Unknown Power

ふり

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3章

33 遅れてしまった男

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 親善試合が中止になった翌日のことである。

「ちゃんと俺について来いよ。はぐれたら大変だからな」

 様々な手続きを終え、仲、ガウラ、ネリネは到着ロビーに足を踏み入れた。

「ワーオ、日本の空港もなかなか広いし、何より綺麗だね―――っ!」
「危険を肌身で感じないな。安心できる環境だって話は本当だったか」

 仲は日本に帰って来れたひとまずの安堵感よりも疲労感のほうが上回った。
 そして、これから起きることを考えると暗澹たる気持ちが仲の胸と頭を塞ぐ。

「……ッ!」

 ロビーの柱にもたれてこっちを見ている女―― 一女がいた。細身で黒のスーツ。眼鏡の奥の切れ長の眼は冷たい色を湛えていた。感情が読めない。仲にとって一女はあまり気に食わない人間である。

「社用車を回して来ました。電車よりこちらのほうが早いですわ」

 言うや、さっさと先を進む。

「雪は融(と)けたのか」

 後ろをまったく見ずに歩みを速めながら言った。

「ええ。昨日新後から帰ってきたら跡形もありませんでしたわ。それよりも――」

 不意に立ち止まって振り返った。低く脅しのような声が漏れた。

「覚悟なされたほうがよろしくてよ」



 エレベーターが開き、数週間振りに極彩色(ごくさいしき)のふかふかの絨毯(じゅうたん)を踏みしめた。
 突き当たりの社長室からは、訳のわからない叫び声とともに騒音がここまで聞こえてきた。
 社長室の前まで来ると、唸り声と何かを殴打する音がハッキリ聞こえる。
 頭と胃が締めつけられる。胃液が逆流し、吐き気を催しそうになるのをこらえ、ガウラとネリネにささやいた。

「大丈夫だ。いくらなんでもお前たちに危害がいかないと思う。万が一ヤバそうだったら、俺が守ってやるからな」

 ガウラは引きつった顔でうなずき、ネリネは無表情でうなずいた。

「仲さんが選手を連れて帰られました!」

 一女は社長室の騒音に負けないように大声で告げる。間髪入れず明らかな怒声が返ってくる。

「入れッ!」

 一女がドアを開け、まずは仲だけ入室し、すぐにドアが閉まった。一女を先頭にガウラとネリネが少し後方から続いて入室する。

「仲ァ……ッ!」

 目の前に飛び込んできた拝藤はまさに悪鬼だった。へこんだ金属バットを片手に肩で激しく息をし、ポマードで固められた髪も崩れ、ざんばら頭で入口を睥睨(へいげい)していた。
 社長室は惨憺(さんたん)たる有様だった。中央にある応接セットのソファはひっくり返され、間にあるガラステーブルはバットで割られ、ガラス片が散らばっている。オーダーメイドの執務机もバットで殴打された痕(あと)がいくつもあり、せっかくの漆(うるし)が剥(は)げていた。棚に飾られたトロフィーも床に散らばっていて、中には破損しているものまである。
 3、4歩進んだ所で仲はおもむろに土下座した。

「遅れてしまい、申し訳ございませんでした!」

 体を震わせ、10本の指で絨毯を掴む。その状態のまましばし時間が過ぎた。
 拝藤からはなんの反応もない。土下座したままであるから表情もうかがい知れない。足が少しずつ痺(しび)れてきて、体勢に限界を感じ始めたとき、拝藤が動く気配がした。

「顔を上げろ」

 弾かれたように顔を上げる。すると、鼻先数センチの所でガラス製の灰皿が目の前を通過した。重量感のある音が絨毯を叩く。仲の体からさらに冷や汗が噴き出した。

「勝てる見込みはあるのだろうな」

 拝藤は足元にあった刀を鞘(さや)から抜き、切っ先を仲の目の間突きつけた。

「新後アイリスの内訌(ないこう)にも失敗して、しかもエースと正捕手と秘書にも逃げられた。情報を持ったスパイも消えたわい」

 生名茜、真鍋葵、五月瑞加の退団は知っていたが、自分の分身でもある平瀬蘭に化けた狭山嘉奈の詳細は知らなかった。

――嘉奈もダメだったのか……。

 仲に連絡をしようにもアメリカにいたこともあり、2010年代と違って容易に電話もできない。内側から食い破るには仲間が必要だが信頼しきれず、根本は孤独で心細かったに違いない。

「大丈夫です。ご安心ください。ガウラだけではなく、思わぬ人物も招き入れました」
「ほう」

 拝藤の顔から眉間のシワが緩み、額に浮き出た血管も鳴りを潜めた。入室するようにドアの外の一女に命じる。
 ガウラとネリネが入ってくる。さすがに大なり小なり緊張している様子だった。

「まるで大人と子供だな。生まれながらの肉食国家にしちゃ、いささか小さすぎるのではないか」

 拝藤はあごひげをしごきながらふたりに近づき、ガウラと見比べながらネリネを揶揄(やゆ)した。

「社会人日本一の野球部を有する社長が、体の大小で判断するのですか」

 ネリネはわずかに発音が怪しい日本語で真っ向から反論する。日常会話レベルまで話せるようになっていた。

「仲の話を聞いておらぬのか。我が拝藤組野球部は、一部の例外を除いてはみな170センチ近くの身長がある。恵まれた体こそ正義であるのだ」

 ネリネは能面のような顔で自分の頭をつついた。

「体は小さくても、私の体には無駄ものは一切ありません。必要なものしか詰め込んでおりません。図体(ずうたい)ばかりのでくの坊どもは違うのです」

 拝藤は物怖(ものお)じしないネリネを好ましく思い、愉快げに大笑いした。

「フハハハッ、よく口の回る小娘じゃ。気に入った! 隣におる者とともに存分に励むがよい。新後アイリスを倒せば、欲しいものをなんだってくれてやるッ!」

 頭を下げるネリネ。隣のガウラは何を言っているのか理解していなかったが空気を察し、

「拝藤サン! ワタシ、がんばりマース!」

 カタコトの日本語ではあるが胸を張って自信満々に言った。拝藤は満足そうにうなずいた。

「期待しておるぞ」
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