アルケミア・オンライン

メビウス

文字の大きさ
206 / 230
間章 それぞれの1日

第3話 斎原悠乃は恋をしたい

しおりを挟む
~~side 斎原悠乃(ユノン)~~

「よしよ~~~し、良い子でちゅねぇぇぇ」

部屋に響く猫撫で声。いや、本当に猫を撫でまくっている、愛猫家の声。

「んはぁ、やっぱりどんなにリアルなVR映像でも、現実の猫ちゃんの可愛さには勝てませんなぁぁ」

そう言って、ウチは愛猫、真っ白なノルウェージャンフォレストキャットのホーちゃんを抱き上げ、思いっきりお腹を。猫好きなら分かる行動だよね。猫ちゃんの体毛には、多分恐らくきっと、何か人間を幸せにするアッチ系の物質でも含まれてる。この溢れ出るお日さまの香り、やめられない止まらない。

「…………暇だなぁ」

アルケミア・オンラインがメンテナンス延期でログインできなくなったと発表があった今日。ウチはいつもの如く、ホーちゃんをモフっていた。これがウチのルーティン。

でも、流石に猫と戯れてるだけじゃ長い時間はなかなか過ぎない。いつもはゲームの合間にモフってたからなぁ、時間に限りがあったんだ。ただ今日は1日中…………普段の何倍もの時間を、実質ゲームなしで過ごさなきゃいけない。

勉強をすればいいじゃないか、って?高校までなら、夏休みの宿題に追われていたよ。でも、大学の夏休みは基本宿題がない。人によっては休暇中や休み明けに再試験があったり、レポート課題に勤しんだりする。まぁ、ウチは優秀だから特にその辺の苦労とは無縁なんだけどね。

なら、他のゲームは?残念ながら、ウチがこれまで手に取ってきたゲームは殆ど、動物ゲームばかり。生来の動物好きが、フーちゃんを喪った反動で爆発し、雪ダルマの勧めで狂ったように動物育成ゲームを漁ってきた。

ただ、それはホーちゃんを迎え入れるまでのお話。いざ現実でこんなに可愛い猫ちゃんと触れ合えるようになってしまうと、もう今更、ゲームの動物達には戻れない。あれらはあくまで、ウチの溢れ出る欲求を抑えるための、ジェネリックペット。いくら科学技術が発展しても、きっと現実の動物の可愛さに、仮想世界が追いつくことはない。

となると、あとはリアルで誰かと会う線。ウチの大学の友達は大多数が地方からの入学で、今はそれぞれ帰省中だ。名古屋ここにはいない。

かといって、ゲームの友達と急に会えるかといわれれば、決してそうはいかない。いつものウチら3人ですら、最後にリアルで集まったのは1年近く前のことだった。雪ダルマ……雪村くんは福島の大学に進学して今は学生5年目だし、テラナイト……寺尾くんに至っては、もう卒業して社会人1年目。かくいう自分も、もう4回生で卒業間近。お互い、これまでのようにすぐ会える関係ではなくなった。

ウチら3人ですらそうなんだ、他の人達とリアルで会うなんて、そうできるはずはない。プレアデスや雪ダルマのような中心プレイヤーならともかく、その付随品のウチが声をあげたところで、そんな急に人は集まらないよね。

「………………はぁぁぁぁぁ、彼氏ほしい……」

ため息をつきながら、ウチはばたんと仰向けに寝転んだ。衝撃でズレた眼鏡をかけ直して。

こういう孤独を感じる時、彼氏という存在が恋しくなる。ウチは生まれてこの方、恋人という2文字とはほぼ無縁の生活を送ってきた。無理もない。ウチのような引っ込み思案、誰も相手にはしないだろう。

小学生。前半はまだ恋愛自体に興味を持てなかった。これはそういう発達段階なんだから仕方ない。後半、周りに色気付く女子が増え始めたことで、ウチも恋愛に興味を持ち始める。でも、同時期にフーちゃんが亡くなったことで大きな喪失感に陥り、無気力なまま残りの小学校生活を送った。

中学生。最初の1年余りは、同じように空白の学校生活。俯きがちで、HRが終わったら真っ直ぐ帰宅する。少しいじめられ体質な、典型的な模範生。そんな白黒の毎日にようやく彩りが宿った中学2年生、彼らと出会いゲームの世界へ。以降、友達は増えたけど、周りからの評価はただのゲームオタク。当然、周りの可愛い子と違って彼氏ができるわけもなく。

高校生。2人とは別の高校に進学。そしてVRに手を出したことで、ゲームオタクに拍車がかかる。やってるゲームも殆どが動物系だから、男子の興味も惹かれない。ベルセリア・ナイツになってようやく男女共通の話題を手に入れたけど、あれを買ってからは、没頭するあまり放課後は専ら直帰RTA。当然、数人のゲーム友達以外に人との関わりもなかった。

そして大学生。中心街近くで一人暮らしを始め、化粧も解禁。慣れない手つきで髪も巻いて、ネイルにも手を出してみたりして!大通り沿いのお洒落なペットショップでバイトをする、動物好き系のキラキラ大学生!!

………………を、頑張って演じてる自分。どれだけ取り繕っても、中身までは変われない。結局重度のゲームオタク、動物マニアなのには変わりないし、直近6年間の学校生活で、人との会話もめっきりしなくなっていたウチが、急に人と流暢に話せるわけもない。

皆話上手だから、こんなウチでも相手をしてくれる。でも、その度にコミュニケーション能力の差に愕然とするし、地面に膝をついてまでレベルを合わせてくれるその優しさに面する度に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

そういうわけで、これまで恋愛というものが人並みにできる、そんな生活とはまるで無縁の人生を送ってきた。

…………もちろん、誰でもいいわけじゃない。以前友達と、雪村くんと寺尾くんの話題になった時、その2人のどちらかを彼氏にすればいいじゃないか、と言われたことがある。

ただ、ウチからすればあの2人は守備範囲外。別に見た目がどうこうではない。むしろ、彼らは何だかんだいってイケメンの部類だ。

じゃあ何がダメなのかというと……1つは、長年ゲーム友達として付き合ってきた経験。ここまできて、今更恋仲になりたいとは思えない。それに、ウチらは3人で1組。どちらかと付き合ったが最後、もう片方との関係は気まずくなるに決まっている。

そして2つ目。これは単純に、彼らの性格の問題。雪村くんは度々、自分を主人公か何かだと思ってそうな節がある。要はナルシストだ。友達としては面白いけど、恋人にするとなると少しイタいというか…………隣にいて恥ずかしく感じるのはNG。

一方の寺尾くんは超がつくほどの真面目キャラ。雪村くんとは打って変わって、付き合ったら精神的に安定してそうなのは好印象。ただ…………彼は何というか、朴念仁。正直、夫にはしたいと思える人だけど、恋愛ならではのドキドキのようなものは、あんまり期待できそうにない。

結婚願望がないわけじゃないけど、いきなり結婚前提で付き合うのは少し抵抗がある。なんて、そんなことを言える立場じゃないのは、自分が1番よく分かってるんだけどね。でも、自分の心に嘘はつきたくない。あくまで、今のウチは…………斎原悠乃はのだ。



テロレンッ!!



「ん、チャット通知……?」

その音に気がつき、机の上のパソコン画面を見る。VR内からの連絡通知だ。マウスを動かし、PlayWithを開く。これを使えば現実世界のPCや携帯端末とゲーム内のプレイヤー間で連絡することができる。

「えーと、何々…………えっ!?ドラファイにセイス出現!?謎のプレイヤーと決闘中…………!?」

マジか。あのバカ師匠、戻ってきたのか!!彼がドラファイをプレイするのなんて、もう何ヶ月も前のことだ。

ベルセリア・ナイツがサ終して戦闘からめっきり離れていたウチが、アルケミア・オンラインに参戦するうえでの戦闘リハビリに丁度いいからって、せっかくアイツに言われて始めて、毎日頑張って練習していたのに、ぽっきりやめちゃって。そういうとこがバカ師匠なんだ!!

「こうしちゃいられない!ホーちゃん、ちょっと行ってくるね!!」

彼を抱きかかえたままベッドに飛び乗り、ヘッドセットを着用。あくびをする彼の頭を撫でながら…………ウチの意識は、仮想世界に溶けていった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【VTuber】猫乃わん太 through Unmemory World Online【ぬいぐるみ系】

mituha
SF
「Unmemory World Online」通称「アンメモ」は実用、市販レベルでは世界初のフルダイブ方式VRMMOである。 ぬいぐるみ系VTuberとして活動している猫乃わん太は、突然送られてきたベータテスト当選通知に戸惑いつつもフルダイブVRMMO配信を始めるのだったが…… その他の配信はこちら https://kakuyomu.jp/users/mituha/collections/16817330654179865121 777文字で書いた短編版の再編集+続きとなります。

俺の職業は【トラップ・マスター】。ダンジョンを経験値工場に作り変えたら、俺一人のせいでサーバー全体のレベルがインフレした件

夏見ナイ
SF
現実世界でシステムエンジニアとして働く神代蓮。彼が効率を求めVRMMORPG「エリュシオン・オンライン」で選んだのは、誰にも見向きもされない不遇職【トラップ・マスター】だった。 周囲の冷笑をよそに、蓮はプログラミング知識を応用してトラップを自動連携させる画期的な戦術を開発。さらに誰も見向きもしないダンジョンを丸ごと買い取り、24時間稼働の「全自動経験値工場」へと作り変えてしまう。 結果、彼のレベルと資産は異常な速度で膨れ上がり、サーバーの経済とランキングをたった一人で崩壊させた。この事態を危険視した最強ギルドは、彼のダンジョンに狙いを定める。これは、知恵と工夫で世界の常識を覆す、一人の男の伝説の始まり。

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。 遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。 作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓―― 今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!? ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。 癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。 ─────── 自筆です。 アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞

ゲーム内転移ー俺だけログアウト可能!?ゲームと現実がごちゃ混ぜになった世界で成り上がる!ー

びーぜろ
ファンタジー
ブラック企業『アメイジング・コーポレーション㈱』で働く経理部員、高橋翔23歳。 理不尽に会社をクビになってしまった翔だが、慎ましい生活を送れば一年位なら何とかなるかと、以前よりハマっていたフルダイブ型VRMMO『Different World』にダイブした。 今日は待ちに待った大規模イベント情報解禁日。その日から高橋翔の世界が一変する。 ゲーム世界と現実を好きに行き来出来る主人公が織り成す『ハイパーざまぁ!ストーリー。』 計画的に?無自覚に?怒涛の『ざまぁw!』がここに有る! この物語はフィクションです。 ※ノベルピア様にて3話先行配信しておりましたが、昨日、突然ログインできなくなってしまったため、ノベルピア様での配信を中止しております。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

処理中です...