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最終章
01 勝者決定
しおりを挟む閉じられていた坂戸(さかど)の目がパッと開いた。
「あれ? 私……」
足元がやけに温かい。どうやら座椅子に座って、足をこたつに突っ込んで寝ていたらしい。キョロキョロと周りを見渡す。佐渡家の居間とやけに似ている和室にいる。寝起きの頭がようやく理解できたとき今度は、いつユニフォームからジャージに着替えたのか? 自分がどうしてここにいるのか? そもそもどうやって帰ってきたのか? いくつもの疑問が沸々(ふつふつ)と出てきた。
疑問をぶつけようにも人の気配がまるでない。とりあえず、呼びかけてみようとした瞬間である。廊下(ろうか)から足音が聞こえてきた。踏み鳴らし方から男だろう。
――もしかしたら泥棒かもしれない。
こたつの上のミカンを手に取り、いつでも顔面にぶつけられるように構える。間もなくふすまが開かれると、意外な人物の登場に坂戸は目を瞠(みは)った。
「ま……政(まさ)っ」
「――ッ!」
仲(なか)は驚愕に目を見開き、坂戸を凝視したまま固まってしまった。
「とりあえず、開けっぱは寒いから入んなさいよ」
バツが悪そうな表情で突っ立っている仲をこたつに誘った。仲はふすまを閉め、うつむき気味に空いていた座椅子に腰を下ろした。
「お互い言いたいことはたくさんあると思う。でも、まずはさ、温まってからにしましょ。今お茶出すからみかんでも食べて」
坂戸がテキパキとお茶を淹(い)れ、仲の前に置く。ミカンを食べていた仲がお茶をすすり、ほっとした表情を浮かべた。
「どう? ばあちゃん仕込みのお茶の淹れ方は」
「ああ、うまいな」
坂戸も冷ましながら口に含んだ。一気に上半身が温かくなるように沁(し)み渡り、安堵の吐息が漏れた。それから少しの間、お互い無言になり、みかんを食べてお茶を飲んで、こたつ布団を肩までかけてボーッとした時間を過ごした。心が焦ることのない心地よさがある無言の時間。何も不愉快なものがなく、ここは天国かとさえ思ってしまう。それだけあの試合は極寒地獄だったのだ。
「あのさ、政」「なあ、由加里(ゆかり)――」
やがて、お互いが神妙な面持ちで切り出そうとした。が――
隣室に繋がるふすまが勢いよく開かれ、トキネが入ってきた。
「お待たせしました。ようやく編集が終わりました」
持参したDVDレコーダーをテレビの端子に繋いでいる。
「は?」
ふたりがあっけにとられていると、別人格であるはずのトキナが酒瓶片手に入ってきた。
「あなたたち、どうして分裂しているの?」
坂戸が交互に見やりながらトキナに聞いた。
「ここは現実の世界じゃないからね♡ 強いて言うなら、三途(さんず)の川の手前ぐらいの所にいると思ってくれればいいかな♡」
「準備ができました」
トキネがテレビの電源を入れて、リモコンをトキナに差し出した。
「んじゃ、これから勝敗の白黒をはっきりさせましょっかね♡」
速いテンポの会話に坂戸は疑問を聞くこともできず、仕方なくテレビに体を向けた。
先ほどまで行っていた試合が写されていた。回は7回の裏。バックネット側から撮られたものらしく、茜の豪快なフォロースルーが見て取れた。インパクトの瞬間から限りなくスローになり、ボールが雪に紛れないように赤い丸が囲われている。トキネが言っていた編集とはこのことだったらしい。
高々と舞い上がった打球がやがて雪とともに落ちてくる。試合のハイライトのように徐々に打球へズームしていく。そしてギリギリの位置でフェンスの向こうに消えかけたとき、ひときわ強い風が見舞い、やや押し返されフェンスの手すりの部分にボールが当たる。しかしそれでもボールは跳ね返り、フェンスの向こうに落ちてホームランとなった。
映像が停止し、黒い画面に4つの顔が映し出された。
「やはり何度見てもフェンスの向こう側にボールが行ってますね。やはり勝者は坂戸――じゃありませんでした。佐渡(さど)由加里さんです。おめでとうございます」
「おめでとう!」
トキネとトキナが派手に手を打ち鳴らし、坂戸――佐渡を称える。とうの佐渡はどんな顔をしていいのかわからず、放心していた。
「おい、ちょっと待ってくれよ!」
「敗者の仲――金谷(かなや)政さん、どうかしましたか?」
政はあえて無視し、トキネとトキナを交互に指を指して佐渡に聞いた。
「なあ、由加里。コイツらはいったい誰なんだ? 勝者だの敗者だの何がなんだか訳がわかんねーよッ」
「アンタたち、政と接触したんでしょ? なんでこんな混乱してるのよ」
「ありました。しかしこの姿ではありませんでした。最初に見せた、あの時代の一般人が見える姿でした」
そういってトキネは2枚の写真を見せる。
「そうだ、根暗みたいな女だ! 俺に拝藤組に向かえと言った奴は。ただ、もうひとりのコイツとはあまり会わなかったがな」
「私に会う前に会ってたってこと? ねえ、どういうことなのよおふたりさん。なんで政に拝藤組なんかに行かせたの? 正直に言いなさい!」
怖い顔の佐渡に、怒られた出来事がフラッシュバックし、動揺でトキネの目が揺れた。
「わ、私はただ、死者ふたりの別世界に転移した魂を見守ることを命じられた者です……」
「本当に?」
ミカンを食べ、一升瓶を呷(あお)っていたトキナがトゲが刺さるような横槍を繰り出してきた。
「バーカね、足りてないわよ。ここまできたらちゃんと言いなさい」
一瞬恨みの目をトキナに向けたが、トキネは能面のような表情を作り、やや開き直った口調で言った。
「訂正します。見守ることと、記憶の改ざんの権利を与えられた者です」
「記憶の改ざん?」
「日常生活に支障がない程度の改ざんです。所謂『あれ? ここはこうだっけ? こんな感じだったかな?』程度のものです。極端な話、あまり大きく改ざんして期日までに死なれたりしたら困りますから」
「死なれたら困る? なんなのそれ」
「はい、佐渡さんの不戦勝になってしまいます。簡単に望みを叶えられてしまわれたら、大変ですから」
「だから記憶違いのことがたまにあったのか」
政が独り言をつぶやく。
「なるほど。だから政を拝藤組に行かせてややこしくしたのね。で、なんでそんなことをしたの?」
「出世したかったんです」
「出世?」
「はい、見守り人は現場に出ずっぱりで休む暇もありません。トキナさんのように執行人なら、要所で出てくれば済みますから」
「それより楽なのはここに姿を絶対に現さない『創造人(そうぞうにん)』かなー♪」
「ちょっと、トキナさん」
トキネが明らかに余計なことを言うな、という目をしている。
「べっつにいいじゃん。現実の世界だって高次(こうじ)の存在が管理してるかもしれないんだし」
佐渡がまどろっこしくなって詰問した。
「高次とかスピリチュアル的なことはどうでもいい。『執行人』やら『創造人』って何よ。どんなことをする奴なの」
「『執行人』は見守り人の案とか考えにゴーサインを出したり、却下を言える存在。で、『創造人』ってのはね、世界を構築することができる人間のこと。小説とかドラマで言う、原作とか原案の人だねー。倉本監督を1993年に死なせ、もろもろ変えた世界を創ったのも創造人。一応、私らの上司でもある。会ったことないけどね♡」
佐渡は唇を歪(ゆが)めた。
「クソッタレを極めたような存在ね」
「あはは、そう思うのも仕方ないよねぇ。ま、だから条件をクリアしたら、好きなように変えていいよってことにしてるのかも♡ だって、あらかじめ由加里ちゃんの思い通りの世界だったら、満足してなんにも行動しない可能性だってあるじゃない。そこで私たちがいるわけ。見守り人と執行人は世界を脚色することができる。判断を下すのは私だけどね。実際にあったことをなかったことにし、その逆もできる。元いた世界と100%同じ世界だと、すぐに解決策が見つかっておもしろくないじゃない。人間は喜怒哀楽を思う存分表に出して、悩んで解決して結果から教訓を得て成長していく生きものなのよ♡ ほら、人生は修業の場っていうじゃない♪」
「ずいぶん都合のいいことを並べて立てたわね。言いたいことをはそれだけ? つまり、私たちはアンタやトキネの出世のために、別世界で生かされ、天国に行けず、成仏もできなかった実験台の亡霊ってことなのね?」
トキナは話疲れたのかトキネに手で話すようにジェスチャーを送った。トキネは嫌なところでキラーパスしてくる上司を一瞥した。
「……はい」
「ふざけてるわ」
「俺たちが苦悩して這(は)いずり回る姿を神になったつもりで眺めていたのか」
「そうなりますね。ドラマや映画のようなものです。見どころが多ければ多いほど点数がもらえ、早く出世できますから」
不意に政の手がトキネの首を掴み、徐々に締め上がる。
「ざけんじゃねェ! 俺がどんな思いで由加里と対立することを選んだか、お前にはわかるか!? あの拝藤のクサレ外道に家族を人質に取られたようなもんでどうしようもなかったんだ! それなのに、見守り人だの出世だの俺らには関係ねェじゃねーか! テメェらの都合でこれまでの1ヶ月間を生き抜いてきたわけじゃねェっての!」
「無駄だよ、政ちゃん。あたしら半端人は何をやっても死なない。まだ話すことがあるらしいから話してあげて♡」
トキネは息を切らすこともなく顔色を変えることもなく、政を冷たい目で見据えていた。
「クソッタレ!」
とトキネを突き飛ばす。
トキネは首を撫でながら、
「さて、お二方。この世界にもきた当初の指名を覚えておいででしょうか?」
用紙を2枚こたつの上に滑らす。ふたりの各使命が記されていて、達成できたものには○が、達成できなかったものには×がつけられていた。
佐渡が達成できたのは、チームを定められた期間――拝藤組との勝負が終わる――までに崩壊させない、チームを定められた期間までに拝藤組と戦い、勝利に導く、部長兼監督を務める――の3つ。
一方の政は、坂戸にウソをつき続ける、拝藤組のチームを崩壊させない一手を打つ――の2つをクリアしていた。
「佐渡さんは4つ中3つ達成。素晴らしいですね。金谷さんは4つ中2つを達成、充分合格ラインです。しかし、先ほどの試合で最終的に敗北を喫してしまいました。残念でなりません」
「残念ってなんだ」
「敗者はいくら達成しても負ければ意味がないのです。会った当初は話したはずですが」
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