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1章

06 大苦戦

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 数日後の朝。
 豪篤はカーテンの閉め切った部屋で、一晩中アニメやドラマを観てキャラの勉強をしていた。
 カーテンのわずかな隙間から朝陽が射し込んでいる。スズメのさえずる音が聞こえ、朝特有のさわやかな空気が流れていた。
 その空気を意識することで豪篤は、夢と現実を行ったりきたりしていた意識を現実に引き戻した。

(もう朝か……姉貴はもう起きてるみたいだし、あいさつぐらいはしとかないとな)

 そう思いながら、足と尻を少しずつ動かしてしびれを取る。ある程度取れたところで、のろのろと立ち上がって部屋から出た。

「姉ぎぃ、おばよぉー」

 自分自身のガラガラ声に豪篤は驚く。
 トーストを食べていた彩乃は、のどを詰まらせそうになった。手元にあったコップのオレンジジュースを一気飲みする。

「ああ、悪い。こんな風邪みたいな声だとは思わなくってさ」
「アンタ、どうしたのその声?」
「特訓してた」
「特訓って声作りの?」
「うん。つっても、いろんなキャラのまねをしたら、こんな有り様になっちまった」

 彩乃の向かいに座り、用意してくれたコーヒーに口をつける。

「それはまたご苦労なことで。でも、あんまりムリしないこと。現にのどがつぶれかけてるじゃん」
「そうなんだけどさ。自分にあったキャラが見つかるまでは、ムリするしかないなと思う。あ、そうそう、ひとつだけどできるようになったのがあるんだ」
「おー、どんなのどんなの?」
「恥ずかしいから目をつむっててくれ」
「そうだね。そのほうがやりやすいだろうから」

 彩乃が期待しながらまぶたを閉じる。
 豪篤はのど払いを数回して、呼吸を整えた。

「私は、あなたの魅力的な笑顔が大好きよ」

 高音でだれが聴いてもわかる女の声が、豪篤から発せられた。

「目を開けてもいいよ」

 のどの機嫌を害したらしく、豪篤は後ろを向いてせきを繰り返す。
 彩乃は口を開きっ放しだったが、気を取り直した。

「すごかった……。目の前に美少女がいて、微笑みながら言ってるような感じで、明るくて優しくて……。これは女の私でも惚れるわ」

 目を白黒させながら彩乃は感嘆している。 

「根性とやる気さえあれば、こんなもんよ」

 豪篤は振り返りつつ、精気のなくなりかけた顔で得意気に言い放つ。

「元々声が低すぎず渋くないのが幸いしたのかな。なんにせよ、アンタの才能がこんなところにあるとは思わなかった。いやはや、わからないもんだね」
「でもさ、俺に合いそうなキャラがな……」

 豪篤が腕を組んで眉間にしわを寄せる。

「今のキャラでいいじゃん」
「簡単に言うなぁ……」
「じゃあ、いっそのことアンタが思う女らしい女になってみるってのはどう? どんなのか言ってみな」
「女らしい言葉遣いかつ明るい感じで、ときには誘惑したり、でもふだんは甘えた感じで接するキャラ、なんてのは?」
「へー、理想の詰め合わせセットかな? まあいいや、それに似たキャラを探すことね」
「そ、即答だな」

 当惑している豪篤を無視し、彩乃はさらに提案する。

「あとは催眠術とか」
「催眠術?」
「たとえばほら、その作品でドラマCDってあるじゃない。それを聴いたり、寝てる間にずーっと流しておくとかさ」
「催眠術っていうより、洗脳か睡眠学習だな」
「そうそう、それそれ。まあ、私に思いつくのはこんなところかな。そろそろ着替えないと、会社に遅刻しそうだし」
「悪いな姉貴。アドバイスありがとうな」
「どういたしまして。ごめん、私の皿も洗っておいてっ」
「お安い御用だ、任せとけって!」
「ありがとー」 

 言い残して、彩乃はバタバタと自分の部屋に入っていく。

「よーし!」

 腕まくりをして自分の分と彩乃の分の食器を重ね、腕いっぱいに抱えた。流しに向かい、水を出す。

(今日1日で自分がなれそうなキャラを見つけるぞ!)
 
 豪篤は食器を洗いながら心に決めたのだった。



 しかし、豪篤がなれそうなキャラは、そう簡単には見つからなかった。
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