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4章
17 絶望の淵
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「アンタたち、それでも社会人のトップだって誇りはないの!? 勢いだけの田舎のクラブチームでし・か・も! 弱小の新後なんかに万が一2敗もしたら末代までの恥よ! 汚名返上するには勝つしかないの! だから、何べんも言ってるように追加点を上げて、ガウラに心の余裕を持たせてあげなさいよ!! 今までやってきたことを全部ここでぶつけてきなさい!!」
「はい!」
ようやく檄(げき)がプラスの方向へ向いたのか拝藤組の2番打者は、初球からカーブの曲がり端を叩き、レフト前に落として出塁した。
次のバッターは今日一度もスイングしていないネリネである。ある意味一発を浴びた4番の一女よりも不気味で怖いバッターだ。
アイリスバッテリーは3つ目の配球を試すことにした。もしかしたら、相手の裏を掻く形で1、2打席目に投げたどちらかの配球でも通用するのかもしれない。しかし、仮にもクリーンナップの一角で、且つ坂戸の情報では元の世界でメジャーの首位打者(リーティングヒッター)を獲得したこともある打者らしい。慎重にならざるをえないのは当然だった。
「ストライーク!」
ボール球が2個先行してからようやくストライクが宣告された。きわどいコースと雪のボタつき加減で球審のジャッジも正確ではない。
「どうして振らないんだ?」
ここまで見極めを重視するとは思わなかった仲は、とうとうネリネの代わりにガウラに英語で聞いた。
「ネリネはこちらのデータと相手の実際のデータが8割か9割ほど合致しないと振らないんですよ」
「じゃあ、この試合は振らない可能性もあるのか?」
「充分ありますね」
仲は心の中で舌打ちした。そんな考えでいられたら困るのだ。プロ野球は同じチームと20試合以上対戦する。ネリネとガウラがいたマイナーリーグも10試合以上は同じチームと戦う。だが、社会人野球は年間で同じチームとそこまでは対戦しない。一瞬の刹那(せつな)的なぶつかり合いだ。もちろん、余裕があればスコアラーを派遣したり、データ分析も必要であり重要だ。しかし結局、最後は自分の力を信じて打てると思ったボールを振るしかない。当たり前だがバットを振らなきゃボールは飛ばないのだ。
ここで桐子が一度も投げていなかったシュートを要求する。由加里はじっとサインを見つめていたが、あわよくば打ち取れるならと投げてみた。鋭く曲がったシュートはストライクゾーンを外れ、ネリネの膝近くで桐子が捕球した。
「データ収集完了」
ネリネの蚊(か)の鳴くような声に、ボールを由加里に投げ返した桐子がガンを飛ばした。文句のひとつでも言ってやろうとしたが、ネリネは相変わらず一切構えを解かずに、由加里を見据えている。話しかけてはいけないオーラが漂っているように感じ、桐子は舌打ちをしつつ次のボールのサインを出した。次で決める肚(はら)づもりだったので、スライダーと同等に調子のいいカーブを選択した。由加里も異論ないらしくうなずき、投球動作に入った。大きな弧を描くように外に向かってボールが落ちていく。ネリネの読みが外れたらしく、スイング動作に入ったものの大きく体勢が崩れている。
――よし、打ち取った!
新後アイリスの誰もが確信した。バットに当たったとしても外野まで飛ばないはずである。
だが、一向に出てこなかったバットが瞬きする間に出てきた。腰が落ちて左の膝も折れ、軸足の右足は大きく伸び切っているようともネリネは慌てないし諦めない。キャッチャーミットに収まろうとするボールを、バットのヘッドが耳を聾(ろう)する金属音を残してボールをかっさらった。フォロースルーからしてフルスイングだろう。現にヘッドが危うく桐子に当たりそうになったが、すんでのところで止まったからだ。
「やいっや……マジかよ」
桐子の独り言と打球がフェンスにぶつかる音はほぼ同時だった。ライトの葵がクッションしたボールを処理しようとするも、予期せぬ方向へ跳ね返り、送球が遅れてしまった。ネリネは滑り込むこともなく悠々と三塁のベースを踏んだ。
0-2。ここに来ての追加点は新後アイリスにとって痛すぎた。そして拝藤組はこの好機を逃すはずもなく、続く4番の一女がセンターオーバーのツーベースを放ち、0-3と点差を広げ、新後アイリスを絶望の淵へ追い込んだ。
「タイム!」
審判員たちがバックネット近くに集まり、両チームの監督も呼んで何やら話し合いを始めた。その間に桐子や内野陣はマウンドに集まった。
「試合を続行するかどうかの協議かな」
由加里は空から落ちてくる無数の白い結晶を恨めしげに睨む。桐子がため息をついた。
「ボールと同化し始めてんもんな。こんな状況でよーやってら」
やがて両チームの監督はダグアウト、審判員が所定の位置へ戻っていく。球審だけが残り、球場職員から拡声器を受け取って寒さに震えた声で宣言した。
「雪の降りが時間を追うごとに強くなってきて野球どころではありません。なので、7回裏の新後アイリスの攻撃を以(も)ってコールドゲームとします!」
新後アイリス関係の客たちからはブーイングとヤジが飛び、拝藤組関係の客たちからは賞賛の声と万雷の拍手が打ち鳴らされた。
「それじゃ、私たちの攻撃はこの裏で終わりってことか……」
「チッ、だらしのねぇ連中だわや」
「お客さんのことも考えてなんだと思う」
「だとしてもよや……」
「私は桐子たちを信じるよ。これ以上、点なんてくれてやらない。絶対、サヨナラ勝ちをすることを信じてるから」
「おう、あったりめーよ。拝藤のクソッタレに一泡吹かせねーと気がすまねぇわ!」
「三振を取りに行くよ。全力で」
「よっしゃ、ドーンと来いや!」
由加里は投球スタイルを変えた。ランナーがいるのにも関わらず、ワインドアップで立ち向かう。ストレートとチェンジアップのコンビネーションがハマり、後続の打者をヒットは1本許したもののホームを踏ませず、宣言通り残りのアウトをすべて三振に抑えてみせた。
「はい!」
ようやく檄(げき)がプラスの方向へ向いたのか拝藤組の2番打者は、初球からカーブの曲がり端を叩き、レフト前に落として出塁した。
次のバッターは今日一度もスイングしていないネリネである。ある意味一発を浴びた4番の一女よりも不気味で怖いバッターだ。
アイリスバッテリーは3つ目の配球を試すことにした。もしかしたら、相手の裏を掻く形で1、2打席目に投げたどちらかの配球でも通用するのかもしれない。しかし、仮にもクリーンナップの一角で、且つ坂戸の情報では元の世界でメジャーの首位打者(リーティングヒッター)を獲得したこともある打者らしい。慎重にならざるをえないのは当然だった。
「ストライーク!」
ボール球が2個先行してからようやくストライクが宣告された。きわどいコースと雪のボタつき加減で球審のジャッジも正確ではない。
「どうして振らないんだ?」
ここまで見極めを重視するとは思わなかった仲は、とうとうネリネの代わりにガウラに英語で聞いた。
「ネリネはこちらのデータと相手の実際のデータが8割か9割ほど合致しないと振らないんですよ」
「じゃあ、この試合は振らない可能性もあるのか?」
「充分ありますね」
仲は心の中で舌打ちした。そんな考えでいられたら困るのだ。プロ野球は同じチームと20試合以上対戦する。ネリネとガウラがいたマイナーリーグも10試合以上は同じチームと戦う。だが、社会人野球は年間で同じチームとそこまでは対戦しない。一瞬の刹那(せつな)的なぶつかり合いだ。もちろん、余裕があればスコアラーを派遣したり、データ分析も必要であり重要だ。しかし結局、最後は自分の力を信じて打てると思ったボールを振るしかない。当たり前だがバットを振らなきゃボールは飛ばないのだ。
ここで桐子が一度も投げていなかったシュートを要求する。由加里はじっとサインを見つめていたが、あわよくば打ち取れるならと投げてみた。鋭く曲がったシュートはストライクゾーンを外れ、ネリネの膝近くで桐子が捕球した。
「データ収集完了」
ネリネの蚊(か)の鳴くような声に、ボールを由加里に投げ返した桐子がガンを飛ばした。文句のひとつでも言ってやろうとしたが、ネリネは相変わらず一切構えを解かずに、由加里を見据えている。話しかけてはいけないオーラが漂っているように感じ、桐子は舌打ちをしつつ次のボールのサインを出した。次で決める肚(はら)づもりだったので、スライダーと同等に調子のいいカーブを選択した。由加里も異論ないらしくうなずき、投球動作に入った。大きな弧を描くように外に向かってボールが落ちていく。ネリネの読みが外れたらしく、スイング動作に入ったものの大きく体勢が崩れている。
――よし、打ち取った!
新後アイリスの誰もが確信した。バットに当たったとしても外野まで飛ばないはずである。
だが、一向に出てこなかったバットが瞬きする間に出てきた。腰が落ちて左の膝も折れ、軸足の右足は大きく伸び切っているようともネリネは慌てないし諦めない。キャッチャーミットに収まろうとするボールを、バットのヘッドが耳を聾(ろう)する金属音を残してボールをかっさらった。フォロースルーからしてフルスイングだろう。現にヘッドが危うく桐子に当たりそうになったが、すんでのところで止まったからだ。
「やいっや……マジかよ」
桐子の独り言と打球がフェンスにぶつかる音はほぼ同時だった。ライトの葵がクッションしたボールを処理しようとするも、予期せぬ方向へ跳ね返り、送球が遅れてしまった。ネリネは滑り込むこともなく悠々と三塁のベースを踏んだ。
0-2。ここに来ての追加点は新後アイリスにとって痛すぎた。そして拝藤組はこの好機を逃すはずもなく、続く4番の一女がセンターオーバーのツーベースを放ち、0-3と点差を広げ、新後アイリスを絶望の淵へ追い込んだ。
「タイム!」
審判員たちがバックネット近くに集まり、両チームの監督も呼んで何やら話し合いを始めた。その間に桐子や内野陣はマウンドに集まった。
「試合を続行するかどうかの協議かな」
由加里は空から落ちてくる無数の白い結晶を恨めしげに睨む。桐子がため息をついた。
「ボールと同化し始めてんもんな。こんな状況でよーやってら」
やがて両チームの監督はダグアウト、審判員が所定の位置へ戻っていく。球審だけが残り、球場職員から拡声器を受け取って寒さに震えた声で宣言した。
「雪の降りが時間を追うごとに強くなってきて野球どころではありません。なので、7回裏の新後アイリスの攻撃を以(も)ってコールドゲームとします!」
新後アイリス関係の客たちからはブーイングとヤジが飛び、拝藤組関係の客たちからは賞賛の声と万雷の拍手が打ち鳴らされた。
「それじゃ、私たちの攻撃はこの裏で終わりってことか……」
「チッ、だらしのねぇ連中だわや」
「お客さんのことも考えてなんだと思う」
「だとしてもよや……」
「私は桐子たちを信じるよ。これ以上、点なんてくれてやらない。絶対、サヨナラ勝ちをすることを信じてるから」
「おう、あったりめーよ。拝藤のクソッタレに一泡吹かせねーと気がすまねぇわ!」
「三振を取りに行くよ。全力で」
「よっしゃ、ドーンと来いや!」
由加里は投球スタイルを変えた。ランナーがいるのにも関わらず、ワインドアップで立ち向かう。ストレートとチェンジアップのコンビネーションがハマり、後続の打者をヒットは1本許したもののホームを踏ませず、宣言通り残りのアウトをすべて三振に抑えてみせた。
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