【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

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第11章

第5話 キスの瞬間

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「えっと……なんで?」

 夏樹が困惑して尋ねると、なぜか霜矢も困ったような顔をして答えた。

「お、俺、こないだ時原の家にDVDプレーヤー忘れて行ったじゃん。プラネタリウムのビデオの続きも見たいし」
「お前、そんなにプラネタリウムに興味あったの」
「ある。うん、あるかも」

 霜矢の声がごにょごにょと小さくなった。

「……わかった。飯買いたいから帰りにコンビニ寄っていい?」
「うん」
「じゃ、行くか」

 並んで駅を出て、マンションの近くのコンビニでおにぎりを買う。
 ココアを持ってレジに並ぶ霜矢。

「須縄、それだけでいいの?」
「うん。あんまり腹減ってなくて」
「ちょっとでいいからなんか食えよ。雪まつり終わるまでは体が資本なんだし」
「わかった」

 霜矢が素直におにぎりを一つ取って、レジに向かった。

 特に会話もしないまま、少し間を開けて歩き、マンションのエレベーターに乗る。

「今日、泊まってくの?」
「時原がいいなら。ばあちゃんにも連絡したし」
「あ……そう」

 なんとなく向かい合って夕飯を食べ、順番に風呂に入る。

「時原、部屋着とタオルありがとう」
「ん。ビデオ見る?」
「うん……」

 ソファに並んで座って、テレビをつける。
 なんとなく、あの大雪の日のことが思い出された。

 落ち着いた声のナレーションが流れる。

「惹かれ合った織姫と彦星は、毎日遊んで暮らしました。それに怒った天帝が、織姫と彦星を引き離し……」

 霜矢がゆっくりと手を伸ばし、夏樹の右手を握った。

 握られた瞬間、血が逆流したように手のひらが熱くなる。
 夏樹は息を飲んだ。
 霜矢はどういうつもりで手を握るのだろう。これも「練習」なのだろうか。もうよくわからない。

「時原」

 霜矢がテレビの方を向いたままつぶやく。

「何?」
「……」
「なんだよ」

 霜矢がココア缶をあおり、膝を抱きかかえて背筋を丸めた。

「……織姫と彦星ってさ、ちゅーとかしたのかな」
「なんだよその初心な質問。したんじゃねえの、あいつら相当関係性ただれてるだろ」
「そっか……」

 沈黙が流れる。
 夏樹が質問の意図を掴みかねていると、霜矢が消え入りそうな声で再びつぶやいた。

「時原はさ、キスとか、したことある……?」
「まあ、あるけど……」

 霜矢が膝に顔をうずめた。

 心臓の激しい鼓動が痛いほど耳に響いている。
 夏樹は震える声で尋ねた。

「してみる……?」

 霜矢が顔をうずめたまま、こくりと頷いた。

 握っていない方の左手を、霜矢の首の裏にそっと伸ばす。
 指先に伝わる脈拍が、おそろしく速かった。

 首をとんとんと優しく叩くと、霜矢がゆっくりと顔を上げた。
 霜矢の丸い目がうるんでいる。夏樹の両腕が震えた。

「目、閉じて」

 霜矢が目を閉じた。瞼が小刻みに震えている。
 首を押して、ゆっくり顔を引き寄せる。

 霜矢の顔を見つめてから、そっと唇を重ねた。

 あたたかさと冷たさが同時に押し寄せて、感覚がぐらりと揺れた。
 冷えた唇が、一気に溶けていくようだった。

「ん……」

 どちらのものかもわからない声が漏れる。

 ゆっくりと顔を離すと、唇が互いにくっ付き合うようにして離れた。

 一回だけのつもりだった。でも、名残惜しい。
 霜矢も同じ気持ちだろうか。

「もう一回」

 夏樹が囁くと、霜矢が小さく頷いた。

 さっきよりも少し深くキスする。
 汗ばんだ右手を強く握ると、霜矢の手が小さく震えた。

「んっ……はあ……」

 唇の隙間から、霜矢の熱い息が漏れる。
 体の芯がじんじんと熱を持って脈打っている。

 口をそっと離して、額同士を合わせる。
 霜矢の目は、縁の方が赤くなっていた。

 かわいい、は何か違う。かっこいい、も適当ではない。

「眩しい……」

 つぶやくと、霜矢がへにゃっと泣きそうな顔で「なんだよそれ」と小さく笑った。

 首に当てていた手を、霜矢の真っ赤になった耳にすべらせて、外側の溝をなぞるように撫でる。

「もう一回、いい?」
「……うん」

 霜矢が目を閉じる。

 耳を軽く引っ張って唇を重ね、舌先で霜矢の唇に触れると、飲んだばかりのココアの甘さが伝わってきた。
 霜矢がびくっと体を震わせる。

「時原ぁ……ふあ……んん……」

 少し湿った霜矢の下唇を食むと、霜矢が夏樹の肩にしがみついてくる。

 角度を変えながら唇を重ねていると、しがみついた手が少しずつ緩んで、全身の力が抜けたように霜矢がソファに横たわった。
 霜矢の唇を追いかけるように覆いかぶさり、押し倒す体制で深くキスする。

 夏樹の髪が霜矢のオレンジの髪と混ざり合った。
 心臓の鼓動で鼓膜と胸が破裂しそうだ。

「んあ……時原、時原」
「ふぅっ……はあ……須縄、舌出して」
「やっ……んっ……」

 もう止まれない。霜矢の手を強く握る。全身が熱を帯びている。
 深いキスとキスの合間に、霜矢が上気した顔でつぶやいた。

「はあ……時原……俺たちって友達なのかな……」

 夏樹は何も答えない。答えることができない。

 外に降る雪が、街の音をかき消している。
 いつのまにかプラネタリウムの動画は終わって、最初のメニュー画面が表示されていた。

 夜が更けて疲れて眠ってしまうまで、二人は何度も何度も唇を重ねた。


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