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5章
04 メイドさんの正体
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「だから、自分は気をつけろとあれほど言ったんだ。まったくもう」
「まーまー、浩(こう)ちゃん。飲むペース速(は)ぇーから、もうちっとゆっくり飲もうや」
「そうですよ。いくら茂(しげ)さんの奢りとは言え、早すぎます」
「……」
カーテンやブラインドで閉め切ったメイドォールの店内。奥のソファに、手前から浩介(メイド時・郷子)、茂勝(メイド時・萌)、修助(メイド時・成実)、そして美喜が腰を下ろしている。
テーブルの上にはろうそくが数本立てられ、照明代わりとしている。だが、まったくと言ってもいいほど足りていなかった。お互いの表情を確認できる程度の明るさである。
「……」
豪篤(メイド時・優美)はみんなと向かい合うように、イスを持ってきてそこに腰を下ろしている。背筋がピンと伸びて一点を見つめている。まるで面接を受けている就活生のようだった。
(まさか本当につれてくるとは……)
――私たちが望んだことだし、それに話が早くていいじゃない。あとあとになって、混乱しても困るし。
(そうだな。もうこれしか方法はないんだから)
「黙ってねえで、なんとか言ったらどうだい! まったく、最近の若いモンと来たら……」
浩介がビールの入ったコップ片手に、まくし立てる。
――ああ、酒癖悪っ。
「ひっ」
顔を下げて無言でいた美喜が、仰天して思わず顔を上げた。
美喜が黙っていた理由としては、ほかのメイドも例外なく男ということも少しは関係している。修助と違ってほかの面々は、メイドの時の姿と普段の姿のギャップがありすぎた。
それに加えて、数分前に自己紹介をされた直後である。だから、頭の中で整理が終わるまで、ひと言も話すまいとしていたのだった。
「美喜ちゃんのことじゃないからね」
「そーそー。酒を飲んだ浩ちゃんは、説教魔になっちまうんよ。いつものことだから、あんま気にしねぇで」
修助と茂勝の言葉を聞き、美喜はホッとした。
「本人の前で説教魔なんて言って、大丈夫なんですか?」
「でーじょぶでーじょぶ。標的以外の言葉は聞こえねーみたいだよ」
「標的って……」
茂勝のあっけらかんとした言いっぷりに、美喜は微苦笑を浮かべる。
「大丈夫なのかな?」
美喜もいまだに黙りこくっている豪篤に目を向ける。豪篤は説教を受けていたが、何か思案にふけっているようだった。
「すいません、聞いてますよ。浩介さん」
「本当か?」
浩介の酔眼にひるむことなく、豪篤は目を合わせながらコップの水を一気に飲み干す。とうとうこのときが来たと、腹にグッと力を入れた。
「この騒動を解決する方法がありますが、その前に美喜さん。優美と出会った後の渚は、どう変わっていきましたか?」
「そうですね……」
豪篤に水を向けられてみんなの視線が集中する。美喜は、逃げ出しそうになる気持ちを抑え、真摯に向き合うために気を引き締めた。
「渚が優美ちゃんと会ってから、会うたび会うたび『優美ちゃんがね』『優美ちゃんってさ』『優美ちゃんだったら』って言ってて正直、優美ちゃんに嫉妬したよ。せっかくできた友達が、取られるんじゃないかって思いにとらわれたりもした。けど、あるとき一歩引いて渚の目を見てみたの。そこでわかった」
一旦言葉をくぎって、アイスコーヒーで唇と口の中を湿らした。
「目が濁っていた。会った当初のキラキラとした魅力的な瞳は消えたのね。狂信的で何かひとつしか見えない人間ってこうなるんだと思った。
このことを知ったことで嫉妬の炎は消えて、憐憫(れんびん)の火が灯った。そして、気付いたの。『ああ、わたしにはどうにもできない』と。その瞬間、奈落に突き落とされたような絶望感がフッと胸をよぎった。どこに隠れていたのかは知らないけどね……。わたしは、わたしは――」
話していて感極まったらしく、目じりに溜まった涙が、次々と頬をすべり落ちていく。
「渚が以前の状態に戻って、みんなと楽しく話しがしたいだけ……!」
美喜は嗚咽混じりの声を、歯を食いしばって抹殺する。
「……」
4人はかける言葉が見つからず、しばらく無言の時間があった。
最初に声を発したのは修助だった。
「片想いするのは結構だけど、そのことで日常生活に支障をきたすのはいけないよね」
茂勝も真面目な顔でうなずく。
「一番大切な友達さえも見えなくなるのは、さっすがになぁ」
「……まったく、女って奴はどうしてこうなんだか」
浩介はビールをあおりながら、ぶつぶつとひとり言を言い出した。
豪篤もようやく重い口を開いた。
「美喜さんの言ったとおりの状態です。こうなった原因は俺の……演じる優美にあります。このまま放置しておくわけにはいかないので、優美になって、日曜日の約束を果たそうと思います。
約束は叶えてあげて正体を明かします――おそらく、天国から地獄に落とされるような痛みを味わうと思いますが、正気に戻る確率は高いはず」
修助には懸念が先立った。
「結構荒療治だねぇ……」
「でも、もうこうするしか方法はないはずだ。今でさえ、気の置けないと思う美喜さんの声が届いてないわけだし」
「うーん……」
「こう言っちゃ悪いが」
と、前置きしてから浩介は、コップに入った水を一気にあおった。
「それって、おまえ個人の復讐なんじゃないか?」
「ええっ?」
ハンカチで涙を拭き取っていた美喜は、豪篤を凝視する。豪篤は美喜のほうに向き直った。
「言うのが遅くなってしまったけど、俺は働く前に1週間だけあいつと付き合ってたんだ。だから復讐と取られても仕方ない。だけど、今の俺にうらみもつらみはない。あるのは美喜さんと同じ、憐れみだけだ」
「……」
「俺もあいつの元気な姿がみたい。生意気な口が利けない渚なんて、渚じゃないからな」
「確かに……そうだね」
美喜の表情が久しぶりに明るくなった。
「だから、自分は気をつけろとあれほど言ったんだ。まったくもう」
「まーまー、浩(こう)ちゃん。飲むペース速(は)ぇーから、もうちっとゆっくり飲もうや」
「そうですよ。いくら茂(しげ)さんの奢りとは言え、早すぎます」
「……」
カーテンやブラインドで閉め切ったメイドォールの店内。奥のソファに、手前から浩介(メイド時・郷子)、茂勝(メイド時・萌)、修助(メイド時・成実)、そして美喜が腰を下ろしている。
テーブルの上にはろうそくが数本立てられ、照明代わりとしている。だが、まったくと言ってもいいほど足りていなかった。お互いの表情を確認できる程度の明るさである。
「……」
豪篤(メイド時・優美)はみんなと向かい合うように、イスを持ってきてそこに腰を下ろしている。背筋がピンと伸びて一点を見つめている。まるで面接を受けている就活生のようだった。
(まさか本当につれてくるとは……)
――私たちが望んだことだし、それに話が早くていいじゃない。あとあとになって、混乱しても困るし。
(そうだな。もうこれしか方法はないんだから)
「黙ってねえで、なんとか言ったらどうだい! まったく、最近の若いモンと来たら……」
浩介がビールの入ったコップ片手に、まくし立てる。
――ああ、酒癖悪っ。
「ひっ」
顔を下げて無言でいた美喜が、仰天して思わず顔を上げた。
美喜が黙っていた理由としては、ほかのメイドも例外なく男ということも少しは関係している。修助と違ってほかの面々は、メイドの時の姿と普段の姿のギャップがありすぎた。
それに加えて、数分前に自己紹介をされた直後である。だから、頭の中で整理が終わるまで、ひと言も話すまいとしていたのだった。
「美喜ちゃんのことじゃないからね」
「そーそー。酒を飲んだ浩ちゃんは、説教魔になっちまうんよ。いつものことだから、あんま気にしねぇで」
修助と茂勝の言葉を聞き、美喜はホッとした。
「本人の前で説教魔なんて言って、大丈夫なんですか?」
「でーじょぶでーじょぶ。標的以外の言葉は聞こえねーみたいだよ」
「標的って……」
茂勝のあっけらかんとした言いっぷりに、美喜は微苦笑を浮かべる。
「大丈夫なのかな?」
美喜もいまだに黙りこくっている豪篤に目を向ける。豪篤は説教を受けていたが、何か思案にふけっているようだった。
「すいません、聞いてますよ。浩介さん」
「本当か?」
浩介の酔眼にひるむことなく、豪篤は目を合わせながらコップの水を一気に飲み干す。とうとうこのときが来たと、腹にグッと力を入れた。
「この騒動を解決する方法がありますが、その前に美喜さん。優美と出会った後の渚は、どう変わっていきましたか?」
「そうですね……」
豪篤に水を向けられてみんなの視線が集中する。美喜は、逃げ出しそうになる気持ちを抑え、真摯に向き合うために気を引き締めた。
「渚が優美ちゃんと会ってから、会うたび会うたび『優美ちゃんがね』『優美ちゃんってさ』『優美ちゃんだったら』って言ってて正直、優美ちゃんに嫉妬したよ。せっかくできた友達が、取られるんじゃないかって思いにとらわれたりもした。けど、あるとき一歩引いて渚の目を見てみたの。そこでわかった」
一旦言葉をくぎって、アイスコーヒーで唇と口の中を湿らした。
「目が濁っていた。会った当初のキラキラとした魅力的な瞳は消えたのね。狂信的で何かひとつしか見えない人間ってこうなるんだと思った。
このことを知ったことで嫉妬の炎は消えて、憐憫(れんびん)の火が灯った。そして、気付いたの。『ああ、わたしにはどうにもできない』と。その瞬間、奈落に突き落とされたような絶望感がフッと胸をよぎった。どこに隠れていたのかは知らないけどね……。わたしは、わたしは――」
話していて感極まったらしく、目じりに溜まった涙が、次々と頬をすべり落ちていく。
「渚が以前の状態に戻って、みんなと楽しく話しがしたいだけ……!」
美喜は嗚咽混じりの声を、歯を食いしばって抹殺する。
「……」
4人はかける言葉が見つからず、しばらく無言の時間があった。
最初に声を発したのは修助だった。
「片想いするのは結構だけど、そのことで日常生活に支障をきたすのはいけないよね」
茂勝も真面目な顔でうなずく。
「一番大切な友達さえも見えなくなるのは、さっすがになぁ」
「……まったく、女って奴はどうしてこうなんだか」
浩介はビールをあおりながら、ぶつぶつとひとり言を言い出した。
豪篤もようやく重い口を開いた。
「美喜さんの言ったとおりの状態です。こうなった原因は俺の……演じる優美にあります。このまま放置しておくわけにはいかないので、優美になって、日曜日の約束を果たそうと思います。
約束は叶えてあげて正体を明かします――おそらく、天国から地獄に落とされるような痛みを味わうと思いますが、正気に戻る確率は高いはず」
修助には懸念が先立った。
「結構荒療治だねぇ……」
「でも、もうこうするしか方法はないはずだ。今でさえ、気の置けないと思う美喜さんの声が届いてないわけだし」
「うーん……」
「こう言っちゃ悪いが」
と、前置きしてから浩介は、コップに入った水を一気にあおった。
「それって、おまえ個人の復讐なんじゃないか?」
「ええっ?」
ハンカチで涙を拭き取っていた美喜は、豪篤を凝視する。豪篤は美喜のほうに向き直った。
「言うのが遅くなってしまったけど、俺は働く前に1週間だけあいつと付き合ってたんだ。だから復讐と取られても仕方ない。だけど、今の俺にうらみもつらみはない。あるのは美喜さんと同じ、憐れみだけだ」
「……」
「俺もあいつの元気な姿がみたい。生意気な口が利けない渚なんて、渚じゃないからな」
「確かに……そうだね」
美喜の表情が久しぶりに明るくなった。
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