怖いもののなり損ない

雲晴夏木

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八人目「後輩の怪談でとばっちりを受けたんだ」

気づけば正面に青年が座っていて

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 ハッと我に返ったあなたは、周囲が暗いことに驚いた。暗く静かな上に、ひんやりと寒い。寒さがあなたの頭をも冷やし、ここが『純喫茶・生熟り』であることを思い出させる。
 あなたの記憶は『純喫茶・生熟り』に入店したところで途切れている。見回せば、あなたは自分がいつもの席に着いているとわかった。しかしほかのテーブルに座る客は一人もおらず、カウンターにも人はいない。店内はあなた一人きりであるかのようにしんと静かだ。

 ――居眠りでもしたのだろうか。

 眠った覚えはない。かといって、遅い時間に入店した覚えもない。閉店時間が過ぎたのならば、マスターもあなたに一声かけるはずだ。
 何が起きたんだろうと首を捻りながらもう一度自分のテーブルへ顔を向け、あなたは跳び上がるほど驚いた。
 正面に、青年が座っていたのだ。
 向かいに腰掛ける青年は、居眠りでもしてるような姿勢でうつむいている。薄青のパーカーは雨にでも降られたのか、肩がしっとりと濡れている。
 この青年は、いつの間に正面に座ったのか。あなたは未だ状況が飲み込めず、寝息を立てるでもなくうつむいている青年を凝視した。
 眠っていた人が起きるような身じろぎの後、青年はゆっくりと顔を上げた。暗い顔だった。落ち込んでいるといったわけではない。暗いもの、重いものを背負い込んだような、忌避したいものばかりを抱えたような、そんな顔だった。
 カビの生えたような重いため息が、青年の口から「ああ」と漏れる。

「すんません、相席してもらって……」

 相席と言われ、あなたはほっとした。混乱して見えていなかっただけなのだと、幽霊ではないのだと思えるからだ。
 あなたは青年に、なぜ周囲がこんなにも暗いのかを尋ねた。恥ずかしながらなぜここにいるのかも覚えていないと付け加えると、青年は口の端を微かに吊り上げた。

「そりゃあ、暗くもなりますよ」

 口の端で笑いながら、青年は暗い声で続ける。

「やな女のせいで、あんな目に遭ったんだから……」

 ぼそぼそ低い声で呟いて、青年は目を伏せた。青年は己のことを〝暗い〟と勘違いしたらしい。あなたは慌てて、店のことであって青年のことを言ったわけではないと弁明した。あなたの弁解に、青年は伏せた目を上げると「なぁんだ」と気の抜けた声を出した。

「それなら、電気系の何かが故障したんでしょ……。大体そうなんすよ、こういうときは」

 青年は「オバケのくせに」と、吐き捨てるように付け加えた。青年の『オバケ』という単語に、あなたはつい反応してしまった。
 怖がるどころか身を乗り出したあなたを見て、青年はきょとんと目を瞬かせた。

「……オバケの話とか、平気ですかね」

 恐る恐るといった声に、あなたは平気どころかと今日も鞄に忍ばせておいた本を見せた。あなたが取り出した本を見て、青年は暗さの吹き飛んだ顔でふっと笑った。しかしその明るさも束の間。青年はまたすぐ陰鬱な顔に戻った。

「じゃあ……聞いてもらおうかな。後悔しないでくださいよ? 俺は、後悔しましたから」

 ぼそりぼそりと低い声で、青年は「完全なとばっちりなんですけどね」と話し出した。
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