Unknown Power

ふり

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4章

14 憤激の園木

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「せっかくのチャンスをフイにしおって……!」

 飯酒盃(いさはい)が怒りにわなわなと体を震わせていた。不甲斐ないアイリスの打者にもあるが、何よりマウンド上の並の男よりでかい金髪の女に腹が立った。

「あのピッチャー、恐ろしいですね。コントロールがなかなか良くて、しかもストレートと変化球はプロ以上レベルだ」

 話しかけてきた相崎(あいざき)の淡々とした口調に、飯酒盃の怒りが急激に冷えていく。八つ当たりなんてしたくない。頭を冷やす水をかけてくれたと前向きに思い、息を吐いて頭を切り替えた。

「まったく、何合(なんごう)まんま(米)を食えやあんなにデッコなれんだわや。いや、あっちはパンだったわな。アメリカ人の馬力は、日本人よりも上だという……だっけ(だから)どうしたんだわや! 日本人――いや、新後の人間はまんまをかって(食って)粘り強さを手に入れた! パンばっか食ってるモンたちに負けるわけがねえ! だすけに(だから)応援すっぞ!」
「そうですよ! しょげてるときこそ応援ですよ、応援!」

 贄が回が終わって着たばかりのコートを脱ぐ。何度も見ても寒そうなチアガール姿が露わになる。あずさが真っ先に挙手した。

「贄さん、私も応援します!」
「俺も!」
「僕も!」

 桐子の教え子たちが次々と挙手する。

「うん、応援しよ!」
「若いっていいわねぇ。あたしもあと35年若ければいっしょにやったのに」

 靖子は恨めしげに自分の腹回りの肉をつまんだ。

「コラ、何をぼけっと眺めてんだ。ほかのモンたちもこの若い子らを見習って声を張り上げれやて!」

 飯酒盃が応援団に喝を入れると、まもなく応援の大合唱が始まった。



 新後アイリスの面々は、横並びになってダグアウトから出てスタンドを見上げた。
 寒さを吹き飛ばすかのようにみなが声を張り上げ、中には踊っている者もいた。

「贄ちゃんにあずさちゃん、気合入れて踊ってるわね」

 坂戸が目を細めて応援の光景を眺めている。本保がまぶしげにうなずいた。

「若いっていいですねぇ。若ささえあればなんでもできますから」
「ちょっとぼっちゃん、大事な試合中に何ジジ臭いこと言ってんの」
「ヒャーすみません。なんか急に頭に思い浮かんだもんで……」
「応援してくれるのはいいけど、見てるこっちが寒くなってくるね。贄ちゃんの格好」

 由加里は正直に言った。

「でも、あのお嬢さんたちのおかげで、スタンドにも一体感が出たことは確かですね」

 愛敬がうなずきつつも真意をついた。

「贄さんってダイナマイトボディーっすよねぇ」

 桃未が羨ましげな目で見上げている。佳澄が同調した。

「いい体してるよねー。あのスカートの上に乗りそうで乗らないお腹のお肉がポイントだよっ!」
「おおっ、わっかりました!」 
「んなことわからんでもいいわや!」

 桐子が不機嫌な声でツッコむ。応援してくれるのは嬉しいが、同性の極端に肌を出している格好が嫌いなのだ。

「『新後の女は強い』は本当だな。スカートの短さもあるが、こんな寒さでもチアガールの恰好(かっこう)を率先(そっせん)してやるとはな」

 茜が感心した様子でいると、葵が拝藤組のころから思い出して寂しく笑った。

「私たちは根本的なところで負けてたのかもね」
「いや、あの娘(こ)が特別なだけだからね。みんながみんな贄ちゃんみたいにぶっ飛んでないからね?」

 坂戸の指摘するが、応援団の歓声によって掻き消された。



 2巡目に入ると、由加里のピッチングが冴え渡った。力感のないフォームから繰り出されるキレのあるストレートを主軸に、ゴロとフライのアウトを交互に積み上げていく。三振は端(はな)から決して狙わない。それゆえに球数を増やすこともなかった。タイミングをずらしたり、時折サイドスローで投げてみたりするなどの巧みな投球術を駆使し、第一打席に唯一打たれた一女すらも第二打席は外野フライに打ち取った。
 対するガウラも得点はおろかヒットも許さず、三振の山を築き上げていた。しかし、フォアボールも3回以降各回に必ず1個出しており、まだまだエースとして未熟な面が目立った。それでも、試合が進んでいくに連れて加速的に調子を上げ、ストレートの球威やスピードは増し、高速スライダーやカッターのキレや変化に新後アイリスはキリキリ舞いさせられた。
 お互い打線が完全に沈黙したまま試合は中盤の5回裏まで進んだ。この回のガウラは、相変わらずフルカウントで追い込みながら、ふたりの打者を三振に切って取った。だが、9番の桃未に対して四球癖が発動してしまい、フルカウントで数球粘られてから四球を与えてしまったのである。
 打順は三巡目に入り、1番の佳澄がガウラと相まみえるのも3回目だ。佳澄も何球かバットに当ててみるものの、まったく前に飛ばず、ツーアウトにも関わらず、セーフティバントを試みた。

「あっつぅ~……」

 豪速球を殺してみたものの、ピッチャー前に転がってしまっては意味がない。手に痛みと痺れを感じながら、佳澄はファーストへひた走るも、ガウラが素手で掴んでファーストへ矢のような送球をした。さすがのアイリスイチの俊足でも間に合わうはずもない。
 ガウラが安堵してダグアウトに戻ろうとしたとき、一陣の風が吹いた。帽子を浅く被っていたせいか、ファーストの方向へ飛ばされてしまう。だが、ガウラは一歩も動かず、冬独特の重く厚い雲が占拠した空を不安げに見上げていた。
 仕方なく一女がその転がる帽子を拾ってやった。

「どうかされましたの。肩でも冷やしまして?」
「なんでもないヨー! 私、元気元気ー!」

 片言の日本語で取り繕った明るさを振る舞ってみせた。少なくとも一女には今のガウラはそう見えた。

「そうですか」

 特に言及することもなく、一女が踵(きびす)を返した。すると、新後アイリス側のダグアウトから打ち取った佳澄の明るくて調子のいい声が飛んできた。

「この風はねー、間違いなく今すぐにでも降るよー!」

 一女はまたも不安げにしているガウラの袖(そで)を引っ張り、自陣のダグアウトに帰った。そして、先に戻ってベンチでプロテクターを外しているネリネに向かって言った。

「だんだん気温が下がってきましたわ。ガウラの球数も増えてきています。どうにかならないものかしら?」

 ネリネは言葉の節々(ふしぶし)に引っかかりを感じ、手を止めて凄んだ。

「『どうにか』って、ずいぶんと抽象的な言い方をするな。何が言いたい」
「味方の士気にかかわりますの」

 拝藤組の選手たちは、新後どころか雪国の冬の厳寒(げんかん)に慣れていない。社長の拝藤の方針で、都市部の人間しか採(と)らないためだった。スタメンを張る選手も、この日ベンチ入りしている選手も雪国出身の選手がおらず、さすがの社会人最強と畏怖(いふ)されている拝藤組野球部の面々も今日の試合は堪(こた)えていた。寒風にさらされた白い顔で火鉢に手をくべたり、カイロを揉み込みながらふたりの様子をうかがっている。
 コントロールが雑なガウラは、どうしても球数が多くなってしまう。アウトの種類がフルカウントでの三振と、フルカウントの打ち損じが主体であるからテンポが非常に悪いのだ。本人は常に動いているし、スタミナが豊富らしいからいいが、守備陣は違う。大抵じっとしていなければならない。球質が重いこともあり、外野にはめったに飛んで来ないから特に外野陣にとっては拷問(ごうもん)のようなものだろう。
 対して由加里は器用な投手である。生まれも育ちも新後の彼女は、これぐらいの寒さならへっちゃらだ。しかも状況によって三振か凡打狙いもできる。今日みたいに寒い日は打たせて取るのピッチングに終始しており、適度に動く守備陣の精神的負担は少ない。最少で5球で終わった回もあり、この回で100球を超えたガウラに対し、まだ100球に到達してないのだ。

「監督。私、いけます」

 一女の意見に呼応するかのごとく、エース格のひとりの投手が名乗り出る。彼女は球は遅く、三振を取るピッチャーではないが、コントロールに優れていた。こういった寒い日には適格だと思われる。
 園木が横目で仲を一瞥(いちべつ)する。彼はガウラの腕を温めるようにマッサージをしていた。
 仲の目が絶対変えるなと訴えかけている。ヒットは茜に1本デカいのを打たれたが、その後は抑えていたし、失点をすることなくここまで投げきっている。1-0で1点リードしているし、四球を連発して崩れる予兆すらない。逡巡(しゅんじゅん)するように目をつむって、しばし考え込んだ。

「アンタたちも苦しいのはわかるけど――」

 目をカッと開き、厳しい表情で周囲を眺め回す。どの選手も寒さに心身ともに冷やされた顔をしている。カイロを何枚も貼って、マフラーだって特別に巻いている者もいる。自分のことしか考えていないと見えた一女を始めとした選手たちに、園木はどうしようもなく情けなく感じてついに憤激(ふんげき)した。

「一番苦しいのはね、一人ひとり真剣に向き合ってるガウラだということを忘れるんじゃないわよッ!!」

 鼓膜を突き破らんばかりに園木の甲高い声がダグアウト内に反響する。

「甘ったれたことを言ってる暇があるなら、グラウンド整備が終わるまでの間に体を温めておきなさいなッ! しょうがのお菓子を食べてココア飲んで、おしくらまんじゅうでもしてなさいなッ!!」

 園木の言う通り折しも今はグラウンド整備の最中で、ロッカーに戻って厚着するなり、カイロを追加で貼り付けるなりできた。怒りはまだ収まらない。ついに矛先が個人へと向いた。

「一女、アンタもたかだか1点を取っただけで偉ぶってるんじゃないわよッ。1点なんてあっという間にひっくり返されるわよ! 4番として主砲として恥ずかしくないのッ?」
「……っ」

 一女は何かを言おうとしたが、口をもごつかせただけでそっぽを向いた。
 そしてまた、全員に園木のショットガン口撃(こうげき)が飛ぶ。

「アンタたちほかの野手陣も自分のことだけじゃなくて、周囲に目を向けないとダメよ! ちょっとでも粘って、エースを休ませてあげる気概(きがい)がないの!?」

 もはや一言も返す者はいない。園木はしばらく睨(にら)みを利かせていたが、やがて真顔に戻り、

「というわけでガウラちゃん、頼むわよ」

 いきなり水を向けられたガウラは体をビクつかせ、動揺を露わにしながらも努めて明るく応じた。

「イ、イエース! 何回でも投げますヨー!」
「ネリネちゃんもダンナを支えてあげないとね」
「了解です」

 ネリネは眉ひとつ動かさずに紙コップのココアを口にした。
 仲は園木の猛烈(もうれつ)な鞭(むち)を黙って見ていた。

――さすがは歴戦の名将だな。選手たちの尻を叩くのが抜群に優れてる。が、いつもとコンディションが違う今、私情を感情の赴くままに吐いちゃダメだわな。まあ、吐きたくなる気持ちもわかる。なんせ、ここのところ1試合平均5.5点を取ってたんだから。

 打線が水物なのは園木もよく知っていた。いくら強打者を並べたところで点を取ろうとするには、相手ピッチャーとの相性、相手の守備の巧拙(こうせつ)、打者自身のコンディション、何より運などが必要になってくる。打てるときは打てるし、打てないときは打てない。点を取れずにもどかしく思うのは、誰よりも投手出身である園木が一番感じるところだろう。現役、コーチ時代を通して今の監督に就任してからもわかっているつもりだ。

――今日は特別な試合だ。かつてのエースと正捕手に出て行かれて敵として対峙(たいじ)している。普通の試合とは訳が違う。必ず勝たなきゃならん。勝って裏切り者ごと叩き潰して武威(ぶい)を示さなければ、拝藤組の評判が直滑降どころか崖から真っ逆さまに墜ちる。だからこそ厳しい言葉だけじゃなく、甘い言葉のひとつでもかけてやればよかったんだが……。新参者の俺が何か言ってもこんなんじゃムダだろうな。あとは選手を信じるしかない。

 このチームにはこのチームなりのやり方があるのだろうと思うことにし、仲は思考を断ち切った。
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