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4章
16 チームの差
しおりを挟むグラウンド整備後の6回表は拝藤組の攻撃である。
園木に喝(かつ)を入れられどうにか意地を見せたいところだが、拝藤組の打撃陣はあまりにも力みが入りすぎた。打つことに意識が行き過ぎ、ボールをよく見る余裕がなくなってしまったのだ。こうなっては由加里のカモである。8番の下位から始まった打線はいとも簡単に手玉に取られてしまった。1番打者がかろうじてボールをよく選んで出塁したものの、少し強まったぼた雪のせいで牽制球を見失うミスを犯してしまう。走者が一二塁間に挟まれ、1分弱のランダウンプレー末にファーストにタッチされてアウトになった。
その裏のアイリスは、2番の葵からの好打順である。そろそろ同点に追いつきたい。だが、ガウラのピッチングが雪のせいで良いほうへ転がってしまっていた。雪のためポケットに入れたロジンを滑らぬよう大量につけ、力まず丁寧に投げる意識のおかげで狙った所へボールが行きやすくなったのだ。コントロールを重視してもストレートはまだまだ速く、ボールゾーンに決まりがちだったスライダーもストライクゾーンギリギリ決まるようになってしまった。
葵は見逃し三振、桐子もハーフスイングを取られて空振り三振に倒れた。桐子は抗議し、坂戸も出向いたが、雪の影響もあってか球審はあからさまに面倒臭がっていた。結局判定は覆(くつがえ)らず、遅延行為による退場の二文字をちらつかされ、ふたりは抗議を断念する。桐子は唇を噛んで坂戸とともにダグアウトに引き下がった。その途中、
「茜、オレの分まで頼んだぞ!」
ネクストバッターズサークルから出た茜に、桐子は願いを託した。
「当ったり前だ。任してくれよ、姉御」
さっきの愛敬との会話が茜の自信になっていた。単打でも長打でも打てる気がした。だからこそ初球からフルスイングで少しスピードの落ちたストレートをぶっ叩けた。センター前のクリーンヒット。これで茜は今日2安打のマルチヒットだ。
ガウラは多少動揺したのか、5番打者にはフルカウントからの四球を与える。流れが新後アイリスに傾きかけるのかと思いきや、拝藤組からタイムがかかり、仲がマウンドへ走る。すでにネリネがガウラと話していた。仲も押っ取り刀で会話に加わる。もちろん英語だ。
「先に言っておく、交代じゃないからな。監督もピッチングがよくなってきたって褒めた矢先だから、この回は逆転でもされない限りは代えないだろう」
「要は自分で出したランナーは自分で片付けろってことだよね。わかったよっ」
「ガウラ、何がわかっただ。こんなの異常だ。ピンチになっても、内野陣が集まって励ましても喝も入れてくれないなんて」
ネリネはふてくされた態度を隠そうともしない。
「拝藤組は個を尊重する建前があるんだ。それが捩(ね)じ曲がった解釈になってピッチャーがピンチに陥っても、自分の経験と実力で切り抜けられるだろう、と」
ネリネは色をなす。掴みかからんばかりに仲に詰め寄った。
「おい、ミスター仲。なんだそれは、私は聞いてないぞ。普通のチームじゃありえない。なんて、投手に冷たいチームだ。孤独と孤高は違うんだ」
「すまない。俺もまさかここまで徹底しているとは思わなかったんだ。試合が終わったらいくらでも聞く。だから今は目の前の敵に集中してくれないか」
「冗談じゃ――」
「ネリネ。私たちは契約を交わして即金で大金をもらったのよ。労働の対価を先にもらっておいて、職務を放棄するつもり?」
ガウラの達観したような落ち着いた口調である。唇を噛みしめ、ネリネは虚空(こくう)を睨む。
「そんなの私は許さないよ」
ガウラが断言したことでネリネは肩を大げさにすくめた。
「わかった。わかったよ。私も契約社会に生きる人間だ。契約してもらった以上、期間中は真面目に働くさ。……だからその、つい、感情的になってしまった。……悪かった」
「わかってる。ネリネは仲間想いの優しい人間だ」
「やめてくれよ。むず痒いじゃないか。それに、相方であるピッチャーを心配に想うのは当然のことだ。私たちはふたりでひとつであって、どちらかの能力が欠けたり劣っていてはどうにもならないからな」
「うんうん、おまえたちは理想的なバッテリーだ。今もそうだし、これからもずっとそうであってほしい」
ふたりが不思議そうに仲を見た。いきなりコイツは何を言っているんだ? とでも言いたげである。仲は自然について出た余計な言葉に思わず苦笑した。
「すまない、何を言ってるんだろうな俺は。とにかく、ここをキッチリと抑えてくれよな」
仲が小走りでダグアウトへ戻っていく。その後ろ姿を見送りながらネリネがつぶやいた。
「アイツには未来が見えているのか……?」
「そんなわけないでしょっ。仲さんなりの励ましだよー。さ、ネリネも戻って! 次の打者をパパっとやっつけるんだから! あとね、速くダグアウトの中でジンジャーココアを飲みたい!」
左手で自分の考えに耽(ふけ)るネリネの背中を押す。すると、ようやく腕組みを解いてマウンドを去った。
アイリスの6番打者に対してコントロールが冴え、三球三振に仕留めたのだった。
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