Unknown Power

ふり

文字の大きさ
35 / 103
2章

18 偏りを嫌う神

しおりを挟む

 記憶が抜け落ちたことが気になり、トキネにポケベルで連絡したら、思いのほかすぐに連絡がついた。連絡してから1時間後にファミレスで待ち合わせた。

「元の世界の記憶がないのよ」
「……と言いますと」

 坂戸は由加里と話していた内容をそのまま説明する。

「そういうことはよくあります。世界が違えば人間も違いますし。ましてやクローン人間じゃありませんからね」

 トキネはきっぱりと答える。すかさず坂戸が突っ込んだ。

「よくあっちゃ困るのよ。大事な大事な記憶なの」
「私に聞かれても困ります。私はただの『見守り人』ですから」
「だから何よ。関係ないでしょ」
「申し訳ございません。見守るだけですから」

 坂戸は舌打ちをしたくなる気持ちを抑え、熱くなった頭を冷やすべくお冷やを額に当てつつ聞いた。

「……言い方を変えるわ。私みたいに未来から過去へタイムリープをすると、頭とか体に何か影響があるの?」
「はい。タイムリープを行えば、何かを失ったり何かを得る可能性があります。これは当たり前のことなのです。また、人間は忘れる生き物です。坂戸さんに質問ですが、今まで起きた出来事を全部憶えていますか? 生まれて今に至るまでの記憶はありますか?」
――馬鹿みたいな質問をしてきやがるわ。

 坂戸は怒りを押し込めた目でトキネを睨(にら)み、黙って首を横に振った。憶えているはずがないし、当たり前な質問過ぎて答える気も失せたのだ。

「そうですよね。あったら、神に等しい存在です。ああでも、ご両親がまめにノートや日誌に様子を書き留めておいてある可能性も捨てきれませんね」

 トキネが生真面目に抑揚(よくよう)なく淡々と話しているからだろうか、聞こえようによっては煽(あお)られているようにも取れた。怒りのボルテージがどんどん上昇していく。

「申し上げておきますが、記憶の欠けは私たちの落ち度ではありません。何千面とあるそろわないルービックキューブのごとく、世界は無数に存在します。中には坂戸さんにとって必要な記憶をすべて憶えていて、なおかついるべき人が存命しており、その人を中心とした人間関係が円滑に進んでいる桃源郷(とうげんきょう)のような世界も存在するでしょう。いわゆるルービックキューブがすべての面がそろった世界です。しかし、その世界に行ける可能性は限りなくゼロに近いと言えます。砂漠の中で一粒だけのダイヤを見つけるほうが簡単かもしれません」

 坂戸は憮然(ぶぜん)として吐き捨てた。

「夢も希望もないわね」
「例えば神様という存在がいたとしましょう。私が観てきた限り、どんな人にも楽がある分苦も与えます。楽ばかりの人生、苦ばかりの人生は絶対にありえませんでした。どうやら神様は偏(かたよ)りを嫌うようです」
「だからって、大事な人を死なせてることが許されるわけないでしょ」
「その通りですが、人の生き死にはわからないものです。ここにいる坂戸さんも1分後には死ぬかもしれないし、過去に若くして事故か病気で死んでいた世界も当然存在します」
「倉本監督の死を甘んじて受けろって言いたいわけね」
「そこまで言ってはいません。忘れてはいませんか。使命を達成すれば願い事が叶うのですよ」

 何を言ってもトキネには柳に風であるようだ。坂戸は大きくため息をついて、頭を掻いて見せた。

「……そうだったわね、ごめん。アンタと話してると頭が黒い感情で熱くなってしまうことがあるの。要はわき目を振らず使命達成に邁進(まいしん)しろってことね」
「極端かつ乱暴な言い方をすれば、そうなるでしょうね。そのほうが早く倉本監督に会える可能性が高いです」
「なるほどね」

 トキネとは頭を使う話をするためと、頼んでおいたクリームソーダにようやく一口手をつけた。ちなみに、トキネはすでに5杯目に手を付けている。坂戸は溶け切ったバニラアイスをストローで混ぜつつ、用意してきたもうひとつの質問をする。

「過去の人間の性別が変わったりするの?」
「ありえますね。おじいちゃんがおばあちゃんに、おばさんだった人がおじさんになったりします」
「その際名前も変わってたりもする?」
「変わったりもします。タイムリープした人の知人にこのような人物がいれば、名前の響きや字面などでわかるようになっています。まったく違う名前になっているというのは、まずありえません」
「金谷政――今は仲正弥だけど、政にも当然もうひとりの自分がいるのよね」
「もちろんです」
「男だったらわかりやすいんだろうけど、性別も逆だったら大変よね。ちなみに、身長が変わったりもする?」
「身長どころか見た目もがらりと変わる人もいます」
「うわぁ……なおさら大変じゃない。まさに砂漠の塩ね」
「そう思うのはタイムリープした人間だけですけどね。その世界の人間からすれば、おかしいことはひとつもありませんから」
「いちいち一言余計よ」

 坂戸が刺々(とげとげ)しさを隠さずにたしなめた。話していて疲れが溜まるしイライラする。何回か会って話をするうちに、トキネがどんな性格がわかってきた。わかってきたのはいいが、どうやら苦手な分類な人物のようである。ただでさえ髪で隠れているのに伏せ気味の目に、影のある表情、抑揚のない話し方、一言居士(いちげんこじ)……挙げればいくらでもあった。

――ったく、一言居士はこれだから嫌なのよ。

 心で悪態をついてみたものの、トキネも坂戸のことをどう思っているかはわからない。こちらみたいに悪意が上回っているのかもしれない。乏(とぼ)しい感情の仮面の下の本心はトキネ自身しかわかりえないのだ。それに、有益な情報を持っていることを考えると、乱暴な言葉遣いや態度を取るのはあまり得策ではない。一応、相手が人並みの感情を持ち合わせていると思っての対応である。利用できるものはある程度の歪(いびつ)な理由であったとしても、利用していかなければ生き残れないだろう。特に、こんな胡散(うさん)臭い奴が存在したと知った今では、元の世界以上に一寸(いっすん)先は闇なのだから。

「すみません」

 相変わらず目を見ない謝罪だ。

「そんなに私が怖いのか、気に食わないのか?」

 そう言いかけたがぐっと飲み込んだ。

「もういいわよ」

 1万円札をテーブルに叩き付け、坂戸はイスを蹴って店を出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

名もなき春に解ける雪

天継 理恵
恋愛
春。 新しい制服、新しいクラス、新しい友達。 どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。 そんな羽澄が、図書室で出会ったのは—— 輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。 その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。 名前を呼ばれたこと。 目を見て、話を聞いてもらえたこと。 偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと—— 小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。 この気持ちは憧れなのか、恋なのか? 迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく—— 春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...