【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

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第11章

第4話 大好きな人

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 雪まつりまで残り2日となった木曜日。

 ほとんど完成し、化粧雪もあらかた貼り終わった。
 あとは細部の調整だが、これがなかなかやっかいで、やればやるほどさらに調整したい部分が見つかって、いつまでたっても終わらない。

「どっかで切り上げるべきなんだろうけどなあ」

 霜矢が困ったように雪像を見上げる。
 深冬が笑って霜矢の肩を叩いた。

「まあ、やれるところまでやろうよ!」
「だな!」

 にこにこ顔で会話する霜矢と深冬を、なんとなく見つめていると、「あのー……」と若い男女が夏樹に声をかけてきた。

「君、この雪像を作っている方ですか?」
「そうですけど……。おい須縄、真城さんも。呼ばれてるぞ」
「え、何~?」

 霜矢と深冬が駆け寄ってくる。

「実は……」と男性の方が切り出した。

「僕たち、明後日ウェディングフォトを撮るんです。もしよければなんですけど、この樹の前で撮らせてもらってもいいですか?」

 3人は顔を見合わせた。
「もちろん!」と霜矢が笑って答える。

「よかった! テレビで見て、大好きな人と一緒に絶対にこの前で撮りたいと思ったんです。本当は夏に撮りたかったんですけど、仕事の都合で叶わなくて。この『夏の樹』を見て、ぴったりだと思いました」

 女性の方が笑顔になり、二人で頭を下げて帰って行った。
 
「いいなあ、結婚式かあ」

 深冬がうっとりした顔で言った。
 霜矢がうんうんと頷く。

「なんか、ああいうの見てると未来のこと考えちゃうな。てか、俺たちの雪像が誰かの思い出になるって、すごいことじゃないか? なんか芸術家になった気分だ」

 霜矢の言葉を聞いて、夏樹の胸がほんの少しだけちくりと痛んだ。
 霜矢が作る未来に、自分が確実に隣にいられる保証はない。それが少しだけ、本当に少しだけ、苦しかった。

 だから、今はただ、あのカップルの幸せを願おうと思った。
 現在の、目の前の幸せを見つめたい。

 夏樹は小さなかささぎの像を彫って、こっそり大樹の上に置いた。この位置なら、だれからも見えないだろう。

 19時を過ぎた頃、深冬がスマホを見て「あ!」と叫んだ。

「ママが熱出しちゃったんだって! インフルじゃないみたいだけど、どうしよう……」
「帰ってあげたら? あとはやっとくからさ」

 霜矢の言葉に、深冬が両手を合わせる。

「ごめーん。お言葉に甘えて、先に帰らせてもらうね!」

 深冬がそそくさと帰っていく。
 しばらくして、すっかり暗くなった空から雪が降り始めた。札幌市とだけあって周囲は街の明かりで煌々としており、作業にあまり支障はない。

 40分ほど黙々と作業して、時計を見るともう20時だった。

「作業を終了してくださーい」

 拡声器で運営スタッフが声をかけて回る。

「須縄、俺たちも帰ろうぜ」
「う、うん」

 霜矢は雪まつりが近づいて緊張しているのか、それとも疲れたのか、どことなく元気がない様子。

 いそいそと帰り支度をして、二人は帰路についた。

 雪の中、札幌駅まで歩き、電車に乗る。
 ラッシュ時は過ぎていたが、帰宅中のサラリーマンで席は埋まっている。夏樹と霜矢はシートの脇に並んで立った。

 霜矢はいつになく静かで、スマホをつけたり消したりと落ち着かない様子だ。
 声をかけるのも野暮だと思い、夏樹も黙ってスマホでネットニュースなどを見ながら電車に揺られていた。

 電車が停車して、夏樹の最寄り駅に到着した。

「じゃあな須縄。また明日」
「……」

 電車を降りて、ちらっと振り返ると、霜矢がこちらを見ていた。

 霜矢は少し逡巡したようにうつむいた後、ぱっと電車から飛び降りた。

「え?」

 ドアが閉まり、電車が走り去っていく。

「須縄?」

 霜矢がゆっくり顔を上げて、夏樹の顔を見た。

「あの、今日時原の家行ってもいい?」


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