Unknown Power

ふり

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3章

12 佳澄の提言

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 昼の2時ごろから始まった最後の撮影は、西側のビーチで行われ、日が明るいうちに滞りなく終了した。
 これで桃未は新後へ行くだけとなった。新後から来た面々も同様だ。

「坂戸さん、坂戸さーん」

 運転席の大黒の呼びかける声で、坂戸の重たげなまぶたが開かれた。いつの間にか寝ていたらしい。

「どうします? 仲宗根(なかそね)泉美(いずみ)がいる東村(ひがしそん)なら、これから行けないことはないですけど」

 大黒の話では、これから一旦テレビ局に寄って同行スタッフと撮ったテープを降ろすという。編集は大黒が立ち会わなくても、意を得たスタッフに任せても大丈夫なようで、自身は身が利くそうだ。
 車内のデジタル時計は16:05と点滅している。どちらにせよ新後行きの飛行機は、1時間ほど前に飛び立っている。今日はどうやっても帰れない。明日帰るしかないのだ。
 これからの予定は昨日と同じで、寝るまで酒盛りするだけだから、余裕があるといえばある。しかし、働き詰めの大黒を往復約4時間も運転させるのも忍びない。相崎も運転できるのだが、同じく撮影や坂戸たちに気を遣って動いているためか、疲労の色が濃い。しかも坂戸も含めた中年組は、昨日の酒がやっと抜けた具合だった。
 元気なのは酒に滅法(めっぽう)強い桃未と贄、飲まなかった佳澄の3人である。ちなみに、この3人の運転技術は未熟で当てにならなかった。
 坂戸も坂戸で運転がとても苦手だった。元の世界で何台おしゃかにしたか憶えていないほどだ。できれば運転したくない。だが、帰りは運転せねばならないかもしれない。わずか10分の間に不安を煽(あお)る夢を見たせいである。どうしても東村に行って、仲宗根泉美と交渉しなければならなくなったのだ。ただ、運転は遠慮願いたい。どうしたものかと頭が痛かった。
 寝起きもプラスしてかハッキリとした結論が出ないまま、那覇市内に入った。テレビ局の近くまで来たとき、沈思(ちんし)黙考(もっこう)の坂戸に先に痺(しび)れを切らしたのは大黒ではなく佳澄だった。

「そこのコンビニであたしと監督を降ろしてくださいなー。少し話がありますんで」
「じゃあ、その間に俺たちはテープを渡してくるわ」

 撮って出しなので一刻を争う。コンビニの駐車場に滑り込み、佳澄が坂戸を引っ張るように降ろす。

「私も降りるっす。ちょっとトイレに間に合わそうっすから」

 桃未がコンビニに駆け込み、石黒の運転するバンが急旋回して国道へ戻っていく。

「監督……またなんかあったの?」

 裏手の人があまり来なそうな所まで引っ張って来て、佳澄は心配顔で坂戸の様子をうかがった。坂戸は重い口を開いた。

「さっき、1点差で負ける夢を見たのよ。だから、一発長打のある大砲が必要だよなって」
「夢は前に見たのと同じようなものだったの?」
「そうね。あまり思い出したくもないけど、生々しい光景が広がってたのよ。試合に負けた瞬間、パッと場面が切り替わって今回はその、ぼっちゃん――本保――の首を吊ってるシーンが長かった。永遠に続くんじゃないかってぐらいに。夕焼けに照らされて、体のあちこちから体液が少しずつ落ちていくの。私は何もできなくて見てるだけ。死臭と排泄(はいせつ)物の臭いが漂った空間に正気でいられる? 私は目をそむけ、髪を振り乱して叫び続けた。声が嗄(か)れかけたタイミングで石黒さんの声がして本当に助かった」
「その夢がもうひとり獲る理由になるのかね。難しい言葉はわかんないけどさ、いろんな不安が合体して監督の中で悪さしてるだけじゃないの」

 不安が不安を呼んで悪夢となって現れる現象はよくあることだ。それを解消するためには、根底(こんてい)にある問題を一掃せねばならない。

「不安に思う気持ちは大事だよ。でもね、元からいる選手たちも信じてあげようよ。みんな一生懸命やってる。全国選手権であそこまで食い込んだんだから、決して弱いチームじゃない。何も外から人を入れるのが悪いって言ってるわけじゃないよ。選手がひとり増えるということは、スタメンからひとり外れてしまうことになる。今までスタメンを張って結果を出してきたのに、よそから来た選手に簡単に取って代わられてはおもしろいはずがないじゃん」
「一発が打てるパワーがないからスタメンから外します」

 と言われても、納得できる部分とできない部分がある。総合的に優れているのであれば、まだ納得できる領域だ。しかし、総合的に見て甲乙つけがたい場合はどうするのか。選手個人の不満は、あっという間に全体の不和に直結することもある。影響力がある選手がやったらなおのことである。
 野球は点取りゲームであると同時に、点を守らねばならない。それには守備面も重視せねばならないのだ。例えば、打撃がそこそこで守備が抜群(ばつぐん)の選手がいたとする。打撃が一流で守備が三流なら前者をスタメンに据えたい。後者は代打の切り札か指名打者――守備につかず、打撃のみの打者のこと――として起用するしかない。じゃあ、後者は打つだけで守備の練習はしないのかと不満が上がる。それも不和の原因となる。都市対抗の補強選手のように大会期間中なら一時的にいるだけだが、今回はよその土地から新たに選手を獲得するのが目的だ。監督はいかに選手たちを納得させ、試合に出す出さないを決めるのも腕の見せどころであり、頭を大いに悩ます原因なのだ。
 クラブチームは企業チームよりも人の出入りが容易だ。納得いかなければ、退部届を叩きつけてほかのチームに移ればいい話である。ただし、新後アイリスのように選手に手厚い設備のチームはほぼないので、そこまでする人間はごく少数しかいないが。

「改革には時間がかかるものね……。あまり外から人を入れ過ぎても、チームに馴染むまでに時間がかかる選手だっている。それまで実力が発揮できない可能性もあるわね。テレビゲームと違って生身の人間だものね」

 ゲームは自分の好き勝手に好きな選手をスタメンに並べればいい。ゲームから発せられる感情なんてない。あっても無視すればいい。プレイヤーの感情で決められる。ところが現実はそうはいかない。

「今から2、3人増やすとなると、あたしもさすがに面倒見切れない部分も出てくると思うから、正直桃未だけを集中して見ていたいよ。監督もさ、外のことばかり目を向けてないで、内側に集中しなよ。拝藤組と戦う前に終わっちゃうよ。あたしに代わる補強はできたわけだしさ」

 撮影の際に桃未のバッティング、足の速さ、守備の巧拙(こうせつ)を見た。どれも佳澄に見劣りしない能力を持っていた。特に足はずば抜けて速く、トップバッターとして申し分ない。

「内側から食い破られて対戦以前にチームがバラバラになったら、元も子もないないものね」
「夢じゃなくて現実で残酷なことが広げられちゃうよ。監督は二度も似た経験をするはめになる。今度こそ心身ともにぶっ壊れて再起不能だよ」

 佳澄の言う通りである。二の轍(てつ)を踏んでしまったら、一体なんのためのタイムリープかわからない。

「桃未を信じてみようよ。確かにあまり人の話を聞かない部分や言ってることとやってることが変なときもある。だけど、前向きで分け隔(へだ)てしないいい娘(こ)じゃん。あの娘(こ)はあたしも精いっぱいサポートするからさ」

 佳澄は後年、新生・新後アイリスに総合コーチとして招聘(しょうへい)される。打撃守備走塁の指導はもちろん、メンタルケアも見越してのことだった。博愛(はくあい)主義者的考えの持ち主で、よく話を聴き、話も上手いからコーチとして最適だった――その代わり采配や勝負勘は壊滅的ではあるが――。
 坂戸の目の前に、元の世界の歳を取った佳澄が浮かび上がり、この世界の佳澄と今まさに重なり合い、ひとつになった。頼もしいことこの上なかった。

「わかったわ。お願いね」



 テレビ局から戻ってきた石黒は3人を拾い、昨日の民宿へ向かう。
 テレビを点(つ)けながらしばし宴会をしていると、桃未の特集が始まった。
 自主トレの様子とインタビューが交互に流れる内容となっていて、最後に抱負を語った。
 次のニュースに移ったとき、桃未へ万雷(ばんらい)の拍手が送られる。

「桃未ちゃん、がんばってな~。なあに、すぐに活躍できるって」
「つらくなったらいつでも帰っておいで。オラたちはここにずっといるから」

 民宿の老夫婦が温かいエールを送る。南西電力を辞退してから、ここで4年以上働いてきたこともあり、いろんな感情が胸に押し寄せた。

「本当にふたりにはお世話になりました」

 涙で声を詰まらせながら桃未は頭を下げた。老夫婦は肩を叩いて、背中をさすった。

「ここで速報が入りました。今日、午後5時ごろ――」
「何? 事故かな?」

 佳澄が口にする。

「なんだろうね」

 坂戸も特に気にするでもなく料理を口に運ぼうとしたとき、テレビが事故現場に映像が切り替わった。

「あ!」

 驚いた声を上げて画面に釘付けになったのは石黒である。
 マイクを持った中年のアナウンサーの背後にバリケードテープで規制線が敷かれ、警察持参のいくつもの照明によって辺りが煌々(こうこう)と照らされている。山道のせいか電灯があまりないのだ。その中で警察官たち忙しそうに動き、薄暗い林の中に見るも無残に大破した車を現場検証していた。

「どうしたんだ? いきなりでけえ声出して」

 酒を吹きかけた相崎が石黒を睨んだ。

「危ねえ……事故現場の道、近道だから使おうと思ってたんだ。しかも車種と色と年式が一致してるっておいおいおい……」

 門出のお祝いムードから一転、場が葬式のように静まり返った。

「佳澄……いや、桃未を信じてなかったら、私たちは事故で死んでいたのかもしれないってこと……?」

 坂戸は自分で言っておいて怖気が走った。

「桃未を信じてよかったね」

 佳澄のそら見たことかと言わんばかりの得意気な耳打ちに、坂戸は冷や汗を滲ませながら深くうなずいた。
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