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七人目 座敷童の神隠し
少年は力なく微笑んで
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話し終え、少年は疲れた顔で残りの紅茶を呷った。互いのナポリタンは冷め切っている。あなたの前にあるナポリタンを見て、少年はすまなさそうに謝った。
「長々と、すみません。冷めてしまいましたね」
伏せた目が、自分のナポリタンの皿にも視線を注ぐ。しょんぼりとしょげる様はあどけない。気の毒に思ったあなたは気にしないよう言ってフォークを手に取った。
あなたがナポリタンを食べ始めたのを見て、少年もおずおずとフォークを動かす。
それからは互いに、無言でフォークを動かした。
重い沈黙の下で食事を終えたあなたは、少しでも空気を変えようと新たにコーヒーを注文した。少年に、新しい紅茶を注文する。当然のような追加注文を少年は遠慮したが、あなたは話を聞かせてくれたお礼だと言って店員に注文を受付させた。
店員が去ってから、あなたは少年に超常現象や存在の話を聞くのが好きなのだ打ち明けた。少年は「そうですか」と形ばかりはうなずいたが、その顔はあなたの台詞を信じていなかった。
店外へ目をやると、雨はすっかり止んでいた。あなたと少年はどちらからともなく顔を合わせると、カップの中身を飲み干し、言葉もなく席を立った。
宵闇に街灯の光がぽつりぽつりと浮かび上がる。店を出たあなたは、少年を駅まで送るつもりだった。けれど少年はそれを固辞した。
「ご飯を奢ってもらって、そこまでしてもらうわけには」
部活ではもっと遅い時間でも一人だったから、と少年は首を振る。知らない成人に駅まで送られるのも気味が悪かろうと慮ったあなたは、食い下がりはせず、明るい道を教えるにとどめた。
庇の下で会釈をし合い、あなたと少年は別れた。しかし少年は足を止め、あなたを振り向いた。
「思ったんですけど」
いったい何を、とあなたも振り返る。少年は暗い光を目に宿し、自分に言い聞かせるように、あなたに尋ねた。
「ゴキブリだって、鼠だって、隠れる場所がなくなればいなくなりますよね」
常時人の目につく場所にいるそれらを見たことはない。あなたは確かに、と少年の言葉にうなずいた。少年は「ですよね」「そっか」「そうだよな」と低く呟き、あなたに届かないほど小さい声で何やら独り言を漏らし始めた。
心配したあなたがそばに寄るかどうするか思案し始めた頃、少年は晴れやかな顔になった。
「あなたに話したお陰で、頭がすっきりしました。居場所をなくしてやればいいんですよね」
何のことやら、あなたはわからなかった。ただ少年が嬉しそうにしているので、聞き返しはせず、曖昧にうなずいておいた。少年は「簡単だったんだ」「何で思いつかなかったんだろう」と笑い、駅に向かって歩き出した。
スキップでもしそうなほど軽い足取りで少年が宵闇に消えていく。あなたはそれを、黙って見送った。
それから一週間も過ぎていない、ある日の朝のニュースだ。あなたの住まいから遠く離れた地方で、少年が自宅に火を放ったと報道された。キャスターは淡々と受験疲れの可能性を語る。
自宅でたまたまテレビを見ていたあなたを、もしかしてと嫌な予感が襲う。火をつけた少年の顔が映ることはなかった。インターネットでニュース記事を探しても、放火に至った少年の顔は見つけられない。見つけられないことにあなたは安堵した。
携帯端末を握りしめ、あなたはこの少年があの日の少年でありませんようにと祈った。
「長々と、すみません。冷めてしまいましたね」
伏せた目が、自分のナポリタンの皿にも視線を注ぐ。しょんぼりとしょげる様はあどけない。気の毒に思ったあなたは気にしないよう言ってフォークを手に取った。
あなたがナポリタンを食べ始めたのを見て、少年もおずおずとフォークを動かす。
それからは互いに、無言でフォークを動かした。
重い沈黙の下で食事を終えたあなたは、少しでも空気を変えようと新たにコーヒーを注文した。少年に、新しい紅茶を注文する。当然のような追加注文を少年は遠慮したが、あなたは話を聞かせてくれたお礼だと言って店員に注文を受付させた。
店員が去ってから、あなたは少年に超常現象や存在の話を聞くのが好きなのだ打ち明けた。少年は「そうですか」と形ばかりはうなずいたが、その顔はあなたの台詞を信じていなかった。
店外へ目をやると、雨はすっかり止んでいた。あなたと少年はどちらからともなく顔を合わせると、カップの中身を飲み干し、言葉もなく席を立った。
宵闇に街灯の光がぽつりぽつりと浮かび上がる。店を出たあなたは、少年を駅まで送るつもりだった。けれど少年はそれを固辞した。
「ご飯を奢ってもらって、そこまでしてもらうわけには」
部活ではもっと遅い時間でも一人だったから、と少年は首を振る。知らない成人に駅まで送られるのも気味が悪かろうと慮ったあなたは、食い下がりはせず、明るい道を教えるにとどめた。
庇の下で会釈をし合い、あなたと少年は別れた。しかし少年は足を止め、あなたを振り向いた。
「思ったんですけど」
いったい何を、とあなたも振り返る。少年は暗い光を目に宿し、自分に言い聞かせるように、あなたに尋ねた。
「ゴキブリだって、鼠だって、隠れる場所がなくなればいなくなりますよね」
常時人の目につく場所にいるそれらを見たことはない。あなたは確かに、と少年の言葉にうなずいた。少年は「ですよね」「そっか」「そうだよな」と低く呟き、あなたに届かないほど小さい声で何やら独り言を漏らし始めた。
心配したあなたがそばに寄るかどうするか思案し始めた頃、少年は晴れやかな顔になった。
「あなたに話したお陰で、頭がすっきりしました。居場所をなくしてやればいいんですよね」
何のことやら、あなたはわからなかった。ただ少年が嬉しそうにしているので、聞き返しはせず、曖昧にうなずいておいた。少年は「簡単だったんだ」「何で思いつかなかったんだろう」と笑い、駅に向かって歩き出した。
スキップでもしそうなほど軽い足取りで少年が宵闇に消えていく。あなたはそれを、黙って見送った。
それから一週間も過ぎていない、ある日の朝のニュースだ。あなたの住まいから遠く離れた地方で、少年が自宅に火を放ったと報道された。キャスターは淡々と受験疲れの可能性を語る。
自宅でたまたまテレビを見ていたあなたを、もしかしてと嫌な予感が襲う。火をつけた少年の顔が映ることはなかった。インターネットでニュース記事を探しても、放火に至った少年の顔は見つけられない。見つけられないことにあなたは安堵した。
携帯端末を握りしめ、あなたはこの少年があの日の少年でありませんようにと祈った。
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