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4章
15 舞い散る雪
しおりを挟む「あっちはめちゃくちゃ気合が入ってっるすね」
桃未が甘酒で冷えた体を温めながら言った。佳澄は沖縄生まれ沖縄育ちの桃未が心配だった。
「それよりさ桃未、寒くない? 大丈夫?」
「おかげさまで腹巻、厚い靴下、さらに足や背中にあるカイロで大丈夫っす!」
ダグアウトに戻ってきたばかりだから顔の血色はあまりよくないものの、声に寒さによる震えがなく本当に大丈夫と見えた。
「それならいいんだ。そろそろ雪が降りそうなのよね」
「へえー、どうしてわかるんすか?」
「さっき風が吹いたっしょ? 雪の匂いもしたのよ♪」
「おお、新後に住んでる人たちはそんな特技を――」
新後人が変な誤解を受ける前に由加里が口を挟んだ。
「桃未、それは違う。ただこの人妻は匂いフェチの変態なだけ」
「チッチッチ、由加里ちゃん違う違う。あたしは欲望に忠実なだけよん♡」
「何いってんだか」
由加里が呆れてグラウンドに目をやる。球場の職員たちが丹念に土を均している所へ、雪がひらりひらりと舞い落ちてきた。
「本当に降ってきたっ。本物の雪だ―――っ!」
桃未がダグアウトを飛び出して両手で雪を受け止めている。
「あれ? なんかベチャっとしてるっすよ?」
初めて触った雪は湿雪(しっせつ)だった。雪のイメージが乾いた雪――乾雪(かんせつ)――だけだったのだろう。首を傾げている桃未に、佳澄が雪の種類を説明した。
「これは湿雪に含まれるの。大きめで水分もかなりあるから、これはぼた雪だねー。降り方はドカドカ降ってきたらドカ雪とも言うよ。んで、ドカ雪は、めっちゃ積もるヤバいやつだよ」
「へえー、じゃあこれがドカ雪に変化していったらこの試合もヤバイっすよね?」
「うん、降雪(こうせつ)コールドになっちゃうかも」
しかし、佳澄と桃未との心配は現実にはならなかった。グラウンド整備終了のアナウンスが流れ、慌ててダグアウトに帰り、準備することになる。
「ねえ、愛敬くん。あのハゲはどう出てくるかしら?」
坂戸は飛び出していくナインたちの背中を見送りつつぽつりと言った。ちなみに、あのハゲとは園木のことである。
「ガウラを続投させるでしょうね。投手出身者としては、点を取られてもいないのに変える理由がないでしょうから。何より、自分がそうだったように、投手は先発完投型であれ、という考えです。ボコボコに打たれない限りは。それに……」
「それに?」
「あの人特有のヒステリーが見えましたし。ただ、このままだと負けるでしょうね」
「拝藤組が? 根拠はあるの?」
「あります。ヒステリーを起こしているあの人は頭のキレが鈍ります。支える参謀でもいれば話は別ですけどね」
「でもその参謀も口うるさいから自分から切ったんだよな。馬鹿な奴だよ。あのカマ野郎は」
バットを磨いていた茜が話に入ってきた。
「参謀だった人のおかげで何試合勝ちを拾ったか。それが理解できずに、自分の采配が優れてると思い込んだんだ。注意やアドバイスを耳が痛いからって切った大馬鹿オカマさ」
改めて元の世界の園木の記憶を掘り起こしてみた。拝藤組は1994年で解散した後、2004年のプロ野球界再編のドサクサに紛れてプロ野球の新規参入に成功した。チームの名は東海バイソンズと拝藤組のはの字も入っていないが、当初は拝藤組解散後のクラブチーム・西新宿野球倶楽部の選手が多数在籍していた。当然、拝藤組時代に結果を出していた園木を監督を務めたが、2年でAクラスに入れず、一身上の都合により退任し、しばらく解説者として過ごした。それからほとぼりが冷めた4年ほど経ったころに二軍投手コーチとして復帰し、数々のエースを育て上げた。2013年時点ではヘッド兼一軍投手コーチとしてバイソンズの屋台骨(やたいぼね)を支えている。茜の参謀を切った話が本当なら皮肉なものだ。
「監督としての器量(きりょう)が足りなかったのね」
「……ま、投手コーチとしての技量(ぎりょう)は認めてやらなくもないけどな」
茜は照れくささと悔しさが同居した顔で言った。やはり、投手を育成する能力はこの世界でも有能なのだろう。茜がエースだったころに投げていたフォークも、確か園木に教えてもらったと元の世界の野球雑誌のインタビューで語っていた。
「もったいない男――いや、オカマだね。園木って奴は。ただね、勘違いしちゃダメよ。圧倒的に劣勢なのはウチのほうなんだから」
「私が決めてみせますよ……!」
「ほう、頼もしいわね」
「いや、私は何も言ってないぞ」
いつの間にか茜の背後に回っていた愛敬が自白した。
「すみません、私の腹話術的なものです。でもね、茜さんはそういう運命なんです。きっと、今日の大事な所で打棒(だぼう)が開花しますから」
「マジか。私は運命論者じゃないから運命とは言わないけど、キョーさんの占いみたいな予言は高確率で当たるもんな」
「だってそういう運命なんですから」
愛敬は柔らかく敵意のない笑みを浮かべている。しかし坂戸は、愛敬の目が本気のものになっていることを見逃さなかった。
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