Unknown Power

ふり

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3章

13 負の嵐

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「女も男と同じよ、な・つ・めちゃん。なかなか振り向かない相手には、押して押して押しまくるのが定石。振り向かせてしまえば、こっちのものなのだよー」
「佐渡由加里は壱岐桐子とは私たちのいないところで、キスの応酬をしているらしいよー。いくらバッテリーとはいえ、独り占めはよくないよねぇー。博愛精神でいかないと」
「壱岐桐子とできてるじゃないかって? にゅふふ、答えは簡単、奪ってしまえばいいんだよー。欲しいものは手に入れる。後悔に埋め尽くされるまま生きていくの? 
 そんなの人生もったいないじゃない。やっぱり、愛することを知って生まれた人間として、好きな人といっしょに過ごしてく人生のほうが幸せに決まってるよー」
「なつめちゃんが想えば想うほど、その想いは佐渡由加里に届いてるんだよ。外に出すのもいいことで、ノートに書きつけてもいいし、ラジカセに吹き込んでもいい。想いを内外で溢れさせるのはすごくいいこと。恋の神様は絶対見てるから。努力しない人間はいつまで経っても結ばれないんだよ」



 午前3時30分。暗闇の寝室でカタカタと小さな音がしていた。音はベッドのまんじゅうのような山からしている。

――努力してるのに、喜ばれるようなことをしてるのに、振り向いてくれない……!
 
 なつめは布団に頭まで被り、血走った目を見開いて爪を噛んでいる。

――なんで、どうして、意味がわからない……!

 坂戸が沖縄に行ってからというものの、由加里の喜びそうな物をプレゼントし続けたつもりだった。寒いと言えば、夜なべしてマフラーや手袋を編んだりして渡した。だが、決して身につけてくることはなかった。

――そんなに私が嫌なの? 嫌なら嫌って言ってほしいよ。曖昧な態度はやめてよ。わからないよ!

 由加里は由加里で、坂戸になつめにはあまり関わるなと注意されてからどう対応していいのかわからず、もらった物の対処の仕方まで頭が回っていなかった。
 しかし、そんなことを知る由もないなつめは徐々にすさんでいく。不安や怖れなどの負の感情が、頭と心を音も立てずに侵食していくのだ。

――嫌われてるの? 嫌われたくないよ。好かれたくて行動してるのに、嫌われたら、私の心のよりどころがなくなってしまう!

 胸も締めつけられていく。布団を被っているせいか苦しそうにあえいでいる。密閉された闇の空間は、ドス黒い感情を発散させるのにちょうどよかった。

――足でも手でも肩でもいいから触れたい。筋肉質なのか女性らしさのある柔らかい体なのか……知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい!

 頭の中で由加里の体を想像する。女にしてはそこそこ長身で、太くも細くもないちょうどよさそうな体格である。

――キスしてみたい! 抱きしめられたい! 胸に抱かれて眠りたい! 思いっきり感情を弾けさせたい!!

 脳内で欲望を炸裂させてみる。体が熱くなり、布団の中が蒸し風呂になりそうだった。

――行動しなきゃ、でも怖い。行動したい、でも不安。行動しなければ、由加里さんはあの壱岐桐子のもの……!

 不安が怒りに変わるのはそう時間がかからなかった。

――そんなの、許せない許せない許せない許せない、許せない!!

 布団をはねのけて、暗闇に包まれた自室の虚空を鋭くにらむ。

――私には時間がない、もう迷わない。なりふりかまってられない。壱岐桐子を押しのけなきゃ、由加里さんは私のものにならない……。

 ベッドから這い出して机の中から木箱を取り出した。しばし無表情でそれを見つめたあと、スポーツバッグの奥底に仕舞い込んだ。



 土曜日になった。この日は飯酒盃の知人のクラブチームとの対戦があった。
 結果は――新後アイリスの負けだった。
 いや、ボロ負けといってもいいほどである。
 10月の全国選手権での強さはどこへやら。チグハグな攻撃とお粗末(そまつ)そのものの守備が多発し、4-12で負けたのだ。由加里は手加減もして2失点で抑えていたのだが、変わった投手陣が次々と炎上。守備の拙守(せっしゅ)もあって、こんな結果になってしまった。
 とても県を代表するチームがやってもいい野球ではない。子どもの草野球レベルだ。
 いつもなら試合が終わると飯酒盃(いさはい)が労(ねぎら)いの言葉をかけてくるのだが、今日に限っては来なかった。おそらく、目を覆いたくなるような惨状(さんじょう)に呆れ果てて先に帰ってしまったのだろう。

「最低な試合だよ」

 誰かが小さい声で言った。

「なにやァ!?」

 由加里の隣を歩いていた桐子が耳ざとく拾い、言った人間をとっちめようと振り向こうとした。

「やめな」

 由加里が小さくつぶやき、桐子の肩を強めに掴む。桐子は歯を軋(きし)らせて後方を一度鋭くにらみつけ、怒りに肩を震わせた。
 バスに乗り込む寸前に小雨が降ってきた。空を見上げれば曇天が頭上を覆い尽くしている。選手たちが手早くトランクに荷物を積み込んだ。

「チッ、忘れもんしたわ。取ってくっわ」
「そそっかしいな。先に乗ってるよ」

 桐子は踵(きびす)を返して球場へひた走っていった。
 最初に荷物を積んだ由加里は、一番乗りで中ほどの座席の窓側に座った。隣に女房役の桐子が座るのが暗黙の了解になっているから、ほかの選手たちは空いている席に座っていく。
 やがて桐子が戻って来て隣に座ろうとしたとき、後ろから何者かが押しのけて由加里の隣に座ってしまった。

「えへへ、一度隣に座ってみたかったんですよっ」

 なつめが体を横に倒し、頭を由加里の肩に当てた。由加里の頬が見る見るうちに引きつった。

「邪魔だ。のけよ、このクソチビ」

 桐子の低いドスの利いた声。だいたいの人間はビビッて言う通りにするのだが、なつめは肩に頭を擦りつけて甘えた声を出している。

「いい加減にせーよ、コラァ!」

 なつめの胸ぐらを掴み至近距離で睥睨(へいげい)する。しかし、なつめも負けじと睨(にら)み返してきた。しかもそれが、妙に目が据わっていて狂気すら感じるものである。桐子の胸ぐらを掴み手がわずかに緩みかけた。

「はいはい、やめやめー、暴力はやめましょーよ」

 異変を察知した蘭が、ふたりの間に入った。

「んだァ? ナ(おまえ)にゃ、関係ねえだろうがッ。引っ込んでろ!」

 なつめの胸ぐらを掴んだまま蘭の顔に向かって怒鳴り声を喰らわせる。だが、至近距離で怒鳴り声と唾がかかっても、蘭の表情はひとつも変わらなかった。

「チームの和を乱す人間はいらない……そうだよねぇ、みんな」
「そうだーそうだー」
「怒ってばっかりの人間なんていらない!」
「チームにとって迷惑!」

 何人かの選手が立ち上がり、非難の声を敢然(かんぜん)と桐子にぶつけた。

「ンだとこの野郎! エラーもして打てなかった人間が、ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇ!」
「はいはい、そこまでそこまで」

 蘭が桐子の目の前で手を鳴らした。

「壱岐(いき)さんがさ、怒りをぶちまけたところでもう試合は終わってるの。それをこの場で怒鳴っても仕方ないでしょ。恩愛寮に帰ったらミーティングをするんだから、それまでおとなしくしててよ」

 蘭の後ろにいたつぼみもすかさず便乗して嫌味を吐いた。

「あーあ、嫌だねぇ。自分の思い通りならないとすぐキレる人間は。自己中の塊だね」
「あァ? 周りを焚き付けて煽ったんは、ナ(おまえ)だろうが! 小癪(こしゃく)なマネをしくさりやがって、このクソアマども!」

 怒りの鉄拳を間近にいた蘭に打ち込もうとした瞬間、聞いたことがないように金切り声がバス中に響いた。

「もういい!」

 声の主は今にも泣きそうな由加里だった。

「もういいから。桐子、もういいって。平瀬を殴ったらアンタを退部させなきゃならない。そんな報告を、私は、監督にしたくない……!」

 両手を握りしめ、顔を下に向けて鼻をすする。

「ああ、クソッ、クソッタレ!!」

 桐子は振り下ろしかけた拳で自分の頭を殴り、胸ぐらを掴んだままのなつめを座席に突き飛ばし、つぼみも手で払いのけ、乗ろうとしていた選手たちを掻き分けてバスから降りて行った。

「さあ、みんな早く席に座って座って!」
「ちんたらちんたらしてんじゃねえよ!」

 蘭とつぼみが席に着いてない選手を座らせ、間もなくバスは出発した。
 窓から見る外は、小雨から土砂降りに変わっていた。
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