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第一幕
(六)諏方郡奪還
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九月九日、諏方頼継は若緑の陣羽織をまとい、伊那衆三千を率いて杖突峠を越えて諏方郡に入った。副将藤沢隆親、松島、座光寺、長岡、小河内、漆戸ら、ほとんどの伊那神党が参陣してくれた。
頼継は、姫君を担げなかった。姫君と二ヶ月ちかく共に暮らしたら、あの肌の白さは日差しに弱いことが分かった。ほかにも視力の悪さなど、いくつかの違いが確かめられた。ただ、諏方満隆がこちら側に戻ってくるのなら、満隆と共にする惣領家再興に頷いてくれた。親子ほどの年齢差はあるけれど、構わないと言ってくれた。ただ、消極的だった。
ーーふうっ、満隆か……。
頼継は、ため息を吐いた。神林上野入道の調略が成功したら、頼継の忠義の対象は満隆に変わる。それでも忠義を貫かなければならない。そう、言い聞かせた。
頼継は峠の頂から霊峰守屋山を眺める。諏方郡の回復を祈ろうとするも、沈む表情の姫君が思い浮かんでしまった。
ーー姫君がお元気になりますように。
と、思わず祈ってしまった。本来なら戦勝祈願だろう。でも、後悔はない。
ーー自力でやってみせるさ!
色々考えてるうちに干沢城に到着した。城代蓮峰軒、上社禰宜矢島満清と下社の武居祝、敵に一度は侍りながらも戻ってくれた惣領家旧臣もいれば、西方衆と呼ばれる 小坂氏、花岡氏、有賀氏、真志野氏も参陣してくれた。そのため干沢には既に二千の兵が集まっていた。頼継が七月中旬に離れたときは蓮蓮軒と数百人しか残さなかったが、こんなに膨らんでいる。逆をいうなら、上原の甲州駐屯軍や諏方満隣の旧諏方衆は、それだけ減ったことに繋がる。
頼継は五千もの味方を眺めた。とても心強いながらも、緊張した。
「ワシがこの大軍勢を指揮するのか……」
握る軍配に汗が染みついた。諏方郡でこれだけの招集に努めた男が蓮峰軒である。
「兄上、諏方でもこんなに多くの者が我らに味方してくれました」
頼継は感謝した。
「ああ、蓮峰軒のおかげだ。こんなに心強いものはない」
「いいえ、これこそが、兄上がこれまで惣領家に尽くしてきた証です。だから勝ちましょう!」
「ああ。諏方大明神は我らにあり!」
頼継の緊張は解けた。ならば頼継は、みんなを絶対に勝たせてやりたいと意気込む。
十日朝、上原に巣食う敵駐屯郡が、旧総領家居館を放棄した。諏方満隣ら旧諏方衆は下社に、甲州の者どもは神戸に移った。守屋頼真は上社本宮近くにある自分の屋敷で籠城している。つまり、上原の町を守る敵がいなくなった。
軍議で蓮峰軒が
「守屋屋敷を落とすべき!」
と強く提案するが、頼継は冷静になって拒んだ。
「守屋頼真は確かに憎い。立場が諏訪大社神官のみなら潰してもいいが、大祝の身辺は奴しか守れない。奴の場合、謝ったら許すことにする。それでよいな」
「わ、分かった。兄上」
蓮峰軒は納得してくれた。
頼真とは戦っても勝てる。大祝の補佐には欠かせないから降伏させる。
頼継は未の刻(午後二時頃)、三千の兵を率いて上原に入り、旧惣領家居館を占拠した。あまりにも簡単だったが、頼継は喜んだ。
「やりましたぞ殿! やりましたぞ下位様! やりましたぞ姫君! 諏方信仰を崇める者たちの力で、諏方を全て取り戻したぞ!」
思わず感涙した。堪えても鼻水は流れてしまう。居並ぶ家臣たちももらい泣きした。そして頼継は皆とともに、勝鬨をあげた。それは諏方中に鳴り響いた。
旧総領家居館主殿の大広間に入る頼継。足跡、物色、ゴミや喰いカス等が散乱していた。
「ちっ、神聖な館を食い散らかしおって。この罰当たり者めがっ!」
と、腹が立った。主殿内が全てが散らかっている。
頼継には、姫君からの頼まれごとがあった。
「桐箱の中にある手紙を見つけてくれ、か。よほど大切にしていたのだろう」
頼継は奥屋敷に移り、姫君の部屋へ行くが、ここも主殿と同じような散らかり様だった。
「蛮族め、女の部屋まで荒らすのか。恥も外聞もないのか……」
それでもくまなく探したが、見つけられなかった。残念である。
明日、また探し直そう。
夜は各陣営で宴会が行われ、頼継は激励に回る。その度に、酔っ払って上機嫌になってる家臣や神党当主から、「伊那名物、高遠様の下手踊りをやってくだされ!」と、冷やかしが含まれた懇願を受ける。頼継はその都度、「何が名物じゃ? アホ!」と笑いながら怒って拒んだ。
最後は浪人衆だ。あれでも頼継本隊に入れてるので、頼継の上原屋敷だった所に置いている。亡き妻がここで過ごしていた。頼継は陣に入ると、番役の若い浪人に阻まれた。
「てめえ誰だ?」声色も人相も悪い。
頼継警護の一人が頼継の前に出て、
「貴様、御大将の顔も知らんのか!」
と抜刀し、切りかかった。しかしこの浪人は人並みはずれた跳躍で見事にかわし、着地と同時に素早く警護の背後を取り、刀を抜いて切りかかる。
ここで諫早佐五郎が現れ、怒鳴る。
「やめろ、バカ!」と、浪人を張り倒した。
大仏庄左衛門も現れ、頼継を陣に入れた。
そこには小汚い小柄な浪人が一人、酒を飲んでいたが、先に立って頭を下げ、自己紹介する。
「山本勘介と申します。こいつらとは大永の勘合船で知り合いました。ま、某のほうはご覧の通り、片目も片足もバカになりまして、船からは引退してます」
蝋燭の灯火に照らされる勘介は不気味で、頼継も思わず、
ーーワシより酷え顔だ……。
とつぶやきそうだったが、堪えた。頼継は、年取った合戦障害者を数に入れるなと怒りたかったが、佐五郎に言われた。
「ダンナはこんな面でも、姐さん(秋津)の親父ですぜ」
勘介は苦笑いする。
頼継は疑った。
「ま、ま、まさか、本当か?」
勘介は肯定した。
「そんなに驚かなくても……」
頼継は勘介の顔をじっと眺める。
「母親か?」
佐五郎が笑って教えた。
「そうですよ」
頼継は納得する。
「そうか。それはよかった……」
佐五郎と庄左衛門は大笑いした。勘介はムスッとしながらも、認めてるのでそこは言わない。庄左衛門も佐五郎同様、勘介を評価している。
「ダンナは腕っぷしも、その辺の豪傑なら軽く倒せますが、それ以上に頭です。高遠様の軍師にお勧めしたいほどの知恵者です。どうです? ダンナにとっては夢の士官ですぜ」
勘介は拒んだ。
「ワシの軍略はカネがかかる。守護でないと扱えん」
と、厳しい隻眼で庄左衛門を睨んだ。庄左衛門は目を逸らし、ウシシと笑う。お互い冗談半分だと分かってる。
頼継は二人の言葉を信用するしかない。
「成程、寄り縋りにも色々あるのだな。大林とやらか。そなたも強いのなら、首の一つも取ってみせよ。褒美に身分も血筋も関係ないからな」
と、勘介に一応の期待はしておく。勘介は諏方頼継に問いかけた。
「諏方満隣様が、己の次男坊を大祝に添えようという噂がありますが、どうします?」
頼継もその話は聞いている。
「うむ、仕方ないと思う」
「本来の意味で〝裏切者〟の息子ですけど?」
「幼子に罪はない。惣領家と比べれば血が薄いが、資格のある子だ。我らが定める、より血の濃い大祝を得るまでなら許してもよかろう」
「なるほど、よき判断です。お優しすぎるとも思いますが……」
「ふん、甘いと思うなら勝手に思え。兎も角大祝の件で一番得したのは満隣。全ての元凶が奴だと再確認できた」
「成る程。で、敵の後詰対策はできているのですか?」
頼継はこれに、自信満々と答えた。
「蛮族共なら来ないはずだ。あちらは大洪水だぞ。普通ならいくさよりも復興が先だろ」
しかし勘介は、見方が違う。
「高遠様が正しければ、蛮族は蛮族失格ですな。普通に〝人〟だ」
「何を言う。主なら幕府の法を重んじるはずであろう守護がやるべきは他国の侵略ではなく、自国の民を守ることだ。諏方も神の国とはいえ、その法は尊重した」
「法ですか? あんなの、誰も従いませんよ。それよりも、地域ごとにつくられた掟に乗ったほうが楽なんです。故に米蔵を開放することも、頑丈な堤防を作ることも、肥沃な農地を開発することもダメなのです。嵐の度に壊れる手抜き堤防でないと、莫大な予算をネコババすることが出来ません。民の血税の一部を己の懐に入れる。これも奴らの掟です」
「ま、まさか、本当にやってるのか?」
「やってるから親父様は追放されたのです」
「まさか、あの頑固親父が私腹?」
「逆です。家老連中が、です」
「ま、まさか……」
頼継は勘介に論破され、閉口した。
勘介は続けて策を提案する。
「上原は一端捨て、敵に取らせて油断させましょう。そこで我らは宮川沿いの金子に、この縄張り図の砦を築き、待ち構えるのです」
勘介は縄張り図を見せ、頼継は確かめる。
「扇のような形だな。砦というより城だ」
「ここに敵を誘えれば、必ず勝てます。新たなる惣領家の居城にするのも良いでしょう」
自信満々な勘介に、頼継は渋った。
「全方位に深い堀を巡らせた上に、でかい土塁まで作るか? こりゃ大普請じゃないか」
「だから申したでしょ。カネがかかると」
「バカを言うな。山の神々が作りし大地を人間が軽々しく掘り変えたら、神罰が下るではないか」
「諏方にも、城や水田が当たり前にあるではありませんか。あ、城に土塁はないか……」
「諏方大明神が山の神々にお許しを貰ってから、人は大地の形を変えられるのだ。少なくとも大祝なき今、そのようなこと出来る訳がない」
「頭を使って知恵を出しましょうぜ。上原よりも金子のほうが戦いに勝てる場所ですぞ」
「それが駄目だと言ってるのだ!」
「負けたいのですか?」
勘介のこの一言に、頼継は勘介を殴り倒し、命じる。
「諏方大明神の神罰を受けたくなければ、今すぐ荷物をまとめて、明日にでも遠江へ帰れ!」
「それがし、駿府で食客なんですけど……」
「どっちでもいい! 神の目を気にしてモノを言え!」
頼継は心配と怒りを混在させながら去った。門にはまだあの浪人がいた。浪人は頼継の背後に回って話しかけた。
「高遠さんよ、満隣めを暗殺してガキを誘拐いたいのだろ。オレを使えよ。チョロいぜ」
頼継は突如後ろを取られ、驚く。刺された気分になって機嫌が悪い。しかしその話は物騒とはいえ、諏方大明神の意向に反しない。頼継はかの者の意見に関心を示す。
「そなた、名は?」
男は不敵な笑みで名乗った。
「加藤段蔵」
「見返りは?」
「百貫」
「高すぎる」
「これだけあれば秋津もオレに惚れる。奴は金の亡者だからな。そうなりゃ犯し放題。オレの性奴隷だ」
「は?」
「オレはマナ板が好みなんだよ。クソガキばかり捕まえて強姦するのは、つまんねぇからな」
「ふ、ふざけるな。この外道め!」
頼継は怒りに任せ、拳一撃で段蔵を倒した。
「何が選り優りだ。バカばっかりじゃないか!」
と頼継は呟き、自陣の旧惣領家館に帰る。ここで上野入道からの密書が届く。
諏方満隆調略成功。合図があればいつでも寝返る。という。
「よし。入道、でかしたぞ!」
頼継は気分一変。好機到来と興奮した。
頼継は、姫君を担げなかった。姫君と二ヶ月ちかく共に暮らしたら、あの肌の白さは日差しに弱いことが分かった。ほかにも視力の悪さなど、いくつかの違いが確かめられた。ただ、諏方満隆がこちら側に戻ってくるのなら、満隆と共にする惣領家再興に頷いてくれた。親子ほどの年齢差はあるけれど、構わないと言ってくれた。ただ、消極的だった。
ーーふうっ、満隆か……。
頼継は、ため息を吐いた。神林上野入道の調略が成功したら、頼継の忠義の対象は満隆に変わる。それでも忠義を貫かなければならない。そう、言い聞かせた。
頼継は峠の頂から霊峰守屋山を眺める。諏方郡の回復を祈ろうとするも、沈む表情の姫君が思い浮かんでしまった。
ーー姫君がお元気になりますように。
と、思わず祈ってしまった。本来なら戦勝祈願だろう。でも、後悔はない。
ーー自力でやってみせるさ!
色々考えてるうちに干沢城に到着した。城代蓮峰軒、上社禰宜矢島満清と下社の武居祝、敵に一度は侍りながらも戻ってくれた惣領家旧臣もいれば、西方衆と呼ばれる 小坂氏、花岡氏、有賀氏、真志野氏も参陣してくれた。そのため干沢には既に二千の兵が集まっていた。頼継が七月中旬に離れたときは蓮蓮軒と数百人しか残さなかったが、こんなに膨らんでいる。逆をいうなら、上原の甲州駐屯軍や諏方満隣の旧諏方衆は、それだけ減ったことに繋がる。
頼継は五千もの味方を眺めた。とても心強いながらも、緊張した。
「ワシがこの大軍勢を指揮するのか……」
握る軍配に汗が染みついた。諏方郡でこれだけの招集に努めた男が蓮峰軒である。
「兄上、諏方でもこんなに多くの者が我らに味方してくれました」
頼継は感謝した。
「ああ、蓮峰軒のおかげだ。こんなに心強いものはない」
「いいえ、これこそが、兄上がこれまで惣領家に尽くしてきた証です。だから勝ちましょう!」
「ああ。諏方大明神は我らにあり!」
頼継の緊張は解けた。ならば頼継は、みんなを絶対に勝たせてやりたいと意気込む。
十日朝、上原に巣食う敵駐屯郡が、旧総領家居館を放棄した。諏方満隣ら旧諏方衆は下社に、甲州の者どもは神戸に移った。守屋頼真は上社本宮近くにある自分の屋敷で籠城している。つまり、上原の町を守る敵がいなくなった。
軍議で蓮峰軒が
「守屋屋敷を落とすべき!」
と強く提案するが、頼継は冷静になって拒んだ。
「守屋頼真は確かに憎い。立場が諏訪大社神官のみなら潰してもいいが、大祝の身辺は奴しか守れない。奴の場合、謝ったら許すことにする。それでよいな」
「わ、分かった。兄上」
蓮峰軒は納得してくれた。
頼真とは戦っても勝てる。大祝の補佐には欠かせないから降伏させる。
頼継は未の刻(午後二時頃)、三千の兵を率いて上原に入り、旧惣領家居館を占拠した。あまりにも簡単だったが、頼継は喜んだ。
「やりましたぞ殿! やりましたぞ下位様! やりましたぞ姫君! 諏方信仰を崇める者たちの力で、諏方を全て取り戻したぞ!」
思わず感涙した。堪えても鼻水は流れてしまう。居並ぶ家臣たちももらい泣きした。そして頼継は皆とともに、勝鬨をあげた。それは諏方中に鳴り響いた。
旧総領家居館主殿の大広間に入る頼継。足跡、物色、ゴミや喰いカス等が散乱していた。
「ちっ、神聖な館を食い散らかしおって。この罰当たり者めがっ!」
と、腹が立った。主殿内が全てが散らかっている。
頼継には、姫君からの頼まれごとがあった。
「桐箱の中にある手紙を見つけてくれ、か。よほど大切にしていたのだろう」
頼継は奥屋敷に移り、姫君の部屋へ行くが、ここも主殿と同じような散らかり様だった。
「蛮族め、女の部屋まで荒らすのか。恥も外聞もないのか……」
それでもくまなく探したが、見つけられなかった。残念である。
明日、また探し直そう。
夜は各陣営で宴会が行われ、頼継は激励に回る。その度に、酔っ払って上機嫌になってる家臣や神党当主から、「伊那名物、高遠様の下手踊りをやってくだされ!」と、冷やかしが含まれた懇願を受ける。頼継はその都度、「何が名物じゃ? アホ!」と笑いながら怒って拒んだ。
最後は浪人衆だ。あれでも頼継本隊に入れてるので、頼継の上原屋敷だった所に置いている。亡き妻がここで過ごしていた。頼継は陣に入ると、番役の若い浪人に阻まれた。
「てめえ誰だ?」声色も人相も悪い。
頼継警護の一人が頼継の前に出て、
「貴様、御大将の顔も知らんのか!」
と抜刀し、切りかかった。しかしこの浪人は人並みはずれた跳躍で見事にかわし、着地と同時に素早く警護の背後を取り、刀を抜いて切りかかる。
ここで諫早佐五郎が現れ、怒鳴る。
「やめろ、バカ!」と、浪人を張り倒した。
大仏庄左衛門も現れ、頼継を陣に入れた。
そこには小汚い小柄な浪人が一人、酒を飲んでいたが、先に立って頭を下げ、自己紹介する。
「山本勘介と申します。こいつらとは大永の勘合船で知り合いました。ま、某のほうはご覧の通り、片目も片足もバカになりまして、船からは引退してます」
蝋燭の灯火に照らされる勘介は不気味で、頼継も思わず、
ーーワシより酷え顔だ……。
とつぶやきそうだったが、堪えた。頼継は、年取った合戦障害者を数に入れるなと怒りたかったが、佐五郎に言われた。
「ダンナはこんな面でも、姐さん(秋津)の親父ですぜ」
勘介は苦笑いする。
頼継は疑った。
「ま、ま、まさか、本当か?」
勘介は肯定した。
「そんなに驚かなくても……」
頼継は勘介の顔をじっと眺める。
「母親か?」
佐五郎が笑って教えた。
「そうですよ」
頼継は納得する。
「そうか。それはよかった……」
佐五郎と庄左衛門は大笑いした。勘介はムスッとしながらも、認めてるのでそこは言わない。庄左衛門も佐五郎同様、勘介を評価している。
「ダンナは腕っぷしも、その辺の豪傑なら軽く倒せますが、それ以上に頭です。高遠様の軍師にお勧めしたいほどの知恵者です。どうです? ダンナにとっては夢の士官ですぜ」
勘介は拒んだ。
「ワシの軍略はカネがかかる。守護でないと扱えん」
と、厳しい隻眼で庄左衛門を睨んだ。庄左衛門は目を逸らし、ウシシと笑う。お互い冗談半分だと分かってる。
頼継は二人の言葉を信用するしかない。
「成程、寄り縋りにも色々あるのだな。大林とやらか。そなたも強いのなら、首の一つも取ってみせよ。褒美に身分も血筋も関係ないからな」
と、勘介に一応の期待はしておく。勘介は諏方頼継に問いかけた。
「諏方満隣様が、己の次男坊を大祝に添えようという噂がありますが、どうします?」
頼継もその話は聞いている。
「うむ、仕方ないと思う」
「本来の意味で〝裏切者〟の息子ですけど?」
「幼子に罪はない。惣領家と比べれば血が薄いが、資格のある子だ。我らが定める、より血の濃い大祝を得るまでなら許してもよかろう」
「なるほど、よき判断です。お優しすぎるとも思いますが……」
「ふん、甘いと思うなら勝手に思え。兎も角大祝の件で一番得したのは満隣。全ての元凶が奴だと再確認できた」
「成る程。で、敵の後詰対策はできているのですか?」
頼継はこれに、自信満々と答えた。
「蛮族共なら来ないはずだ。あちらは大洪水だぞ。普通ならいくさよりも復興が先だろ」
しかし勘介は、見方が違う。
「高遠様が正しければ、蛮族は蛮族失格ですな。普通に〝人〟だ」
「何を言う。主なら幕府の法を重んじるはずであろう守護がやるべきは他国の侵略ではなく、自国の民を守ることだ。諏方も神の国とはいえ、その法は尊重した」
「法ですか? あんなの、誰も従いませんよ。それよりも、地域ごとにつくられた掟に乗ったほうが楽なんです。故に米蔵を開放することも、頑丈な堤防を作ることも、肥沃な農地を開発することもダメなのです。嵐の度に壊れる手抜き堤防でないと、莫大な予算をネコババすることが出来ません。民の血税の一部を己の懐に入れる。これも奴らの掟です」
「ま、まさか、本当にやってるのか?」
「やってるから親父様は追放されたのです」
「まさか、あの頑固親父が私腹?」
「逆です。家老連中が、です」
「ま、まさか……」
頼継は勘介に論破され、閉口した。
勘介は続けて策を提案する。
「上原は一端捨て、敵に取らせて油断させましょう。そこで我らは宮川沿いの金子に、この縄張り図の砦を築き、待ち構えるのです」
勘介は縄張り図を見せ、頼継は確かめる。
「扇のような形だな。砦というより城だ」
「ここに敵を誘えれば、必ず勝てます。新たなる惣領家の居城にするのも良いでしょう」
自信満々な勘介に、頼継は渋った。
「全方位に深い堀を巡らせた上に、でかい土塁まで作るか? こりゃ大普請じゃないか」
「だから申したでしょ。カネがかかると」
「バカを言うな。山の神々が作りし大地を人間が軽々しく掘り変えたら、神罰が下るではないか」
「諏方にも、城や水田が当たり前にあるではありませんか。あ、城に土塁はないか……」
「諏方大明神が山の神々にお許しを貰ってから、人は大地の形を変えられるのだ。少なくとも大祝なき今、そのようなこと出来る訳がない」
「頭を使って知恵を出しましょうぜ。上原よりも金子のほうが戦いに勝てる場所ですぞ」
「それが駄目だと言ってるのだ!」
「負けたいのですか?」
勘介のこの一言に、頼継は勘介を殴り倒し、命じる。
「諏方大明神の神罰を受けたくなければ、今すぐ荷物をまとめて、明日にでも遠江へ帰れ!」
「それがし、駿府で食客なんですけど……」
「どっちでもいい! 神の目を気にしてモノを言え!」
頼継は心配と怒りを混在させながら去った。門にはまだあの浪人がいた。浪人は頼継の背後に回って話しかけた。
「高遠さんよ、満隣めを暗殺してガキを誘拐いたいのだろ。オレを使えよ。チョロいぜ」
頼継は突如後ろを取られ、驚く。刺された気分になって機嫌が悪い。しかしその話は物騒とはいえ、諏方大明神の意向に反しない。頼継はかの者の意見に関心を示す。
「そなた、名は?」
男は不敵な笑みで名乗った。
「加藤段蔵」
「見返りは?」
「百貫」
「高すぎる」
「これだけあれば秋津もオレに惚れる。奴は金の亡者だからな。そうなりゃ犯し放題。オレの性奴隷だ」
「は?」
「オレはマナ板が好みなんだよ。クソガキばかり捕まえて強姦するのは、つまんねぇからな」
「ふ、ふざけるな。この外道め!」
頼継は怒りに任せ、拳一撃で段蔵を倒した。
「何が選り優りだ。バカばっかりじゃないか!」
と頼継は呟き、自陣の旧惣領家館に帰る。ここで上野入道からの密書が届く。
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歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
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