Unknown Power

ふり

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2章

20 交わることのないはずだったふたり

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 仲は持ち前の口のうまさで、程なくしてガウラとネリネに取り入った。元の世界の経験がこの世界で活(い)き、警戒心はなくなってすっかり打ち解けた様子である。
 ここに少し滞在してわかったのが、今のふたりは仲が想像する以上に一心同体であり、ガウラがよくてもネリネが日本行きを拒むのならガウラは絶対について来ないと言い切れた。もし無理にガウラだけ連れて行ったとしても、相棒を失った喪失(そうしつ)感でプレーに支障をきたすことは明らかだし、何より日本人の女子キャッチャーがガウラの豪速球を捕れるのかも怪しい。低いレベルに合わせて実力が出せないのであれば、そもそもほかの選手でもいい。ガウラである必要はないし、渡米する必要もなかったのである。渡米を意味のあるものするなら、今のガウラの奥底に眠る力を引き出せることができるだろうネリネの協力が必要不可欠なのである。
 それにネリネも今の環境には不満があるようで、仲とガウラの話に聞き耳を立てていた。
 ちなみに、オフのマイナー選手の大半がアルバイトをするのだが、ふたりは一切する気配がない。お互い家がそれなりに裕福で好きなことをやらせてくれるとのことである。
 ゆえに、日がな一日朝に食堂に来て朝食を食べて話しながら少し練習し、午後からも昼食を食べて少し練習して日が沈む前には帰る生活をしていた。少し練習すると言っても、短時間に集中して効率よくやっているから決してダラダラやったり、サボっているわけではない。ふたりとも基礎練習と筋トレが中心に行い、ネリネはそこにティーバッティングを付け足したり、遠投や送球練習などを行ったりもする。ガウラはガウラでその相手をしたり、ボール拾いを率先してやっている。投球練習はまったくやらない。肩は消耗品である考えから、たまにある練習試合の前後以外ではしないのだ。
 


 この日はガウラとネリネの出会いについて触れていなかったことに今さら気づいた。3人でキャッチボールをしながら、仲が聞いた。

「ふたりの出会いってどんなだったんだ?」
「出会いかー。6月ぐらいだったかな。私がAA(ダブルエー)で好投した試合があったの。その日トレードでやってきたんだよね」

 手続きの関係で途中出場になったネリネは、キャッチャーのところで代打に送られると初球からホームランを放ち、5回までお互い無得点だった試合の均衡(きんこう)を颯爽(さっそう)と崩す。そのままマスクを被り、コントロールの定まらないネリネの荒れ球を後逸(こういつ)せずになんとか受け続けた。その後の打席でもそれぞれ打点を挙げ大いに活躍したのだった。

「どうやって仲良くなったんだ? お互いに性格も違うのに」
「帰りのバスでネリネがひとりで座ってたから、隣に座ったんだよっ。活躍したヒーローの隣になんで誰も座らないのかなと思ってね。カセットのヘッドホンステレオで何かを聴いててこっちなんか無視してさー。何を聴いてるのかなーって漏れてる音を聴いたら、デスメタルでそれから意気投合したってわけだよ!」

 ネリネは当時を思い出したのか、声の調子を少し上げながら言った。

「正直驚いた。能天気なポップでも聴いてるような奴だと思ったから。デスメタルの中でもディープな部類に入るバンドの名前を言った途端、珍しく人と話したいって頭の回路のスイッチが切り替わったな」
「話してみたら共通点が多くて、それ以来いっしょに行動することが多くなったねー」
「こいつの場合は方向音痴だから、私がしっかりしないとどっか行ってしまうんだ」
「あー、それを言うなら、ネリネが人に聞きづらそうにしてるときは私が代わりに聞いてるよね?」
「そうだな。そこは素直に感謝している。どうにも野球以外では口下手でな」

 ネリネの表情が少しだけ和らぎ、照れくさそうに頬を指で掻いた。
 お互いが長所で短所を補っている。理想的な人間関係である。
 ちなみにふたりはその後、共にAA(ダブルエー)とAAA(トリプルエー)を行き来することが多くなり、共に活躍したりできなかったりもした。どちらにしてもふたりでいる時間は増え、なんでも言える間柄になっていったのだった。

「とてもいい関係だ。ふたりのことがよくわかったよ」

 ネリネが仲の存在を思い出し、真顔を作って言った。

「私たちは仲間はずれ同士。ガウラはAA(ダブルエー)までの実力差が桁違いで話しかけられないし、話しかけても相手が恐縮しきってしまって会話にならない。私は独りでいるほうが気楽だったし、試合以外で人に気を遣いたくないんだ」
「なるほどな」

 元の世界では現役時代決して交わることのなかったふたり。メジャーファンの誰もがガウラとネリネがいっしょのチームだったら――。互いに1990年代の終わりから2000年代半ばまでを象徴する選手である。データ通りにともに活躍したらそのチームは、ワールドチャンピオンになれない回数を数えたほうが早いだろう。当時のファンたちはそんな妄想を膨らませていたものだった。
 今、この世界では妄想が現実となり、しかも目の前にいて話したり気さくにキャッチボールをしている。元の世界のファンたちにとっては垂涎(すいぜん)ものだろう。ただ、ふたりはまだ日の目を見ないマイナーリーガーで、足踏みどころかAA(ダブルエー)に落ちても仕方なさそうな成績ではあるが。
 しかし今の世界のふたりはこうして親密に交わっている。仲は日本に連れて帰りやすいこともあるが、単純に嬉しかった。元の世界では孤高の存在と呼ばれていたふたりが、こうして仲良くやっている。微笑ましくもあり、胸が熱くなる。デスメタルを聴く趣味に面食らってしまったけども。
 キャッチボールが終わり、ガウラが肩を回して仲に提案してきた。

「今日は天気もいいし、肩が軽いし、いい感じコンディションだよ。よかったら受けてみる?」
「いいのか?」

 ようやくこの時が来た。興奮で息が詰まりそうになる。元の世界でメジャーを席巻(せっけん)していたピッチャーの投球を、じかに受けられる機会なんてありえるものではない。

「うん! 日本人の仲にとって、私のピッチングがどこまで通用するのか見てもらいたくて」

 ありがたい申し出である。と、ここでネリネの視線に気づいた。まっすぐな瞳でこちらを見つめていた。

「なあ、ネリネ。俺がガウラのボールを受けてもいいのか」

 ネリネは不思議そうにわずかに首を傾けた。

「どうして私に許可を取る必要がある? 気にすることなんてない。キャッチャーができるスカウトも大変だな」

 ふたりがどこまでの仲であるのかを確認したかったためだった。幸い、公私混同をしているとは思えなかった。仲の経験上の話だが、バッテリーはふたりだけで話をすることが多く、邪推(じゃすい)であるがデキてる可能性もある。もし、今ここで聞かなくて、後々何かの拍子(ひょうし)で許可を取っていなかったとネリネが嫉妬の嵐に狂ったら大変である。日本行きの可能性が間違いなく消える。だから、慎重にことを進めていきたいのだ。この世界はどこで破綻(はたん)してもおかしくないのだから。

「ただ、ケガだけはするな。心して捕れ。構えているときはキャッチャーじゃなくて、ゴールキーパーになった気持ちでいろ」

 実際観た試合では、抑え気味だったんだろうと思っていた仲は鷹揚(おうよう)にうなずいた。

「大丈夫だ。キャリアが違うからな」
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