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3章
03 沖縄にいる逸材
しおりを挟む「まずは佳澄のご懐妊(かいにん)おめでとうございます」
テレビ新後のディレクター・相崎(あいざき)のヒゲまみれの満面に笑みが浮かんでいる。
「ありがとう。やっぱり、相崎ちゃんも知ってるのね」
本保が帰った直後に今度は相崎が単身でやってきた。
「新後イチのリードオフマンのおめでたを知らなかったら、テレビマンとして失格ですから」
「今日は彼女がいないのね」
「彼女……?」
意味を理解した相崎は手をいやいやと振る。
「勘弁してくださいよ。あんな小娘を彼女だなんて」
「ふふふ、冗談よ冗談。それで、話というのは何かしら?」
ふたりは会議室でテーブルを挿(はさ)んで向かい合っている。わざわざ会議室を選んだのは、訪ねて来た際の相崎の雰囲気を察したからだ。
「佳澄の代わりのリードオフマンの情報を手に入れたんですよ」
名前は与那国(よなくに)桃未(ももみ)という。沖縄県在住の選手である。ポジションは外野手の右投げ両打ちで、身長はデータ上では佳澄よりも若干低いものの、全身を使った思いきりのあるフォームで、見た目よりもボールをかっ飛ばす。真芯に当てるのが巧みで、腰を落としてでもよく当てる。放たれる打球は弾丸ライナーそのものである。体が非常に柔らかく、足も速い。打球判断が危ういところがあるが、それはチーム1の佳澄を凌(しの)ぐとされる快足でカバーができる。
「どうです? こんな逸材がまだ野にいたもんですね」
「どこでこの情報を?」
「沖縄の放送局に同期がいましてね。先日奴がこっちに来て飲んでたら、教えてくれたんですよ」
――この娘は確かケガがちで辞めたような……。
体が柔らか過ぎるゆえの悲劇で、立て続けに腕や足の靭帯を痛めており、それを黙っていて卒業後に入った地元の強豪企業チームの南西(なんせい)電力に入部。だが1年で退部し、会社も辞める。「自分が思い描くプレーができなくなった」と宣言して野球からも身を引いた。以後、どこで何をしているかわからなくなり、やがて人々の頭から忘れ去られていった。高校時代は華やかな活躍で甲子園を賑わせたスターであっても、3年も野球に関する活動をしていなければ仕方ないのかもしれない。しかしこれは元の世界の話で、この世界では今現在何をしているのか見当もつかなかった。
「その娘(こ)は今、何をしてるの?」
「フリーターだって言ってたかな。両親が亡くなって野球する気力がなくなったとかなんとか」
「そうなんだ……ん?」
頭の中がざわめく。
――両親が亡くなった? そりゃ、野球を辞めた人間の家族の生き死にまでわからないよ。でも、頭の中の異常なまでのざわめき。何か違うとでも本能が言ってるに違いない。
「ご両親が亡くなったのっていつ?」
「高校を卒業する前の2月ぐらいだったかな。入社すれば一生安泰の南西電力の内定を辞退するぐらいですから、自分たちが思う以上に精神的なショックが大きかったのでしょうね」
「甲子園のスターがね……」
「『甲子園のスター』? いったい誰のことです?」
「誰って、与那国桃未のことよ。何を言って――」
続きを言いかけて口をつぐむ。喉を生唾(なまつば)で鳴らし、まじまじと相崎の鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を見つめる。
「違うの?」
「甲子園どころか、3年間で予選大会の準々決勝すらいってませんよ」
ことごとく情報が食い違っている。坂戸の中でどこからどこまでが本当か、誤ったものか。まったく掴めていない。思考回路が出口を求め、脳内で迷宮をぐるぐる彷徨っているみたいだ。
「誰かと勘違いしてます? ま、とにかく会ってみますか。そのほうがことが早い」
「沖縄にいるのね?」
「はい。住所までバッチリです。なんとか説得して、ここ新後まで連れて来れればオッケーじゃないですか」
「簡単に言うわね。何か手立てはあるの?」
相崎は自信満々にうなずいた。
「飛び切りピッタリな人物がちょうどいるんですよ。人呼んで人たらしの交渉人(ネゴシエイター)」
「ウチのチームの人質でもいるの?」
「嫌だな、言葉の綾ですよ」
相崎は笑い飛ばしながら指を鳴らす。すると、ドアの向こうから見慣れた人間が現れた。
「相崎さん、ひどいですよ! 恩愛寮に行くときはわたしにも声をかけてもらわないとっ」
頬を膨らませ、相崎に詰め寄る贄(にえ)。両手には靖子からもらったと思われる紅白まんじゅうが乗っている。
「おまえじゃない」
軽く脳天にチョップを下す。再度指を鳴らすと、贄以上に見慣れた人物が開きっぱなしのドアの陰からひょっこり姿を現した。
「はいはーい、かーすみちゃんでーす!」
いつものハイテンションでは会議室に入ってきたのは、妊婦となった佳澄である。
「なるほど、佳澄なら適任ね」
「そうですよね!」「そうでしょ!」
相崎と佳澄の声が重なる。贄はまんじゅうを食べていてコクコクと顔を上下させた。
「……佳澄、アンタがいてくれて本当によかったわ」
「監督ー、あんま年寄り臭いことを言ってると、顔のシワがクシャクシャになって、いつも以上にババ臭く見えるよ」
「やかましい。でも佳澄、なんで沖縄に着いていこうって思ったの? 確か飛行機嫌いだったはずじゃない」
「つい最近までは嫌いだったよ。赤ちゃんがいるってわかるまでは。この子にも空を飛んでるんだーって感じてもらいたいし、沖縄の壮大な雰囲気を感じてもらいたいし、何よりあたしが沖縄行ってみたかったし!」
「最後の最後に本音が出たわね」
佳澄は唇をとがらせた。
「だって修学旅行で行けなかったもん。由加里と桐子の代はよかったよねー。あたしなんか神奈川に2泊3日だもん」
「わかったわかった。いっしょに行きましょ」
「あたしも行きたいですっ!!」
手ぶらになった手を合わせ、贄は相崎に懇願する。
「ダメだ……と言いたいところだが、テレビに映る人間が必要だから来い。ディレクターが画面の前に出るわけにいかんからな」
「やった―――っ! よーし、待ってろよ。サーターアンダギーにたまご巻に肉そばにソーキそばにタコライスにちんすこうにミミガ―!」
「旅行じゃねえから勘違いすんなよ。あ、そうそう。みなさん、旅費はこちらで出しますのでご心配なく。航空券の手配なども自分のほうでしておきます」
「ENG(いーえぬじー)はなしですか?」
ENGとはカメラ、照明、音声がちゃんと揃ったロケのことである。
「あたりまえだろ。上に聞いたら『バブルが終わった今、そこまで出してやれねぇ!』って怒鳴られたわ。地方局の悲しい現実だよな」
この場合、家庭用のデジカメをディレクターがVTRを撮ることになる。経費削減の煽(あお)りをもろに受け、テレビ局の現場も結構大変らしい。
佳澄がハリキった様子で言った。
「んじゃ、費用を出してもらう分あたしたちもがんばらなくちゃね! ね、贄ちゃん」
「美味しいものがたくさん食べれるならがんばりますよっ!!」
「おまえ、人の話聞いてなかったろ」
相崎はげんこつで贄の脳天をぐりぐりする。そんな微笑ましい光景を見ながら坂戸は思う。
――どうか、与那国桃未が健(すこ)やかなる人間でありますように。
元の世界の怪我がちの与那国桃未はこの世界でいないことを望んだ。それは、こちらの事情によるものが大きかったが、あまりにも不幸な桃未のためを想ってのことだった。
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