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第14話「Xの血脈」
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夜。
鷹田家の座敷では、静かな灯りがともっていた。
羅刹は新聞を広げ、記事の中の一文を指差す。
“米第7軍所属 リチャード・X・ブラックバーン少佐”
羅刹が眉をひそめる。
「……この“X”ってやつ、なんの略だ?」
黒田が肩をすくめた。
「わからんな。アメリカじゃミドルネームにイニシャル入れるの多いみたいだが。」
島津が酒を注ぎながら言う。
「だが、なんか引っかかるな。」
羅刹は静かに頷いた。
「うむ。勘がざわつく。……ニコ、わかるか?」
ニコは少し考え込み、やがてゆっくり口を開いた。
「……父なら、知ってるかもしれません。」
「ルーカスか。」
勝司が箸を置いた。
「戦中、あの人はアメリカやヨーロッパの神学校とも関わりがあったって話だな。」
羅刹は即座に立ち上がった。
「よし。行くぞ。夜でも構わん。」
⸻
その夜、彼らはアーツ家の屋敷を訪れた。
ランプの灯りに照らされた応接室で、ルーカス・アーツは老いてなお鋭い眼光を放っていた。
ニコが英語で問いかける。
「父さん、“リチャード・X・ブラックバーン”という将校を知っているか?」
ルーカスは一瞬、表情を曇らせた。
「……X、か。」
羅刹たちは息をのむ。
ルーカスは深く息を吸い、古びた聖書を手に取った。
「“X”とは“ザビエル”の略だ。ブラックバーン家は、ザビエルの従者の末裔。
代々、イエズス会とともに動いてきた家系だ。」
島津が低くうなる。
「ザビエル……キリシタンか。」
ルーカスはゆっくり頷く。
「そう。彼らの信仰は深いが、同時に恐ろしい。
“侍”を滅ぼし、“魂を西洋の秩序に染める”——
彼らの祖はかつてそう誓ったのだ。」
勝司が拳を握る。
「なるほどな……つまり、あのアメ公は先祖代々、日本の魂を消しにきてるってわけか。」
羅刹の目が静かに燃えた。
「魂を奪う者ども、か。
ならば、俺たちは“魂を取り戻す者”になるだけだ。」
黒田が笑う。
「出たな、羅刹の戦の顔。」
ルーカスは静かに言葉を添える。
「リチャード・ブラックバーンは、表では将校。だが裏では“教会の使徒”だ。
彼が長崎を選んだ理由——それは“ザビエルの墓がある土地”だからだ。」
場の空気が一気に張り詰めた。
羅刹が呟く。
「……そうか。やつは最初からここを“聖戦の地”にするつもりだったんだな。」
ルーカスは頷いた。
「ニコ、気をつけろ。お前の祖母も、イエズス会に命を奪われた。」
ニコの目が見開かれる。
「……そうだったのか。」
羅刹は深くうなずき、立ち上がる。
「わかった。答えは出た。
戦は、まだ終わっちゃいねぇ。」
一方••
長崎・丸山遊郭。
灯籠の明かりが艶やかに揺れ、三味線の音が遠くで響く。
その中でも、ひときわ騒がしい声が上がっていた。
——アメリカ第7軍少佐、リチャード・X・ブラックバーン。
——部下の軍曹、チャーリー・マクレイン。
——そして中国系の通訳、リュウ・チャン。
三人は豪奢な座敷で芸者を侍らせ、酒をあおっていた。
着物の裾をはだけ、靴のまま畳を踏み荒らす。
「Ha-ha! What a primitive country!」
リチャードは笑いながら、グラスを乱暴に置く。
「この女たちは従順でいい。だが——サムライとかいう古臭い連中、まだ生き残ってるらしいな。」
リュウが鼻で笑った。
「“鷹田”という名が出ております。元陸軍中尉、今は裏社会の顔。
地元の連中は“羅刹”と呼んで恐れています。」
チャーリーが肩をすくめる。
「Ha! Rasetsu? Demon? バカげてる。
もう戦争は終わったんだ。あの亡霊どもが何をできる。」
リチャードの表情が一瞬、暗くなる。
彼はグラスを持ち上げ、琥珀色の酒を見つめた。
「亡霊……いや、違うな。
あの連中は、“侍”の魂を今も引きずっている。
——我々が滅ぼさねばならん。」
芸者の一人が、恐る恐る笑みを作る。
「将校さん……“侍”はもう、いませんよ。戦は終わったのです。」
その言葉に、リチャードはふっと笑った。
「終わった? Ha-ha-ha……いや、始まったばかりだ。」
彼は立ち上がり、芸者の頭を撫でるふりをして軽く頬を叩いた。
「侍とは、信仰なき野蛮人だ。
イエズスの光の前では、滅ぶしかない。」
チャーリーが笑い転げ、リュウはうなずく。
「“イエズス会”の理念を忘れておりませんな。」
「当然だ。」
リチャードの瞳が鋭く光る。
「我々の任務は、神の秩序をこの島国に植えつけること。
そして、古い血を——消すことだ。」
彼は煙草に火をつけ、煙を吐き出す。
窓の外、長崎の夜景がきらめく。
だがその光の奥に、燃え残る侍たちの魂がまだ息づいていることを、彼は知らなかった。
芸者たちは微笑みながらも、目の奥に恐怖を宿していた。
その夜、丸山の空に一陣の風が吹く。
まるで羅刹たちの“気配”が、遠くから吹き込んできたかのように——。
鷹田家の座敷では、静かな灯りがともっていた。
羅刹は新聞を広げ、記事の中の一文を指差す。
“米第7軍所属 リチャード・X・ブラックバーン少佐”
羅刹が眉をひそめる。
「……この“X”ってやつ、なんの略だ?」
黒田が肩をすくめた。
「わからんな。アメリカじゃミドルネームにイニシャル入れるの多いみたいだが。」
島津が酒を注ぎながら言う。
「だが、なんか引っかかるな。」
羅刹は静かに頷いた。
「うむ。勘がざわつく。……ニコ、わかるか?」
ニコは少し考え込み、やがてゆっくり口を開いた。
「……父なら、知ってるかもしれません。」
「ルーカスか。」
勝司が箸を置いた。
「戦中、あの人はアメリカやヨーロッパの神学校とも関わりがあったって話だな。」
羅刹は即座に立ち上がった。
「よし。行くぞ。夜でも構わん。」
⸻
その夜、彼らはアーツ家の屋敷を訪れた。
ランプの灯りに照らされた応接室で、ルーカス・アーツは老いてなお鋭い眼光を放っていた。
ニコが英語で問いかける。
「父さん、“リチャード・X・ブラックバーン”という将校を知っているか?」
ルーカスは一瞬、表情を曇らせた。
「……X、か。」
羅刹たちは息をのむ。
ルーカスは深く息を吸い、古びた聖書を手に取った。
「“X”とは“ザビエル”の略だ。ブラックバーン家は、ザビエルの従者の末裔。
代々、イエズス会とともに動いてきた家系だ。」
島津が低くうなる。
「ザビエル……キリシタンか。」
ルーカスはゆっくり頷く。
「そう。彼らの信仰は深いが、同時に恐ろしい。
“侍”を滅ぼし、“魂を西洋の秩序に染める”——
彼らの祖はかつてそう誓ったのだ。」
勝司が拳を握る。
「なるほどな……つまり、あのアメ公は先祖代々、日本の魂を消しにきてるってわけか。」
羅刹の目が静かに燃えた。
「魂を奪う者ども、か。
ならば、俺たちは“魂を取り戻す者”になるだけだ。」
黒田が笑う。
「出たな、羅刹の戦の顔。」
ルーカスは静かに言葉を添える。
「リチャード・ブラックバーンは、表では将校。だが裏では“教会の使徒”だ。
彼が長崎を選んだ理由——それは“ザビエルの墓がある土地”だからだ。」
場の空気が一気に張り詰めた。
羅刹が呟く。
「……そうか。やつは最初からここを“聖戦の地”にするつもりだったんだな。」
ルーカスは頷いた。
「ニコ、気をつけろ。お前の祖母も、イエズス会に命を奪われた。」
ニコの目が見開かれる。
「……そうだったのか。」
羅刹は深くうなずき、立ち上がる。
「わかった。答えは出た。
戦は、まだ終わっちゃいねぇ。」
一方••
長崎・丸山遊郭。
灯籠の明かりが艶やかに揺れ、三味線の音が遠くで響く。
その中でも、ひときわ騒がしい声が上がっていた。
——アメリカ第7軍少佐、リチャード・X・ブラックバーン。
——部下の軍曹、チャーリー・マクレイン。
——そして中国系の通訳、リュウ・チャン。
三人は豪奢な座敷で芸者を侍らせ、酒をあおっていた。
着物の裾をはだけ、靴のまま畳を踏み荒らす。
「Ha-ha! What a primitive country!」
リチャードは笑いながら、グラスを乱暴に置く。
「この女たちは従順でいい。だが——サムライとかいう古臭い連中、まだ生き残ってるらしいな。」
リュウが鼻で笑った。
「“鷹田”という名が出ております。元陸軍中尉、今は裏社会の顔。
地元の連中は“羅刹”と呼んで恐れています。」
チャーリーが肩をすくめる。
「Ha! Rasetsu? Demon? バカげてる。
もう戦争は終わったんだ。あの亡霊どもが何をできる。」
リチャードの表情が一瞬、暗くなる。
彼はグラスを持ち上げ、琥珀色の酒を見つめた。
「亡霊……いや、違うな。
あの連中は、“侍”の魂を今も引きずっている。
——我々が滅ぼさねばならん。」
芸者の一人が、恐る恐る笑みを作る。
「将校さん……“侍”はもう、いませんよ。戦は終わったのです。」
その言葉に、リチャードはふっと笑った。
「終わった? Ha-ha-ha……いや、始まったばかりだ。」
彼は立ち上がり、芸者の頭を撫でるふりをして軽く頬を叩いた。
「侍とは、信仰なき野蛮人だ。
イエズスの光の前では、滅ぶしかない。」
チャーリーが笑い転げ、リュウはうなずく。
「“イエズス会”の理念を忘れておりませんな。」
「当然だ。」
リチャードの瞳が鋭く光る。
「我々の任務は、神の秩序をこの島国に植えつけること。
そして、古い血を——消すことだ。」
彼は煙草に火をつけ、煙を吐き出す。
窓の外、長崎の夜景がきらめく。
だがその光の奥に、燃え残る侍たちの魂がまだ息づいていることを、彼は知らなかった。
芸者たちは微笑みながらも、目の奥に恐怖を宿していた。
その夜、丸山の空に一陣の風が吹く。
まるで羅刹たちの“気配”が、遠くから吹き込んできたかのように——。
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