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メビウス

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間章 それぞれの1日

第12話 歩みを留める成長

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「それと、もう一つ…………中学に入った頃から、ボク、少し変だったんだよね」

「変?」

「何というか…………自分が女の子だってことを、久しぶりに思い出した、というか」

「ああ…………オッケー、大体分かったよ。だから大丈夫……話しにくいでしょ?」

「うん、ありがと…………」

第二次性徴…………確かに、それまでずっと自他共に自分を男として認識してきた中で、突然それが起こったら………………戸惑うだろう。これまで信じ込んでいた自分の姿が、偽りの偶像だと知ったら。

「ボク、自分が何なのか分からなくなって…………ほら、制服だって、スカートでしょ?剣道の袴みたいに、裾長くもないし…………」

「…………苦労、したんだね……」

僕は、そっと彼女の小刻みに震える手に、自らの手を重ねる。一瞬、虚を突かれたようにたじろいだ後、ハルは僕の手を受け入れるように包み込む。

「うん…………今でこそ、自分が女の子なのはよく分かる。でも、当時は周りが急に見えなくなったようで、本当に辛かったよ。剣道にも集中できなくなるし…………この女の身体も、周りからの『男』としての視線も、あの時は全てがノイズだった」

「その時はまだ、剣道がハルの中心だったんだね」

「ボク、頑張ったんだよ?勝ち続けるために、稽古の時間もさらに伸ばして。でも………………勝てなかった。あれだけ軽かった身体は、思うように動かないし…………何より、前みたいに心を無にすることが、できなくなってたの」

その時期は、男女問わず、ホルモンバランスとか脳の発達が不安定で、情緒が乱れやすい。精神より先に身体が急成長するからこそ、その乖離から感情のコントロールが難しくなる。それは、今の僕達にも言えることだが。

発達過程によって生じる、心と身体の乖離。それに加えてハルは、それまでの性自認とのギャップにも苦しんでいた。それはきっと本人にしか分からない辛さで、でも、何よりも大きなハンディキャップだったに違いない。

「大会でも、道場内でも勝てなくなって。別にそんなつもりはないのに、性別に甘えている、男としての自覚が足りないって、師範の指導はどんどん厳しくなって…………ボクはあの頃の、純粋に剣を振っていた男の子のままでいたいのに、学校でも、道場でも…………自分は女の子なんだって、自覚させられて」

「…………嫌なこと、されたの?」

、だけね。自分の意に反して、結構モテたんだよ…………」

だろうな、この美形なら。でも、それはハルが求めていたものではなかった。彼女はあくまで、男として…………強い剣士として観られたかったんだろう。それだけが、彼女自身を、そこまで引っ張り上げてきた理想像だったから。

「それで、もう何か、色々よく分かんなくなっちゃって………………家出したんだよね。2日だけだけど!」

取り繕ったような顔で、僕に笑いかける。僕には、そんな必死さが、健気さが、とても重くのしかかって…………思わず、彼女のことを抱きしめていた。

「ほんとに………………辛かったね」

心なしか、僕の声が揺らぐのが、耳から聞こえる。

「…………ふふっ、なんで昴君が泣いてるのさ」

「泣いてないよ…………でも、話聞いてると、悲しくなって………………」

「ボクは…………幸せだよ?今、こうしてボクのために泣いてくれる人に会えて」

そうして彼女は、その白く柔らかな手で僕の背中を撫でながら、続ける。

「まぁ、それを機に師範も、無理に男として育てることはなくなってね…………ボクは、事実上、剣道を引退したんだ」

「…………前に言ってた、師範の練習から逃げたって、そういうことだったんだね」

「うん…………当時は、すごく迷ったよ。楽な道に逃げようとする自分の弱さに、何度も絶望した。でも、少なくともその時のメンタルじゃ、もうとても、剣を握れる状態じゃなかったからね」

「ハルは…………やっぱり、弱くなんかないよ。自分を偽って、どっちが本物かも分からなくなるまで追い込んで…………ずっと、頑張ってきたんだから」

「ん、ありがと………………不思議だよね。あの時は、君にもこのことを知られたくなくて、必死に隠そうとして……それで、気づいたら酷いことも、言ってたっけ」

「気にしてないよ、全然。自分の弱みを知られたくないなんて、当然のことだし…………そもそも、その時僕ら、会って1日しか経ってないんだよ?リアル時間で」

「そっか…………あれで1日か。もっと長い間、一緒にいると思ってた。ほんとに不思議だね、君と過ごしたあの世界は…………」

暫し、沈黙が生まれる。日陰のベンチに、暖かい風がそっと吹き流れる。

「………………ところでさ、昴君」

「うん?」

「いつまで、こうしてるの……?皆に見られて、恥ずかしいんだけど…………」

「…………あっ」

そう言われて、ハッと我に返る。僕はなんて恥ずかしいことを、白昼堂々と……!!?

「…………ごめん」

「あ、別に良いんだよ!?誰も、いなければ………………」

そう言う彼女の顔は、少し赤らんでいて…………確かに、れっきとした女の子だった。

コホン、と気を取り直すように咳払いして、ハルは再び話し始めた。

「そ、それでね。あの時、自然と当時の感情が蘇ってきて……あんな出鱈目に、感情に身を任せて剣を振ったのなんて、それこそボクが家出する直前の、一番病んでた時以来で」

仮想世界の性質として、プレイヤーの感情がダイレクトに反映される、というものがある。普段は大脳で制御できている感情が、あそこでは止めどなく溢れてくる。だから、あの世界では泣くことも、怒ることも我慢できないし…………その世界に長く浸り過ぎると、その反動で、現実世界で感情表現が難しくなるケースもある。

「剣道やめて、師範もボクに優しくしてくれて…………ボクはやっと、に戻れたんだ。でも、その時にはもう、既に男としての自分が心の中にいて…………だから、今更優しくされても、何て応えたらいいのか、分からなくてさ。高校に入るまでは、ずっと無気力な生活してたんだ」

「…………それで、そんなに肌が白くなったのか」

「まぁね。あの時は、前みたいに外で遊ぶことも、稽古することも…………何もやる気が起きなくてさ。高校に上がっても、ずっとこんな生活が続くのかなー、なんて思ってた」

「てことは、何か転機があったんだね?」

「うん!高校1年の時、たまたま同じクラスに精神科医の娘がいてさ。高木優奈って人だったんだけど…………その子が、ボクを一目見て病院に連れて行ってくれたの」

見て分かるほどって…………どれだけやつれていたんだろう、その時のハルは。

「それでね、ゲームでのリハビリ治療を勧められたの。ゆりかごっていう、新しい治療デバイスでね…………」

「…………えっ」

衝撃の真実。え、そんなことある!?

「…………どーしたの、そんな鳩が豆鉄砲食ったような顔して」

「あぁ、いや…………実は、僕も昔、入ってたことがあるんだよ。ゆりかごに」

「ええ!?まさかの、!?」

「み、みたいだね…………あれでしょ?治療の一環でゲームを遊んで、脳機能を活性化し修復するっていう」

「そうそう、それだよ!!驚いたなぁ、まさか昴君もそうだったなんて」

「僕もだよ…………まさか、ゲーム始めて最初に会ってずっと仲良くしてきた人が、同じゆりかごの出身者だったなんて」

「うんうん!いやぁ、運命ってほんとにあるのかもねえ」

点と点が、全て一筆で繋がった。あのデバイスは、僕が入った後に何度も改良され、今は一般的に精神治療に取り入れられている。特に、多重人格や躁鬱の新たな治療法として、今注目されているのだ。

「ということは、もしかしてハルって?」

「うん。これは、元の女の子としての自分と、ボクが望み続けた男の子としての自分…………その2つを統合して生まれた、第3の人格なんだ。今は退院して、もうだいぶ安定してるんだよ」

人格の統廃合。これができるとは聞いていたけど、まさか本当にここまでできるとは。

実際、人格的、精神的に問題があって責任を問えなかった凶悪犯罪者に対し試験的に用いられ、凶暴な性格を削除する試みが広がっているらしい。最も、人為的に人の精神を弄るのも、それはそれで倫理的にどうなんだ、という話ではあるが。

「それじゃあ、今はもう、大丈夫なの?」

「…………って、安心したいんだけどね。まだ、予断は許されないみたい」

「え、どうして?」

「人格の統廃合って、ものすごく不安定な状態のうえに成り立ってるらしいの。言うなれば、コマみたいなもんだよ…………ボクが健全に、回し続けられる限りは大丈夫でも、何かをきっかけにそれができなくなったら、たちまち失速して倒れちゃう」

もっとゆりかごが改良されたら、いずれは安定しやすくなるらしいんだけど、とハルは肩を竦める。

確かに…………本来、もっと長い時間をかけてゆっくりと治していくはずの精神疾患を、ゆりかごはたった1~2年で根治してしまう。となれば当然、いずれ症状が再発する恐れだって十分ある。これまで精神療法などでじっくりと丁寧に外堀を埋めていたところを、脳制御で直接治療しようというのだから。

………………だとすると、ハルの【狂乱化バーサーク】で出現するあの擬似人格は、やはり。
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