Unknown Power

ふり

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最終章

02 佐渡と政の誓い

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「ぐッ……」

 政は悔しさで歯を食いしばる。坂戸は横目で旧友の顔を見つつトキナに言った。

「ねえ、私たちのカバンはどこかしら。球場に持ってきたやつよ」

 トキナが後ろ手で引っ張り、

「はいはーい、どーぞ♡」

 ふたりにカバンを渡す。政は勢いよく漁り始める。

「この世界の習いですので、勝者の佐渡さん願いを述べてください」

 トキネが真面目くさった顔で言った。坂戸が真顔で真意を図るかのようにトキネを見返していると、横からカバンの中に取り出したスマホで家族との写真を見ていた政が涙声で哀願してきた。

「なあ、由加里。昔からのよしみだ。俺は別の世界に行くのは絶対に嫌だ。家族と離されるのはもうこりごりだ。それならいっそおまえの手で俺を――」

 由加里は政の口の前に片腕を伸ばした。そのあとの言葉を口から出てこれないように、物理的に遮ったのだ。

「確認したいことがあるの」
「なんでしょうか」
「さっき敗者が使命を達成しても意味がないって言ったじゃない」
「はい」
「政はどれを達成してるの?」

 紙を見たはずの佐渡があえてトキネに問うた。トキネは若干眉を潜ませたものの、紙を見ながら達成した項目を読み上げた。

「坂戸さんにウソをつき続ける、拝藤組を崩壊させない一手を打つ――のふたつです」
「崩壊させない一手というのは?」
「ガウラさんとネリネさんの補強ですね。あと、これは金谷さんが意図したものではありませんが、崩壊の原因となった五月(さつき)――愛敬(あいきょう)さんが、新後に移ったことです」
「なるほどね、わかった。ということは、政が私に勝っていたとしたら、一つ願いが叶えられたわけよね」
「そうなります」
「その願いを私のちょうだい」

 突拍子もない佐渡の申し出に、トキネは理解が及びつかないのかキョトンとししてしまう。トキナが片方の口角を上げた。

「ほほー、こんなことを言う人間は初めてだね。ほかの人間はふたつどころかひとっつも達成できないのばっかりだったから♡」
「トキネ、どうなの? アンタ的ルールはアリなの? ナシなの?」

 トキネが自分のタブレットに指をせわしなく滑らせている。

「どうなの?」

 トキナは不敵な笑みを崩さず膝立ちとなり、指でトキネのアゴをつまんで自分のほうを向かせた。至近距離から凄まれたトキネの白い肌が、青白くなっていくようであった。

「決まりにはありませんでしたから、アリ……です」

 弱々しく不備を認めたトキネは、肩を落としてうなだれた。トキナは口元の笑みを一層深くし、一升瓶を煽った。

「はあ……慢心だね、慢心慢心。大、慢、心! アンタには、まだまだまだまーだあたしのポジションは、早いってことなのよ♡」
「ううう……」

 目を見開いたままのトキネは、口から嗚咽(おえつ)のような言葉とも取れないような言葉を漏らすだけで、何も言えなくなってしまった。
 やむなく、トキナが代わりに願いを聞くことにした。

「で、この3つに増えた願いをどう使うの?」
「まずひとつ目、政を――金谷政を元の2013年の世界に戻してほしい。もちろん、五体満足ピンピンしてる状態で」
「由加里……」

 目を剥(む)いている政。そのまま何かを言おうとしたので、佐渡はすかさず手で制した。

「言いたいことがあるならあとにしてほしい。ふたつ目は名前はまぎらわしくなるからこのままでいいけど、この世界の私以外にも元の2013年の世界の私に見えるように変更してほしい」
「ふむふむ。なんとなく3つ目の願いが見えてきたねぇ」
「察しの通り。3つ目は私をこの1993年に残すこと」

 堪(たま)らず政が口を挟んできた。

「おい、いいのかよ。倉本(くらもと)監督がいない世界なんだぞ。こんな望んでない世界にお前が居たって、意味がないだろ!」

 佐渡は政に向き直り、子どもに言い聞かせるようにして言った。

「いい、政。もうね、倉本監督がどうのこうのじゃないのよ。今気になるのは、この改ざん女たちによって私は、2013年で死んだ扱いになっていた。でも、本当に死んでしまった可能性もある。トキナ、そこのところはどうなの?」
「政ちゃんに確かめてもらえばいいんじゃないの。もしかしたら意外な形で生きているのかもしれないし、本当に死んでいるのかもしれない」

 生きているのか死んでいるのか、どちらとも言えない答えである。不明瞭(ふめいりょう)な回答に佐渡は不信感を露わにする。

「聞いたでしょ。元の世界の私は生きててもロクなことになっていない。きっと植物人間になっている可能性もあるわ。だから、五体満足で生が確実に確認できる場所――つまりここで生きていくしか選択肢はないのよ。今までの顔と体がおばちゃんじゃなく、本来の私でここにいられて、あの娘(こ)たちと接することができる。これ以上の喜びってある? ま、名前は1993年の私にゆずるけどね。それに、生きてて若い母さんに会えるし、違った視線で若い選手たちを見ていける。私はひとりの指導者としてあの娘たちを、選手として社会人として見守り、育てていければいいと思ってる」

 由加里はこの世界で生きることを選択した。倉本のいない世界ではあるが、だからこそ自分の力で生きていきたい――。本当に頼れる存在がいない自分が、どこまでできるのかという意味も込めての挑戦だった。それに、元の世界に戻っても生きている保証もない。五体満足である可能性も、来た当初見せられた事故の動画で絶望的だった。

「由加里……」

 かつての旧友であり元恋人であり同僚であり旦那は、この1ヶ月を通して人が変わったかのように成長を遂げていた。今の世界で逢った当初の鬱々(うつうつ)とした由加里は消え失せている。政は自身に満ち溢れた由加里の横顔にただただ見惚れた。

「私はこの世界で明るい未来を切り拓(ひら)きたい!」

 政の目からなんの予告もなく滂沱(ぼうだ)の涙が流れた。由加里の曇りなきまっすぐな気持ちが政の琴線(きんせん)に触れたのだ。
 走馬灯のごとく、元の世界の出来事が駆け巡る。新後アイリスに関わるすべての者にとって、とてつもなく不幸な時代が10年以上もあったのだ。ずいぶんと回り道や遠回りをさせられた。神様が試練を与えているものだとしたら、殺してやりたいと何度も何度も思った。
 独立リーグのひとつである2006年に北信越リーグが発足してようやく復権(ふっけん)できたのだ。それまでは新後アイリスのにの字も口にできない風潮があった。みなが当時の事件を思い出してしまうからだ。それでも、公募で募った際に、圧倒的多数で新後アイリスに票が入ったのは、新後の人々がまた強かった新後アイリスを新生・新後アイリスに託したに他ならない。佐渡が監督として采配を振るう新後アイリスは強い。まるで失った時間を取り戻すように、勝ちに勝ちまくった。
 北信越リーグ発足当初からチームが徐々に増え、2013年の北信越北関東独立――通称・ダブルノース――リーグに名称が変わるに至るまで、隠居した倉本にアドバイスをもらい、ともに上位をひた走ってきた。しかし、倉本は心筋梗塞という突然死のような形で急逝(きゅうせい)してしまった。佐渡にとって倉本は恩師でもあり、父でもあり、1994年に解散した新後アイリスを1993年に持病で退任してからも陰日向から支えてくれたかけがえのない人物なのである。

「そのほうが倉本監督の本当の意味での供養になるんじゃないかな。元の世界の新後アイリスの監督は、政がやってくれれば一番いいけど」
「クソ、やるさ。やってみせる! 群馬のみんなには悪いが、俺の故郷は新後だ。残してきた家族も喜ぶ。球団社長やオーナーをよくよく説得して、強い新後アイリスを引き継ぐよ」
「ありがとう。アンタがそうしてくれると、私は心置きなくこっちに残れるよ」

 ふたりがガッチリと握手を交わし、互いを称えるように抱きしめ合う。

「立派だねー、立派立派♪ こういうのを人間賛歌っていうんだろうね♡」
「半端人(はんぱにん)たちにはないことでしょうね」

 佐渡は低い声に皮肉をたっぷり乗せた。

「ふふ、そうかもねー♡」

 トキナは軽く受け流し、胸ポケットのスマホを手にとった。

「ああっと、そろそろここから出ないと。『あとがつかえてる』ってメッセージが飛んできたよ。政ちゃん、何か由加里ちゃんに言いたいことはある?」

 促されるまでもなく、政はすでに話し出していた。

「まずは謝らせてくれ。本当に申し訳ないことをした俺は卑怯者だ、クソ野郎だ。手を貸すべきだったのおまえだったはずなのに、家族のことを引き合いに出されて『従属』してしまった。おまえのように立ち向かうべきだったのに、俺は憎い相手である拝藤(はいとう)組に尻尾を振った狗(いぬ)だ。言いたいことや殴りたければ思いっきりブン殴ってくれ」

 由加里はゆっくりと首を横に振った。

「殴りはしないよ。ただ、つらかったわね。家族を盾にされちゃあね。私に嘘をつき続けて切り崩し工作もしなきゃならなかったんだもん。私はてっきり鎌倉造船(かまくらぞうせん)で張り切って切り盛りしてるものだと思っていたし、元の世界でもいつもたまにしか連絡をくれないから心配してなかった。けど……やっぱり、拝藤は許されるべき人間じゃないわね。だからさ」

 部屋が目の眩むほどの光に包まれ始める。その中で佐渡は涙を流しながら政に拳を差し出す。

「元の世界の拝藤のチームなんかに負けるんじゃないわよ!」

 政もまた嗚咽しながら拳をぶつけて誓った。

「ああ、もちろんだ。俺は俺でチームを強くする! プロで活躍できる選手を育て上げてみせる! 拝藤組の球団を打倒してくれる選手をな!」
「奥さんとちびちゃんとそれに、みんなによろしくね!」
「必ず伝える、必ず伝えるから! だから、俺のことを忘れるなよ!」

 言い残し、政の姿のみひときわ強い光に包まれて消えた。白い光の中に由加里とトキネとトキナが取り残された。

「さてさて、由加里ちゃんの願いを叶えてあげないとねぇ♡ ちょうど祝勝会が始まるくらいでいいかな?」

 相変わらずトキネはうつむいたまま独り言をつぶやいているため、トキナが代わりに聞いてきた。

「ええ、それぐらいがいいわ」
「オッケーオッケー。世界を書き換えるから少し眠っててもらうね♡」

 その言葉の直後、由加里の目の前が真っ暗になった。
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