Unknown Power

ふり

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2章

14 デコボココンビ

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 翌日の朝から仲は、クラブハウスの食堂へ来ていた。オフには地元民にも開放されて格安の値段で飲み食いできる。が、昨日は練習試合があったからともかく、シーズンを終えた今の時期は閑散(かんさん)としていて活気がまるでない。広い食堂が寂しく思えた。
 そんな所にガウラとだれかが、朝食を食べながら会話をしている最中だった。先日、監督室から去り際にランドルフが教えてくれた情報通りである。
 仲もハンバーガーとポテトとバニラシェイクを買い求め、トレーを持ってふたりの前に立った。

「ここいいかな?」
「ええ、どうぞどうぞー」

 ガウラの反応が意外にもよかった。あまり警戒していないのか、話が監督からいっていたのか。屈託のない笑みを広げてくる。一方の女は目だけ動かし、一瞥をくれただけで興味を示さなかった。

「ちょっとネリネ、何か一言言わないとダメだよーっ」

 ネリネはガウラの声を無視し、黙々とサンドイッチを小さな口に運んでいる。赤味かがった髪をカチューシャで留め、額を全開にしている。灰色(グレー)の眼に、右目の下にある泣きぼくろがチャームポイントに見えた。
 仲はトレーを置くスペースを空けてもらい、イスを引っ張ってきて腰かけた。ふたりは長テーブルの端っこに座っていたので、ちょうど真ん中にいる格好になる。

――さて、何を話そうか……。

 どう切り出そうか少し迷っていると、ガウラの明るい声が飛んできた。

「ポテトをバニラシェイクに浸すと美味しいよっ!」
「へえ、どれどれ……おお、うまいじゃないか!」

 昔、日本でやっていたアメリカのテレビドラマで、好きな役者がよくそんなふうに食べていた。そのころ少年だった仲は、マネしたかったのだが両親にはしたないと咎められ、結局マネできずにいた。しかし、念願が叶った今、猛烈に感動していた。日本じゃ考えられないポテトのしょっぱさとシェイクのとんでもない甘さが、絶妙にマッチしていたのである。

「君たちもいるか? ええっと名前は――」

 仲はわざと無知を装う。

「私はガウラ、この娘(こ)はネリネ。私たち仲が良くてよくいっしょにいるんだ!」

 ガウラが簡潔に自己紹介する。仲も自己紹介を済ませると、ガウラは目を興味津々に輝かせた。

「ねえねえ、いろいろ聞いてもいい?」
「ああ、いいよ」

 ガウラは好奇心旺盛な性格らしく、初対面の日本人に矢継ぎ早に質問を浴びせ続けた。仲がどうしてアメリカに来たのかということ。アメリカと日本のベースボールと野球が違うのかということ。仲が所属している拝藤組野球部のことなど、とにかく知りたくて知りたくて仕方がない様子だった。
 一方のネリネは、テーブルに肘をついて手に顎を乗せ、眠たげな眼で楽しそうに会話する相方の顔を眺めていた。決して仲に顔を向けることはなかった。

「いくらお仕事とは言え、大変だねー」
「仕方ないさ。自分の選んだ道だからな。それと、贅沢(ぜいたく)を言えばエースが欲しいところだが、そんな選手を球団が手放すはずがない。だから、エース候補になりえる選手を探しに来た」
「へえー、そうなんだ。あっ、だったらさ、エリソンとかいいよっ。メジャー経験もあるこのチームのエースなんだから」
「いや、エースじゃなくてエース候補だ。あと、メジャー経験のない選手がいい。貪欲で出番が欲しいと嘆くような奴がもっともいいかもな」

 仲がネリネのほうを盗み見た。視線が交わる。ネリネはバツが悪そうに眉間にシワを寄せ、そっぽを向いた。

「あーらら、私は無理かなー? だって私、めちゃくちゃコントロール悪いし、たまに、本っ当たまーにしか完封できないし」

 ガウラが苦笑しながら弱音じみた言葉を吐く。仲は知ってて聞いてみた。

「どのぐらいコントロールが悪いんだ」
「1イニングにウォーク(四球)が2、3個。時々ヒット・バイ・ピッチ(死球)が1個あるかな」

 大仰に肩をすくめる動作をするガウラ。

「AA(ダブルーエー)ではみんな振ってくれるんだけど、AAA(トリプルエー)はそうもいかないね。さすがメジャーに一番近いリーグなだけあるよ」
「完封したときは誰がキャッチャーだった?」
「忘れもしない。そのときはネリネと組んだんだー。ね?」

 ネリネがわずかに顎を下に動かす。

「なんでネリネがキャッチャーだとコントロールが定まったんだろうな」
「ピッチャーのみんなは、ネリネがキャッチャーだと投げにくいって言うけど、私はそう思わない」
「じゃあ、どんなふうに思うんだ」
「私とネリネとは仲がいいのもあるけど、ボールをストライクにする技術もあるし、どんなボールも捕ってくれる。ミットだけじゃなくて、体を張ってくれて絶対後ろに逸らさないんだ。だから私は変に力むことも、力加減を誤って甘いボールを投げることがなくなる。普段よりずーっと大きく見えて思いっきりピッチングできるの」
「へえ、小柄なのにすごいな」

 小柄――この言葉を聞いた瞬間に、ガウラの表情が固まった。ネリネの顔が仲に向けられる。両目がすがめられ、凍てつくような眼光が注がれた。

――しまった。若いころのネリネには禁句だった。

 失言をしてしまった事実をまざまざと突きつけられ、悔やんでも悔やみきれない思いに駆られた。
 リトルクイーンという異名がつくまでのネリネは、小柄な自分が大嫌いだった。なぜならネリネの身長は155センチしかなく、これは日本の女性の平均身長よりも3センチほど低い。周りの女性選手は当然のことながら160センチは優に超え、170センチ超えもざらにいた。さすがに、190センチもある女性選手はガウラが唯一無二だったが。
 ネリネの無言の圧力はすさまじく、仲は思わず逃げ出したくなるほどだった。何も言わないから、ある意味拝藤よりも怖いかもしれない。初めての失言だったからか、ひとしきり睨んで視線を外した。

「しかもね、この試合で唯一ホームランを打ったんだよ! すごいよねっ!」

 何事もなかったかのように、ガウラは大げさにネリネを褒めた。

「パワーはあまりないのか?」

 答えるはずもないネリネに代わり、ガウラが答えた。

「そんなことないよー。AA(ダブルエー)では、15本ぐらいは1シーズンで打ってたよ!」
「ふむ……」

 単純に実力不足なのだろう。そう思いたかった。元の世界でのネリネのメジャーデビューは28歳になってからである。ここでは27歳であるから、あと1年はAAA(トリプルエー)かAA(ダブルエー)でもがいている計算だ。ちなみに、ガウラの場合はメジャーデビューが27歳である。今現在ガウラの歳は27歳であり、なぜかこちらではメジャーデビューできずに、シーズンを終えていた。
 これはメジャーリーグ自体、ストライキが発生中であることに依(よ)るものが大きい。いくらマイナーリーグでアピールしようとも、降格はあっても昇格はない。メジャーでは試合を行っていないのだから。ただただ、貴重な20代の1年が過ぎ去っていくだけだ。
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