Unknown Power

ふり

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3章

17 クソッタレとの対峙

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 門の手前10メートルほどで坂戸たちを乗せたバンが停まった。

「坂戸監督、わたしだけ別行動をとってもいいっすか?」
「どうして……あっ」

 何かあったときのために、全員が正面から対峙するよりかは、何人かは裏手から忍び込ませたほうが臨機応変に対応できる。遅ればせながらそのことに気づいた坂戸だった。

「野球以外に何かやってた?」
「一時期忍者に憧れてて、動きを真似してたりしてたっす」

 真面目な顔で桃未が言い切る。少し唖然とした空気が漂ったが、沖縄での桃未の動きの俊敏さを見ていたから、妙に説得力があって納得できた。それに、今は冗談を言えるような雰囲気でないことぐらいわかっているはずである。

「そっか、なら身が利くわね。贄(にえ)ちゃんに相崎ちゃん、与那国(よなくに)ちゃんを連れてグルッと回って裏手から入ってもらえるかしら? 蘭たちの仲間がいたら、適当に口八丁のでまかせでごまかして。相手が暴力をふるってきたら、容赦しなくていいから」
「任せてくださいなっ」
「了解です」

 贄と相崎は柔道をやっていた経験があった。腕っぷしには自身がある。
 3人が車を降りて寮とは反対方向へ向かった。

「さて、私たちは正面から行くわよ」

 桐子と佳澄がうなずいた。

「佳澄はここで待ってなさい」

 佳澄は首をブンブンと横に振った。

「監督の命令でもそれは聞けないよ。親友がピンチなんだよ?」
「ダメよ。身重(みおも)のアンタに何かあったら、旦那の彬矢(あきや)くんに申し訳が立たないわ」
「嫌だ。あたしも行く! 行かないで後悔するより、行って後悔したほうがいいもん」
「強情なやっちゃね……」
「ここまで言ってんだっけ、連れてこうや」

 桐子が口を出してきた。

「仕方ないわね。私たちは一蓮(いちれん)托生(たくしょう)みたいなもの。ただ、佳澄に危害が及びそうになったら桐子、アンタも自分の身を挺(てい)して全力で守るのよ」
「んなモン、言われんでもわかってるわや」
「大丈夫だよ。あたしは足手まといにはならないから」
「わかったわかった。とにかく、早く行きましょう。裏手組が先に見つかったら、意味がないもの」

 坂戸たちも車を降り、門を通り抜け、玄関の戸を勢いよく開けた。

「やーっと帰ってきたわね。ババアのほうの佐渡由加里サン」

 何者かの坂戸をなじる声が静まり返った寮内に響き渡る。坂戸は食堂の戸を開け放った。
 目を覆いたい光景がそこにはあった。柱に縛られている由加里がいたのだ。怯えた表情の中にも坂戸に対する申し訳ない想いが坂戸には感じ取れた。すぐ近くに蘭がナイフを突きつけ、左右につぼみとなつめがバットやナイフを手にし、周囲に目を光らせている。少し離れた位置には、太った男がこれまた後ろ手に縄で縛られて突っ伏している。あそこまで恰幅(かっぷく)のいい男は新後アイリス内で本保しかいなかった。

――チッ、思った以上に状況が悪いわね。由加里はそんな顔するんじゃないわよ。

 他の選手たちは食堂の隅に集められ、ことの成り行き固唾を飲んで見守っているだけで、アクションを起こそうとする者は誰一人としていなかった。

「ナら(おまえら)は何を――」

 好き勝手振る舞っている3人と囚われた由加里を見て、堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(お)が切れかかった桐子が食ってかかろうとする。が、佳澄に押し止められた。

「桐子、ヘタに動いちゃダメだよっ」
「なんでだわや!」
「こんな状態だから、相手は何をしでかすかわからない。まずは話してみないと」
「佳澄の言う通り。これはいったいどういう状況か、説明してもらえるかしら」

 努(つと)めて冷静に坂戸は対応しようと試みた。蘭は苦々しく吐き捨てた。

「すっとぼけるんじゃないよ。このすっとこどっこい」
「『すっとぼける』? 沖縄から帰ってきたら、いきなり内乱劇を見せられてる私が、何をとぼけてるっていうの?」
「チッ、喰えないババアだね。坂戸悠里(ゆり)――いえ、佐渡由加里。アンタは私に従ってもらう。従ってもらわなければ……わかるわよね」

 蘭はナイフをヒタヒタ由加里の頬に当てる。なつめも本保の首筋にナイフの切っ先を向けた。

「一朝(いっちょう)一夕(いっせき)でなつめをここまで仕立て上げるなんてね。蘭はスパイが盛んな国で教官になったらどうかしら」

 坂戸は感心と煽(あお)りが混ざった口調で言う。

「ねえ、あなたたちの望みはなんなの? あたしたちにできることがあったら、言ってほしいの」

 佳澄が対話に努めようとする。

「さすが選手間での最年長者の隠岐サンは違う。そこの監督サンよりよっぽど話を聴こうとする態度がある」

 蘭は肝の冷える声で断言した。

「私が望むのは――新後アイリスの崩壊」
「崩壊……?」

 暴挙を起こした側の3人と坂戸、由加里、佳澄以外の人間は、ピンと来ていない様子である。
 言葉の意味するところを正確に知っている坂戸は、心臓を鋭利なもので一突きされたような感覚に陥った。しかし、怖気づいていられない。

「新後アイリスを崩壊、ね……それでアンタにはなんのメリットがある?」
「金が手に入る」
「金のために、拝藤富士夫の私怨(しえん)のために、田舎のクラブチームを崩壊させる。大層な大義名分だこと」
「私はクソババアと話すのは嫌いなの。だから、イイものを見せてあげる♡」

 蘭は羽織ったウインドブレーカーからテレビのリモコンのような物を取り出して掲げた。テレビだけの機能しかないらしく、ボタンの一つひとつがやけに大きい。

「この電源ボタンを3回押せば、仕掛けた爆弾が起動してここがドカン! と吹き飛ぶの♡」

 周囲の人間がにわかにざわつく。坂戸もここまでしてくるとは予想外だった。

「押せばアンタも死ぬのよ」
「場合によっては仕方ない。いけ好かないあのヤロウが言う運命なのかもね。新後アイリスが名実ともに消えれば、それで蘭は満足なの♡」
「それが拝藤のやり方なのね。狭山嘉奈」
「誰それ? 私は平瀬蘭なんですけど」

 坂戸はここぞとばかりに、五月瑞加から届いた蘭に関する情報をぶちまけた。名前から始まり、出生地やタイでの整形の前後の写真を桐子に掲げさせた。

「他人の空似じゃない」

 あくまでもシラを切る蘭に、坂戸は保険証のコピーを投げて寄越した。事業者名称の欄が、しっかり株式会社拝藤組となっている。

「今ここでアンタが怪我をすれば、その保険証は使えないってことよね。あとこれ」

 戸籍謄本(こせきとうほん)のコピーを投げつけてやる。

「戸籍謄本は私なんかじゃ手に入らない。委任状を自分で書いて手に入れたとしても、『私文書偽造罪』でしょっぴかれちゃうから。戸籍謄本の提出が拝藤組では義務じゃなければよかったのにね。改名してなかった――いや、できなかったのがアンタの尽きね。これでもシラを切り倒そうって気なの?」

 最初はカマかけだろうと余裕の表情で聞いていたが、次々と突きつけられる事実には抗えず、蘭――嘉奈は表情をこわばらせた。

「ハッ、あのクソッタレめ、私を売りやがったな。モノも取る勇気がねぇクソが、人のやることをジャマしくさりやがって」
「あれは勇気とは言わないわ。蛮勇(ばんゆう)よ」
「うるさい! ああ、おもしろくない。みーんな、死ねばいいんだ!」

 カッシャ―――ン

 厨房のほうで金属類が落下したような物音がした。

「なつめ、見てきなさい」

 蘭が面倒そうにあごをしゃくり、なつめは殺意を目に湛(たた)え、厨房へ足を踏み入れていった。
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