アルケミア・オンライン

メビウス

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間章 それぞれの1日

第2話 研究者と警察

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~~side 菅生誠也(セイス)~~

「ログイン不可、か…………珍しいこともあったもんだな」

IG社製のゲームがこうなるのはいつぶりだろう。それこそ、ベルセリア・ナイツ時代のセイロン会消滅直後以来じゃないか?そして程なくして、あのゲームはサービス終了したのだ。

あれは色々と問題作だったからな……今回のと違って。それに、アルケミア・オンラインはまだ始まったばかり。ここでサ終になるようなことはないだろう。大型アップデートも控えていることだし。

それより、今は…………。

「誠也さん。今日1日はどうされますか?」

部屋の奥から声がする。少しはだけた室内着姿の女性が、こちらにやってくる。

そう、彼女こそが俺の妻、愛未めぐみ…………あちらの世界では、カンナだ。別に唐突に湧いて出た名前ではなく、カンナは彼女の旧姓、金澤から来ているそうだ。今は結婚して、由来が分からなくなってしまったが。

「ログインできないからな。今日は仕事休みかな」

俺の仕事場は電脳空間、そして今は、ミハイルの件でアルケミア・オンラインへの潜入調査中だ。従って、別件の指示が下されなければ、メンテナンスで入れないうちは休暇となる。

ただ、別に仕事としてダイブしているからといって、その実質は普通のプレイヤーと大差はない。ちゃんとターゲットについて監視しつつ、必要ならば逮捕する。それさえ守れば、あとは自由に遊べばいい。というのは、一般プレイヤーと違う動きをして怪しまれないためである。

元々ゲームが好きだった俺にとっては、夢のような仕事だ。今は資格さえ取れれば、ゲーマーでさえ国家公務員になれるのだ。これもひとえに、仮想世界という新たな領域が発達し、法整備が進みつつある、この時代ならではの仕事だろう。

「そう、じゃあ今日はゆっくり過ごして下さいな」

「愛未はどうするんだ?」

「私は仕事よ。最近イベント関係で休めませんでしたからね……やっと本格的に時間を使えるわ~」

彼女は生物学の研究者をやっている。愛未の書斎は、ほとんど実験室だ。なんでも、最先端のエアーフィルターで常時無菌状態を維持できる、特注仕様の部屋らしい。これのせいで家賃がそこらの数倍に跳ね上がったのだが…………まぁ、研究所から助成金も出してもらえたので、文句は言えない。

「そうか……没頭しすぎるなよ」

俺は仕事の一環でダイブしているが……その点で、彼女は全くの真逆。愛未の場合、こうして定期的な休息をとらせないと研究に集中するあまり、食事も睡眠も忘れてしまうのだ。

前に1回、研究のしすぎで倒れて以来、こうしてあの手この手で休息をとらせているのだ。元のゲーム好きや今作の世界観がマッチして、今はむしろ若干研究の時間をこの時間に割いているようだが…………まあ、向こうでも薬品を使って似たような研究をしているし、本業に支障はないんだろう。

彼女は、その手の界隈では若くして学術誌に名を載せた天才だとか、常人の3倍脳のシワがあるだとか言われているらしいが、普通の3倍以上のペースで研究をしているのだから真っ当だ。

「うふふ、大丈夫よ…………私ももうアラサーよ?昔ほど無茶はしないし、できないわ」

「…………とかいってお前、この前俺が出庁した日、ガッツリ目の下にクマ作ってたじゃねえか」

「あら、何のことかしら……?」

そう言う彼女の顔面には、真っ白なヒリついた笑顔が張り付いていた。細かいことは詮索するな…………か。

………………これ以上はやめておこう。触らぬ神に祟りなしだ。

「はぁ、分かったよ…………じゃあ、とりあえず無茶するなよ」

「はーい♪」

そうして、愛未は研究室に入り込んだ。

…………さて、どうするか。今日は特に予定もないし、代わりの案件も今はない。しかしだからといって、何もしないというのもあまり好きではない。そもそも、今日はそれほど休みたい気分でもないのだ。こういう仕事熱心なところは、やはり夫婦で似た者同士なのかもしれない。

昔なら、気晴らし兼暇つぶしに外へ遊びに行くこともしばしばあった。しかし、家庭を持った今は、そう簡単にはできない。

まだ子供はいないが、研究漬けの彼女を諸々お世話するのは、手がかかるという点では子供の世話とそう大差ない…………なんて言ったら、流石に怒られるので心の奥にしまっておく。

となると…………やることはひとつだな。

「久しぶりにやるか…………ドラファイ」

ドラグーン・ファイターズ、略してドラファイ。現実に極めて近い身体挙動で行われる、VR格ゲーの傑作だ。何しろ、現実の肉体特有のややもっさりとした動きすらも完全に再現できており、自分の身体とほぼ同じように運動することができるのだから。よほど良いモーションキャプチャー技術を積んでいるのだろう。

最も、あまりにも現実準拠の動きをするあまり、ゲーム特有の人間離れした操作はどう頑張ってもできず、そのくせ出現するエネミーはとんでもない動きをするため、チュートリアルともいえるストーリーを全クリするだけでもかなりの技術が要求される…………と、世間一般ではクソゲーの烙印を押されている。

ただ、そんな硬派な難易度のゲームだからこそ、篩にかけられた生き残りだけの限られたコミュニティがあり、仮想空間での純粋な戦闘技能を追究するうえでは、最適な環境だと俺は思っている。

「あいつら元気してるかな…………んじゃ、早速暴れますか!」

そう言って、ヘッドセットを被ろうとした時。



ピロロロロロッ!!



唐突に、着信音が鳴り響く。何だ、これからって時に…………と、楽しみを妨害されたことを少し不満に思いつつ、人の休日にわざわざ電話をかけてくるその不埒な発信者の名前を見る。

「うん…………?」

発信者、不明……?そんなはずはない。この携帯端末は仕事場で配布されたもの。当然、ここに電話をかけてくるのは、仕事関係の人だけだ。それならば、連絡先に必ず登録されているはず。

知らない誰かが、イタズラにかけられるような電話ではないのだ。



ピロロロロロッ!!



…………だが、秘匿通信の可能性もある。連絡先を知っている内部の人間が、専用の不明端末を使用する。緊急の要件で、こちらに連絡元を特定されたくない場合に使われる手段だ。最も、そんなケースは初めてだが。

「…………仕方ないか」

万が一これが署長の電話だった日には、非番だからとシカトしたら殺される。背に腹はかえられない。

「…………はい、もしもし」

『こんにちは、或いはこんばんは。初めまして、ミスター菅生』

「……………誰だ?」

こんな話し方をする同僚を、俺は知らない。とすると、外部の人間か?だが、だとしたらどうやって?

『失礼、こちらの情報開示がまだでしたね。私はヴァイス。以後お見知り置きを』

「ヴァイス…………といったか。明らかな偽名だが、お前は一体何者だ?」

『それについてはあちらの世界でお話ししましょう。こちらではセキュリティが甘すぎますから』

ぐっ、一理あるな。実際、ヴァイスと名乗るこの女によって容易にこの回線を使われている。仮想世界のファイアウォールと比べまだまだセキュリティに難があるのは言うまでもない。

「分かった、だが今の俺の仕事場は、生憎メンテナンス中でな。入ることができないんだ」

『では、そちらの都合にお任せしますよ?例えば…………ドラグーン・ファイターズ、とか』

「ッ!!?」

俺がダイブしようとしたソフトを当ててきた、だと……!?当てずっぽうにしては精度が良すぎないか?砂漠の中から適当にダイヤの粒を探し当てるようなものだぞ!

『…………では、そちらでお待ちしています。プレイヤー名は同じにしてありますので、探してみてくださいな』

そう言い残して、電話を切られた。ヴァイス…………一体、何者なんだ?

「………………行くしか、ないよな」

どうやら、練習ばかりしているわけにはいかなそうだ。一抹の胸騒ぎを感じながら、俺は改めてヘッドセットを被った。
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