35 / 52
5章
03 止まらない想い
しおりを挟む
2
「優美、今日はお菓子を作ってきたよ! 手抜きっぽいクッキーだけど、食べて食べて!」
形がぐちゃぐちゃのクッキーが、リボン付きの包装にパンパンに入っていた。
「なんか、毎日もらってばっかりで悪いんですけど……」
「あのね、あたしと優美の仲じゃない! せっかく恵まれた背丈なんだから、もっと食べなきゃダメよ! あ、そうだ。明日からはお弁当を作ってこようか!」
「いや、それは……」
「あ! お弁当で思いついた! 今度の日曜日、デ……遊びに行きましょうよ! 美喜さんがね、用事があって遊べなくて暇なんだ。ね、いいでしょっ!?」
「……あのね、その……」
「じゃ、決まりね! あ~、楽しみだわ~。あ、クリームソーダパフェひとつください!」
――ダメだなこりゃ。
(もう止まらないわね……)
今の渚には、何を言っても無駄だということを最終確認できた豪篤と優美は、深いため息をつきたくなりそうになったのだった。
* * *
営業時間が終了し、早々と着替えて裏口から出て行こうとしている浩介。
「浩(こう)さん待って」
成実が呼び止める。浩介が何ごとかと振り返った。
「今日、時間ある?」
「わりとある」
「そっか」
「用件はなんだ? 帰るぞ」
「ああ、ごめんごめん。『会議』をしたいんだー」
「議題は?」
「水際(みぎわ)」
「わかった。さっさと着替えてこい」
「あとね、美喜さんにメールしておいて。これ、アドレスと内容」
「……」
「それじゃ、着替えてくるから」
浩介は更衣室へ入っていく成実と、渡された紙を交互に見やる。吐きたくもないため息がついて出た。
人っ子ひとりいない夕方の公園に、美喜は足を踏み入れた。
先日までの残雪が所々に残っている。曇天と残雪の雪明りと電灯も手伝ってか広く見渡せた。ほかの季節の夕方の暗さとは比較にならないほどである。
美喜は、雪と泥が混じった地面を跳ね上げないよう慎重に踏みしめて、メールで指定された場所へまっすぐ向かった。
「成実ちゃん。来たよ」
すると、物陰からコートをまとい、顔の下半分をマフラーで覆った人物が出てきた。
雪明りとは言え、立ち姿はわかっていても表情がわかりづらい。
人物が美喜の立っている電灯の下まで近づいてきた。光が当たり、明らかになる。
「成実ちゃん、どうしたの?」
化粧っ気のない素顔だったが、もともと普段から薄化粧のため、美喜はひと目見て成実だとわかった。
しかし、
「ごめんね美喜ちゃん。僕は修助って言うんだ」
「え?」
成実と思っていた人物に、否定されて状況が飲み込めなくなる美喜。得も知れぬ不安に襲われ、寒さとは関係なく自然と体が震えた。
この展開を容易に想像できた修助は、すぐに顔を下に向けた。
「でも、メイドのときは成実って言うんだー」
成実の声色である。
「えええっ?」
美喜の脳内が、さらなる混乱の渦に引き込まれていく。
「修助くんが成実ちゃんで成実ちゃんが修助くんってこと……?」
美喜は目をつむりながら額に手を当て、正解を探るように思ったことを口にする。
「そうだね、正解」
顔を上げて、成実から修助に戻った修助が微笑む。
「え、ええええ―――っ? ということは、女装して働いてたの?」
「うん、そうだよ」
驚いて口が最大限まで開かれ、しばらくまばたきも忘れるほどに美喜の思考が停止した。
「全然、思いもしなかったなぁ……。なんで隠してたの?」
やっとのことで、紡ぎだすように疑問をぼそりと言う。
「隠してはないよ。うちの店の決まりってほどじゃないけど『いろんな意味で知る人ぞ知る店』にしたいって店長が言ってたから」
修助はフフッといたずらっぽく笑う。
「そうなんだ……」
急激に力が抜け、美喜はその場でくずれ落ちそうになったが、なんとか踏ん張った。
「ショックだった?」
「ショックってほどじゃないけど……とにかく、びっくりしたよ。でもね、男の子だってわかって、より一層好きになれそうな自分がいる。あっ、恋愛対象じゃないんだけど……」
「ギャップ萌えみたいな?」
「それに近いかも。あと、わたしにとって修助くんじゃなくて、成実ちゃんが表の顔だから、裏の顔である修助くんが知れて――ううん、明かしてくれて素直にうれしいの。本当は表裏が逆なのにね」
「アハハハハ、そうだね。でも、そんなふうに言ってくれるとうれしいな。てっきり、拒絶されると思ってたから」
「拒絶なんてしないよ。それより」
不意に真顔になる美喜。
「……なんで今になって正体を明かしたの?」
「それはね、明かさざるを得ない事態が起こったから」
「もしかして……渚のこと?」
「わかってるなら、話が早いや。さ、行こうか」
「えっ、どこへ?」
「店だよ。これからみんなと話すからさ」
言い終わると、修助は先を歩き出した。
美喜は、不安と少しの期待を胸に後を追った。
「優美、今日はお菓子を作ってきたよ! 手抜きっぽいクッキーだけど、食べて食べて!」
形がぐちゃぐちゃのクッキーが、リボン付きの包装にパンパンに入っていた。
「なんか、毎日もらってばっかりで悪いんですけど……」
「あのね、あたしと優美の仲じゃない! せっかく恵まれた背丈なんだから、もっと食べなきゃダメよ! あ、そうだ。明日からはお弁当を作ってこようか!」
「いや、それは……」
「あ! お弁当で思いついた! 今度の日曜日、デ……遊びに行きましょうよ! 美喜さんがね、用事があって遊べなくて暇なんだ。ね、いいでしょっ!?」
「……あのね、その……」
「じゃ、決まりね! あ~、楽しみだわ~。あ、クリームソーダパフェひとつください!」
――ダメだなこりゃ。
(もう止まらないわね……)
今の渚には、何を言っても無駄だということを最終確認できた豪篤と優美は、深いため息をつきたくなりそうになったのだった。
* * *
営業時間が終了し、早々と着替えて裏口から出て行こうとしている浩介。
「浩(こう)さん待って」
成実が呼び止める。浩介が何ごとかと振り返った。
「今日、時間ある?」
「わりとある」
「そっか」
「用件はなんだ? 帰るぞ」
「ああ、ごめんごめん。『会議』をしたいんだー」
「議題は?」
「水際(みぎわ)」
「わかった。さっさと着替えてこい」
「あとね、美喜さんにメールしておいて。これ、アドレスと内容」
「……」
「それじゃ、着替えてくるから」
浩介は更衣室へ入っていく成実と、渡された紙を交互に見やる。吐きたくもないため息がついて出た。
人っ子ひとりいない夕方の公園に、美喜は足を踏み入れた。
先日までの残雪が所々に残っている。曇天と残雪の雪明りと電灯も手伝ってか広く見渡せた。ほかの季節の夕方の暗さとは比較にならないほどである。
美喜は、雪と泥が混じった地面を跳ね上げないよう慎重に踏みしめて、メールで指定された場所へまっすぐ向かった。
「成実ちゃん。来たよ」
すると、物陰からコートをまとい、顔の下半分をマフラーで覆った人物が出てきた。
雪明りとは言え、立ち姿はわかっていても表情がわかりづらい。
人物が美喜の立っている電灯の下まで近づいてきた。光が当たり、明らかになる。
「成実ちゃん、どうしたの?」
化粧っ気のない素顔だったが、もともと普段から薄化粧のため、美喜はひと目見て成実だとわかった。
しかし、
「ごめんね美喜ちゃん。僕は修助って言うんだ」
「え?」
成実と思っていた人物に、否定されて状況が飲み込めなくなる美喜。得も知れぬ不安に襲われ、寒さとは関係なく自然と体が震えた。
この展開を容易に想像できた修助は、すぐに顔を下に向けた。
「でも、メイドのときは成実って言うんだー」
成実の声色である。
「えええっ?」
美喜の脳内が、さらなる混乱の渦に引き込まれていく。
「修助くんが成実ちゃんで成実ちゃんが修助くんってこと……?」
美喜は目をつむりながら額に手を当て、正解を探るように思ったことを口にする。
「そうだね、正解」
顔を上げて、成実から修助に戻った修助が微笑む。
「え、ええええ―――っ? ということは、女装して働いてたの?」
「うん、そうだよ」
驚いて口が最大限まで開かれ、しばらくまばたきも忘れるほどに美喜の思考が停止した。
「全然、思いもしなかったなぁ……。なんで隠してたの?」
やっとのことで、紡ぎだすように疑問をぼそりと言う。
「隠してはないよ。うちの店の決まりってほどじゃないけど『いろんな意味で知る人ぞ知る店』にしたいって店長が言ってたから」
修助はフフッといたずらっぽく笑う。
「そうなんだ……」
急激に力が抜け、美喜はその場でくずれ落ちそうになったが、なんとか踏ん張った。
「ショックだった?」
「ショックってほどじゃないけど……とにかく、びっくりしたよ。でもね、男の子だってわかって、より一層好きになれそうな自分がいる。あっ、恋愛対象じゃないんだけど……」
「ギャップ萌えみたいな?」
「それに近いかも。あと、わたしにとって修助くんじゃなくて、成実ちゃんが表の顔だから、裏の顔である修助くんが知れて――ううん、明かしてくれて素直にうれしいの。本当は表裏が逆なのにね」
「アハハハハ、そうだね。でも、そんなふうに言ってくれるとうれしいな。てっきり、拒絶されると思ってたから」
「拒絶なんてしないよ。それより」
不意に真顔になる美喜。
「……なんで今になって正体を明かしたの?」
「それはね、明かさざるを得ない事態が起こったから」
「もしかして……渚のこと?」
「わかってるなら、話が早いや。さ、行こうか」
「えっ、どこへ?」
「店だよ。これからみんなと話すからさ」
言い終わると、修助は先を歩き出した。
美喜は、不安と少しの期待を胸に後を追った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる