から、確かに人の声がした。
助かった……? いや、まだわからない。
俺が魔物の姿をしている状況なのは、変わっていない。
もしかしたら今聞こえた声の主達にも、魔物として対処されるのかもしれない。
しかし、あの女性に追いつかれたら、どの道助かる術はないだろう。
微かな望みをかけて、俺は茂みの影からその集団を覗きみた。
男たちは皆、屈強な肉体をしていた。
ある者は、動物の皮と思しきものを上半身にかけて上着としていた
ある者は、分厚い斧を担ぎ、トゲトゲの肩パッドを装着していた
ある者は、髭に覆われた顔面を横切るように、大きな傷跡があった。
由緒正しき山賊スタイルの男性達が、そこにはいたのだった。
ダメだわコレ。
太鼓判を押せる、危険人物の集まりだわコレ。
茂みの向こう側には洞穴があり、どうやらこの山賊達はそこをねぐらにしているようだった。
山賊達は、皆で食事を用意していたのか……洞穴の前で火を焚き、鍋を煮込んでいた所だったようで、爆発騒ぎが無ければ今頃食卓を囲んでいたのだろう。
まぁ、今はそれどころじゃなさそうだけど。
とにかく、今は山賊達は慌てているみたいで、こちらに気付いてる様子もない。
あの女性と山賊、どちらがより危険かは判断しかねるが、話しかけて無事に終わるとは思えない。
とりあえずこの場を離れようと後ろを向いた。
「あ、いたいた。お~い、待ってくれよ~」
先程、俺を粉微塵に吹き飛ばそうと光の柱をおったてた張本人が、まるでデートに遅れた恋人のように歩み寄ってきていた。
「おわぁぁぁあああああッ!!」
俺は茂みを飛び出した。
あの山賊達の群れに突っ込み、彼らを囮にして逃げるしかない。
そう判断しての行動だった。
茂みから魔物が現れたと驚き、皆の視線が俺に集中する。
こういった状況にも慣れているのか、山賊達は咄嗟に武器を構える。
だが、躊躇はできない。何故なら、背後にはより濃い死の気配が迫っている。
真ん中を突っ切る。
なけなしの体力を振り絞り、さらに加速しようとした。
しかし、それは叶わなかった。
山賊の群れの中心で、俺の体は地面に叩きつけられる。
急に足が動かなくなったのだ。
足がもつれたとか、そういう類ではなく、膝から下が急停止した。
何事かと足元を見ると、俺の足首は凍りつき、地面に張り付いている。
なんの前兆もなく、いきなり凍るこの現象。
振り返ると、女性の杖が怪しく輝いていた。
あの、魔物に一斉に襲いかかられた時と同じ現象なのか?
でも、どうしてそれを、最初に俺が逃げ出した時にしなかったのだろう?
そんな事に思考を巡らせていると、返事があった。
「チャージし直したからね。あと8回はできるよ」
女性は、こちらの疑問を察したのか、淡々と説明しながら、悠然とこちらに歩み寄ってきた。
チャージ? 何のことだ?
「この杖の機能でね、準備をすれば短い詠唱をカットできるのさ。
こんな風にね……!」
そう告げると、杖を振るった。
周りの山賊の足元がみるみる内に凍りついていく。
「な、なんだ? 何が起こってる!?」
「冷たぁッ!! 足冷たぁッ!!」
「やぁだ! 新感覚!?」
「女ァ!! 何者だぁテメェ!?」
山賊達は突然の出来事の連続に、慌てふためいている。
とんだとばっちりを受けさせる形になったが、同情した方が良いのだろうか。
そんな現実逃避をしてると、女性は自身のフードの中に手を突っ込んで紙切れを一枚取り出し、山賊の数を数え出した。
そのフードのどこに、物を収納する部分があるのか気になる。
「ひー、ふー、みー、よー……
う~む、手配書の数と合わないな。まだ残党がいるのか、面倒くさい」
数え終わった女性は、紙切れをフード内に戻してため息を漏らす。
足が凍りついてるとはいえ、この数の集団に全く臆する事なく、近づいてきた。
「オイコラ無視すんじゃねぇ!! 何者だって聞いてるだろォ!?」
スルーされた山賊は喚き散らす。当然の反応だ。
彼らからすれば、わけのわからない事態を重ねがけされたようなものだ。
他の山賊も聞くに堪えない罵詈雑言の数々を投げつけている。
うるさすぎて、何を言ってるのか聞き取れないレベルだ。
それを見た女性はやれやれと息を吐き、山賊の一人に近づき肩を掴む。
そして……
魔女の上半身がブレて消える。そう見えるほどの動きのキレ。
回した腰の後ろから、鞭のようにしなる右拳が飛び出した。
右腕を直角に曲げ固定し、射出する。
腰から肩。肩から腕。女性の体重が、拳へと乗せられる。
山賊の左頬に、その全てが重なった。
握り拳で山賊の顔面をブン殴る。一言で言い表せば、それだけだった。
その結果は、俺の認識を大きく飛び越えた現象を引き起こす。
轟音と共に、山賊の頭部は直角に限りなく近い、急なカーブを描いて地面に叩きつけられた。
足が凍りついてなければ、数メートルは吹き飛んでたであろう勢いでだ。
殴られた山賊はリンボーダンスの体勢で沈黙する。
頭部が激突した地面には、大きな亀裂が走っていた。
静まりかえる一同。息を呑む俺。
握った拳を肩の位置にまで上げ、晴れやかな笑顔をこちらに向ける。
声を上げる者は誰もいなかった。
「いやしかし、今日は良い日だ。近所に賞金首がいると聞いて長期滞在覚悟で探しに来たら、その日の内にアジトが見つかるとは。しかもレアなオマケも見つかった。……ツイてる私。ツイわた」
満足気にそう語る。
さて、と前置きした上で続ける。
「で、諸君らのリーダーはどちらかね? この中にはいないようだが」
その質問に、女性を除く全ての人間が硬直した。
ハイ、ではキミ! と、山賊の一人に人差し指を向ける。
向けられた山賊はおずおずと……
「昼食の狩りに行ったッス。もうじき帰ってくるかと思うッス」
素直に白状した。
彼らももう、完全に力の差を理解したのだろう。
逆らう気力が消え失せていた。
女性はまたもやフードに手を突っ込んで漁ると、今度はズルっと長いロープを取り出した。なんだよそのフードは。四次元になってるのか?
女性は短く呪文のようなものを呟くと、そのロープはひとりでに動き出し、その場にいた全員に巻きついた。
無論、俺も例外ではない。足は氷で地面に固定され、上半身はロープでグルグル巻きだ。俺達は逃げる手段を完全に奪われてしまった。
「まぁ、コイツらの頭は後でどうにかするとして……とりあえずギルドに報告するか」
そう言って、さらにフードから何かを取り出そうとした時……
先刻の爆発騒ぎに負けない、空気を震わす轟音が鳴り響いた。
俺から見て左側から聞こえる。
そちらを向くと、数十メートル先の地面が隆起していた。
目算で半径約10メートル。
大地を抉って、木々を薙ぎ倒し、何かが生えるように立ち上がった。
岩でできた巨人。ゴーレムだ。
頭部、胸部、肩部、腕部、腰部、脚部がそれぞれ巨大な岩で構成されていて、その連結部は小ぶりな岩の集まりでできている。
派手な装飾はないが、そのスケールにただただ圧倒される。
頭部だけで、一般的な成人男性より遥かに大きい。
異様にデカイ胸部や手に対して、下半身は大人しめではあったが、おそらく重心の関係だろう。むしろ、その低重心なデザインに力強さを感じ取る事ができる。
これが、この世界のモンスター。
こんな状況ではあったが、我を忘れて感動してしまった。
その迫力に。そのリアリティに。
ただ呆然と見上げる。
そして、気づく。
そのゴーレムの肩に人間が乗っている事に。
「はーはっはっはー! 俺の可愛い子分どもを! 随分と可愛がってくれたようだなぁ、お嬢さん!! こんな森の奥まで……賞金稼ぎかぁ!?」
男だ。
茶髪に黒目。精悍な顔つきに、自信に満ちた笑みがよく似合う。
ガタイも良い。人を束ねるに足る、逞しい肉体。
茶色のチョッキの隙間から溢れる胸筋が、荒事で諸々を解決してきたであろうことを物語っている。
この男が、この山賊達の長なのだろうか。
そして、その手には宝石で飾られた鞭が握られていた。
「ふん………早速盗んだものを使いこなしているようだな。レンタル料はキミの首だ。両方とも受け取りにきてやったぞ。感謝するがいい」
女性は巨大なモンスターに怯みもせずに、そう告げる。
男も言い返す。
「嫌なこった!! これはこの俺様、アヴァン様が使わせてもらう!!
こんな便利なものを国が独占するなんて許せるはずもない!!
この鞭を使って魔獣の軍隊を作り、俺様が新たな王となる!!!」
なるほどなるほど。段々と話が読めてきた。
つまりこの山賊達は、魔獣を操る鞭をどこからか盗み出して賞金首となった。
そして、このローブの女性がコイツらを捕まえにこの森にやってきた。
その道中、バッタリと俺と出くわし、山賊そっちのけで襲いかかってきて、ついでにこの山賊達もたまたま見つかったというわけか。
恐ろしく運がいいな、この女。
「見ろこのゴーレムを!! そんじょそこらのゴーレムとはわけが違う!! ダンジョンの奥深くにて魔力を溜め込んでいた上物だ! 昨日捕らえたばかりでピチピチだ! 漲る魔力を感じるだろう!?」
俺は一般的なゴーレムを知らないので、なんとも言えないが、とにかく凄いゴーレムを手懐けたらしい。
聞いてもいないのに、このゴーレムの推しポイントを語り出した。
「まずは大きさ! まぁこれは見れば一目瞭然だよな! 通常のゴーレムの2回り以上デカイはずだ! そしてこの艶!! いいぞ! 触ってみろ!! 磨いたわけでも無いのに案外サラサラ感があって……」
「祖が見つけたるは原初の灯火 照らす光に従い……」
「何勝手に詠唱を始めてやがんだコラぁぁぁああああッ!?」
男の蘊蓄を無視して、呪文を呟き出したローブの女性。
その体は、赤い湯気のようなオーラに包まれていた。
当然怒る、アヴァンと名乗る山賊の頭。
アヴァンを肩に乗せたまま、ゴーレムが突進を始める。
「させるかァァァア!! ゆけ、ゴーレムッ!! 遊んでやれぇッ!」
「その先を目指すは人の主願 されど頂きに立つも叶わぬ……」
詠唱は続く。
だが、その間にも縮まる距離。
これは……
「間に合わない。無論、詠唱がだ」
近くに立っている、頭にターバンを巻いた山賊がそう断言する。
なんか訳知り顔でカッコ良さげに喋りだしたけど、お前足氷漬けで上半身グルグル巻きだからな。
「わかるのか!? ボップ!!」
「ああ あの女が唱えてるのは共通詠唱術上級炎撃呪文ヴォルカノンだ」
横にいる、頬に十字の傷がある山賊が尋ね、ボップと呼ばれた山賊がもの凄い早口で返す。
「最低でも30秒 途中で変更はできない 破れば魔力が暴発する術だからな 対してお頭のゴーレムはもう10秒もかからない距離 お頭の勝ちだ」
もの凄い早口で全部説明してくれた。正直助かる。
俺は女性の方へ視線を戻す。
すると、変化が起きていた。
まず、女性は両手で印を結んでいた。
いや、あれは印と言うよりかは……カエルの影絵だ。
二本の小指を目に見立て、残り四本ずつで口を象っていた。
そして女性の後ろには、いつの間にやらバスケットボールサイズのカエルが五匹現れていた。
その五匹はそれぞれ同時に、しかし別々の言葉を発していて……
「火口に堕ちるは誰が原罪…」「震えろ大地…」「焼けろ我が帰路…」「滾れ岩石…」「蛙ピョコピョコ…」
なんだ? 何が起こってる? これは……!?
「何してんだそれはぁぁぁあああッ!?」
アヴァンは絶叫しながら、突撃する。ゴーレムと共に。
木々を倒し、地面を削り、大気を割って突き進んでくるのが、五感全てを通して伝わってくる。
自身を遥かに越える質量が、ただただ迫ってくる恐怖。
想像してみて欲しい。
でっかいアパート、もしくは小さめのマンションが高速で向かってくる光景を。それに押し潰される未来を。
俺は怖い。進路上にいない俺ですら怖い。
だが、女性は笑っていた。
そんな光景を目の当たりにしながら、むしろ楽しげに笑っていた。
「誘われたのだよ。お前は。この私に。まんまとな」
術が、完成する。
「ヴォルカノン」
杖の先から放たれた、赤い暴力。
一目でわかる、死を誘う炎の砲弾。
発射と着弾が、ほぼ同時に起こったように感じた。
砲弾は、巨人の胸部に触れたその一瞬、小さく縮み、膨れ上がる。
激音。激震。
的を貫いた勢いが、その背後に全てぶち撒けられた。
巨人の上半身があった空間が、赤い炎と煙に包まれる。
崩れて地面に激突する、巨人の頭部と腕部。
ついでに地面に叩きつけられる山賊の頭。
それをただ眺める、俺と山賊達。
残されたのは、脚部と、抉られた腰部だけだった。
「輪唱魔術だ……」
ボップが呟く。
「蛙の魔女だ。最強の詠唱術師……蛙の魔女だ!!」
これが、魔術。
これが、魔女。
「やはり、大型魔獣は爆発が良く似合うな」
魔女は静かに笑っていた。
俺が大声を出したせいで、人に見つかってしまった。
森がさざめく中、俺とローブの女性は対峙する。
相手はおそらく人間。そして、俺はカエルのモンスターだ。
俺は、俺が人としての意思をお持ち合わせていることを自覚しているが、相手がそれを認識しているとは思えない。
ファーストコンタクトが重要だ。
俺がいかに無害な存在かを伝えないと、最悪外敵として攻撃される可能性が高い。
相手は、こんな獣が住んでいそうな森に、杖を持って一人でウロウロするだけの度胸がある人間だ。それなりの戦闘力があるに違いない。
対して、俺はこの世界に生まれ落ちたばかりの脆弱なモンスターだ。
攻撃されたら捌ける自信はない。
とにかく話をしなくては。
最低でも、自分が意思疎通のできる生き物であることをアピールしたい。
だが、何と声をかけるのが正解かがわからぬ。
コレまでの人生で、こんな状況に陥ることを想定した事など無かった。
脳ミソの引き出しをひっくり返して回る。
学校での会話、本で読んだ物語、ゲームのシナリオ。
今まで生きてきた中で得た知識を総動員して……
そうして導いた俺の第一発言がコレだ。
「ボクは悪いカエルじゃないよ。」
コレである。
可能な限り穏和な表情を取り繕い、両手に凶器を持ってない事を示しながら、震える声を絞り出した。
このローブの人物はともかく、少なくともス●エニを敵に回してしまった気がするが許して欲しい。本当にコレしか思いつかなかったのだ。
「しゃべっただと……!」
ローブの女性が驚きの声をあげる。
流石にこの世界といえども、人語を扱うカエルは珍しいらしい。
「“二ツ星”だからか……? いや、そんな事例は聞き覚えがない。魔石に叡智に属する魔力でも付随しているのか……?」
二ツ星? 魔石?
何やら、俺の知らない単語を混ぜながら独り言を呟き始めた。
敵意は感じられない。いきなり攻撃してくる様子ではなさそうだ。
どうする? もうちょっと話しかけてみるか?
俺が元人間である事を打ち明けたとして、それを信じてもらえるのか?
正解は見つからないが、このまま黙り続けるのもマズイ。
とにかく無害アピールに徹しよう。
「いやホント、怪しいものではないんです。ただ道に迷ってしまったと言いますか、途方に暮れてるといいますか……あ、お嬢さん、家はどちらになりますか? すこ~し案内いただけたら、なんてな~、うふふ……」
我ながら完全に不審者である。相手が女児だったら防犯ブザーが鳴り響いてるに違いない。この世界にそんなものがあるかは知らないが。
挙動不審な俺だったが、相手は特に怯む様子も気持ち悪がる様子もなく、極めて冷静な面持ちでこちらを観察していた。
「……人の会話を模倣してるパターン? いや、そうは見えない。明らかに言葉の意味を理解して発言している。普通の魔獣なら問答無用で襲ってくるか逃げるかする所だが、さて……」
とりあえず、危険ではないと判断したのか、ブツブツと独り言をしながらもゆっくりと近づいてきてくれた。良かったぁ。
そうしてあと3歩ほどの距離に縮まったところで異変は起きた。
「グルルルルルル……ッ!」
「ガルルルルルル……ッ!」
「ピロピーロ! ピロピーロ!」
草むらの陰から、唸り声が聞こえてきたのだ。
そして俺たち二人を囲むように、カバとワニとクマとゾウとウシとライオンとチンパンジーによく似たモンスターと、銀色の肌をして巨大な黒目の人型モンスターが姿を現す。
突然の出来事に、硬直する俺。
対してローブの女性は、あまり驚いた様子はなかった。
女性は顎に手を当て、ふむふむ、と前置きをしてから呟いた。
「なるほど、このカエルが気を引いてる内に私を取り囲んだというワケか。賢いなカエル。褒めてやろう」
とんでもない勘違いをされてしまった。
「違います違います! 俺はコイツらの仲間じゃないし、初対面ですってば!!」
慌てて訂正する俺。しかし、女性はまるで動じる様子もなく……
「そう謙遜するな。こんな種類がバラバラの魔物が一度に現れるワケがないし、そもそもコイツらは群れを成す類の魔物じゃあない。だとすれば、オマエが指揮して私を追い込んだのだろう? さすが私、名推理。さすわた」
己の推理に絶対の自信を持っているらしく、俺の言うことを全く聞き入れようとしない。憎たらしいほど似合うドヤ顔でこちらを見ている。
その隙に、魔物たちの包囲網が段々と狭まってきていた。
「そんな事より、後ろ! 後ろ!! 完全に囲まれてますよ俺達!!」
「いやそれにしても、迫真の演技だ。知性を持つ魔獣は他にもいるにはいるが、キミはあまりに流暢だ。なんとか五体満足で持ち帰って……」
まるで動じる様子がない。
彼女の目は、一度も逸れる事なく俺を捉え続けている。
そしてとうとう……
「キシャァァアアアアアッ!!」
「シャシャァァァァアアッ!!」
「ピロピロォォォォオオッ!!」
まるで示し合わせたのかと見紛うほどピッタリのタイミングで、同時に全ての魔物がローブの女性に飛びかかった。
対する女性は、魔物に背を向けた状態で、何の防御行動も取らない。
爪が、牙が、鼻が、なんかよくわからない光線が、女性の身に降り注ぐ。
凄惨な状況から目を逸らすべく、俺が顔を手で覆おうとした瞬間。
全ての魔物は一匹の例外もなく、氷漬けになって、地面にゴトリと落下した。
「……は?」
あたりは静寂に包まれた。
魔物達は氷像と化し、息一つ漏らすことはない。
女性は、微動だにしなかった。
その手を振るう事も、呪文を発する事も、魔物たちに視線を向ける事すらしなかった。
なのに、魔物達は全滅した。
圧倒的強者。
この女性は、自分が想像していたより遥か上の実力を有している。
正直、どれくらいの差があるかすらわからない。
だがおそらく、あの魔物達が数百倍の数で襲いかかってきたとしても、返り討ちにできる存在だと理解できた。
そして俺は、この女性にとって、敵として捉えられている。
全身に怖気が走った。
昔ビルの屋上で、地上を見下ろした時に感じた恐怖。
それを何千倍にも圧縮した死の予感。
自分が断崖絶壁の淵にいると確信した瞬間、反射で俺は地面を蹴りつけた。
走る閃光。
俺が半秒前に立っていた地面に、鮮やかな火花と激しい炸裂音が咲いた。
女性の杖が輝いていたのが、視界の端に一瞬映った。
近くに生えていた木に激突する俺の体。
爆発の余波に後押しされた事もあるが、想像以上にこの体は脚力があるようだ。制御できないくらいに体が軽い。
木にぶつけた頭が痛いが、相手の攻撃はひとまず避ける事ができた。
素早く身を起こし、相手の方へ、顔を向ける。
攻撃の主は、面白いものを見たかのような顔をフードの下から覗かせる。
「まぁ、そう怖がる事はない。ユデガエルの“二ツ星"は初めてだ、命までは取らぬさ。色々試したいことがある安心したまえ」
試すって……用済みになったら消されるパターンな気しかしないんですけど。安心できないんですけど。
相手の視線から目を逸らす事なく、後退りする俺。
とりあえず、逃げた方がいいのか? 説得は可能か否か、激しく脳を回転させる。
「話し合いましょう! こちらに攻撃の意思はありません! 何を試すつもりかはわかりませんが、協力できる事があれば俺は……」
「生憎、私に魔獣と話す口はない」
二度目の閃光が輝いた。
直感を頼りに、体を投げ出す。
またもや木に激突しつつも回避に成功した。
激突の反動で地面を転がり、その勢いのまま駆け出す事にする。
逃げる決心がようやくついた。
このわけのわからない状況で、意思疎通できる存在から離れるのは惜しいが、敵としか認識されないのでは仕方ない。とにかく、ここから離れよう。
生い茂る草や枝を蹴散らしながら、獣道をひた走る。
後ろから、追いかけてくる気配がするが振り返らない。
そんな余裕はない。
ひたすら走る。
幸い、この体は前世の体よりも随分軽い。あのローブの女よりも小柄だし、この山道での駆けっこならこちらが有利かもしれない。
そう信じてひたすら走る。
時折、後ろから声と共に、間近で炸裂音が鳴り響くが知ったことではない。
走る。
走る。
走りに走る。
すると、次第に声と炸裂音の頻度が減っていく。
しばらくすると、完全に聞こえなくなった。
無論、その間も俺は走り続ける。
さらにしばらくすると、追ってくる気配もしなくなった。
後ろを振り返る。
誰もいない。
草木の中、俺が通った後に、細い道ができているのがあるだけだった。
一息ついた。
その直後だった。
『天に捧げるは我が祈り……』
『巻き起こす旋風の中にて……』
『川池や 蛙飛び込む……』
あの女性の声が、重複して聞こえてきた。
十は優に超える、呪文の羅列。
この鬱蒼とした森を意にも介せず、透き通るような音が響き渡る。
何が起こっているかは理解できないが、明確な殺意が森一帯を包んでいた。
再び駆け出す俺。
生存本能が、とにかく走れと警鐘を鳴らす。
あちこち葉や枝で、肌に傷を作るが気にしてられない。
腕を振り、地を蹴り、足を前方に飛ばす。
顔中から、液体という液体を垂れ流して全力疾走する。
そして……
魔女の呪文が完結した。
『略して、えふえふっ!!』
叫び声と共に、光の柱が森の真ん中に突き刺さった。
視界が白に染まる。光は背後にあるにも関わらず、だ。
木々が爆ぜ、地面が砕け、突風が荒れる。
光を中心に、あらゆるものが吹き飛ばされる。
轟音が、体の内部まで揺らすのが不快だった。
直撃は免れたものの、衝撃で体が宙に浮く。
空中で全身が回り出す。どちらが上で、下かもわからない。
何秒間か空中を浮遊した後、地面に激突。
何度かバウンドし、さらに数秒間転げ回った後、ようやく俺の体は停止した。
痛い。視界に入った俺の腕は痣だらけだった。おそらく全身、こんな感じなのだろう。
体中痛くて……動きたくはないが悠長な事は言ってられない。
体の奥底から力を振り絞り、立ち上がる。
動ける。なんとか動ける。
一歩一歩、踏みしめるようにして前へと進む。
しかし、フラつく体は重心が定まらない。
思わず、俺は膝をついてしまった。
その時だった。
「なんだ!? 何事だオイ!!」
「わかんねぇ! なんか急に爆発音と光が……!!」
「とにかく、お頭! お頭を呼んでこい!!」
近くから、複数の男性の声が聞こえた。
茂みの向こう側から、確かに人の声がした。
助かった……? いや、まだわからない。
俺が魔物の姿をしている状況なのは、変わっていない。
もしかしたら今聞こえた声の主達にも、魔物として対処されるのかもしれない。
しかし、あの女性に追いつかれたら、どの道助かる術はないだろう。
微かな望みをかけて、俺は茂みの影からその集団を覗きみた。
男たちは皆、屈強な肉体をしていた。
ある者は、動物の皮と思しきものを上半身にかけて上着としていた
ある者は、分厚い斧を担ぎ、トゲトゲの肩パッドを装着していた
ある者は、髭に覆われた顔面を横切るように、大きな傷跡があった。
由緒正しき山賊スタイルの男性達が、そこにはいたのだった。
ダメだわコレ。
太鼓判を押せる、危険人物の集まりだわコレ。
茂みの向こう側には洞穴があり、どうやらこの山賊達はそこをねぐらにしているようだった。
山賊達は、皆で食事を用意していたのか……洞穴の前で火を焚き、鍋を煮込んでいた所だったようで、爆発騒ぎが無ければ今頃食卓を囲んでいたのだろう。
まぁ、今はそれどころじゃなさそうだけど。
とにかく、今は山賊達は慌てているみたいで、こちらに気付いてる様子もない。
あの女性と山賊、どちらがより危険かは判断しかねるが、話しかけて無事に終わるとは思えない。
とりあえずこの場を離れようと後ろを向いた。
「あ、いたいた。お~い、待ってくれよ~」
先程、俺を粉微塵に吹き飛ばそうと光の柱をおったてた張本人が、まるでデートに遅れた恋人のように歩み寄ってきていた。
「おわぁぁぁあああああッ!!」
俺は茂みを飛び出した。
あの山賊達の群れに突っ込み、彼らを囮にして逃げるしかない。
そう判断しての行動だった。
茂みから魔物が現れたと驚き、皆の視線が俺に集中する。
こういった状況にも慣れているのか、山賊達は咄嗟に武器を構える。
だが、躊躇はできない。何故なら、背後にはより濃い死の気配が迫っている。
真ん中を突っ切る。
なけなしの体力を振り絞り、さらに加速しようとした。
しかし、それは叶わなかった。
山賊の群れの中心で、俺の体は地面に叩きつけられる。
急に足が動かなくなったのだ。
足がもつれたとか、そういう類ではなく、膝から下が急停止した。
何事かと足元を見ると、俺の足首は凍りつき、地面に張り付いている。
なんの前兆もなく、いきなり凍るこの現象。
振り返ると、女性の杖が怪しく輝いていた。
あの、魔物に一斉に襲いかかられた時と同じ現象なのか?
でも、どうしてそれを、最初に俺が逃げ出した時にしなかったのだろう?
そんな事に思考を巡らせていると、返事があった。
「チャージし直したからね。あと8回はできるよ」
女性は、こちらの疑問を察したのか、淡々と説明しながら、悠然とこちらに歩み寄ってきた。
チャージ? 何のことだ?
「この杖の機能でね、準備をすれば短い詠唱をカットできるのさ。
こんな風にね……!」
そう告げると、杖を振るった。
周りの山賊の足元がみるみる内に凍りついていく。
「な、なんだ? 何が起こってる!?」
「冷たぁッ!! 足冷たぁッ!!」
「やぁだ! 新感覚!?」
「女ァ!! 何者だぁテメェ!?」
山賊達は突然の出来事の連続に、慌てふためいている。
とんだとばっちりを受けさせる形になったが、同情した方が良いのだろうか。
そんな現実逃避をしてると、女性は自身のフードの中に手を突っ込んで紙切れを一枚取り出し、山賊の数を数え出した。
そのフードのどこに、物を収納する部分があるのか気になる。
「ひー、ふー、みー、よー……
う~む、手配書の数と合わないな。まだ残党がいるのか、面倒くさい」
数え終わった女性は、紙切れをフード内に戻してため息を漏らす。
足が凍りついてるとはいえ、この数の集団に全く臆する事なく、近づいてきた。
「オイコラ無視すんじゃねぇ!! 何者だって聞いてるだろォ!?」
スルーされた山賊は喚き散らす。当然の反応だ。
彼らからすれば、わけのわからない事態を重ねがけされたようなものだ。
他の山賊も聞くに堪えない罵詈雑言の数々を投げつけている。
うるさすぎて、何を言ってるのか聞き取れないレベルだ。
それを見た女性はやれやれと息を吐き、山賊の一人に近づき肩を掴む。
そして……
魔女の上半身がブレて消える。そう見えるほどの動きのキレ。
回した腰の後ろから、鞭のようにしなる右拳が飛び出した。
右腕を直角に曲げ固定し、射出する。
腰から肩。肩から腕。女性の体重が、拳へと乗せられる。
山賊の左頬に、その全てが重なった。
握り拳で山賊の顔面をブン殴る。一言で言い表せば、それだけだった。
その結果は、俺の認識を大きく飛び越えた現象を引き起こす。
轟音と共に、山賊の頭部は直角に限りなく近い、急なカーブを描いて地面に叩きつけられた。
足が凍りついてなければ、数メートルは吹き飛んでたであろう勢いでだ。
殴られた山賊はリンボーダンスの体勢で沈黙する。
頭部が激突した地面には、大きな亀裂が走っていた。
静まりかえる一同。息を呑む俺。
握った拳を肩の位置にまで上げ、晴れやかな笑顔をこちらに向ける。
声を上げる者は誰もいなかった。
「いやしかし、今日は良い日だ。近所に賞金首がいると聞いて長期滞在覚悟で探しに来たら、その日の内にアジトが見つかるとは。しかもレアなオマケも見つかった。……ツイてる私。ツイわた」
満足気にそう語る。
さて、と前置きした上で続ける。
「で、諸君らのリーダーはどちらかね? この中にはいないようだが」
その質問に、女性を除く全ての人間が硬直した。
ハイ、ではキミ! と、山賊の一人に人差し指を向ける。
向けられた山賊はおずおずと……
「昼食の狩りに行ったッス。もうじき帰ってくるかと思うッス」
素直に白状した。
彼らももう、完全に力の差を理解したのだろう。
逆らう気力が消え失せていた。
女性はまたもやフードに手を突っ込んで漁ると、今度はズルっと長いロープを取り出した。なんだよそのフードは。四次元になってるのか?
女性は短く呪文のようなものを呟くと、そのロープはひとりでに動き出し、その場にいた全員に巻きついた。
無論、俺も例外ではない。足は氷で地面に固定され、上半身はロープでグルグル巻きだ。俺達は逃げる手段を完全に奪われてしまった。
「まぁ、コイツらの頭は後でどうにかするとして……とりあえずギルドに報告するか」
そう言って、さらにフードから何かを取り出そうとした時……
先刻の爆発騒ぎに負けない、空気を震わす轟音が鳴り響いた。
俺から見て左側から聞こえる。
そちらを向くと、数十メートル先の地面が隆起していた。
目算で半径約10メートル。
大地を抉って、木々を薙ぎ倒し、何かが生えるように立ち上がった。
岩でできた巨人。ゴーレムだ。
頭部、胸部、肩部、腕部、腰部、脚部がそれぞれ巨大な岩で構成されていて、その連結部は小ぶりな岩の集まりでできている。
派手な装飾はないが、そのスケールにただただ圧倒される。
頭部だけで、一般的な成人男性より遥かに大きい。
異様にデカイ胸部や手に対して、下半身は大人しめではあったが、おそらく重心の関係だろう。むしろ、その低重心なデザインに力強さを感じ取る事ができる。
これが、この世界のモンスター。
こんな状況ではあったが、我を忘れて感動してしまった。
その迫力に。そのリアリティに。
ただ呆然と見上げる。
そして、気づく。
そのゴーレムの肩に人間が乗っている事に。
「はーはっはっはー! 俺の可愛い子分どもを! 随分と可愛がってくれたようだなぁ、お嬢さん!! こんな森の奥まで……賞金稼ぎかぁ!?」
男だ。
茶髪に黒目。精悍な顔つきに、自信に満ちた笑みがよく似合う。
ガタイも良い。人を束ねるに足る、逞しい肉体。
茶色のチョッキの隙間から溢れる胸筋が、荒事で諸々を解決してきたであろうことを物語っている。
この男が、この山賊達の長なのだろうか。
そして、その手には宝石で飾られた鞭が握られていた。
「ふん………早速盗んだものを使いこなしているようだな。レンタル料はキミの首だ。両方とも受け取りにきてやったぞ。感謝するがいい」
女性は巨大なモンスターに怯みもせずに、そう告げる。
男も言い返す。
「嫌なこった!! これはこの俺様、アヴァン様が使わせてもらう!!
こんな便利なものを国が独占するなんて許せるはずもない!!
この鞭を使って魔獣の軍隊を作り、俺様が新たな王となる!!!」
なるほどなるほど。段々と話が読めてきた。
つまりこの山賊達は、魔獣を操る鞭をどこからか盗み出して賞金首となった。
そして、このローブの女性がコイツらを捕まえにこの森にやってきた。
その道中、バッタリと俺と出くわし、山賊そっちのけで襲いかかってきて、ついでにこの山賊達もたまたま見つかったというわけか。
恐ろしく運がいいな、この女。
「見ろこのゴーレムを!! そんじょそこらのゴーレムとはわけが違う!! ダンジョンの奥深くにて魔力を溜め込んでいた上物だ! 昨日捕らえたばかりでピチピチだ! 漲る魔力を感じるだろう!?」
俺は一般的なゴーレムを知らないので、なんとも言えないが、とにかく凄いゴーレムを手懐けたらしい。
聞いてもいないのに、このゴーレムの推しポイントを語り出した。
「まずは大きさ! まぁこれは見れば一目瞭然だよな! 通常のゴーレムの2回り以上デカイはずだ! そしてこの艶!! いいぞ! 触ってみろ!! 磨いたわけでも無いのに案外サラサラ感があって……」
「祖が見つけたるは原初の灯火 照らす光に従い……」
「何勝手に詠唱を始めてやがんだコラぁぁぁああああッ!?」
男の蘊蓄を無視して、呪文を呟き出したローブの女性。
その体は、赤い湯気のようなオーラに包まれていた。
当然怒る、アヴァンと名乗る山賊の頭。
アヴァンを肩に乗せたまま、ゴーレムが突進を始める。
「させるかァァァア!! ゆけ、ゴーレムッ!! 遊んでやれぇッ!」
「その先を目指すは人の主願 されど頂きに立つも叶わぬ……」
詠唱は続く。
だが、その間にも縮まる距離。
これは……
「間に合わない。無論、詠唱がだ」
近くに立っている、頭にターバンを巻いた山賊がそう断言する。
なんか訳知り顔でカッコ良さげに喋りだしたけど、お前足氷漬けで上半身グルグル巻きだからな。
「わかるのか!? ボップ!!」
「ああ あの女が唱えてるのは共通詠唱術上級炎撃呪文ヴォルカノンだ」
横にいる、頬に十字の傷がある山賊が尋ね、ボップと呼ばれた山賊がもの凄い早口で返す。
「最低でも30秒 途中で変更はできない 破れば魔力が暴発する術だからな 対してお頭のゴーレムはもう10秒もかからない距離 お頭の勝ちだ」
もの凄い早口で全部説明してくれた。正直助かる。
俺は女性の方へ視線を戻す。
すると、変化が起きていた。
まず、女性は両手で印を結んでいた。
いや、あれは印と言うよりかは……カエルの影絵だ。
二本の小指を目に見立て、残り四本ずつで口を象っていた。
そして女性の後ろには、いつの間にやらバスケットボールサイズのカエルが五匹現れていた。
その五匹はそれぞれ同時に、しかし別々の言葉を発していて……
「火口に堕ちるは誰が原罪…」「震えろ大地…」「焼けろ我が帰路…」「滾れ岩石…」「蛙ピョコピョコ…」
なんだ? 何が起こってる? これは……!?
「何してんだそれはぁぁぁあああッ!?」
アヴァンは絶叫しながら、突撃する。ゴーレムと共に。
木々を倒し、地面を削り、大気を割って突き進んでくるのが、五感全てを通して伝わってくる。
自身を遥かに越える質量が、ただただ迫ってくる恐怖。
想像してみて欲しい。
でっかいアパート、もしくは小さめのマンションが高速で向かってくる光景を。それに押し潰される未来を。
俺は怖い。進路上にいない俺ですら怖い。
だが、女性は笑っていた。
そんな光景を目の当たりにしながら、むしろ楽しげに笑っていた。
「誘われたのだよ。お前は。この私に。まんまとな」
術が、完成する。
「ヴォルカノン」
杖の先から放たれた、赤い暴力。
一目でわかる、死を誘う炎の砲弾。
発射と着弾が、ほぼ同時に起こったように感じた。
砲弾は、巨人の胸部に触れたその一瞬、小さく縮み、膨れ上がる。
激音。激震。
的を貫いた勢いが、その背後に全てぶち撒けられた。
巨人の上半身があった空間が、赤い炎と煙に包まれる。
崩れて地面に激突する、巨人の頭部と腕部。
ついでに地面に叩きつけられる山賊の頭。
それをただ眺める、俺と山賊達。
残されたのは、脚部と、抉られた腰部だけだった。
「輪唱魔術だ……」
ボップが呟く。
「蛙の魔女だ。最強の詠唱術師……蛙の魔女だ!!」
これが、魔術。
これが、魔女。
「やはり、大型魔獣は爆発が良く似合うな」
魔女は静かに笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる