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2章
16 怪しげな3人
しおりを挟む見島(みしま)なつめは恋をしていた。相手は佐渡由加里である。
同じ投手としての憧れもあるが、選手たち一人ひとり分け隔(へだ)てなく接する姉御肌の由加里に、人間としても惹かれていた。
そんな想いを持った人間がこのチームには何人もいた。みなが、自分が独占できるなんて絶対無理だとも心得ている。バッテリーを組んでいる桐子がいるからだ。
特に最近、由加里と桐子はくっついていることが多かった。以前では倦怠(けんたい)期の夫婦のような関係だったが、今は何があったのか異常なほど仲が良い。加えて監督の坂戸も由加里とやけに距離が近い。こっちは恋人に見えるのではなく選手と監督、もしくは母娘(おやこ)に見える微笑ましいものであるが。
なつめも、この想いは想いのまま心の奥底で厳重にしまっていたいと思っていた。歳を取ったときに美化に美化を重ねて思い出せればいい、と。ほんのささやかな願いである。独り占めしたいだなんて贅沢は言わない。ただ、できる限り近くで由加里の一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)を眺め続けていたい。
だって私は、そんな度胸がないのだから――。
由加里がなつめにお菓子を渡した。
「親戚がお菓子をお土産に置いて行ったんだけど、うちはこういうお菓子あんまり食べないんだ」
「……あ、ありがとうございます」
スズメの形を模したまんじゅうをひとつ渡され、ほかのチームメイトもとへ由加里は去っていく。なつめは前髪がかかりそうな目で由加里を追っていると、
「ね~え、好きなんでしょ? 由加里のこと」
ツーサイドアップの女がなつめに耳打ちをしてきた。ぎくりとして体を凍らせる。
「蘭(らん)にはわかっちゃうんだよねぇ。なつめの目がマンガみたいなハートマークになっちゃってるから。あと、ほっぺが赤いんだもん」
「……っ」
慌てて自分の頬を両手で隠す。その様子に平瀬(ひらせ)蘭は笑った。
平瀬蘭は最近テスト入団果たした22歳の選手である。身長が150センチの小柄で線がやや細く、直球は遅いものの、出どころの見にくいサイドスローから複数の変化球を操れる軟投派の投手だ。投手不足に嘆いていた坂戸が、平瀬を選手としての情報知っていた経緯もあった。何しろ元の世界では高卒でプロに入団し、弱小球団のエースとして長く活躍した選手だからである。そんな逸材が野にいたことは坂戸にとって幸いな出来事だった。
「今さら遅いって。かわいいな~」
蘭は目を伏せたなつめの頭をなでる。良くも悪くも距離の近い人間でかつぶりっこになるところがある。チームメイトの評価は半々に分かれていた。
「でもさぁ、由加里とどうなりたいの?」
「どうなりたいって……?」
上目遣いで蘭の顔を見る。
「好きなんでしょー? 『私だけ見てて!』ってならないの~?」
「そそ、そんなの、おこがましいにもほどがありますよっ……」
蘭はニヤついた表情を消し、真顔で再度耳打ちする。
「おこがましいものか」
声は低く、なつめは心臓をわしづかみされた心地になった。
「奪っちまいなよ」
「で、でも、由加里さんには桐子さんがいるし……」
言い澱(よど)んでいるなつめの目を、野獣のような目で真正面から見つめる。
「関係ないね。自分の気持ちに正直になりなよ。奪い取るぐらいの気持ちがないと、人生楽しくないよ」
「そ、そうなんでしょうか……?」
「一度しかない人生なんだからさ、動き出さなきゃ絶対後悔するよ」
引っ込み思案で言いたいことも言えず、そのことで損をしてきたことが多かった人生である。自分では生来の性格だからと諦めていたし、周りもそういう性格だからと強く言う人間はいなかった。ところが今になって、心を揺さぶる人物が目の前にいた。自分が変われる最後のチャンスなのかもしれない。天使のささやきではなく、悪魔のささやきであるが。しかもどういうことか心にかかっていた枷が音を立ててひとつ、またひとつ外れていく気がした。
――このまま蘭のささやきに乗ってしまってもいいのではないか。
自分の中の悪魔のささやきが、やけに大きく聞こえた。天使の制する声なんてもう聞こえない。なつめは決意を固くするように、力強くうなずいた。
「じゃあ、早速取り掛かろうとしよっか♪」
蘭の声が元の作ったような甲高いものに戻る。なつめの目の色が、剣呑(けんのん)なものに変わっていた。
次の日からなつめの凄まじい攻勢が始まった。
人が変わったかのように、由加里にアプローチをかけまくったのである。
他愛のない話から始まり、恋愛観の突っ込んだ話、手紙をしたためたから読んでほしいと渡されたりとやりたい放題である。
周囲はなつめの変貌ぶりに驚いた。中でも一番驚いていたのは、蘭が来るまでいっしょにつるんでいたつぼみである。なつめとつぼみは性格もほぼ真逆ではあるが、同い年で食べ物の好みが似ているということもあり、ウマが合っていっしょにいることが多かった。
なつめの暴走を横目に見つつ、食堂でひとり晩飯を食べている最中の蘭の向かいにつぼみが座った。
「アンタが焚き付けたのか?」
「だってぇ、なつめちゃんが佐渡さんのことが好きだっていうからぁ~」
「だからってさ、何を言ったんだかわからんけど、あんな状態にすることはないだろ」
蘭は顔を近づけて笑顔を崩さないまま声のトーンを落とした。
「おまえ、今の状況が不満だろ」
口に詰め込んでいた白米と鮭を喉に詰まらせそうになったつぼみは、麦茶を一気に飲み干した。
「真面目にコツコツ練習なんて性に合わないよなぁ? 自主性を重んじてほしいよな。なあ、自分のペースでやりたいと思わないか。タバコもギャンブルも」
「入ったばかりのアンタが知ったような口を利くじゃねえか」
つぼみは自分の心を見透かされている気持ちになり、目いっぱいの虚勢を張った。
「そりゃ、知ってなきゃここまで言わないからな」
「どういうことだ。どこかのスパイか?」
「答える必要はない。いいか、よく聞けよ。お前を高く売ってやる。こんなチームにいたってしょうがないだろ? お前の打力を欲しがるチームなんてごまんといる。だから協力しろ。できなきゃ、アタシらに関わるな」
蘭の凄みの利いた声に、気の小さいところがあるつぼみは震えあがった。
「な、何を企んでる?」
「いらん詮索(せんさく)をするな。金と自由が欲しいか、不自由なまま金欠の人生を送りたいか。今のお前はふたつにひとつだ」
つぼみは生唾(なまつば)を音を立てて飲み込んだ。
「何かコネとかツテでもあるのか」
「任せときなよ。私にかかればクラブチームだろうが企業チームだろうが、よりどりみどりだ」
つぼみの選択は言うまでもなかった。
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